入部
翌日、地元の駅で青木を待つ由井はどこかそわそわしていてる。無理もない、約束の時間から30分も過ぎていて、いつメッセージが来るかもしれないスマホの画面とにらめっこをしていたからだ。
「ごめん……遅れ……」
そこまで言うと青木は呆然ぼうぜんと立ち尽くし、由井を見る。
「な、なに?」
由井の言葉にハッとし焦あせる。
「い、いや別に……」
「なに?」
ハッキリしない態度に少し膨れっ面になる由井に
「そ、その……私服の由井さんも可愛いなって……」
膨ふくれっ面つらから急に恥ずかしそうになる由井だが、どこか嬉しそうでもあった。
「バカ……遅れてきたのに怒れないじゃない……」
青木にも聞こえないほど、ボソッと呟つぶやくと駅の時計が目に入る。
「あー!電車来ちゃうよ!」
青木の手を引っ張りホームへと向かった。
青木が発はっした言葉のせいだろうか、車内の距離は自然と遠くなり、会話はLINEのやり取りになっていた。
「まだ怒ってるんだからね!」
「ごめんなさい」
「遅刻した理由は?」
「洋服を何にするか決めかねてまして……」ぷっと笑う由井。
「女子みたいな言い訳ですね」
「すみません……返すお言葉がありません」
「もういいよ、本当は怒ってないし笑」
「え?そうなの?」
青木はスマホ越ごしに由井を見る。制服とは違い、私服はまた別の由井の魅力みりょくを引き出していた。
「おーそーい!」
中原は腕組みをして遅刻した二人にご立腹りっぷくの様子だ。
「ごめんなさい、俺が着ていく洋服を選んで遅れました……」
青木は素直に謝る。
「お前は女子か!」
中原の言葉に青木以外の三人は爆笑している。
「ほら、お前らのカメラだ」
中原は自前のカメラを手渡す。
「おーい青木ー!俺を見てみろよ!プロのカメラマンみたいだろ!?」
高柳はファインダーを覗いたまま、青木に向かいパシャリとシャッターを切った。
「結依ちゃん、こっち向いてー」
鈴木も高柳の真似をして由井の写真を撮る。
「おいおい、お前ら……これから植物園に行って植物の写真を撮るんだぞ……」中原は呆れた顔で笑う。
植物園に入ると、一面チューリップ畑になっていた。
「わぁ綺麗……」数々のチューリップに映え、風でなびく髪を耳に掛ける由井の姿は、まるで物語のワンシーンに見えた。青木はそのシーンをパシャリとカメラに収める。
「ふーん、どれどれ」
中原はニヤリとして青木のカメラを取り上げる。
「あっ、中原先輩!」
慌てる青木をよそに、先程撮った一枚を再生する。4月の太陽の低さが少し眩しげに由井の視界を邪魔しながら、チューリップの彩いろどりに心を奪われ、キラキラした目で楽しそうにしている姿が映し出されていた。「やるじゃん……」少し微笑み呟つぶやくと青木にカメラを返す。青木は顔を赤くしながら違う花がある方へ向かった。
「結依ちゃん、この写真どうかな?」
鈴木は自信満々に自分の写真を由井に見せる。
「早苗ちゃんすごい、綺麗……」
写真の事は詳しく分からない由井にでも、この写真は綺麗だと思える程だ。
「結依ちゃんはどういうの撮ったの?」
「え~私はいいよぉ……」
自信なさげに写真を見せる。「虫?」チューリップの下に隠れるようにいた小さな昆虫が写真に収められていた。
「ほう、二人ともセンスあるじゃないか」
後ろから覗き込むように中原は二人の写真を見る。
「いや……私風景とか苦手で……」
由井は鈴木の写真を見た後で意気消沈気味いきしょうちんぎみだ。
「そんなことないぞ、この小さな虫だって必死に生きようとしている。由井がいなければ、誰にも存在を知られるずに生涯を終えていたかもしれない。生きている証を由井が残した。それは素晴らしい事だと私は思うぞ」
中原の言葉に驚く由井。
「私……そこまで考えてませんでした……」
少し恥ずかしそうにする由井。それを聞いて中原はふっとため息混じりに笑う。
「写真の感性は人それぞれだ。私がこの写真を見て、そう思えば、私の中でこの写真はそういう存在として残るんだよ。だから写真は難しいんだ」
中原の言葉に由井は感動すら覚えたのかもしれない。目は充血して溢れんばかりの涙が溜まっていた。
一通り写真を撮り終えて昼食の時間になった。由井以外の四人は各々(おのおの)の写真を見ながら楽しそうにしている。
下を向いたままの由井は意を決して中原に口を開く。
「あ、あの、中原先輩!」
突然の大声に一同は一斉に由井の方を見る。
「わ、私、写真部に入りたいです。それで……もっともっと自分の撮った写真のメッセージが観た人に伝わるようにしてみたいんです!」
中原は軽く微笑むと
「そうか、わかった。これから宜しくな」
それだけを言い下を向く。
「あ、あの、結依ちゃんがやるなら私も写真部に入って、もっと綺麗な写真撮りたいです」鈴木も入部する気満々の様子だ。
「俺も楽しかったし、中原先輩宜しくですー!」高柳も笑いながら話す。
