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竜の落とし子 ~没落少年が最強へと至るまでの英雄譚~  作者: 矢立 まほろ
○ 第2部 -王の奪還編- 4章 『竜の伝承』
118/153

 -8 『送り出す竜』

   ◆


 ファルアイードの奪取。

 それはミレンギたちファルド軍にとってまたとない吉兆であった。


 その地でのノークレンによる徹底抗戦の布告もまた、日和見であって周辺諸侯を焚きつけ、各地に駐留するルーン軍への反乱が相次ぐ起因となっていた。


 ファルド有数の穀倉地の一つを失ったルーン軍。


 糧食の確保も難しくなった彼らに更に追い討ちをかけたのが、大陸を繋ぐアマルテ大橋うぃ破壊したという事実。結果として己の通商までも破壊してしまい、船による輸送も、奮起した各地の諸侯たちによって妨害を受けているという。ルーンに裏切った領主を住民の決起によって追放し、奪還した港町まであるという。


 これほどのファルドの抵抗は予想外だったのか。


 いや、それともガセフにしてみれば竜の武器さえ手に入れば問題がなかったのか。今にしては長期性のない無謀な侵略に見えるが、もし彼が竜の武器を二つとも手に入れていたなら、その脅威によってファルドは瞬く間に崩壊していたかもしれない。


 しかしそうはならなかった。


 ミレンギという竜に選ばれし子の存在。

 そしてファルドの国民たちに決起の志を示した勇ましき王ノークレンの台頭。


 その二つの事象が重なり、ファルドはその息を吹き返そうとしていた。


「頼りであった竜の武器を独占できず、ルーンの勢いは挫かれておる。今こそ反撃の狼煙を上げるときじゃ」


 改めて開かれた軍議の場で、ユリアは声高らかにそう言い放った。


「ルーンの脅威はガセフと、奴に付き添う竜のみ。それさえ排除すれば、奴らは本拠から離れた孤立無援の地で自然と瓦解していくことじゃろう」


 狙うはガセフの首のみ。

 それがひとまずの目標として掲げられ、ミレンギたちファルド軍は行動を開始した。


 まず第一に、要地であるファルアイードの守備を固め、そこを足がかりに再編されたファルド軍によって反撃を開始した。


 全軍の指揮はアイネなど数人の参謀役を集め、前線はファルアイード領主イグニスを筆頭に軍を率いている。


 ファルアイードを南下してファルド西方の所領を攻略、解放していったファルド軍の勢いはまさに破竹のものであった。行く先々で新たに仲間を吸収し、その規模はどんどんと膨れ上がっていった。


 ルーン軍は次第に各地を追い出され王都へと集まっていた。

 そうしてミレンギたちは再び、王都ハンセルクの攻略へと臨むこととなったのだ。


 かつては反乱軍として相対した城壁の町。

 しかし今は、ファルドの全てを背負った正規軍として、国を取り戻すために王都を奪う。


「ボクは一度、アドミルの光としてこの王都を攻め入った。その時もいろんなことがあって、思えば、あの時からずっと走りっぱなしだった気がする」


 ミレンギはシドルドの官舎の中庭にて、そこを埋め尽くさんばかりに立ち並んだファルド兵たちに向けて言葉を紡ぐ。


 竜を象ったファルドの旗が風に揺れ、全員の胸元につけられた竜の紋章が陽光を反射してきらりと輝く。彼らの厳しい顔は総じて前方にいるミレンギへと向けられている。


「これまでの戦いで、ボクはたくさんのことを学んで、たくさんのことを得られた。その代わりに、たくさんのことも失った。それはきっと皆も同じで、人間同士の争いで多くのものが失われたことだと思う。


 ボクはもう、そんな悲しい戦争は終わらせたい。ガセフを討ち、本来あった平和なファルドを取り戻す。そのために、また皆に力を貸してほしい。再びハンセルクの喉元へと食らいつくための道を作って欲しい。そのために、皆の力が必要なんだ」


 ミレンギが、立ち並ぶ屈強な兵士たちの顔を見やる。


「皆、ボクと共に進もう! 争いのない平和な世界を勝ち取るために!」


「「おおおおお!っ」」


 ミレンギの言葉に応えるように、地鳴りのような激しい鬨の声が響き渡った。


 ファルドの皆がこれ以上にないほど一致団結している。

 本当のファルドを取り戻すため。逆臣ガセフを討つため。


 士気の高まりは最高潮だった。


 この流れを逃してはいけない。

 そう判断したユリアやアイネたちファルドの頭脳は、全軍をもっての王都総攻略戦を提案した。


「ミレンギ。おぬしにこのファルドの未来を託す。最も人を知り、最も竜を知るのはおぬしじゃ。人と竜の今後を決めるのはミレンギ以外に相応しい者はいないじゃろう。もしガセフを討ち取った後、おぬしがどういう選択をするのか。この世界の行く末を、よく見定めさせてもらうのじゃ」


