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竜の落とし子 ~没落少年が最強へと至るまでの英雄譚~  作者: 矢立 まほろ
○ 第2部 -王の奪還編- 4章 『竜の伝承』
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 -9 『開戦』

 ファルド軍は王城を包囲するように広がり、ルーン軍と相対した。


 日も暮れようという黄昏時。

 総勢何千という規模の兵たちが、ファルドの旗をなびかせて佇む姿は壮観である。


 先頭に立つは、騎士団長アーセナの隣で、馬に跨った軽装の鎧姿の少女。不慣れながらもたずなを操り、北方に広がるファルド主力部隊の兵たちの前へと躍り出る。


 彼女の胸の甲冑に刻まれた竜の紋章に、王冠を模した軽装の兜。しゃんと張った背筋を伸ばし、金色の髪をなびかせ、その少女は腰元の剣を抜いて高く掲げる。


「わたくしたちの愛する祖国を取り戻す時ですわ!」

「「おおおおーーーー!」」


 声を張り上げた少女――ノークレンの言葉に応え、勇ましい鬨の声が響き渡る。


 これからの戦いは、この国の行く末を左右する。

 己の信ずるものが栄えるか滅するかの、その大事な選択が迫っている。


 それに赴く戦士たちの顔は皆真剣で、荘厳だった。


 王女ノークレンを崇拝するギッセンもまた、彼女の率いる隊列に入って鼓舞を受けていた。一人だけ感銘のあまり泣きそうな顔をしていて浮いている。


「私はこれほど本望なことがあるだろうか。いや、ない」


 そんな彼に、外套を被った小柄な少女が駆け寄る。


「はい、これ。ノークレン様がみんなに渡してって。お腹をいっぱいにしないと戦えないから、いっぱい食べてね」


 そう言って少女は、包みに巻かれたおにぎりを差し出す。


「おお、なんという心遣い。ノークレン様に感謝である!」

「おいしい?」

「うむ。きみには感謝である」

「わあい」


 ぴょんと跳ねたせいで少女の頭に被っていた外套が外れ、中から長い耳が現れる。慌てて少女が隠すように被りなおす。そして恐る恐るギッセンを見上げた。


 耳長族。

 かつて人間から排斥された種族。

 それが知られ、差別的に扱われるかもしれないという恐怖が少女を襲う。


 しかし、ギッセンはこと冷静に、自身が頬張ったおにぎりの残りを見やっていた。


「きみたちが作ってくれたおにぎりであるか?」

「……うん」

「きみの名は?」

「……ヘイシャ」


 やや怯えた様子で答えた耳長の少女――ヘイシャに、ギッセンはにっと口角を持ち上げる。


「うむ。感謝なのである。皆にも食べさせてやってほしいのである」

「……うん!」


 ヘイシャは表情を明るく一転させ、他の並んでいる兵士たちへご飯を配りに走っていった。


「よかったです。ヘイシャも嬉しそう」


 ギッセンとのやり取りを遠めで眺めていたヘイシャの姉のフエスは、豊満な胸を組んだ腕で支えながら、微笑ましそうに呟いた。


 そんな彼女の横で、出立の準備をしていたミレンギも一緒に見やる。


「耳長の人たちも協力してくれてる。フィーミアの人も。今はそんな垣根なんてないみたいだ。ずっとこのままの関係が保てたら良いのに」


「そうですね、ミレンギ様。ですが今は、ルーンという共通の敵を前に結んだ団結。これが後の世も末永く続くことを祈っています」

「だね」


 人間も、耳長族も、フィーミアの民も。皆が仲良く幸せに暮らせたらどれだけ良いことだろう。

 いや、彼らだけじゃない――。


「ミレンギ、準備はできたの?」


 シェスタが声をかけてきた。アニューやララン、他のみんなもいる。


 全包囲というほどにはいかずとも、街道を塞ぐように広がっていてはルーン軍も逃げ場がない。篭城の構えを見せ、ファルド軍とにらみ合っている状況だ。


 そんな中、ミレンギはその展開する方々のファルド軍のいない方面から、水路を伝ってこそりと隠れながら王都へ近づくことになった。


 注意を引いているうちに少数で王城へと忍び込み、ガセフを討つという作戦である。


 真正面からルーン軍とぶつかっていてはいずれ双方共に疲弊しきってしまう。そうなる前に決着をつけたほうがいい、というユリアの提案によるものだ。


 軍師として参入しているアイネは、ミレンギを敵の中心に投入する危険性を説いて反対していたが、むしろ被害を抑えられる可能性をミレンギが望んだこともあり、渋々頷いていた。


「準備ができたならさっさと動く。もちろん、あたしもあんたについていくわよ。ミレンギだけじゃ頼りないものね」


 危険の只中へと赴くミレンギに、いの一番にシェスタが声をかける。


 やはりというか、彼女の声はミレンギを安心させてくれる。ガーノルドを失った時に慰めてくれたのも彼女だ。ミレンギと共に育ち、お姉さんのように、時には妹のように仲良く過ごした本当の家族。


「あんたが置いていくって言ってもついていくから」

「言わないよ。頼りにしてる、シェスタ」

「そ、そう。だったらいいのよ」


 もしかすると拒否されると思っていたのだろう。

 思いのほかすんなり頷かれて拍子抜けしたのか、シェスタは顔を赤くして目を逸らした。


 彼女の代わりとばかりに、今度は小柄な女の子が駆け寄ってくる。


「アニュー、一緒。家族、守る」

「ありがとう。アニューにもぜひ手を貸してほしい」


 アニューの頭を撫でてやると、彼女は満足そうに頬を緩ませた。傍にいた漆黒の魔獣が嫉妬深そうに唸り声を上げ、うわっ、と情けない声を上げてしまった。


「グルウも。家族」

「ごめん、そうだね。グルウもお願いするよ」

「グルゥゥゥゥ」


 ようやくグルウも満足そうに頭をかがめ、ミレンギの顔に頬ずりをして見せた。やや硬い毛並みはさわさわと心地よく、くすぐったくてミレンギは目を細めた。


 そんな光景を、静観するように眺めていたのはラランとハロンドだ。


「立派になったわね、ミレンギ」

「なんだかマジの母親みたいですぜい、ララン」

「もう。お姉さんと言ってください」


 頬を膨らませて言い返すラランを、ミレンギは微笑ましく眺めた。


 年上のお姉さんとして、母親のようによくしてくれていた彼女には感謝の念が絶えない。それにハロンドも、その気さくな言葉で落ち込んだミレンギを励ましてくれたりした。


 皆、ミレンギにとって本当にかけがえのない人たちだ。


 だからこそミレンギはやり遂げたい。

 彼らの後押しによって歩き続けられたこの道の先へとたどり着くために。


「ぼ、ボクは戦闘は苦手なので後方にいさせてもらいますよ」


 上擦った声で胸の前で両手を振るアイネに、みんなが揃って笑い声を上げた。


 やがてそれも静まり、全員の顔が引き締まる。

 ミレンギの服の裾をセリィが掴む。見上げてくる彼女と目が合うと、ミレンギは小さく頷いた。


「みんな、よろしく頼むよ」


「まかせなさい」

「ん!」

「ぐるぅぅぅ!」


「ええ!」

「はいさ!」

「が、頑張ってください」


 それぞれに言葉を返してくれる仲間たちのあたたかさを感じながら、ミレンギは来る決戦に思いを馳せた。


 再びの攻城戦。

 けれど今回は総力戦ではない。

 水面下で忍び込み、ガセフだけを討つ戦い。


 これから、静かな戦いが始まる――。


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