仲間のために出来ること
教室に着くと黒板に大きな文字で
『青木ハート由井』と書かれていた。
ヒソヒソ話をするクラスメイト達。高柳が教室に入りすぐに青木と由井が黒板に目をやっているのに気付き黒板に目を向ける。
「おい、誰がこんなの書いたんだよ!!」高柳は怒鳴りながら黒板の文字を消していく。
するとニヤニヤしながらクラスメイトの竹田が青木に近寄ってくる。
「青木、お前由井さんと付き合ってるんだろ?いつも登下校一緒でお熱いよな」
「べ、べつに付き合ってなんか……」
すると竹田は青木にしか聞こえないように耳元で
「由井さんも顔は可愛いのに昔は引きこもりだったんだろ?笑えるよな」
からかうように笑い転げる竹田。次の瞬間、無意識に青木は竹田の頬を殴っていた。急いで止めに入る高柳。由井は急に怒り出した青木を見て呆然とその場に立ち尽くしていた。
~生徒指導室~
「なんで竹田を殴ったんだ?黒板に書いたのはあいつなのか?」担任の塩田は腕組みをして困った顔をしている
。
「いえ……」耳を澄ましていないと聞き取れないほど小さな言葉で青木は返答する。
「あのな……先生は本当の事を知りたいんだ。確かに手を出した青木は100%悪い。だがな、それは法律的に見ての話だ。殴った事実も変わらない。……けど向こうが、自分に非があるとして殴られたならどうだ?俺は曲がったことが大嫌いな性格なんだ。俺の目を見て、信じろ」担任の真っ直ぐな目を見て青木はありのままを話した。
「そうか、お前も男じゃないか!」
担任は笑いながら青木の背中を叩く。そしてすぐに真面目な顔になり
「青木、俺はお前の言った事を全部信じていいんだな?」
塩田の目を見てうなづく青木。
「よし分かった!とりあえず今日は帰れ!一週間の自宅謹慎の処分を取り下げるように上手くやるから明日は普通に登校して来い」そう言うと担任は戻って行った。
帰りのバス停でスマホを見る。高柳、鈴木、由井の三人からメッセージが届いていた。内容を確認しないままポケットにしまう。竹田を殴った手よりも、無邪気に笑う由井の顔が脳裏から離れず、胸の辺りがやけに痛く感じた。
自宅に戻りベッドに倒れ込む。両親が共働きなのが不幸中の幸いだった。自分の拳を見たまま気付いたら眠りについていた。
ピンポーン、ピンポーン
インターホンの音で目を覚ました青木はモニターを確認する。そこには高柳・鈴木の姿があった。
玄関のドアを開けると「よぉ!差し入れ!」と高柳はドーナッツの箱を手渡す。
「あ、ありがと」
「まぁ立ち話もなんだからおじゃまするわ」そう言うと高柳は靴を脱いで家に入る。
「それ、僕のせりふ……」そこまで言うと青木は笑い出す。
「元気そうで安心したよ」鈴木も嬉しそう笑う。
「上がってよ」青木に案内されるまま、二人は青木の部屋に入る。
由井が居ないのを気にしてそわそわしている青木を見て高柳が口を開く。
「由井なら今日は来ないぞ。校門まで一緒だったんだけど、寄るところがあるって」
「そ、そうなんだ」
「もしかして、私と高柳だけじゃ不満だった?」鈴木はニヤっと笑うと青木をからかう。
「そ、そんなことないよ!嬉しかった。友達が僕の部屋に来たことなんてなかったし……」キョトンとした顔で鈴木は青木を見る。
「なんかズルい……」鈴木は青木を少し睨む。
「え?」驚く青木。
「もぅいいわよ!」そう言うとふくれっ面になり高柳の背中を叩く。
「な、なんで俺なんだよ」鈴木にいきなり叩かれた高柳は困った様子だ。
「うるさい!鈍感!」そのやりとりを見て笑う青木。そんな青木を見て二人は目を合わせて軽く微笑んだ。
二人を玄関まで見送り青木は部屋に戻りベッドに腰をかける。
ピンポーン
インターホンが鳴り、忘れ物でもしたのかとモニターを見ずにドアを開ける。
「何?忘れも……」目の前には由井がうつむき加減で立っていた。
「よ、由井さん……」
「あのね……塩田先生に理由を聞いてたの」
「そ、そうなんだ」
「けど、塩田先生は何も教えてくれなかったの。本人に聞けって……」
「別に大した事じゃないよ」
「うそ!」由井は作り笑いで誤魔化そうとする青木に間髪入れずに真剣な表情で叫ぶ。
「だって……青木君はそんな人じゃないの私は知ってるもん……だから本当の事を教えて欲しいの……」由井の頬を涙が伝う。
「僕の事をバカにされて……ついカッとなってさ……」
「それだけ?」
「うん、それだけだよ」
「そっか……ありがとう」そう言うと由井は少し涙ぐむ。
「あの時の青木君の目はとても怖かった……けど今の青木君の目を見て安心した。高柳君も早苗ちゃんも青木君を心配してたんだよ。何かあったら私達が味方になるから安心してね」そう言うと由井はカバンから熊のストラップを取り出す。
