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竜の落とし子 ~没落少年が最強へと至るまでの英雄譚~  作者: 矢立 まほろ
○ 第1部 -ファルド内乱編- 2章 『静寂の森』
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 -2 『束の間の休息』

「へいらっしゃいへいらっしゃーい。いい品そろってるよー!」


 石畳の大通りを歩いていると活気のいい商人の声が届いてきて、ミレンギはつい足を止めた。


「シドルドほどじゃないけど、ここもけっこう賑わってるんだね」

「鉱石の売買で盛んだからね。そういえばここには公演で来たことなかったわね」

「シェスタも来たことないんだよね」


「まあね。でも知ってるわ」

「なんだよその言い方。それじゃあボクがただの無知みたいじゃないか」

「間違ってはないでしょ」


 シェスタに哂われて、ミレンギはむうっと頬を膨らませた。


 昼下がり。

 ガーノルドが所用で席を外している間、ミレンギたちは町中を見て周っていた。


 山を抜けてこの町にたどり着いたのがつい数刻前。足を休めるためにラランは宿屋で休憩しているが、アニューはグルウを連れ立って堂々と歩いていた。さすがに町中でその巨躯は悪目立ちしていて、周囲の目を惹いている。


 こんな注目を浴びてしまって大丈夫なのかと思ったが、ガーノルド曰く、この町は安心できるとのことだ。


 軒先に並ぶ果実などを見てグルウがよだれを垂らす。

「グルウ、駄目。ご飯、違う」とアニューがぺちぺち顔を叩いてなだめていた。


「あれ、そういえばセリィは?」


 一緒に歩いていたはずの白銀髪の少女がいなくなってることに気付き、ミレンギは慌てて辺りを見回した。


 先ほどの大声の物売りのところに小走りで寄っていく彼女の姿があった。


「お、お嬢ちゃーん。興味ある?」


 炉端で商売をしているのは、ミレンギたちとそう歳も変わらなさそうな女の子だった。


 馬の尻尾のように髪を片方に結っている、明るく元気そうな子だ。彼女はやってきたセリィに目を光らせ、あからさまな腰の低さで迎え入れた。


「いい商品はいってるよー。きっと、ぜったい、まちがいなく気に入るよー」

「なにがあるの?」

「よくぞ聞いてくれました! じゃあじゃあ、こんなのはどうかな」


 傍らに停めていた荷馬車の後ろから木箱を取り出す。その中から彼女が取り出したのは、やじりの形をした半透明の結晶がついたブローチだ。


「……きれい」

「でしょう? そうでしょう? そうでしょうとも! この町で有数の細工職人の手によって作られた一品物。それがなんと五金貨だよ。これ以上ないくらいのお買い得だよ」


「これは美味しいの?」

「いやぁ~、あはは。味はちょっとわからないかなー

「食べられないの?」

「食べられないかなー」


 予想外の応答に、売り子の少女は苦笑を浮かべていた。


 セリィはやはりどこか変わっている。

 ミレンギは売り子の少女に同情してあげたくなった。


 普通に会話をできるようになったのだが、それからもセリィはたまにミレンギたちを困惑させていた。


 彼女には悉く、一般常識のようなものがないのだ。


 町で品物を買うときにお金を払おうとしない。

 食事をする時は食器を使わずに手と口だけで食べようとする。

 ついさっき少し雨がちらついた時も、雨宿りしようとせずに平気で濡れる。


 一番驚いたのが、この町の宿屋についてひとまず服を着替えることにしたのだが、ミレンギの前でも恥らいなく平気で服を脱ぎ始めたことだ。さすがにシェスタがそれを止め、何故かついでにミレンギを殴ってきた。


 どこまでも不思議な女の子だ。


 けれどもミレンギからすれば彼を支えてくれた恩人でもある。いつまで自分についてくるつもりかはわからないが、とにかく彼女に一般常識を教えることがミレンギの役割だった。


「セリィ、これは首からさげるものだよ。食べ物じゃない」

「そうなの?」

「そうだよ」


「ちょっと美味しそうだった」

「どこが……」


 鉱石の結晶を美味しそうだと言う人間なんて聞いたことがない。


 食べることは諦めたようだが、セリィはそれでも、そのブローチを眺め続けていた。ふう、とミレンギは息をついて懐をまさぐる。


「すみません。それ、ください」

「まいどありー!」


 気前よく金貨を受け取った売り子の少女が、商品と一緒に半透明の小さな丸石を添えて渡してきた。


「これは?」

「おまけだよー。幸運の魔石。外の国じゃ、これを万事安全の御守りとして肌身離さず持つ習慣があるんだよ。お客様も、持ってたらきっと良い事あるかもねー」


「そっか。ありがとう」

「またごひいきにねー!」


 満面の笑みで手を振ってくれた少女に笑顔を返し、ミレンギはセリィをつれてシェスタたちの元へ戻った。


「やっぱり食べるの?」とセリィが純粋な眼差しで尋ねてくる。


「違うよ!」


 どこまでも調子が崩されて逆に笑ってしまった。セリィはこういう子なのだ。


「はい、これ」

「……これ?」

「あげるよ」


 鉱石のブローチを手渡す。

 きょとんとした顔で受け取ったセリィは、途端に柔らかく破顔させた。


「いいの?」

「お礼だよ。ボクを助けてくれた」

「ミレンギを助ける。当然のことをしただけ。偉くない」


「そんなことはないよ。危険も顧みずにボクを支えてくれた。嬉しいことをしてもらったら、お礼をするのが普通なんだ」

「お礼……」


 ふとセリィが走り出す。

 道端に咲いていた黄色い花を摘み、また戻ってくる。


 そしてミレンギに満面の笑顔で差し出した。


「嬉しかった。お礼!」


 その無垢さに、ミレンギは「ありがとう」と微笑んで受け取った。

 

この少女がどこから来て、どうしてミレンギを手伝ってくれるのかはわからない。けれども彼女はどこまでも純真で、悪い子ではないと、ミレンギは心から思った。




 宿に帰ると先にガーノルドが戻っていた。


 待っている間、モリッツに足首を斬られて動くことが難しいラランの世話をしてくれていたらしい。宿の部屋に入ったとき、楽しそうに談笑する二人を見て、ミレンギはかつての曲芸団にいた時のことを思い出して心が落ち着いた。


 家族だった人たちはもうほとんどいない。ガーノルドによると酒場でほとんどの家族が殺され、どうにかその場から逃げ出した連中も、逃げ切るのは難しいだろうという話だった。


「一時のご休息は楽しまれましたかな」


 ミレンギたちが帰ってきたことに気付いたガーノルドが穏やかな顔で言った。


「うん。ちょっとは心の整理ができたかも」

「それはなによりです」

「ガーノルド、固いよ。喋り方も今までどおりでいいって言ったじゃないか」

「これが性分なもので」


「ふふっ。そういうところは昔から変わらないものね」


 ラランが微笑してからかうと、ガーノルドは恥ずかしそうに顔を赤らめた。


「ねえ、ガーノルド」

「はい」


「ひとまずここに逃げるまでは我慢してた。でも、今ならちゃんと教えてくれるんだよね。ボクのこと」

「……はい。しかし、それをお話しするには場所を移さねばなりません」


「場所?」

「はい。この町の自治をなさるお方、ハーネリウス様のお屋敷です」


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