-12『勇ましき雑草の武勇伝』
◆
城門前での戦闘が開始された。
ファルド軍を率いるノークレンは、最前線を窺える位置で兵に混じって馬に跨っていた。
彼女の前方――城門付近では、攻城兵器を携えた歩兵部隊が城壁に張り付こうと、閉じた門前を守る敵部隊との小競り合いを始めている。
王都の東西南北四方にある巨大な城門。
そこを一斉に、四つの部隊が襲撃している。
ノークレンの指揮するファルド本隊。イグニス候の指揮する、ファルアイード近隣のルーンから解放された兵で成された部隊。更にはハーネリウス候の束ねるファルド兵と耳長族による混成部隊も一方を攻め、残りの一つも、先のノークレンによる抗戦布告に感化されて募った有志諸侯による部隊がふさいでいる。
まさにファルド全土から寄せ集められた総力戦であった。
篭城の構えを見せるルーン軍を着実に攻め込むため、ノークレンは素人なりにその戦況を見極めようとしていた。
矢などは届かない距離だが、それでも戦場の熱気は地鳴りのように震える空気と共に伝わってくる。
初めて間近で目にするその壮絶な争いを、しかしノークレンはその赤い瞳に焼き付けるように見守っていた。
そんな彼女の元にアーセナが駆け寄る。
「ノークレン様。少しお下がりください。万が一があっては困ります」
「いいえ。みんなが危険を顧みず戦っているのですもの。彼らにわたくしの姿を見せて安心させるため、貴方たちにはわたくしがついていると鼓舞するためにも、わたくしは決して退けませんわ」
毅然としてノークレンは突っぱねた。
引く意思を微塵も感じさせない通りの良い声に、アーセナは呆れと安堵がない混じったような息をつく。
「随分と強情になられた。つい先日、この王都で出会った頃とは大違いですね」
「わ、悪かったですわね。王らしくなくて」
ふん、とつんけんした態度で顔を背けたノークレンに、アーセナは優しく笑む。
「いえ。貴女は立派に王をまっとうされていますよ」
「……アーセナ」
偽物である少女が、自分のなすべき役割を理解した。
たとえ贋作であろうと、王として皆を導いていくということを。
「……わたくしが変われたというのなら、それはきっと、ミレンギのおかげですわ。あの子の偽物としてわたくしは作られ、そして裏切られ、本当の自分を知った。それは決して綺麗なものなどではなく、薄汚れた、嘘塗れの人生。真実を知った時、どれだけ自分の運命を、不幸を呪ったことか。わたくしなんて生まれてこなければとすら思った。
けれどそれでも、これでよかったと今は思える。それはミレンギがクレストを討ち、ルーンに攻め込まれてからも、絶えぬ心でこのファルドを生かしてくれたから。わたくしにやり直しの機会を与えてくれた彼がいなかったら、わたくしはきっと、今頃は人も知らず」
もちろんミレンギだけではない。
ノークレンという少女がいたこと。
彼女をグラッドリンドから救い出したアーセナがいたこと。
全てが今に起因している。
誰が欠けていても今にはなりえなかった。
だからこそノークレンはもう自分を否定したりしない。
「いつか国民に真実が告げられ、わたくしの出自が明らかになり、その信用が失墜するその日まで。わたくしは走り続ける覚悟ですわ」
心を乗せた実直なノークレンの言葉に、アーセナは柔らかく微笑んで返していた。その箱入り娘の成長振りを感慨深く受け止めているのだろう。
「貴女にも感謝していますわ、アーセナ」
「いえ。ファルドの民として当然のことをしているまでです」
「ありがとう。この国のために尽くしてくれて」
ノークレンの言葉を受け止めたアーセナはふと目許を赤くさせ、自分の鎧に刻まれたファルドの紋章に手を当て、深く思い入るように瞳を閉じた。それから、これまでで一番の、健気な少女のような純朴な笑顔を浮かべた。
「……はい。ありがとうございます」
それは一つの、アーセナにとっての救済だったのかもしれない。
ファルドのために少女時代の全てを捧げ、騎士の道に準じてきた。しかし正義と信じたそれは儚く裏切られ、一度は件を折った少女。
それが再び前線に立ち、今度こそつかえるべき正義の元にいるのだと、そう噛み締めているかのようだった。
ノークレンの瞳が、まだ物静かな落ち着きを保っている城内の方へと向けられる。
「人間が栄えるか、竜が栄えるか、それとも――。これからのファルドの行く末。貴方に託しましたわよ、ミレンギ」
果てない想いを祈りに捧げ、馬の手綱を引いて眼前の戦場に向き直る。
「我らには竜の加護がついていますわ! 決して劣ることはなく、恐れることもなし。ファルドの民の生き様を、この一戦にて示し、後世の歴史書へと語り継ぐ好機。ファルド統一。遥か昔の夢物語であった竜の伝承を、いま、わたくしたちが再びをもって再演する時ですわ!」
「「おおおおおおおおっ!!」」
勇ましく吠えるように檄を飛ばしたノークレンに、周囲の兵たちは武器の掲揚と地を震わすほどの轟声によって応えた。
天高く掲げられたファルドの旗が力強く靡く。
その追い風は砂煙を乗せて、王都を囲む四方の勇者たちへと吹き渡っていった。
◆