「そうか、わかった。それで……青木、お前はどうなんだ?」
中原の問い掛けに青木は下を向いたまま口を開く。
「正直、どんな写真がいいとか分からないですし……。ただ、写真って面白いとは思いますけど……」
煮え切らない返答に中原は青木のカメラを再生する。
「どんな写真がいいか分からないだ?お前が一番最初に撮った写真が私の見た中で今日一番だと思うんだがな」
写真を見た高柳は驚く。
「す、すげー、プロみたいな写真じゃんか……」
「けど……これって結依ちゃん?」
鈴木の言葉に顔を赤くする由井。
「写真っていうのは好きものを、自分が思い出に残したいと感じた瞬間に撮るものなんだよ」
中原の言葉に恥ずかしそうな顔をした青木は
「これから宜しくお願いします」とだけ言った。中原は笑顔になり「よし!」と発し青木の背中を大きく叩く。
帰りの電車の中では先程の写真のせいか、お互いに気まずい雰囲気が漂ただよう。そんな中、青木にメッセージが届く。
「写真部でよかったの?」
由井からのメッセージはどこか、素そっ気けない。
「由井さんに合わせた訳じゃなくて、自分自身で決めたことだから」
返信すると由井から一枚の画像が送られてきた。青木が撮った由井とチューリップ畑の写真が映し出される。
「この写真、ありがとう。嬉しかったから先輩に言って送って貰っちゃった」
メッセージを見た青木はすぐに由井の方を見る。由井は照れ臭そうにスマホの画面を見ていた。
「これから時間ある?少し由井さんと話がしたいんだけど」
青木の送ったメッセージから数分時間が経過し
「いいよ!けど、親が心配するから少しだけね(汗)」と返事がきた。
二人は1つ前の駅で降り、由井の家路まで歩きながら喋った。青木の知らなかった由井の中学時代の事、由井に妹がいること、由井の好きな食べ物、青木は由井の全てに興味があるようだった。
「ここが家うちだから、今日はありがとうね」
由井は髪を耳に掛ける仕草をして微笑む。
「いや、こちらそこ楽しかったよ」
その言葉を聞いて由井は更に笑顔になる。お互いに手を振り、由井はどんどん遠くなる青木の背中を見つめていた。
青木と由井を駅で見送った後、高柳と鈴木はバスに乗り込む。
「ねぇ、青木君は結依ちゃんの事が好きなのかな?」
鈴木はあくびをしている高柳に唐突とうとつに聞く。
「な、なんだよ。もしかして、鈴木って青木のこと好きなの?」不意ふいを突かれた返答に呆気あっけに取られる鈴木。
「はぁ?なんでそうなる訳?」
「い、いや何となくさ……違ってたらスマン」
窓からの景色を見ながら「全く……鈍感なやつが……」ボソッと呟く鈴木。
「ん?なんか言ったか?」
「なんでもないバカ!」
「な、なんだよ」高柳は急に怒り始めた鈴木に戸惑っていた。
家に着いた青木はスマホを確認する。由井から個別のメッセージが届いていた。「着いたかな?」青木は直ぐ様に返信する。
「着いたよ!」既読が直ぐに付く。
由井もスマホ画面をずっと見ていたのだろうか。「おかえり!少しだけ電話していいかな?」
一瞬、戸惑った青木だったが由井に電話をかける。
「もしもし、青木君?今大丈夫?」
「大丈夫だよ、どうしたの?」
「あのね、さっき言えなかったんだけど、青木君には本当に感謝してるの」
「え?俺に?どうして?」
「転校してきて、馴染めなくて一人で進路準備室で勉強してるときに、青木君が入ってきて、私にプリント渡してくれた時の事覚えてる?」
そう言われるまで忘れてた。いつも一人だった青木は一人の辛さがよく分かっていたから、由井にプリントを渡す時に一言かけていた。どうぞとか、これ明日までだからと必ず一言付け加えていた。
「ただの挨拶と言うかさ……」
青木は言葉を詰まらせる。
「その一言が嬉しかったの。他の人は物珍しそうに見てきたり、クラスにおいでよとか。おいでよって言われることが余計行きずらくなってりしたんだよね。ただ、青木君は違ってた。そんな青木君を準備室で待ってる私がいたの。だから同じ高校に行って仲良くなりたいって……」
「実際、僕と一緒に帰って幻滅げんめつしなかった?」
「え?そんなこと無かったけどどうして?」
「ほ、ほら、ネットオタクと言うか由井さんが想像していた僕と違ったかなって……」
「幻滅と言うか……いい意味で裏切られたかな」
「いい意味で!?」「あっ、そろそろお風呂入らなきゃだからごめんね」
「う、うん」
「今日はありがとう!また明日改札でね!」そう言うと電話は切れた。
青木は緊張で手が汗ばんでいた。ため息を1つ付くとベッドに飛び込み夜が更ふけていった。
翌朝、由井が改札で待っていた。
「おはよ」青木は昨日の今日で緊張しており、どこか余所余所よそよそしい。
「お、おはよ」由井も青木の緊張がうつったみたいでどこかぎこちない。二人は無言のまま電車に乗り込む。いつもと違うのは、お互いがすぐ隣にいて、同じ窓から同じ景色を見ていることだった。