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竜の落とし子 ~没落少年が最強へと至るまでの英雄譚~  作者: 矢立 まほろ
○ 第2部 -王の奪還編- 3章 『通商連合』
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 -20『大切な人のために』

 それは風が青色を纏っているかのようだった。


 淡く輝く切っ先が残像の軌跡を描く。波のように揺らんだそれは、ルーセントへ向けて光の速さで駆け抜けていった。


「うおお!」


 一瞬にして懐に飛び込んだミレンギが、すかさず一刀を振りかぶる。


 だがルーセントもそれを見切っていた。

「甘いぜ」と結晶の腕で掴んだ剣を掲げて構える。

 振り下ろしたミレンギの一撃は頑強なその剣によって的確に防がれた。


 やはり一筋縄ではいかない。

 しかしミレンギにも手ごたえはあった。


 体が以前よりもずっと軽い。

 柄を握った腕はいつもよりずっと綺麗に振りぬけているし、自分の力に振り回されて体勢を崩すようなこともない。冷静に体を制御し、相手を見据えることができている。


 グランゼオスと戦った時よりも力が増している気がすた。アミリタでユリアに魔力をわけてもらったおかげだろうか。


 ミレンギは立て続けに、足を踏み込ませて横に薙いだ。


 ルーセントはその悉くを剣で受けとめる。

 ミレンギの勢いにやや押されはしたものの、彼も体勢が崩されることなく保っていた。


 そして一瞬の打ち込みの遅れを見逃さず、力のままにミレンギの剣ごと押し返される。


 圧倒的な破壊力を持ったその一撃を、ミレンギはどうにか身を屈めて踏ん張ることで受け止めた。しかしミレンギの足元の地面には亀裂が生じ、一瞬でも気を抜けばぺしゃんこに押し潰されそうだ。


 もしセリィの強化魔法がなければ今頃は肉塊になっていたことだろう。


 どうにか力を込めて払いのけたものの、すぐに再びの一撃をルーセントが繰り出してくる。もはや受け止める気にはなれず、ミレンギは体を投げ出すようにして横に避けた。


 気圧されぬようにもう一度ミレンギも打ち返すが、今度は隻腕の腕ではなく鉄剣の柄に容易く受け止められてしまう。


「……くっ」

「どうした」

「……まだまだ!」


 もう一度。更にもう一度。

 何度も剣を振るってみるが、しかし動きは読まれ、鉄剣で受け止められては軽くいなされ、返しの刃とばかりに俊敏な隻腕の一撃が襲い来る。


 セリィの魔法でミレンギも相当に強化されているはず。体も軽いし力も入る。あのグランゼオスを倒したほどだというのに、どうしてか目の前のルーン兵には及べない。


「しかしびっくりしたぜ。まさかお前も、竜の憑依ができるとはな」

「竜の憑依? この魔法のこと?」

「なんだ、知らないのか」


 剣がぶつかり合うと共に互いの言葉も交錯していく。


「竜ってのは人様の能力を魔法によって向上できるんだと。その肉体に眠ってる野性的な素質を引き出し、自我で引き止めてしまっている限界を超えさせるんだ。だから人間を遥かに凌駕したことができる。こんなふうにな!」


 ルーセントが結晶の拳で地面を叩く。

 激しい亀裂がはしり、砕けた石のつぶてがミレンギを襲った。


 おそらくあのルーセントもルーンの将兵とはいえ、グランゼオスほどの武をもっているわけではないだろう。しかしそれを遥かに飛躍させているのが、ユーステラ。


 まさに伝承で聞くような竜の加護


 戦乱に明け暮れていた世を一人の英雄と相棒の竜が纏め上げたという話も、あながちこれを見れば信憑性が増してくる。


「でも竜は絶対数が少ない。いくら竜そのものが絶対的な強さを誇っていても、数で押されれば負けちまう。それは遥か昔の歴史が物語ってる。今の時代に人間が竜の存在を知れば、押し寄せて奪い取ってでも欲しいって思うだろうよ、こんな力。かつての竜が滅んだのも数で負けたからだしな」