 まるで子を送り出す親のようにユリアは言う。

 彼女の言葉を、ミレンギは噛み締めるように受け取った。


「可能性というものは一つではない。これからの人と竜のあり方を決めるのはお主たち人間じゃ」


 人間の国と、竜人の国。


 以前の二つは相容れず、互いに争いあうか、不干渉に距離をとるかでいがみ合っていた。


 けれどこれからどうなるかは、ミレンギたち、今を生きている人次第。これからの歴史を作っていくのは他の誰でもなくミレンギたちなのである。


「お主らが選んだというのなら、わらわもそれを応援しよう。だから後悔のない選択を、な」

「ありがとう、ユリア様」


「竜の武器は己の心に影響する。その芯を屈さぬ限り、イリュムはおぬしを阻む全てを貫くじゃろう。しかし心が曇れば、その切っ先も途端に鈍らと化す。おぬしが強くなれるかどうかは、おぬし次第じゃ」

「……ボク、次第」


 ユリアの言葉からひしひしと伝わってくる重圧。

 しかし、不思議とそれほどに苦しさは感じない。


 ミレンギにはセリィがいてくれるから。一人ではないから。だから最後までやり遂げられる。そう確信できるから。


 ついてきてくれる人。

 ついてきてくれた人。


 皆を幸せにするため、ミレンギは進み続ける。


「ミレンギ。わらわの大事な娘をよろしく頼むのじゃ」

「やっぱり。セリィはユリア様の子どもだったんですね」


 直接聞かされてはいなかったが、予想はできる。


「永き時を休んでようやく生まれた卵じゃった。アムリタでこしらえた宝飾に魔法でその卵を埋め込み、ジェクニスに託した。やがておぬしの身を守る竜となるために」

「そっか。あのブレスレットって、てっきりお母さんの形見なんだと思ってたよ。渡された時もそう聞かされたし」


 そう思うと寂しいけれど、大事にしてきた意味はあったのだと嬉しくも思う。


「小さい頃、孤児院にまでボクを尋ねてきてくれた人がいたのを覚えてる。古代竜言語も、竜の御伽噺も、その人が教えてくれたんだ。ボクはそれがすっごく楽しみで、その人がたまに来てくれるのが待ち遠しくて仕方なかった。ブレスレットもその時にもらった。思えば、あれがジェクニス王だったんだね」


 おそらく身分を隠して会いにきていたのだろう。

 ミレンギにとっては知りも知らぬ他人なのに良くしてくれる人でしかなかったが、今になっては納得だ。


 ほどなくして彼は孤児院に来なくなり、それからすぐに内乱が勃発してファルドが割れた。そしてミレンギはガーノルドに引き取られることになる。


 ああ、そうか。とミレンギは理解した。


 小さな頃、ミレンギはジェクニスから託されたのだ。

 竜の卵と共に、ファルドの将来を。この先の未来に繋ぐ王の遺志を。


「ミレンギ。おぬしは生まれたときから、この国の行く末を担う運命を背負わされていた。わらわたちがその枷を繋いでしまっていた。本来ならばただの少年としてもっと平凡な日常を暮らせるはずじゃったのを、わらわたちの都合で、無理やり舞台上に捕らえてしまったのじゃ。本当に、すまないと思っておる」


「ユリア様……」


 ミレンギもまだ成人したばかり。

 青年としてこれから脂が乗り、人生の最盛期を謳歌しようという年頃だ。


 同じ年代の子であればまだ修学のために学校へ通うものもいる。早くも職につき一生の家族を得ている者もいる。ふと異性と出会い、甘い色恋にうつつを抜かす者もいる。


 そんな平凡な、多くのものに約束された淡き青春がミレンギにはまったくなかった。


「大丈夫。ボクは自分が、ユリア様たちの駒だとは思ってないよ」

「ミレンギ」


「ボクは、ボクがやりたいからこの道にいるんだ。そりゃあ、最初は無理やりだったよ。けれど引き返す道はあった。確かにあったんだ。けれどもボクはここにいる。それは。きっとボクが心からここにいるべきものだと思ったからだ。だから、ボクはこの道に誇りを持って生きているよ」


 きっと最初の頃のミレンギならばそうは思わなかった。

 けれどたくさんの経験を得てここにまでたどり着いた。


 その道を否定することはガーノルドたちを否定することになる。


 それだけはやめようと、ミレンギは強く思った。


「あ、そうだ」

「なんじゃ」


 ふと顔を持ち上げたミレンギに、ユリアが小首を傾げる。


「ユリア様ならボクの本当の両親を知ってるんだよね。セリィはわかったけれど、じゃあボクは誰の――」

「それは……」


「ミレンギ様! アイネ様がお呼びです!」


 二人の会話を遮るように、二人の話していた部屋に兵士が駆け込んでくる。


「いってくるがよい」

「でも」

「募る話はこれからいくらでもできよう。ガセフを倒したその後でな」

「……うん」


 後ろ髪を引かれるミレンギの背中を押すようにユリアが優しく微笑んだ。


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