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竜の落とし子 ~没落少年が最強へと至るまでの英雄譚~  作者: 矢立 まほろ
○ 第2部 -王の奪還編- 3章 『通商連合』
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 -15『ふざけた裏切り』

 ノークレンの差し出してきた条件に、グラッドリンドは目を疑った。


 戦争早期の段階ならともかく、圧倒的敗北を喫した者が申し出るには図々しいことこの上ないほどにふざけている。


 このような内容、頷けるはずがない。

 王都に持ち帰ろうものなら間違いなく首が飛ぶ。


 ふつふつと沸き立つ苛立ちに眉間を寄せていくグラッドリンドに対し、しかしノークレンは毅然とした表情を浮かべ続けている。


 ようやくグラッドリンドは違和感を覚え始めた。


 目の前の少女の態度はどう見ても、窮地の困った末に白旗を掲げて願い出てきた人間のそれではない。


 目の前の少女の眼差しには、憮然とした面持ちでこちらの出方を推し量ってきているかのような、そんな気持ちの悪さが滲み出ていた。


「ノークレン。貴様、これはどういつもりだ!」


 グラッドリンドは同様で崩れた余裕を取り戻そうと強く言う。


「どうも何も、書かれているとおりです。その条件を呑んでくださるというのでしたら、わたくしたちはすぐにでも投降いたしましょう」

「これがっ! こんなものが呑めると思っているのか!」


 激昂した感情は強い語気になってノークレンを詰めたてる。しかしその矛先が向けられた少女の表情は、まるで何も感じていないとばかりに涼しいものだ。


「呑める呑めないではなく、これがわたくしたちの提示した条件ですわ」

「この……世間知らずの小娘が。このようなものがまかり通るわけが」

「これが最低条件ですわ。譲歩という選択はありません」

「ぐぬぬ……」


 論外だ、とこの会席自体が台無しになってもおかしくないほどの無茶な提案。


 おそらく下手なルーンの文官であれば即刻話し合いを中断していたことだろう。しかしことグラッドリンドにおいては、なまじ簡単にそうできない内情があった。


 このまま交渉決裂してノークレンを持ち帰れなければ、ガセフに対して自身の失敗の挽回をできなくなる。かといって提示された条件に首を縦に振るなど、ルーンの顔に土を塗るような背信的な行為である。約束された戦後の報酬の話も白紙にされるだろう。


 なにより、ノークレンというせっかく育ててきた美女を手中に収めたい、という欲望に塗れた心が思考の邪魔をする。


 こうして自身の勝手な葛藤により、ノークレンの子供の我侭のような提案は、グラッドリンドに苦渋の決断を強いていた。


「……この内容はお前が考えたのか、ノークレン」

「そうですわ」

「ああ、そうか、やはりか。」

「なんですの?」


「ノークレン。お前は所詮、世の中を知らんお子様だ。えらいえらい。お前なりに考えたのだろうな。だが、和平交渉の場においてこの内容はあまりに無茶すぎる。こういうものには大方、雛形というものがあるものだ。どれ、わしが手を加えてやろう。昔からお前にはいろいろと、わしが教えてきたからな」


「いいえ、けっこうですわ」

「なに?」


 あわよくば自分に都合よく、妥協できる範囲に書き換えようと思ったグラッドリンドだが、ノークレンから帰ってきたのは力強い真っ向からの否定だった。


「変えるつもりはありません。これで決定稿ですわ。後はそちらが呑むか、呑まないか。ただそれだけですわ」

「なんだと……」


 周囲で話し合いの経過を見届けている諸侯たちも、場に流れる不穏をひしひしと感じているようだった。ルーンとの和平交渉が上手くいかないのではないかと不安に思う者。ノークレンの幼稚な駄々のような提案に対して頼りなさを抱き懸念する者。この町の領主イグニスにいたっては、諦観した風に目を閉じ、事の成り行きを任せてしまっている。


