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竜の落とし子 ~没落少年が最強へと至るまでの英雄譚~  作者: 矢立 まほろ
○ 第2部 -王の奪還編- 3章 『通商連合』
104/153

 -16『決別』

   ◆


 ノークレンは、その華奢で柔らかい指先にはひどく不似合いなそれを、重さで腕が震えそうになるのを必死に堪えて差し構えていた。


 育ての親との和平交渉。

 もしノークレンが投降の意思を示せば、会見の席には十中八九彼がやって来るだろうとは予想していた。彼ならばノークレンを言い負かせられる。そう思っているに違いないからである。


 故に今日の計画を立てるのはそう難しいことではなかった。


 軍師アイネに頼み込み、和平交渉を行うように書状を用意すること。その際に、ルーンに占領されたファルド領にて最も影響力のあるファルアイードにて行わせること。


 この二点を重視し、アイネはノークレンの頼みどおり、この場を設けたのだった。


 しかしそのノークレンの真の目的は、和平交渉などではなかった。無茶な条件を持ち出して、最初から成立など見据えていなかったのである。


 その事実を知らないファルド領の諸侯たちは、この一連の騒動を一様に驚いた様子で眺めているばかりだった。


 だが、これまでのことは全て計画通り。


 侍女に扮して潜入したシェスタがアーセナと共に部屋を制圧。それとほぼ同時に、この屋敷中のルーン兵を、ノークレンが引き連れた僅かの精鋭部隊で同時に、素早く静かに制圧せしめることも、此度の作戦として綴られたあらすじ通りであった。


 どうやらそれも滞りなく行われたらしく、シェスタによって大騒ぎになっても、この部屋に他のルーン兵が駆けつけてくるようなことはなかった。逆にノークレンの近衛兵が部屋に雪崩れ込み、場の優勢を奪っている始末である。


 唯一の想定外と言えば、グラッドリンドがわざわざ自分の優位を知らしめるために周辺諸侯を呼んだことと、まさかこれほど順調に計画通り進むとは思っていなかったことくらいか。


 警備の兵も少なく、練度も低い。よほどグラッドリンドがノークレンを軽んじ、甘く見ていたことの証明なのかもしれない。


 しかしそれがどうあれ、今こうして、ノークレンは育ての親である男に剣を突き立てている。


「の、ノークレン……これはいったい……どういうつもりだ」

「どうもこうもありませんわ。これがわたくしの、この会談においての返答ですわ」

「貴様……これがどういう意味かわかっているだろうな。ルーンにたてつくということの意味が」


 狼狽した様子で、それでもこれまでずっと侮ってきていたノークレンの手前、強がった風に言い返してくるグラッドリンド。そんな彼に、机上から鋭い眼差しでノークレンは見下ろす。


「ええ」と冷静に頷くノークレンに、唾を飲み込んだグラッドリンドの喉が鳴る。


 そしてノークレンは猛々しく、凛と声を張って言い放った。


「わたくしたち、ファルドは、ルーンとの徹底抗戦を宣言いたしますわ!」


 それは高らかな宣言であった。


 そう。これこそがノークレンの最大の目的。

 散々に思い悩んだ末に出た、ノークレンにできる結論だった。


 ファルドはまだ戦える。まだここに息づいている。


それは意思の掲揚。御旗は未だ健在なりと、激しく振って存在を示すように掲げた、ファルド王の奮起である。


 ルーンへの投降など最初から眼中になく、そこに立ち合わせた諸侯――結果として周辺諸侯までもを巻き込んだ、首領による徹底抗戦の布告こそが目的であった。


 これはノークレンの覚悟の表明。

 偽りの王女が、偽りの冠を受け入れ、深く被りなおした瞬間。


「恒久的な和平の上での終戦を。それが受け入れられるのでしたらこの手を引きます。そうでなければ、わたくしたちはどこまでも、この国を守るまで抗い続けますわ」


 据わった瞳がグラッドリンドを突き刺す。


 彼の同様は見ていて良く伝わった。

 いつも見下したような、どこまでも子供として見てくるような目をしていたグラッドリンドの目が、ひどく震えていたから。


 とてもノークレンの口から反抗的な言葉が出てくるとは思ってもいなかったのだろう。


 見下していたはずの養子に長剣の切っ先を向けられたグラッドリンドは、怯えた風に身を縮こまらせながら、周囲の兵にすがるような視線を向ける。しかしファルド兵によって逆に拘束されてしまっており、彼を助けられる者など誰一人いなかった。


 ゆらりと、眼前で鈍い光を放つ切っ先が揺れるたび、今にもそれが迫ってくるかとばかりに怯えた呻き声を漏らしている。


「わ……わしが憎くてこのようなことをしたのか?」

「憎い?」


 口許は引きつりながらも言葉だけは強がるように言うグラッドリンドに、ノークレンは呟き、そして首を横に振った。


「強いて言うならば、憎いのはわたくし自身。むしろ今となっては、貴方には感謝していますわ。何者にもなれず、場末の孤児として魂を浪費するだけだったわたくしをこの場に導いてくださったんですもの」


「そ、そうであろう。わしには十分な恩義があるはずだ。だからこんな、ふざけた真似はよせ。なんであれば、王都でのことなら謝ろうに」

「それも結構。あの時のことがあったから、わたくしは今のわたくしになれたのです」


 ノークレンが剣を持ち上げ、振りかぶる。


「わたくしは王として生きますわ。たとえそれが貴方に作られた偽りの泥の冠であっても。何も知らなかったでは済まされない。わたくしのせいで失ったファルド――民たちのためにも」


 籠の中の鳥だった少女が、籠から放り出されて知った外の世界。

 ただ祈ることしかしてこなかった。けれど上に立った彼女はそれだけではいられない。


 流されるだけだったのから、自分の足で前に歩けるように、ノークレンは変わる覚悟をしたのだ。


 温室育ちのお人形のように着飾られた彼女の衣服とはひどく不似合いな長剣の鋭く向いた切っ先が、その覚悟の表れ。


「グラッドリンド。わたくしをここまで育ててくださったこと、感謝いたしますわ」

「そ、そうであろう。お前を育てた恩義をまさか忘れたわけではあるまい。まさかわしを殺すとでも言うのではないだろうな」


「…………」


「そ、そうだ。わしがルーンの連中に特別に口を利いてやろう。これからの生活だって保障する。わしは奴らから領地をもらう予定なのだ。そこで好きに暮らすといい。金だって、洋服だって、食べ物だって、なんでも好きな物を宛がってやろう。そう。そうだ。わしならなんだって用意できる。お前がわざわざ矢面に立たずとも、わしがまた不自由なく面倒を見てやろうではないか――」


 机上から見下したノークレンが、ぴくりと鼻先を動かして顔をしかめる。


「……煙草臭い」


 饒舌な義父に対し、ただ一言そう吐き捨てるようにノークレンは呟き、掲げた剣を振り下げた。


 その切っ先は「ひえぇぇぇっ!」と醜く悲鳴を上げるグラッドリンドの胸元を掠め、彼の肩から繋がっていた純金の飾緒の留め具を切り裂いた。


 ルーンの紋章の刻まれたそれが床に跳ね落ちる。

 ノークレンはそれを見届けると、少しばかり思いふけるように目を瞑り、そしてこう言った。


「――さようなら。お義父様」


   ◆


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