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竜の落とし子 ~没落少年が最強へと至るまでの英雄譚~  作者: 矢立 まほろ
○ 第2部 -王の奪還編- 4章 『竜の伝承』
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 -5 『竜の武器』

 それからのセリィの様子はどうも上の空で、おでこも熱がある様子だった。ミレンギが手を当てると、彼女は嫌がるように慌てて顔を離していた。普段は撫でてやると喜ぶのに、とミレンギは一抹の寂しさを覚えた。


「外の空気でも吸ってこれば良い」とユリアに言われ、セリィはぼうっとした様子のまま部屋を出て行ったしまった。


「いったいどうしたんだろう」

「どうもしとらんよ。強いて言えば、成長していってるだけじゃ」

「……?」


 ミレンギにはいまひとつわからなかったが、追求するようなものでもないと思い、それ以上には言わないでおいた。


「どうにせよ、ひとまずの目標は決めねばならん」


 一度緩んだ空気を引き締めるようにユリアが言った。


「ガセフ、だな」と重々しく口にしたのはハイネスだ。


 竜の国にいるという英雄アーケリヒトを救うにしても、まずはルーンを併合しなければならない。人間が一つにならねば竜と戦うことなどできないのだから。


 そのためにもガセフを打倒する必要がある。

 しかし先のファルアイードで相対した時のように、ガセフには強大な力がある。彼を取り巻く一人の竜人の少女と、何物も通さない鉄壁の壁。それを崩さなければ勝てはしない。


「でもあの鉄壁の守りを崩せる気がしないよ」


 ミレンギの率直な感想に、ユリアはさも当然とばかりに頷いてみせた。


「それは、あやつが持つ盾のせいじゃ」

「盾……」


 すぐに思い当たる。

 彼の腕につけられていた、とても身を守るには乏しそうな菱形の盾だ。


 しかしその盾が繰り出す巨大な魔法の壁は、ミレンギたちのどんな攻撃をも通さなかった。まさに絶壁だ。


「あれはわらわがアーケリヒトに貸し与えたもの。竜の加護と呼ばれる由縁となった、竜の武器じゃ」


「竜の武器?」とミレンギが小首を傾げると、ユリアはこくりと頷いた。


「人間の戦争を終わらせるため、わらわは竜の素材を使って、そこに魔法を込めた強力な武器を作ったのじゃ。一つは竜の牙によって作られた、何物も切り裂ける最強の剣。もう一つは、何物も通さぬ最強の盾。名を『イリュム』と『グランデ』という」


「古代竜言語で、勇気と希望」

「うむ。よく知っておるの、ミレンギ。それは、そうわらわが名付けたのものじゃ」


「そのうちの盾――グランデを、ガセフが持っているということですの?」


 問いかけたのはノークレンだ。


「そうなるの」

「そのようなもの、どうして彼が持っていますの?」

「それは、奴が王都で手に入れたからじゃ。残念なことにの」


 ユリアが改めてミレンギたちへ向き直る。その表情は真面目だ。


「王都の城に隣する聖堂。そこには、わらわが貸し与え、かつてアーケリヒトが使用していた、その竜の武器を封印しておったのじゃ」


 一同が驚く中、アーセナが身を乗り出した。


「そんなものがあそこに? 私はクレストの祭事で何度も訪ねたことがあるが、そのようなものはまったく見当たらなかったですが」

「当然じゃ目のつく所には置かれておらぬし、そもそもその武器が収められておることすら、そこに従事する聖職者の中でも信のおける者のみしか知らぬことよ。おそらくクレストすら知らんかったじゃろうな」


「そんな大事なものがあったなんて……」とミレンギは驚いた。


 あれほどの強大な力。

 ファルドとルーンでの争いに使用されたら戦況が一変しかねない。


 いや、今まさにその危機である。


「此度の侵攻。ガセフの最たる目的はおそらくあの聖堂に眠りし二つの竜の武器じゃろう。あれは人知に余るものじゃ。使われては防ぐのは困難。人間の力だけではたちまち滅ぼされていたじゃろうな」


 聖堂に封じられた武器が目的。

 それならば、北方に逃げたミレンギたちをルーン軍が執拗に追撃してこなかったことも頷ける。


「じゃがガセフの目論見はやや外れたようじゃ。奴はその竜の剣と盾を使ってわらわたちに攻め入るつもりじゃった。しかし、奴が手に入れられたのは盾――グランデだけじゃった」

「では、剣はどこへ?」


 率直な疑問をアーセナが投げる。


 全員の疑問の視線が向けられる中、ユリアはゆるりとその眼差しをミレンギへと向けた。いや、正確にはミレンギの腰元。柄に掲げられた白銀の剣である。


 それに気付き、ミレンギは慌ててその剣を手にとった。


「まさか……」

「うむ。それが竜の武器の一つ――竜の剣イリュムじゃ」

「どうしてボクのところに」


 疑問が浮かんだが、すぐに解決した。


「そういえば、これをくれたのはミケットだ」

「そうだよー。あ、まだツケを払ってもらってないからねー」


「ご、ごめん。いろいろ落ち着いたらちゃんと払うから」

「払えなかったら一生あたしの下僕として働いてもらうからねー。いろいろとお世話させちゃうから」


 舌を出しておどけてみせたミケットにミレンギは苦笑を返す。

「こりゃ」とユリアがミケットの頭を小突き、短い悲鳴が上がった。


「どんな攻撃をも通さぬ鉄壁の盾のグランデに対し、イリュムは魔法を注ぎ込むことでその鋭さを増す剣じゃ。竜の生み出すエルドラグの結晶は非常に硬く、並みの衝撃では決して砕けぬ。しかし同じく竜の神性を纏ったイリュムならば可能になるのじゃ」


