新入部員歓迎会
ゴールデンウィークを利用して新部員歓迎会と題した写真部の親睦会だ。今年は2年生5人で考え新入生には集合場所しか伝えていない。集合場所の改札の前には2年生全員と芽依が既にいた。少し遅れて中原も到着する。息を切らしながら板橋が走ってきた。
「お、遅くなりました」
膝に手を置き苦しそうにしている板橋を嘲笑うかのように芽依が声をかける。
「板橋君、遅くなるなら来なきゃよかったのにね」
「はぁ?お前うっせーよ」
夫婦漫才のやりとりを見ているかのようで周りは笑いに包まれた。
「さぁ行こうか」
青木の言葉をきっかけに皆が一斉にバッグを持つ。1年生には予め購入しておいた切符を手渡す。
「群馬県ですか……」中原が声を漏らす。
「え?なんでこれだけで分かるの?」
鈴木は一瞬不思議がっていたが中原先輩の妹である事を思いだし、すぐに中原に
「他の1年生には内緒ね」と小声で耳打ちをした。
上野駅でローカル線に乗り換え、目的地の駅に着いた。
「うわーすごい!テレビで見る田舎の風景だ!」
はしゃいでいる芽依を横目に板橋もはしゃぎたいのだろうが我慢してるようだ。
「あのもしかして、うちの別荘ですか?」中原は青木に小声で聞く。
「さすがだね。中原先輩からLINEが来て親睦会悩んでるなら提案があるってね」
「え……お姉ちゃんLINEやってたんですか?」
意外な姉の一面を知れて、少し嬉しそうな中原。青木は妹を見るような目で中原の頭に手をポンと置き
「それにもうひとつサプライズがあって……それはまだ内緒」と笑って見せた。
二時間に一本のバスに乗り、バスはひたすら山を登り続ける。
「ダムだ!」
鈴木と1年生はワイワイと盛り上がる中、反対の窓を見つめながらぼーっとしている結依。
「酔った?」
青木は結依の横目に見るとガラス越しの微笑む結依の顔が映る。
「ううん、なんか不思議で。高校に入ってもあまり変わらないんじゃないかとか考えてたのに、今はこんなに充実してて」
「それは由井さんが居たからだと思うよ!俺も同じ事をよく考えるし」
お互い窓の外を見ながら笑う。一時間ほどしてバスは目的地の終点に着く。コンビニは無いが、いくつかの商店がある小さな町だ。町といっても合併で町に名前が変わっただけで元々は村であり、町並みも村の頃のままだった。バスから降りると皆々(みなみな)は景観に圧倒される。まだ5月でありながら、木々(きぎ)は新緑で覆われ、道から川を覗くと太陽に反射したいくつもの水面がキラキラと輝きを放ち、木々の色と空の色が調和され川の色を変えていた。
「さて行こうか」
青木の声で一斉に皆が歩きだす。しばらく歩くと青木は地図を片手に立ち止まり悩みだす。中原は無言で青木の袖を引っ張り案内をする。
「着いたぞ!」
高柳は青い屋根の家を指差す。
「え?普通の家ですか?」
芽依がキョトンとする間もなくインターホンを押す。
「あのー誰もいませんよ」
中原が話した瞬間インターホン越しから声がする。
「よく来たな!!お前達!!」
一番に驚く中原「お、お姉ちゃん!?」
~回想~
二年生達は新入生歓迎会をどこで行うか悩んでいる最中、写真部グループに一通のメッセージが届く。
《お前ら新入生歓迎会どこか決まったのか?決まって無いなら、うちの別荘の掃除を兼ねて泊まらせてやるぞ!私が写真を始めた原点の場所だからな!》
「うそ!先輩の別荘だって!結依ちゃん、行こうよ!」
喜ぶ鈴木を見て笑顔で頷く由井。さらにもう一通メッセージが届く。
《おい竹田、なんであんたが写真部グループのLINEにいるんだ?私の制裁が足りなかったのか?》
