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竜の落とし子 ~没落少年が最強へと至るまでの英雄譚~  作者: 矢立 まほろ
○ 第2部 -王の奪還編- 3章 『通商連合』
107/153

 -19『隻腕』

 舞い踊るように軌跡を描く二つの刃は、まるで一心同体であるかのようだった。


 卓越した技量を持つアーセナと、研ぎ澄まされた身体能力によって不足を補うミレンギの動きは、互いの隙を埋めあうほどに息が合っていた。


 アーセナが力強く剣を振り下ろせば、空いた肩を守るようにミレンギが上段で薙ぐ。片方が打てば片方が守り、隙を見せない完璧な立ち回りだった。


 しかしそれだけあっても、隻腕の男が浮かべる余裕の微笑を崩すに至れなかった。


 隻腕の男は二人の動きを冷静に見極め、無理に反撃しようと馳せず、絶えず襲い来る剣戟をいなし続けていた。彼が使っているのは片腕一本だけだというのに、まるでそれがもう一本あるかのようにすばやい手捌きを見せている。


 その理由は結晶の腕にあった。


 鉄剣よりも遥かに強固なその結晶の腕を、隻腕の男は攻撃を防ぐ盾として、敵を薙ぎ払う鎚として縦横無尽に振るっていたのだ。


 ミレンギの渾身の一刀を弾いては、アーセナによる急所を狙った精緻な一刺しをかわす。そして結晶の腕を振るって二人を払いのけ、やや届かぬ距離には手に持った長剣で無理やり届かせる。


 攻防一体。

 巨大な腕は振り自体大袈裟なくせに、でたらめに思うほどに無駄のない動きだった。


「感謝しなきゃな。お前たちに切り落とされたこの腕。今じゃあすっげえ立派なもんをもらっちまった。こんなに凄いものをよ。こいつでお前と戦えるんだぜ。たまんねえよ」


 興奮した様子で隻腕の男は笑う。

 ミレンギたちと剣を交えるその一瞬ごとが楽しくて仕方ないとばかりに。


「痛みすらねえんだ。たしかに腕の感覚はあるのによ。いや、腕どころじゃねえ。指先の神経まで全てが俺の思うままに動くみたいだ」


 無骨な岩のようなのに繊細な動き。


 ミレンギとアーセナには、まるで彼の隙を見出せなかった。


 しかしならば、奴の意識外から隙をつけばいい。


「ここで!」とミレンギがそう猛り声をあげて切りかかる。しかしそれも容易に受け止められ、二人の視線が交錯する。


 その一瞬の拮抗が生じた最中、ミレンギの瞳に反射し、隻腕の男の肩越しに後ろへ回り込んだ少女の姿が現れた。


 セリィだ。


「――えいっ!」


 息を潜めた背後からの奇襲。

 完全に不意をついたセリィは、すかさず氷柱――いや、水色の結晶魔法を放った。


 鏃のようにするどく尖ったその結晶柱が飛翔し、隻腕の男の背中を捉えたと思った途端。


「……っ?!」


 セリィがぞくりと悪寒を感じたように身を竦ませると、その直後、隻腕の男の背後に彼を守るようにして巨大な結晶の壁ができあがった。セリィの魔法はそれに阻まれ、削れることなく砕け散ってしまったのだった。


 その結晶の壁は、半透明のやや薄い碧色。

 防壁のように広がったそれはセリィの結晶柱と共に地面に崩れ落ち、砂埃を巻き上げる。


「ルーセント。戦いに気を取られすぎず、常に周囲に警戒を。尻拭いするこちらの身にもなってください」


 戦場にひどく不似合いな、凛と澄んだ落ち着いた声が響く。


「悪い悪い。ついつい嬉しくってよ」

「貴方をここに向かわせた目的はミレンギの討伐ではありません。あの方が時を満たすまで、反攻するファルド軍を抑止するため。それは見失わないように」


 薄い土煙が晴れたそこには、隻腕の男の傍らに、いつの間にか碧髪の女性の姿があった。


 ルーン軍の竜――ユーステラ。


「わかってるさ。それにしても、お嬢の予想がこうも当るとはな。やっぱりあの馬鹿商人に和平交渉なんて無理だったってことさ。まさか余裕こいて俺たちすら連れずに出向いたくせに、いざ今となったら、呼んでいないはずの俺たちに救われたんだからよ」