「これ、青木君に」
「ぼ、僕に?」いきなりのプレゼントに戸惑う青木に手渡す。
「早苗ちゃんと高柳君の分も作ったんだよ。四人でおそろいのストラップ!」恥ずかしそうに笑う由井の顔を見て、竹田を殴った事は間違っていないと確信したと同時に安堵からか由井を抱き締めた。
「あ、青木君!?」焦る由井を見て我に帰る。
「ご、ごめん。そういうつもりじゃなくて、なんか嬉しくてつい……ごめん」すぐに由井から離れ顔を赤らめる青木。
「うぅん、少し嬉しかった」由井の言葉に更に顔を赤らめる青木。
「私ね……友達ってどういうものなのか実感がなかったの。周りの意見に同調して、面白くなくても周りが面白いと笑えば一緒に笑う。本音を言えば壊れそうな絆を自分の感情を殺してまでも守ろうとする事に恐怖すら感じていたの」突然の由井の告白に言葉が出ない。
「でもね、青木君や早苗ちゃん、高柳君と出会って分かったの。お互いが心から信頼しあって友達のために必死になれるって良いことだって。高柳君には内緒にして欲しいって言われたけど、あの後、ホームルームで高柳君が塩田先生に怒鳴ったの……」
「え?」
「青木君は何もなければあんなことはしないって。塩田先生も何か知っているみたいで、俺には俺のやり方があるから信じろって」
「そ、そうなんだ」青木は高柳の優しさに胸から込み上げてくる感情を抑えるのに必死だった。
「由井さん!あの、また明日から一緒に学校に行かない?」いきなりの青木の言葉に目を潤ませる由井。
「ありがとう……嬉しい……」
由井の家の近くの公園まで見送ると背伸びをして空を見上げた。夕焼けに染まった空がやけに綺麗に見えた。
「あっそうだ」
何かを思い出したかのように高柳に電話する。
「青木か?どうした?」
「高柳、ありがとうな」
「な、なんだよ急に?どうしたんだよ?」
「別にどうもしてないよ、たださ、ありがとうって言いたくて」
「全く意味がわかんねーよ!あっ!今日、写真部無断で休んだから明日は先輩に謝らないとな……明日、ちゃんと来いよ」
「うん」そう言うと電話を切り自宅へ戻った。
お風呂から出てスマホを取り出すと中原先輩から個別メッセージが届いていた。
「無断欠席!だけどあんたの行動は評価する!」少しドキッとして返信する。
「どこまで知ってるんですか?」すぐに返信がくる。
「少しだけしか知らないよ。あんたが由井を守るために同級生殴ったことくらいしか!」
「塩田先生から聞いたんですか?」
「そうだが?部長として部員の起こした不祥事を知って管理する責務もあるしな。だが……今回うちの部員は加害者ではなく被害者だったからよかったけどな」
「僕がカッとなって殴ってしまったので…悪いのは僕なんです」
「おいおい、仲間を守るための行動だったんだろ?私は塩田先生からその話を聞いたとき嬉しかったぞ。不謹慎かも知れないが殴られて当然のやつをお前が殴っただけだ。少なからず、私が同じ立場だったら同じ事をしただろう」
青木はハッとする。「先輩、この話って誰か他の人にしましたか?」
「由井には聞かれたから言ったぞ。まぁオブラートに包んだ言い方はしたつもりだが」
「それって何時ですか?」
「二時間前くらいだったかな」
「先にそれ言ってください!!!」メッセージを送ると
青木はすぐに由井に電話する。
「こんな時間にどうしたの?」
「ごめん、由井さんに嘘を付いてた」
「嘘?」
「竹田を殴った理由……中原先輩から聞いてたんでしょ?」
「うん……けど、私も知らない振りして嘘付いてたし」
「そ、それは」
「今回の一件でね、私は本当に幸せ者なんだなって思えたの。私のために真剣に怒ってくれる人がいて、その人を守るために仲間がいて。私ね、早苗ちゃんや高柳君にありのままを話したの。早苗ちゃんは守ってくれる人がいてズルいって拗ねてたんだけどね」それを聞いて先程の鈴木の言葉の意味を理解する青木。
「青木君がまた一緒に学校に行かない?って言ってくれた時、本当に嬉しかったの。もしかしたら迷惑なのかもしれないって思ってたから……」
「迷惑じゃないよ。由井さんと同じ高校に入ってから僕の知らなかった事の連続だし、それに……」
「それに?」
「竹田の一件でこれからは堂々と一緒に登校出来るからもっと楽しくなるかもって」
「そ、それって」
「あ、な、なんか変なこと言っちゃったかな」
「ううん……嬉しいかも……」受話器越しに由井の後ろから声が聞こえる。
「おねーちゃん、顔赤くしてるけど彼氏と電話してるの?」
「ちょっと、芽衣あっち行ってて」
「よ、由井さん?」
「あ、青木君、ご、ごめんね!今忙しいから、また明日ね!」そう言うと一方的に電話は切られた。
青木はベランダに出て月を見ながら微笑むと心の中で皆に感謝した。