「だから竜人は人間を支配しようとしているの? 自分たちが人間に奪われる前に」

「そうなんじゃねえか? まあ、竜人に聞いてくれよ。俺は詳しくは知らねえし」

「どうしてルーンは竜人の味方をするのさ。竜の子まで与えられて」


「それも知らないな。親父さんがそう言うからついていく。それだけだ。俺たちの進む道が人間のためになるんだよ」

「竜に隷属することが人間のためなの?」

「俺が知らねえよ!」


 ルーセントがまた結晶の腕を振るい、剣戟の衝撃波がミレンギを襲った。


 まともに受けるのは不味いと悟ったミレンギは身を捻ってかわし、距離を詰めて喉元に向けて蒼白の刃を突き刺す。しかしそれも避けられ、結晶の腕によって払い落とされた。


 倒れそうになったのをミレンギはかろうじて片足で踏ん張り、その足を軸にして跳ねて距離をとる。


「おっと、いいのか? 俺から離れてよ!」

「え?」


 自分のことで手一杯になっていてミレンギは油断していた。


 ルーセントの矛先が、ミレンギとはややずれた場所へと向けられる。その方向の先にはセリィがいた。


 彼は剣を振りかぶると、何の躊躇いもなく彼女に向けて振りぬいたのだった。


「しまった!」


 距離はあるものの、衝撃波の斬撃が空を裂いて走り行く。


 セリィならばその程度の攻撃くらい、得意の結晶魔法を使って壁を作るなりして逃げられるだろう。しかしこと今に限っては、ミレンギに力を注ぐことに集中するあまり、自衛の手段を完全に失っていた。


「いくら竜を憑依させても術者を叩けば効果は切れるってもんだぜ」

「くっ!」


 ミレンギは急いで彼女の方へ走り、間一髪のところでそれを防いだ。代わりにミレンギの体が僅かに切り裂かれ、血が流れる。


「ミレンギ!」とセリィが悲壮に声を上げるが、しかしミレンギは強がった笑みを返した。


 ルーセントの傍らで彼に魔力を注ぎ続けているユーステラが、見下すような冷たい目つきでセリィを見やる。


「竜のくせに人に護られるのですか? 恥さらしですね」

「……わたし、は」

「所詮は未熟な竜。貴女には何も守ることなどできませんよ」

「そんな……そんなことないっ」


 言い返すセリィの声はひどく震えているようだった。

 しかし実際、彼女がまだ未成熟なまま生まれてしまったのも事実。それはミレンギの責任でもあった。ミレンギを守るために早熟なまま生まれてこなければならなかったから。


 だからミレンギも、セリィを守る。


「セリィはボクを護るための道具じゃない。大切な仲間だ。大変な時は、互いに護りあうのが本当の仲間ってものだろう!」

「ミレンギ……」


 啖呵の切ったミレンギの言葉に、ユーステラは一瞬だけ驚いたような、耳を疑うような顔をして、それからすぐ不快そうに顔をゆがめていた。


「……そんな妄言っ」


 ユーステラの魔力が更にルーセントへと注がれていく。


 それを受けたルーセントがもう一度、また背後のセリィを狙うように僅かに向きをずらして剣撃を放った。


 ミレンギもあわせるように剣を横にして受け止めて防ぐ。


「そうそう、大事に守れよ。竜がやられちゃおしまいだ。俺たちを強化してくれなくなっちゃうからな」

「……竜を、道具みたいに言うな」

「そうじゃねえさ。敬ってるんだよ。こんな力を授けてくれてありがとうってな!」


 ルーセントが更に結晶の腕を振るい、剣先から衝撃波を放つ。その鋭い切れ味の風は絶え間なくミレンギを襲った。


 強く剣を振り下ろして衝撃を掻き消そうとするが、しかしやはり微かにミレンギまで届き、腰が見えない風に切り裂かれる。


「お前も竜に感謝したくなるだろ? 聞いたぜ、グランゼオスに勝ったんだって? そりゃあこんな馬鹿みたいな強さを手に入れたら勝てるだろうさ。お前はなにも特別なんじゃない。竜の力が特別なんだ」


