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竜の落とし子 ~没落少年が最強へと至るまでの英雄譚~  作者: 矢立 まほろ
○ 第2部 -王の奪還編- 4章 『竜の伝承』
123/153

 -13『見送る者、見送られる者』

   ◆



「な、何事だ!」


 まだ城門も突破されておらず、戦線とは程遠いはずの王都内野営地に、突如として悲鳴が木霊した。


 城前に広がる路地の交差点に急設された木組みの防御柵による壁。その一端が、突然激しい音と共に砂煙をあげて崩れ落ちたのだった。


 虚をつかれた一部のルーン兵たちは、恐れおののき、小さな混乱を生じさせていた。そんな正常な思考を失くして立ち尽くす呆け者の背後から、漆黒の毛並みを靡かせた魔獣が牙を剥いて掴みかかる。


 グルウだ。

 上に跨ったアニューの指示を受けて、そこにいた数人の兵士を、強靭な牙と爪で瞬く間に引き裂いていった。


「ま、魔獣だ!」

「ファルドの魔獣使いだ!」


 兵士たちの、恐怖を孕んだ叫び声が夜に響く。


「まったく。なんであたしよりアニューの方が有名なのよ。まあ、魔獣は目立つから仕方ないかもだけど」と、騒ぎ立つルーン兵たちの傍で一人の少女が呑気に溜め息をつく。


 ルーン兵が彼女に気付いて目を合わせた途端、その華奢な体躯からは創造もできないほど鋭い殴打が襲った。決して小柄ではない兵士の体が大きく吹き飛ぶ。続けて少女はすぐ傍の兵に蹴りを入れ、膝をつかせた所にすかさずの徒手空拳を叩き込む。


 軽やかな動きであっという間にその場を制圧してしまった少女――シェスタは、ふう、と息をついて髪を払った。まだ物足りないといった顔で次の獲物を探している。


「あたしもいるんだから。役に立ってみせるわよ……きゃっ!」


 物陰から、シェスタの背後にルーン兵が回りこむ。振り上げられた剣に気づきシェスタが息を呑んだ瞬間、しかしその兵は頭部を横から激しく強打され、地面に倒れた。


「もう、シェスタ。一生懸命なのはいいけれど、ちゃんと周りに注意しなくちゃだめよ」

「わ、わかってるわよ。ララン」


 振り回した細長い槍を肩にかけ溜め息をつくラランに、今度はシェスタが彼女の背後へと駆け寄り、忍び寄ってきたルーン兵を殴り飛ばした。


「あたしもちゃんとミレンギのためになれるんだから」


 えへへ、と得意げに鼻をかいたシェスタに、ラランはまた心配そうに嘆息をついた。


 そんな二人を横目に、ミレンギはセリィと共に更に奥へと突き進んだ。みんなが切り開いてくれた道。王城へと続くその道を、ミレンギはひたすらに駆け抜けていった。


「みんなの力が役に立ってるよ。シェスタも、ラランも、アニューも。それに、外で戦ってくれてる大勢の人たちも」


 ミレンギの持つ剣――イリュムを振りかぶり、風のごとく走りぬけ、目の前の兵を薙ぎ倒していく。一人、また一人。それでもミレンギを捉えようと幾人かのルーン兵が襲い掛かるが、身を屈めて攻撃を避け、鋭い剣筋で彼らの鎧ごと真横に切り抜ける。腕が届かず一人だけ取り逃したが、それもセリィによる竜結晶の魔法によって四肢を貫かれていた。


「私も」

「うん、そうだね。セリィもだ」

「うん!」


 再びの王城攻略。

 けれど今度の相手はただの人間ではない。竜を従える強敵だ。


 今の自分に倒せるかはわからない。

 ファルアイードでまったく刃を届かせられなかった相手にどうすればいいのか。


 必要なのは、ミレンギ自身が強くなること。

 肉体的にだけではない。精神的に、竜の力を引き出せるようにすること。


 まだ不安はあるが、セリィと一緒ならばやれる。

 その自信だけは、今のミレンギには人一倍にあった。


「ミレンギ。城に続く門を抜けたら道なりに坂を上って」

「わかったよララン」


 走る足を休めることなく、ミレンギはイリュムを操りながら更に敵陣の奥深くへと駆けていく。町の外ほどではないが、やはり敵陣の中枢ともなれば、城へと近づくたびに立ちはだかる兵の数も増えていった。それでも、四方からの攻めによって守備を強いられている分マシなのだろう。


 市街から隔てられるように聳え立つ城門をくぐり、道なりに。坂のような長い階段をしばらく進むごとに、関所のように陣を張ったルーン兵がミレンギを待ち構える。


「ボクはこの先に用があるんだ。どいて!」


 ミレンギが力を込めてイリュムを一薙ぎすると、紙を裂くように、ルーン兵の鎧が真っ二つに切り落とされていく。ミレンギの手の届かぬ相手にはセリィの竜結晶魔法が杭を打つように穿たれ、ミレンギを追おうとする者にはシェスタたちが襲い掛かる。


 拳の強打。流れるような槍術。魔獣の歯牙。

 勢いを持った波のような進撃がルーン軍を蹂躙していく。


 とどまるところを知らぬ破竹の勢いだったが、しかしミレンギはやっとたどり着いた王城の足元の広場でその足を止めた。


「随分と威勢のいい子どもさね。こいつがミレンギってやつかい、バットン?」

「がははっ。そうみてえだぜ、ケリー。雑魚どもがあっけなくやられてやがる」


 城内に足を踏み入れるための正門の手前。

 そこに立ち塞がるように二つの人影が待ち受けていた。


 一人は細身で背の高い、ケリーと呼ばれた女性。流線形の輪郭は凹凸があって艶かしいが、踊り子のような露出のある服の下には幾つもの傷跡が見てとれる。濃い紫色の長い髪を三つ編みに結った、歳は三十前後といった風貌だ。


