2-1 『古きを継ぐ者たち』
2 静寂の森
鉱山の町『シュルトヘルム』はシドルドから北方に位置する中規模の町だった。
三十年ほど前、汚職疑惑によって都を追われた貴族ハーネリウス候によって拓かれ、いまや国一番の金属生産量を誇るまでになった比較的新しい町である。
干ばつも激しく農業もやりづらいほど痩せ細った、切り立った山々が連なるだけのこの土地を裕福にしてみせた彼の偉業は、現在となっても英雄的存在として労働者たちに担ぎ上げられている。
金属の加工屋や販売店などが連なる街の大通りには、彼を模した石像まで立っているほどだった。
金属の売り買いによって富と名声を得たハーネリウス候は、ファルド国内でも有数の権力を持つ諸侯とまで成り上がっている。
「此度の支援、誠に感謝いたしまする」
貴賓室の上質な革椅子に腰を下ろしたガーノルドは、眼前に座する白髪長毛の痩男――ハーネリウス候に深々と頭を下げた。
「そう畏まるな。ガーノルド殿こそ、この十年間、よくぞ任を全うしてくれた」
「恐縮です。しかし、今回の件で少なからずの損害を受けてしまいました。それに、奴らに我らの存在も気取られております」
「犠牲については惜しむべきこと。しかし、後者においては遅かれ早かれ同じことだ」
ハーネリウス候は切れ長の瞳を更に細めて笑む。
「しかしどんな困難があろうとも、我らの御旗が下ろされぬ限り、希望は消えることなどない」
「私も、命を賭しても支え続ける覚悟でございます」
「変わらんな、昔から」
「そういう性分でして。もう五十年も生きてきました。今更生き方も変えられませんゆえ」
「難儀な性格だ。いや、それは私も同じか」
ハーネリウス候が、暖炉の上の壁に飾られた旗を見やる。
人と竜が重なり合う形を模した、この国『ファルド』の国旗である。
「私もこの十年間、起床しては一番に御旗の前に立ち、傾注してきた。この旗を何の憂いもなく青天になびかせるその日を夢見て、だ」
「きっとその夢も叶いましょう」
「ああ、叶えるさ。それが私の、あの人への贖罪になるのだから」
二人の視線は、掲げられた旗のずっと向こう、どこか遠い昔を眺めているかのようであった。