 調子付いたルーセントの攻撃は止まらない。

 このままではミレンギも耐え切れず倒れてしまうだろう。なにより、魔法による消耗はセリィにとっても問題だ。時間がかかればかかるほど負ける。


「セリィ。お願いがある」

「え?」


「おいおい。危機的状況でなに呑気に話してるんだ?」

「ルーセントっていったよね。貴方を倒す方法だよ」

「ああ?」


 途端、ミレンギが前方に駆け出す。


 あまりに無謀。

 距離がある上、尚もルーセントは衝撃波の刃を飛ばし続けているというのに、それに突っ込むのは自殺行為も同然だった。


 しかしミレンギは果敢に前に出た。

 飛んでくる斬撃を蒼白の剣によって無理やり払いのけ、それでも全身に傷を覆いながらも突き進んでくる。


 しかしやがてミレンギは立ち止まると、高く跳躍した。その瞬間にミレンギを纏っていた蒼白い光が消えたかと思うと、高く跳んだ彼の足場をつくるように巨大な結晶柱が地面からせり出したのだった。


 セリィによる魔法だ。

 竜の憑依と呼ばれた強化魔法に専念しなくてよくなった彼女は、その空いた力でミレンギが走り抜ける足場を作っていったのだった。


 等間隔にせり出したごつごつと凹凸を見せる結晶の足場を、ミレンギは持ち前の身体能力で飛び越えていく。それはまさに曲芸のようであった。


 正面から近づけないのならば、上空から奇襲すればいい。

 ひどく短絡で、しかしそれは効果的であった。


「くそうっ」


 ルーセントが上空の足場にのったミレンギに剣撃を飛ばす。しかし結晶柱がそれを邪魔し、直撃を与えられない。

 気がつくとルーセントの目の前は巨大な結晶柱ばかりに埋め尽くされていた。


 その間にもミレンギはルーセントの遥か頭上へとたどり着く。

 そして結晶が一斉に砕けて視界が広がると、またセリィから蒼白い光が注がれ、剣先に光を纏わせた。


「うおおおおおおおお!」

「はっ、そんなもの、奇襲になりはしないぞ!」


 剣を振りかぶりながら遥か上空から飛び降りたミレンギに、ルーセントはなおも余裕を崩さず頭上に剣を構える。


 彼の視点が、彼の全神経が頭上に注がれていた。

 まさにそれが隙だった。


「ああ、いい陽動だ」


 不意にルーセントの背後を取ったのはアーセナだった。

 吹き飛ばされて倒れていた彼女だったが、身を忍ばせて立ち上がり、この機を狙っていたのだ。ルーセントの肩越しにそれに気付いたからこそのミレンギの作戦だった。


 不意をついたアーセナの剣はルーセントの右肩に突き刺さり、盛大な血しぶきを噴き出させた。しかし埋まった剣は凝固した風にそこから動かず、腕を切り落とすまでには至れない。


「ぐああああっ。この、ファルドの死にぞこないが!」

「私を舐めるなっ!」


 苦痛に初めて顔を歪めたルーセントが激昂して振り返り、アーセナへと剣先を向ける。しかし重傷で動きの鈍ったそれをアーセナは身を屈めてかわし、引き抜いた剣でもう一度、今度は彼の足を切りつけた。


 たまらず膝をついたルーセントの頭上に、跳躍していたミレンギが降り注ぐ。


「ぐっ……!」


 ルーセントは頭を庇うように咄嗟に結晶の腕を掲げる。

 そして頑強な竜の結晶で受け止めた――と思われたが、しかし落下したまま剣を振り下ろしたミレンギの切っ先がぶつかって一瞬の拮抗が生じたかと思うと、蒼白の剣が打ち砕くようにその結晶を真二つに切り裂いたのだった。


「な、なにっ?! 竜の結晶はなにをやっても壊れないんじゃなかったのかっ」


 ルーセントが驚愕と悲壮の顔を浮かべる。

 結晶の腕は完全に砕かれ、剣を握る手すらもなくなっていた。


「やあああっ!」


 もはや自衛の術を失っていたルーセントは、ミレンギの構えた次の一撃を、ただ見送ることしかできなかった。

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