 もう一人はバットンという大男。隣に並ぶケリーの二倍はあるかというような体格は、引き締まった無駄のない筋肉を曝け出し、自分の半身はあるような巨大な斧と小さな胸当てだけを装備した武官であった。


 その二人は他のルーン兵たちとは明らかに様子が違い、ミレンギも無策に切りかかることを思わず躊躇ってしまったほどだった。


 二人を見たラランが唾を飲み込む。


「ルーンの将、ケリー=ローメンス。バットン=ラーザー。聞いたことがあるわ。ガセフを両腕であり、ルーン建国当時から彼を支えてきた元騎士団兵がいるって」


「がははっ。こんなべっぴんに知られてるとは光栄じゃねえか。なあケリー」

「あたしは別に自分の名声なんぞ興味ないさね。ガセフの旦那がこのまま事さえ成してくれればね」

「かぁ、欲がねえ。人生つまらくなるぜい」


「欲に囚われればルーセントの二の舞。あの子も、生きて戻れば身の程を学ぶいい機会だったろうに――」


 ケリーが、腰に提げていた二本の短剣を引き抜く。


「せめてあたしたちで敵をうってやるとするさね」


「くるわよ、ミレンギ!」


 そうシェスタが咄嗟に声をかけたのとほぼ同時に、ケリーは力強く地面を蹴って詰め寄ってきた。


 素早い。

 剣を構えなおす暇もなく懐に入られ、ミレンギは素早く振り上げられたケリーの短剣を剣の柄でどうにか受け止めるので精一杯だった。


「へえ、やるじゃないさね」


 にたりをほくそ笑んだケリーは、すかさずもう片方の短剣をミレンギの空いた脇に差し込もうとする。ミレンギはそれを、上体を反って無理やりにかわした。後ろに身体が倒れそうになったところを、イリュムを握っていない方の片腕で支え、バネのように弾んでその場から跳びはねた。


 その一瞬の組合で、ミレンギは冷や汗をかいた。


 その女、さすがはガセフの両腕というだけはある。

 ミレンギの持ち前の柔軟さがなければたちまち串刺しになっていただろう。


「ミレンギっ! ……きゃあっ!」


 急ぎ援護に入ろうとしたシェスタに、今度はバットンが襲い掛かる。


 その巨体には不似合いな高速の突進。かと思えば目の前で正確に立ち止まり、豪快に腰を捻った大振りの斧を叩きつけてくる。華奢なシェスタに受け止められるはずはなく、死に物狂いで体を後方へと跳ねさせた。


 空を割った巨大な斧が、激しい轟音と共に石畳の地面を砕いた。大人半分ほどの空いた大穴がその威力の程を物語っている。


「ば、化け物ね」とシェスタは強がって言うが、内心ではおそらく震えていることだろう。一度あれを食らえば挽肉となる未来が簡単に想像できる。


 やはり強い。

 一筋縄ではいかない相手だ。


「セリィの力を使うか……」


 ミレンギは逡巡した。


 相手は強敵。

 しかし竜の力を使えばそれなりの有利は得られるかもしれない。


 だがそれでは――。


「ミレンギは先に行きなさい」


 もやもやしたミレンギの思考を取り払うようにラランが言った。


「こんなところで竜の力を浪費しては駄目。ガセフと戦う時のために温存するべきよ」

「ララン……」


 それはまさしくその通りであった。

 セリィの力は有限。以前酷使によって弱っていたように、まだ幼い竜である彼女はただでさえ力の容量に限度がある。


 できればガセフには万全の状態で挑みたい。

 彼には対となる竜の武器が、そしてセリィと同じ竜がついているのだから。


「行かせるわけないさね!」


 ミレンギの正面に立ちはだかるようにすかさずケリーが回りこみ、素早い短剣の連撃を繰り出す。しかしそれを、ラランが長槍をもって華麗に防いだ。手首の捻りで連撃をすべて受け止め、逆に押し返す。いくら素早くとも軽い短剣では簡単に押し返され、ケリーの獲物は大きく後ろに弾かれた。


「くっ……」

「グルウ、いって!」


 間髪入れずのアニューの声に、僅かに仰け反ったケリー目掛けてグルウが飛び掛った。寸でのところでかわされたが、それによってミレンギの道が開けた。


「行きなさい、ミレンギ!」

「がんばる。がんばって、たおす!」


「……ありがとう、みんな」


 ミレンギは二人に目配せをしつつ、セリィをつれて城門へと駆け出した。


 そうはさせんと、バットンが斧を片手に行く手を阻む。しかしミレンギは足を止めることなく突き進んだ。


 二人が交錯するかという矢先、バットンの腹部を強烈な衝撃が襲う。


 シェスタだ。


 振りぬかれた彼女の強打が大男の横腹を捉え、巨大な図体が僅かに押し退かされる。その開かれた直線を、ミレンギは一心に突き進んだ。


「へへん。あたしだって役に立つんだから。ミレンギ、頑張りなさいよ!」

「うん!」


 言葉と共に想いまで託されたかのように、ミレンギはシェスタたちに感謝を込めて頷く。開け放たれた城門をくぐりそのまま城へと駆け入った。


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