「だから、あのルーンの竜が作った結晶も斬ることができたんだ」

「そういうことじゃな」


 まさか自分がそんな物を持っていたとは。

 驚きを隠せないミレンギにアーセナが歩み寄る。


「少し見せてもらえないだろうか」

「は、はい」


 白銀の剣を手渡すと、途端、受け取ったアーセナの手が沈み込むように下がった。


「なんだこの重さは。こんなものをずっと持ち歩いていたのか?」

「え? ええ、そうだけど」


 アーセナから返されたそれをミレンギは軽々と手にする。


 そういえばミケットから買った時、シェスタも同じようなことを言っていたのを思い出した。とても重い、と。しかしミレンギには一切そう思えないのが不思議でならなかった。


「それは、その剣が持ち主を選ぶからじゃ」

「持ち主を選ぶ?」

「竜の武器はいわば竜の力を使うこと。しかし並の人間には余りある。アーケリヒトはわらわと直接契約をし、憑依によってわらわの力を貸していたことで例外的に扱えたが、本来はそれなりの竜の血を引く者でなければ到底扱いきれぬ代物なのじゃ」


「だから王族の血を引くミレンギは大丈夫ですのね」

「うむ、ノークレンの言うとおりじゃ。それに、そもそも聖堂の封印は竜の血が濃き王家の者にしか解けぬはずじゃった。であるからこそガセフに奪われることはないと思っておったんじゃが……」


 ユリアの言葉尻が窄み、眉をひそめる。


「奴も遠縁とはいえ王族の末端じゃったということを失念しておった。しかし普通であればやはり封印を解くことは無理なのじゃが、先祖返りじゃろうか、思ったよりもガセフの竜の血は濃いようじゃ」


 つまり竜人とまではいかないが、竜に近い人間ということ。


「竜の血が濃ければそれだけマナを使役しやすく、竜の力とも馴染む。竜の武器も、竜の力を借り受ける竜の憑依までもが、奴は人並み以上に使いこなせてしまうということになるのじゃ」


「竜の憑依って、セリィが魔法をかけてくれるやつですね」

「対象の体を巡る生命の流れに竜の力を注ぎ込み、マナの動きを活発化させる。ガセフはユーステラにより、その力を十二分に引き出しておるのだ」


 それはひどく耳にしたくない凶報だった。


 敵はクレストのような小物ではない。

 歴然とした強敵であると再確認された気分だった。


「だったら」と傾聴していたハーネリウス候が口を挟む。


「剣をミレンギ様に持たせたのならば、縦も一緒に渡せばよかったのでは?」

「うむ、至極最もな意見じゃな。じゃが、そうもいかぬ理由があるのじゃ。竜の装備は使用者の負担も大きい。まだ未熟であるミレンギはその負荷に耐えられるほどではなかったのじゃ。もし無理をして使用すれば、身体中のマナを搾り取られて絶命することじゃろう。じゃから機を計ろうと、段階的に渡していたんじゃよ」


「とりあえずおばば様に言われたとおり渡してたけど、ただ出し惜しみしてたわけじゃなかったんだねー」


 ミケットがふざけた調子で言ったところを、またユリアが小突いてたしなめた。


 確かにその剣のことを最初から知っていれば、ミレンギはもっと多くのものを守れていたかもしれない。その時のミレンギが未熟だったばかりに届かなかったものが。


「おぬしは着実に成長しておる。肉体も、そしてなにより心が。その道のりを否定するようなことはするでないぞ」


 一瞬だけ後ろめいた心を見透かされたようにユリアに言われ、ミレンギは首を振って顔を持ち上げた。


「イリュムを託してもらえるくらいには成長してるんだ。ボクは、もっと強くなるよ。グランデも制御できるくらいに」

「うむ、その意気じゃ」


 そうでなくてはおそらくガセフは倒せない。

 あの自身の裏付けのように強固な壁は崩せない。


 ミレンギは成長している。

 もう心の刃の切っ先を迷わせないと誓ったから。


「ガセフの盾を貫くにはミレンギの剣でなければならない。実質、ミレンギ一人に委ねてしまうことになりますのね」


 残念そうに力なく呟くノークレンに、ミレンギはなるたけ明るい声調で返す。


「大丈夫。ガセフにたどり着くまではみんなの力を借りなきゃいけないし。それに、ボクにはセリィもいる。だからボクは恐くないよ」

「……そうか」


 言葉を聞き、ユリアの口角がどこか嬉しそうに持ち上がる。その表情は朗らかで、優しい眼差しをしていた。まるで我が子を愛でる母親のようだった。


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