 なぜ引き下がらない。

 操り人形のように、グラッドリンドに言われたことなら何でも頷いていたはずではないか。それなのに、なぜこうも食い下がってくる。


 圧倒的敗北を喫しているこの現況で、どうしてそこまでの態度が取れるのか。そんなことができるのは、よほど世間知らない馬鹿か、何も考えられない阿呆くらいだ。


 まさかノークレンが未だこれほど子供だったとは。幼い頃から我侭はあったものの、昔はグラッドリンドの言葉には一番に頷いていたというのに。


 ふざけている。

 なんて馬鹿馬鹿しい話だ。


 グラッドリンドの苛立ちはますます増していき、今にも頭が沸騰しそうだった。


 これ以上話に付き合っていられない。

 子供の我侭に付き合わされて、自分の輝かしい未来まで損なわれてはたまったものではない。


「交渉決裂だ!」


 ついグラッドリンドは堪えきれずそう言いはなった。


「こんなふざけた内容が呑めるか! お前はどこまで馬鹿な娘なのだ!」


 激昂して強く言葉をあてる。しかし、それでもノークレンの表情は変わらず、気味が悪いほどに涼しいままだった。それが余計にグラッドリンドを苛立たせた。


「そう育てられましたから。貴方に」

「おのれ……馬鹿にしおって」


 計算外の事態に心が急く。

 もはや和平を取りやめにしたグラッドリンドに取れる手段は一つ。


 グラッドリンドは指を鳴らし、周囲に立ち並んでいたルーン兵たちに顎で指示を送る。


 すぐさま兵たちはノークレンの背後にいた侍女を拘束し、ノークレンを取り囲む。その事態に気付いたアーセナが動こうとするところを、近くにいた兵が抜剣してそれを制した。


 会場に大きな動揺が走る。

 しかしルーン兵の目がある手前、諸侯たちは騒ぎ立つことができず、椅子に腰掛けたままうろたえるばかりだった。


「ぐぬぬ……できればこの手は使いたくはなかったが」


 もはやまともに交渉など成立しない。グラッドリンドは判断した。


「ノークレン。貴様には王都へ来てもらう」

「随分と強引ですわね。ここは交渉の場では?」

「貴様がそれを言うか! お前たちの子供の遊びに付き合ってられん。いや、初めからこうしておくべきだったのだ」


 無理やりにでもノークレンを手に入れれば、そもそも和平など必要ない。決裂させ、そのままのこのこと帰らせるよりはずっと功績を得られるだろう。なにより手土産の一つもなければガセフにどう思われることか。


 その焦りからの強行手段。


 やや性急だが、ノークレンの護衛は非力そうに小柄な侍女の少女とアーセナだけ。そのアーセナも剣は預けられているこの状況で、剣を抜いた兵士たちに抗う術など持たないことだろう。


 しかしそんな状況でもノークレンの表情が揺るぐことはなかった。


「この会談。もはやルーン側に再考の余地はない、と?」

「ああ、そうだ」

「……わかりました。では仕方がありませんわ」


 ノークレンが諦めた風に眉を潜ませ、浅い溜め息をついた。

 刃を向けられ、ようやく自分がいかに無茶な提案をしていたのかを悟ったというわけか。


「まったく。折れるなら最初からそうしておけば良いものを。わしはいつまでもお前に付きあってられるような保護者ではないのだぞ」


 へりくだった様子を見せたノークレンに、グラッドリンドの煮えていた腹もどうにか落ち着きを見せていく。そんな機嫌を取り戻すように彼が懐から葉巻を取り出し、咥えた時だった。


「確かに、その通りでしたわね」

「ん?」


 ノークレンがふと片手を持ち上げたかと思った瞬間、背後で後ろ手を拘束されていた侍女が、彼女の腕を掴んでいる身の丈を軽く超えた兵士の服を掴み、身を屈めて勢い良く背負い投げた。


 それがあまりに唐突で、一瞬の出来事過ぎて、グラッドリンドも、その他のルーン兵たちもこぞって唖然と目を丸くさせていた。


 床に叩きつけられた兵士が呻き声を上げて崩れ落ちる。

 その声に正気を取り戻した近くの兵が慌てて侍女を取り押さえようと駆け寄るも、その侍女は軽やかな身のこなしでかわし、お返しとばかりに鋭い殴打を懐に見舞った。


「シェスタさん。手加減はしてくださらないと」

「してるってばー」


 一瞬にして二人の兵士を叩きのめした侍女に、ノークレンが浮ついた苦笑を向ける。そんな彼女に侍女はへらへらと笑って返していた。


「な……どうなってる……」


 グラッドリンドは我が目を疑った。


「お、おい。誰か、そいつを捕らえろ!」と遅れて急ぎ指示を出したが、しかしそこに駆けつける者はいなかった。


「まったく、生身の相手にこの様とは。ここの兵は練度不足ですね」


 その代わりとばかりにノークレンへと歩み寄るは、剣を向けられ制止させられていたはずの赤髪の元騎士団長補佐の姿。


 侍女が暴れたその後。アーセナは一瞬の隙をついて兵へと詰め寄り、その剣を奪って組み伏せていた。そしてそれを皮切りと言わんばかりに、ファルドの鎧を纏った兵たちが幾人も部屋に入り込み、ルーン兵を残らず押さえ、瞬く間にこの和平交渉の会場を制圧したのだった。


 あまりに目まぐるしすぎるその事実を、グラッドリンドは夢現のように呑みこみきれずにいた。


 しかしその事実を突きつけるかのように、ノークレンがおもむろに席を立つ。そして侍女にルーン兵の携えていた長剣を渡されると、無礼この上なく机の上に乗り、悠々自適にその上を渡ってグラッドリンドの眼前にまで歩いてきた。


 そしてその手に持った鈍色の獲物を振りかざし、グラッドリンドの喉元へと突き立てたのだった。


   ◆


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