-7 『調和』
お腹がすいたので、セリィは食堂に顔を出してみた。
ちょうどみんなの夕飯を準備し始めていたようで、厨房には皮の剥かれた芋が積まれ、小気味良い包丁の叩く音が響いていた。
そんな中、給仕係に混じって段取りの指揮をとっているのはラランだ。
まだ妙齢というのに家事も料理も完璧にこなす彼女は、皆の若妻のように慕われている。
「あら、セリィじゃない。またお腹がすいたの?」
セリィに気付いたラランは、厨房の棚から箱を取り出して、中から一欠けらの干し肉を渡してくれた。箱には『セリィ用』と書かれている。
受け取ったセリィはそれを、リスのように両手で掴み、かりかりと少しずつ味わうように食べていった。
「セリィは可愛いわね。見てて飽きないわ」
ラランが優しくなでてくる。
ミレンギにしてもらう時のようなドキドキはないが、ラランはまた違ったほっこりする優しさを感じて、眠たくなるくらい気持ちよくなるから好きだ。
「ララン。ラランは、お母さん?」
「ええっ? 急に何を言い出すのよセリィ」
「皆、ラランをお母さんって言ってる。お母さんは、子供に優しくて、安心させてくれる存在だって聞いた。だから、ラランはお母さん?」
セリィの純朴な問いに、ラランは困った風に眉をひそめた。
「うーん。私もまだ、ミレンギとそう変わらない年齢なんだけど……。でも、そう言ってくれるのは嬉しいわね。私にとって皆は家族みたいなものだし」
「家族?」
「そう。血は繋がってないけど、同じところにいて、同じご飯を食べて、同じことを思う人たち。それってもう、家族みたいなものよね。だから、私は皆が楽しそうにしてて、美味しそうにご飯を食べてくれるのが大好きよ」
そう言って微笑むラランの表情は爽やかだった。
「……でも私は、家族がいない」とセリィが声を萎ませる。
そんなセリィが咥えていた干し肉の一部をラランは千切り取り、口の中に放り込んで頬張った。
「セリィも私たちの家族よ」
「私も?」
「ええ、そう。家族って良いものよね。いてくれるだけで安心できる。皆が笑っている顔を見るだけでこっちも嬉しくなってくるんだもの」
「私が笑ってても?」
「もちろん。それだけじゃない。セリィが困った顔をしてたら励ましたくなるし、怒ってたら理解してあげたくなる。家族って、かけがえのない大切なものなの。まあ、たまぁに――」
ふとラランの視線が横を向く。
その先には、厨房の隅からこそりと忍び足で出てくるハロンドとギッセンの姿があった。手には酒瓶と干し肉などの食料が少量。
鋭く差すようなラランに睨まれ、二人の足は蛇に睨まれた蛙のようにぴたりと止まっていた。
「決まりも守れない粗相をする悪い子もいるけれどね」
「ち、違いますぜ。これはちょっと重要な任務であって」
「そ、そうである。我々は決して、勝手に失敬して昼下がりの一杯に洒落込もうなどとはしていないのである」
それぞれに言葉を返したハロンドとギッセンの口ぶりはひどく震えているようだ。
「嘘を言わないでください。お酒もタダじゃないんですよ」
「そ、それはだな……そう、そうだ。ギッセンがどうしてもやれって言ってきたんでさあ。だから俺は仕方なく付き合って」
「ななっ、ハロンド殿! 最初に言い出したの貴公であるぞ!」
「いやいや。俺はやめとけって言ったぜ」
「夕食前の忙しい時間ならそれに紛れていけるって言ってのはハロンド殿であろう」
「いやいやいやいや。ラランにばれたらまずいから止めとけって言ったのを跳ね除けてきたのはお前だぜ」
「私は跳ね除けてなどいないのである。ちょっと舌が寂しいと言っただけなのである。夕飯まで我慢できないと言っただけである!」
「つまりは行こうってことじゃねえか」
「私は決して、行こう、とは言っていないのである。欲しいな、としか――」
「二人とも! 罰として夕食の準備を手伝ってもらいます!」
「……へ、へえ」
「……う、うむ」
醜く言い争っていたハロンドとギッセンだが、ラランに怒鳴られ、二人は落ち込むように肩を落として厨房へと戻っていった。
「まったくもう。ハロンドさんたちも子供みたいに手が焼けるんだから」
そう言って嘆息をつくラランを、しかしセリィにはどこか楽しそうにすら見えた。
これが家族というものなのだろうか。
ハロンドたちのやり取りを見ていて、セリィはどこか羨ましく思った。
自分が家族であるのなら、あんな風になれるのだろうか。
「……っあ!」
唐突に、セリィが自身の手に持った干し肉に目を落とす。
「……これ、駄目?」
「え? ああ、ハロンドさんたちを見て気にしちゃったのね。いいのよ、セリィは可愛いから。食べる姿を見てると癒されるもの。食べて幸せ、見てて幸せ。良い等価交換だわ」
ふふっ、と優しく微笑んでくれるラランは、やはり本当のお母さんのような臭いがした。
残っていた干し肉を全て食べきり、ぱんぱんと手を叩く。そしてラランへと顔を向けると、
「お手伝いする! 罰だから!」と、セリィは元気よく厨房へと走っていったのだった。