「全てはあの方の指示どおりだったまで」

「どうせ決裂するって見据えてたってことか。やっぱ親父さんはすげえよ。人を導くためにいるんだ」


「ルーセント。今は雑談よりも、目の前の仕事を」

「はいはい。わかってるよユーステラ」


 隻腕の男――ルーセントがけらけらと笑う。


 彼らの言葉から、ミレンギは理解した。

 自分たちがこの交渉の場を使って反撃の狼煙をあげるつもりだったことを、彼らはすで見越していたのだと。


「どうして!」


 ミレンギは問いかける。


「どうして貴方たちはファルドを滅ぼそうとするんだ!」

「どうして?」


 ルーセントが小首を傾げる。


「そりゃ、進む道の違いだろ」

「進む道?」

「ああ、そうさ」

「それってどういう道なの。ボクたちは一緒に歩けないの?」


「それはお前たち次第さ。俺たちの道を一緒に進むっていうのなら、大人しく降ってついてこればいい。まあ、お前たちに始祖竜がついている時点で分かり合えることはないだろうがな」

「始祖竜? それって……」


 ミレンギが更に問いかけようとした途端、ユーステラが不意に魔法を放つ。碧色の結晶柱が射出され、背後に孤立していたセリィを襲った。


「きゃあっ」

「セリィ!」


 どうにか直撃こそはまぬがれたようだが、かわした衝撃でセリィは倒れこんでいた。


「あの方の邪魔をする者と話をする必要はありません。迅速に、確実に仕事をまっとうしてください」

「悪かったって、お嬢」


 ルーセントも、結晶の腕と剣を構えなおす。

 もはや聞く耳を持つ気もないようだ。


「くっ。やるしかないのか」

「ミレンギ、気を抜くな。雑念に刃を迷わせると負けるぞ」

「わかってる」


 ミレンギももはや迷う気はない。


 ファルドを守る。

 そのために、彼らを倒さなければならないことは理解しているから。


「かかってくるのなら、払わなきゃいけない」

「言うじゃねえか、ミレンギ。俺を払いのけてみろよ!」


 ルーセントが慟哭のような笑い声を上げ、剣を振り上げる。そして強く振るうと、激しい衝撃波がミレンギを襲った。


 咄嗟にかわしたが、地面を削ったそれは、先ほどよりもずっと強大な破壊力をもっていた。


 よく見ると、ルーセントが持つ剣の刀身が先ほどよりも濃い碧色に包まれている。その剣をひとたび振るうと、空を裂き、衝撃が刃となって地を砕いた。


「力が強くとも、あたらなければ!」


 ルーセントの一撃の直後、アーセナが懐に飛び込む。巨腕となって死角の多くなった右腕側に入り込み、肉体と結晶の継ぎ目である肩部分に剣を振り抜く。


 しかしそれも見抜かれ、肩を下げて腕を持ち上げることで弾かれた。


「ファルドの王属騎士団ってのもその程度か!」


 今度はルーセントが、左から右へと手根で薙ぐようにして腕を振り払う。アーセナは剣で受け止めたものの、衝撃を受け止めきれず、やや遠くの壁にまで叩きつけられた。


「ああ、すげえ。この力すげえよ。今なら何にだって勝てる。どんな災いだって跳ね除けられる。最高の贈り物だ。本当に感謝してるぜ、親父さん」


「……アーセナさん」


 ミレンギがすぐに駆けつけようとするも、しかしルーセントはそれを察知してすぐに剣を向けてくる。容易に近づけない。


 人とは思えない異常な強さ。

 剣術において王国でも選り抜きの騎士であるアーセナすら歯が立たないほどの強さ。


「やっぱりそうだ」


 ミレンギは最初に想像したイヤな予感を確信へと変えた。


 竜の魔法。


 以前、ミレンギが騎士団長グランゼオスと戦った時にセリィがかけてくれた不思議な魔法。折れた剣の代わりに結晶の刃を作り上げたあの魔法にひどく酷似していた。


 セリィのその魔法を受けると体が軽くなり、刀身の切れ味も増す。


 おそらく身体能力などを向上させる魔法なのだろう。非常に便利ではあるが、「とても疲れるから」とセリィが言っていたためにあまり使ってはいなかった。


 今にして思えば、常時魔法を発動させ続けている状態であるそれは、竜として未熟なセリィには負担の大きいものだったのだろう。


「ミレンギ。私たちも」


 駆け寄ってきたセリィが言う。


「大丈夫なの?」

「……うん。ミレンギを、助ける」


 相変わらずの献身。

 それが不安でありながらも心強かった。


「わかった。おねがい」

「まかせて」


 セリィが呪文を呟き、淡く青い光が発すると、その光がやがてミレンギへと移っていく。それは手に持った剣にまで届き、蒼白い結晶を纏わせた鋭い刃となった。


 セリィから継続的に光が補給されるように送られてくる。


「いくよ、セリィ!」

「うん!」


 セリィのあたたかい加護を感じながら、ミレンギは蒼白色の剣をかざし、眼前の脅威へと向かい合った。


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