灯されし戦火の口火
初掲載となりますが、
ご感想など頂けたら非常に嬉しいです。
お楽しみください。
時は人類が様々な惑星を旅するようになってから、780年余りが過ぎ去った。
宇宙歴785年、レクタリス皇国が領土拡充を目的とした侵略戦争を開始。
後の歴史家達に恒星間戦争の夜明けと言われる戦争の始まりである。
そして、歴史の波に呑まれるかのように、子供達は不安定な情勢の中、
世界にはばたく羽ばたくのだ------------
時は宇宙歴775年迄遡る。
豊富な資源と潤沢な水を湛える惑星<リトライト>、
ここに新たな生を得て数奇な運命を辿る子供が誕生した。
彼の名は<オズワルド・コーマック>。
両親はパン屋であったが、オズワルドの興味を強く惹くものはそれではなかった。
宇宙歴785年、オズワルド10歳の時である。
皇国軍による侵略戦争が開始。リトライトの豊かな環境はレクタリス皇国の最優先侵攻目標とされ、
一番最初の戦場と化したのだ。
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街中に鳴り響くサイレンの音に、
父親のパンを焼く手伝いを止めて窓から外を覗く。
同じように状況を理解できない人達が家の外に出たり、窓から外の様子を伺っている。
「父さん、何の警報だろう。」
未だに鳴り止まない警報に不安を煽られながら、パンを焼く父さんの姿を目で追う。
「父さんにもわからんが、異常な事態だ。という事は間違いなさそうだな」
パンを焼く手を止めてモニターの電源を父親が入れると、全てのチャンネル回線でリトライト統合政府からの緊急放送が流れていた。
《リトライト統合政府より、国民の皆様に緊急事態の発令を通知するものであります。本日未明レクタリス皇国より本惑星に対し隷属勧告及び本勧告に従わない場合は実効支配を行うと言う布告が行われました。
リトライト統合政府としては、本勧告は不当かつ無意味であると回答し、国民の皆様の生活を脅かすことなく--------》
呆然と眺めていたモニターの画面が突然沈黙し、
放送が途切れた事を理解する。
ただ、何を言っているのか全く理解が出来ない。
「父さん、今何を言っていたの?」
「オズワルド、母さんと一緒に食料、水、使える日用品を今すぐ家の中から集めてくるんだ。父さんはパンを焼く」
父さんは作り置きのパン生地に、塩を多めに振り撒いて、新しいパンを急ぎ足で作り始めた。
「母さん、父さんが食料と水と日用品を集めろって」
母さんの所に行くと既に大きなトランクケースが3つ用意されていて、一つには衣類が目一杯詰め込まれていた。
「オズワルド、貴方は日持ちする缶詰めと今日お店に出す予定だったパンを集めてきて。」
最初はキッチンの棚から缶詰めを取り出し、母さんの前に積み上げる作業を繰り返す。
「僕の大好きな缶詰、君ともお別れだ…」
棚の奥に隠していた、果物の缶詰めも泣く泣くその山に積み上げる。
「父さん、母さんが今日お店に出す予定のパンも集めてって。」
パン焼き工房へ急いで戻り、ビニール袋に種類別にパンを詰めて母さんの所へ持っていく。
缶詰とパンとで食べる分はかなりの量が確保されたのは子供の目からもよくわかる。
「母さん、オズワルド、必要なものは集まったか?」
父さんがカチカチのとても固そうなパンと、水が入ったプラスチックボトルを沢山抱えて、パン焼き工房から出てきた。
「はい、必要だと思うものは一通り揃えましたよ。」
母さんと僕の隣には荷物で一杯になったトランクが3つ並んでいた。
父さんの持ってきた物を最後に入れて、荷物の準備は完了だ。
そして、サイレンは未だに収まる気配がなく、けたたましく鳴り続け、モニターは相変わらず沈黙状態を継続している。
「少し外を見てくるが、オズワルドと母さんは家に居なさい。」
窓から父さんが外へ出ていき、近隣の顔馴染みの人と何事かと会話をしている姿を眺めていると、不意にサイレンが止んだ。
《----こち--は、リト-イト防--軍、国--の---》
サイレンが止んだ後に不明瞭な音声が街の中に鳴り響き、何度か同じ言葉が繰り返される間に明瞭に聞こえるようになった。
《こちらは、リトライト防衛軍、国民の皆様にお伝えします。現在リトライトはレクタリス皇国による実効支配により攻撃を受けています。国民の皆様は建物から外に出ず、建物内で待機して下さい。繰り返します》
放送を聞いた母さんが青ざめて行くのを見て、これは余程の一大事だと言うことが漸く理解出来た。
「母さん、大丈夫?」
「大丈夫よ、オズワルド、大丈夫。こんな田舎にはきっと何も来ないわよ。」
そう、母さんの言葉の通り、
僕の住む街には確かに何も来なかった。
あの日迄は------
開戦から2週間後-----
とてもかぜが風が強く、雲の流れが早い日だった。
雲と雲の間から差し込む日射しの中で、大きな影が数個見えた。後々に判った事であるが、これは大型の輸送艦挺だった。
「父さん、あの空を飛んでいる物は何?」
