中原先輩との別れ
今日は三年生が学校に登校する最後の日。1年の青木達にとっては3年の中原が卒業する日だ。1年の4人は朝早くから登校して写真部として中原を送るための送別会の準備をしている。
「なんか寂しくなっちゃうよね~」窓に飾り付けをしながら唐突に鈴木はつぶやく。
「だね。先輩がいたから私達が写真部にいるのに、それの先輩が居なくなるなんてなんか変な感じ……」由井も机を拭きながら寂しげだ。
「おいおい、辛気臭い顔すんなよな。あの人、気丈に見えて、意外に繊細なんだから」高柳は心配そうに二人を見る。
「私達もそうだけど、青木君見てみなよ」鈴木の言葉に高柳は青木に目を向ける。
青木は窓の外を見たまま黄昏ているようだ。
『あの写真に足りないものか……君にはこの写真がどう見えてるんだ?』
部活動見学で中原の写真を見た時、あの時、中原から言われた言葉が今でも頭から離れない。
「おい、お~い!」
高柳の声にハッと我に帰る。
「あ、あぁ、ごめん」高柳に愛想笑いをしてみる。
「おいおい、本当に大丈夫か?」高柳もやれやれといった感じだ。
卒業式も半ばを向かえ中原の卒業生答辞の順番だ。
「卒業生答辞、卒業生代表、中原千夏」
「はい!」
司会の言葉に中原は大きな声で返事をする。堂々と真っ直ぐ壇上に向かう中原の姿は4人にはどう見えていたのだろうか。
壇上で一礼をすると中原は一呼吸置いて答辞を読み上げる。
「春の暖かな日差しが体全体に感じられ、校庭の木々の芽もふくらむ季節となりました。本日このよき日、私たち336名は自らの手で歩み始めるため、この県立富豊高校を卒業します。私の心の中には数え切れないぐらいのたくさんの思い出が昨日のことのようによみがえってきます。三年間袖を通すであろう少し大きめの制服に戸惑いつつも、希望と夢に溢れたいた一年生。進路を真剣に考えながらも慣れてきた学校や友達との楽しい時間に一喜一憂していた二年生。進路に向かって自分自身を信じ夢に向かってひたすら努力していた三年生。どれもが今となっては忘れ難い思い出です。三年間を勉強に費やした者、部活に費やした者、友達や趣味に費やした者、それぞれ形は違えど、この三年間は私達の未来にとって、この高校生活が必要だったと思える日が来ると確信しています。私自身、心の葛藤を抱きながらも、毎日生きる意味を自問自答しては、悩み苦しみ、それでも毎日新しい朝がやって来て……。繰り返しているうちに仕方がないと自分に言い聞かせてきました。でも……素敵な仲間と出会い、何も変わらない日常を迎えるのではなく、自分から日常を変えていかなくては、何も変わらない事に気付かされました。だからもし、私と同じ事で悩んでいる人がいるなら、悩んでいるのはあなただけじゃないと、この場を借りて伝えておきます。卒業生答辞、中原千夏」
中原が一礼すると拍手と共に涙する在校生の姿があった。中原とは面識はないが、中原の想いが伝わったのだろうか。青木は堂々としている中原の姿を見て自分の先輩であることを誇らしく思えた。
卒業式は滞りなく終わり4人は中原のサプライズ送別会のために部室に向かう。青木は人を送り出す事が、こんなにも寂しく、心に穴が空くような気持ちになる事が初めての経験だった。
4人は部室の扉の端に陣取り、クラッカーを片手に中原の登場を待つ。
ガラガラと扉の開く音と共に一斉にクラッカーが鳴り響いた。
「中原先輩、卒業おめでとうございます」
4人の笑顔とは裏腹に中原は面を食らったかのように驚いていた。
「お、おまえらどうしてここに?」中原は完全に動揺して目が点になっている。
「え?手紙を見て部室に来たんじゃないんですか?」鈴木は驚き中原に問う。
「手紙?いや、見てないが……」
鈴木は不思議がり、手紙を置いたはずの高柳に目を向けると、明らかに動揺した目を見て察した。
「あんたまさか……」
腰に手を当てて怒り出す鈴木。逃げ惑う高柳、そんなやり取りを見て吹き出す三人がいた。
中原を真ん中の主役に座らせ送別会が行われた。中原は時折目に涙を溜めるシーンもあった。
「最後に私達一年生からのプレゼントです」
由井はそう言うと中原に一枚の写真を手渡した。写真にはチューリップ畑で笑う5人全員の姿があった。
「これは誰が?」
不思議そうな顔をしている中原にもう一枚の写真も手渡す。また5人の写真ではあったが、由井結依の代わりに由井芽依が写っていた。
「なるほどな」
中原は含み笑いをしようとした瞬間に一粒の涙が中原の頬を伝う。我慢していたのであろうか、一度涙が溢れると、次から次へと涙が流れて止まらなかった。そっとハンカチを手渡す由井の顔を見て更に涙が溢れてきた。
「卒業したくない……本当は……お前らとまだ一緒に居たかった……」
泣き崩れる中原に寄り添う由井と鈴木。青木と高柳は何も言えず、ただ自分自身から溢れる涙をグッとこらえていた。
こうして送別会は終わりを迎えた。青木は由井と駅の改札で別れて家路へ向かう。家の前の曲がり角に差し掛かると中原の姿が目に飛び込んできた。
「先輩?」
突然の事で理解出来ない青木に目を少し腫らした中原はクスっと笑う。
「わ、私は君に伝えなきゃいけない事があるんだ。話を聞いてくれないか?」
青木は中原の震えている姿を見て何を言おうか感じ取った。それと同時に今まで経験したことのない緊張に教われ「は、はい」と声が上ずる。
中原は目を瞑ると意を決した様子で唐突に声を出す。
「私は君が好きだ。君があの時、私の写真を見て言った一言を覚えているか?」
「な、何か足らないものがある……ですよね」
「あぁ……私はあの瞬間に足らないものが何なのかが分からなかった。それでも月日を重ねていくうちに、あの写真に足らなかったもの……それは君だったと分かった。君は隠さないありのままの私を受け止めてくれていた。友達や恋人などいらないと思っていた私を君が変えてくれた。だから私は君に伝えたい……私は……青木君が好きです」
「せ、先輩……」
困る様子の青木を見て中原は少し落ち着きを取り戻す。
「分かってるよ……君は由井が好きなんだろ?」
「……」
「隠さなくても分かる。君が撮っていた由井の姿は好きだって告白しているようなものだからな」
「はい……俺は由井が好きです。でも先輩の言葉は素直に嬉しかったです」
「優しい言葉をかけるなバカ」
そう言うと中原の目からは涙が溢れ青木の胸に顔を埋める。
「少しでいいから……」
まだ春と呼ぶには早い少し冷たい風が二人を包んでいた。