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竜の落とし子 ~没落少年が最強へと至るまでの英雄譚~  作者: 矢立 まほろ
○ 第2部 -王の奪還編- 3章 『通商連合』
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 -12『交渉の地へ』

     ◆


 ノークレンは、急ごしらえに宛がわれた装飾のついた立派な馬車に揺られ、ルーンとの交渉へ向かうためにシドルドの町を発っていた。


 随伴するのは、彼女の護衛を任された甲冑姿の兵士二十名ほど。そしてノークレンが乗る馬車には彼女の世話をする侍女の他に、兵たちを束ねる将校として、久方ぶりに騎士団の鎧に袖を通したアーセナが同乗していた。


 長く騎士団を離れていた彼女だが、白銀の鎧を纏った姿はその顔つきの凛々しさからしても様になっている。


 シドルドに逃げ延びたファルド軍は部隊編成すらままならない状況で、アイネやハーネリウス候たちによって急ぎの再編がなされていた。その中で王女であるノークレンの護衛として王属騎士団が作り直され、その長として任じられたのがアーセナだった。


「とても似合いますわね、その格好」

「いやはや、私がこれを着ていいものかまだ不安ではありますが」


 そう謙遜するアーセナだったが、異を唱える者などいないだろう。褒められなれていないのか彼女は気恥ずかしそうに苦笑し、話を逸らすように言葉を返した。


「それよりも、ノークレン様の方がお似合いですよ」


 ノークレンは通商連合のミケットに用意してもらった華やかな服に身を包んでいた。ひらひらと波打った装飾が施されたそれは、生糸なのに宝石かと思うようなほどの光沢を纏い、主を綺麗に飾り立てている。


 急ぎ調達した代物とはいえ、会席の場には十分すぎるものである。


 馬子にも衣装とはまさにこの事だ、とノークレンは内心で苦笑した。しかし顔は落とさず、気丈に表情を保ったまま、車窓の向こうに流れていく景色を眺めていた。


 長い時間走り続けた馬車はやがて、山間に栄える中規模な町にたどり着いた。


 そこはシドルドと王都との双方からほぼちょうど西側へ向かい合った交差点に位置する町で、静寂の森を北側に面した、国土のほぼ西端に位置する所だった。


 町の名はファルアイード。


 以前にミレンギたち『アドミルの光』が王都攻略に際し、敵を引き付けるために派兵してくれた諸侯の治める土地である。しかし今ではルーン軍が駐留しており、元々そこを治めていた領主は屋敷に幽閉されているという。


 静寂の森を境にいがみ合う両軍の境界地点として今回の会合場所に選ばれたファルアイードへ、ノークレンたち一行は足を踏み入れたのだった。


 その町は人口こそ多いものの緑溢れる農村で、赤褐色の煉瓦でできた家屋が並ぶ暖かな色合いをした所だった。森や西方に連なる高い山々の麓に広大な田畑を広げ、収穫期には黄金色の絨毯を思わせる穂を実らせることでも有名な、ファルド有数の穀倉地である。


「ここはファルドの要地です。さすがにルーン軍の警備も厳重ですね」


 馬車に乗ったまま町へと入ったアーセナが、町の中を歩く幾人ものルーン兵を窓越しに眺めて呟く。


 ファルアイードの町は、ルーン軍の兵が多く出歩いてはいるものの、敵軍に制圧されたばかりとは思えぬほどに穏やかな様子だった。住民たちは農作業などに明け暮れ、女子供は市場で買い物をしている。


 おまけに通りすがった大きな広場では、昼間にも関わらず酒を煽った住民たちが騒ぎまわっている始末だ。自棄になっているのではなく、今日はそういうお祭りなのだという。


 戦時中などという雰囲気はどこ吹く風。駐屯しているルーン兵までもを無理やり巻き込み酒を飲ませ、能天気なままでへべれけに酔っ払っている始末である。


 どうやらこの町は直接的な戦火に巻き込まれることはなかったらしい。


「よかった。ここの町は無事なのね」


 ノークレンはその和やかな街並みを見て安堵の息をついた。


「ノークレン様はここに来られるのは初めてですか?」

「ええ。私はずっと王都から出たことはなくて」


「ファルアイードはファルドの食糧生産の三割ほどを占めている町です。いわばファルドにとって胃袋のような場所。ここが奪われることで受ける食糧問題は深刻です」


 その具体性がノークレンの知識ではいまひとつ掴みかねたが、重要であるということはわかる。


「そしてそれはルーンにとっても同じ。橋を破壊してまで渡河してきた彼らにとって、現地で得られる糧食というものは何物にも代えがたい価値がある。故に、この町を簡単に焼き払いことも出来ず、丁重に無傷のまま制圧したというわけですね」

「なるほど」


 アーセナの言葉を聞きながら、ノークレンは穏やかな生活を送っている町の人たちを車窓から眺めていった


「それにしても、本当に無傷なのね。この町は」

「この町の領主であるイグニス様がすぐさま住民たちに投降を促したおかげだそうです。領民思いであると同時に、ファルドを深く愛する方であるとお聞きします」

「そうなのね」


 ノークレンの王位継承の儀に際して各地から多くの諸侯が馳せ参じたことはあるが、その時のほとんどの対処はグラッドリンドにばかり任せていた。おかげで一度は会見したはずのその領主の顔を少しも思い出せないことに、かつての無自覚な自分への憤りが湧き上がってしかたなかった。


「……なんだか、少し申し訳ない気持ちがするわね」


 ふとノークレンが呟く。

 これからのことを思うとそう心が苦しくなる。


 しかしノークレンは決断した。

 その意思を持ってここに来ている。


 馬車はゆっくりと、目的地へと近づいている。


「……もうすぐね」

「此度の集まりには、ルーンに占領された近隣の町の諸侯たちも招かれていると聞きます。おそらく、ノークレン様が投降なさる様子を見せつけ、反抗の意思を挫かせるためでしょう」


 卑劣ではあるが効果的なやり方だ。だが、そんなことは構わない。ノークレンは、自分にできることをするだけである。


 自分だけに、できることを。


「この和平交渉の席。絶対に成功させてみせるわ」


 車外を見つめるノークレンの瞳は、決して揺らぐことはなかった。


ついに百話目到着しました!

これも読んでくださっている皆さんのおかげです!誤字報告もありがとうございます!

たくさんの評価やブックマークが励みになっています。感想やレビューも凄く嬉しいです。

皆さんの声が聞けるたびに嬉しく思うので、よければ応援お願いいたします。

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