開戦後、被害が及ばなかった僕の街ではいつも通りの時間が流れていた。
「何だろうな、父さんにも判らないよ。」
いつも通り朝を迎えいつも通りの生活をして、いつも通り夜を迎える。そんな平凡な日々が終わりを告げたのもこの日の事だった。
父さんと焼けたパンを店先に並べていた時の事だ、
ズズーン…ズズーン…と小さな揺れと地響きが家の中迄伝わって来た。
ソレは徐々に大きくなり、振動に共鳴するように、色々な物が揺れてぶつかりカタカタと音を立てる。
地響きが大きくなるのに連鎖して音も大きくなり、父さんと茫然としていると、突然何事もなかったのように収まった。
≪此方はレクタリス皇国軍第18作戦群第13機甲大隊所属、フェオドル・マクシモフ少佐である。
間もなくこの街は皇国軍の管理下に置かれる。異議のある者はこれより1時間以内にこの街より退去せよ。≫
放送とは異なる大きな音声が街中に響き渡り、振動の主が話している事が容易に想像が出来た
窓から外を覗くと、そこには雲の切れ間から差し込む光を反射して鈍く輝く、
灰色の鉄に覆われた巨人が起っていた、その数12機。
二階建ての建物から隠れるくらいの高さで、各々が重厚な音と共に稼働している
「恰好いい…。いてっ!」
思わず呟いた本音を前に、父さんから軽くコツかれる。
(恰好良い物は恰好良いんだから、仕方がないじゃないか…。)
街は慌しさを増し、慌てて街から飛び出していく人も居れば、
諦めて抱き合ったり、泣いている人が居たりと不思議な光景が目の前で繰り広げられている。
父さんと母さんは最初の日と同じようにパンを小分けにしたりして、荷物を纏めている。
「オズワルド、もしこの街が攻撃されるような事が起きたら母さんを連れて街から出るんだ。」
「父さんは?」
「父さんは少しでも街の人と時間を稼ぐさ。これは大人の役目だ。」
≪1時間が経過した。これよりこの街は皇国軍管理下へ入り、後程正式に皇国の領土となる。
今この時より諸君らは皇国民となったのだ。≫
どこから取り出したのか、中央広場にはためいている旗が皇国の旗へと付け替えられた。
≪また、今から私の部下が各家を巡る。10歳から14歳迄の子供が居る家庭は隠し立てをせずに申告してほしい。私としても手荒い対応はしたくないのでね。≫
6機の巨人が片膝を付くとお腹にあたる部分から、人が下りてくるのが解った。
「あなた、今の話…。オズワルドは正に10歳よ…。」
青ざめた母さんが父さんと僕の話をしている。
「アーニャ、大丈夫だ普通にしていれば命までは奪われないだろう。オズワルド、皇国軍が来ても変に抵抗するんじゃないぞ。」
僕は首を縦に振り頷く。
やがて扉がノックされ皇国軍が顔を覗かせる。女性だった。
「クリスチーナ・ヴィシニャコフ軍曹です、先程少佐から命令が下りましたが従って頂けますね?」
母さんが応対に出て、その人と話を始めた。
「うちにいるのは、私と主人、9歳の息子です。」
空気が凍ると言うのは正にこの事を言うのだろう、家の中がその一言でシン…と静まり返った。
「奥さん、私たちが何も情報を持たずに訪ねてくると思っているのなら勘違いも甚だしい。
一度だけチャンスを差し上げます。息子さんは何歳ですか?」
母さんの身体が震えているのが後ろから見て取れる。
きっとこのままだと、良くないことが起きるのは間違いなかった。
「僕、10歳だよ。」
母さんを押しのけるようにして、軍人さんとの間に体を割って入らせる。
軍人さんは少し驚いた表情と素振りを見せてから話し始める。
「僕、君は勇猛だな。息子さんに助けられましたね。」
そう言いながら、胸ポケットから小さな機械を取り出して指を置くようにと指示される。
指示に従い、小さな機械に指を乗せて少し待つともう大丈夫だと言われ指を引っ込める。
「えーと…。適合率は…、98%って機械の故障?僕、もう一度指置いてくれる。」
訝しむ軍人さんの姿を不思議に思いながら、再び指を機会に置いてから離す。
「故障では…ない…。こんな辺鄙な場所にこんな適合率の子供がいるなんて…。協力、有難う御座いました。」
軍人さんが家から出て行き、シン…と静まり返っていた家の中に音が戻ってきた。
母さんは泣き出すし、父さんはそれを慰めるのに右往左往し始めるし、僕の生活はこの日を境に一遍した。
窓から顔を出すと見えるのは灰色の身体を夕日で赤く染めた巨人。
「やっぱり恰好いい…。でも…。悪い人達?なんだよね…?」
家の中では慌ただしく過ぎて行く時間に取り残されるようにして、外を眺める。
外では軍人さん達が野営をするために、テントを手際よく張っていく姿や、
簡単な整備をする姿が子ども心を擽った。
夕日が落ちて月明かりが照らす頃には母親も落ち着き、
テーブルに並べられた売る事の出来なかったパンを夕食代わりに食べて、直ぐに寝るように促されて早々にベッドへ潜り込む。
父さんと母さんだけではなく、皆気が気ではないのだと思えるほど、
部屋から見える外の様子は新年を迎える時よりも建物が発する明かりが煌々と煌めいていた。