苦笑する青木と高柳を横目に少し青ざめる竹田。すかさず青木は
《もう昔の事で今は仲間ですよ》と返信する。
メッセージを見て照れ隠しをする竹田に高柳は心から嬉しそうな笑顔を浮かべていた。
そんなこともあり、竹田は少々緊張気味でドアが開くのを待っている。ガチャっと音と共にエプロンで三角巾を被った中原千夏が出てきた。竹田をキッと睨んだ後
「すまん、すまん、冗談だ。もう済んだことだしな」と言って笑う。
竹田は尻餅を付いて「よかった……もうあんな制裁は懲り懲りです……」青ざめた顔はその時の恐怖を物語ってるようだった。
全員で部屋の掃除をしてこれからの日程を発表する。もちろん写真部にとって相応しい日程だ。1年・2年合同で班を作り写真の撮り方、ピントのずらし方等々、青木達が1年前に中原から教わったことを説明する。
「ふーん」
千夏はニヤニヤしながら鈴木や由井が後輩に説明する姿を、まるでからかうかのように見ている。
「先輩!やりずらいですよ~!」
鈴木がすかさず千夏に声をかける。
「すまん、すまん、いやなに、ちょっと嬉しくてな」
千夏が後輩に教えた事がまた次の世代に引き継がれて行く。こうして伝統や物の言い伝えは残るものなんだなと千夏は心から喜んでいる。
「あの~部長、ちょっと質問が」
板橋はふてぶてしく青木に声をかける。
「何か分からないことあるか?」
「分からないと言えば分からないんですが……」横目で竹田をチラチラと見る。
「ん?どうかしたのか?」
「なんで1年以外の人がカメラのレクチャー受けてるんです?」
それを聞いた竹田は顔を赤くして怒る。
「まぁまぁ、竹田も今年の1年同様に入部したんだ。そんなこと言うなよ」
仲裁に入る高柳。前途多難な写真部の新入部員歓迎会はこうして始まりを迎えた。
夕方まで各々(おのおの)の好きな写真を撮り、夕食のバーベキューで写真を見せ合う。鈴木は山、由井結依は川、高柳は写真部員といった個性溢れる写真を見ながら全員が笑う。千夏が板橋のカメラを再生して驚く
「おい、青木二世がいるぞ」
そう言って全員にカメラを見せようとする。
「や、やめてください!その写真は違うんです!」
鈴木は千夏のカメラをひょいと持ち上げるとカメラのモニターをみる
「わぁすごっ」思わず声を出す。
「どれです?」
芽依も興味津々でモニターを覗く。
「うわぁ……ひくわっ」ボソッと呟き結依に手渡す。
「なんて言うか……いいと思うわよ、うん!いいと思う!」結依は芽依とは逆に嬉しそうに見える。
「どっちなんですか?」美里はモニターを見たまま硬直する。
「これって盗撮ですよね……」
板橋は下を向いたまま気まずそうだ。青木も好奇心でそっと覗いてみる。そこには、まだ冷たい川で無邪気にはしゃいで楽しんでいる女子の姿がある。皆、屈託のない笑顔でとても楽しそうに写っていた。青木は板橋の頭をくしゃくしゃと撫でると笑っていた。
「青木先輩はどうなんですか?」
板橋は青木のカメラを奪うと再生ボタンを押す。太陽に照された新緑の隙間から光が射し込み、川は新緑と空を映し出すようにキラキラ輝いている。その光がスポットライトのように照らされ、眩しそうに見上げる由井結依の後ろ姿。まるで映画のワンシーンを見ているような感覚が板橋を包み込む。千夏は後ろから写真を覗く。
「青木の写真はすごいだろ」
その言葉に板橋はハッとして我に帰る。
「べ、別に凄くないですよ」
板橋は青木にカメラを渡すと食器を手に取り食事を始めた。結依は嬉しそうに写真を見つめ、千夏はどこか寂しげで芽依も面白くない顔をしている不思議な空気だった。
そんな中
「星凄いんだけど!!」
鈴木の声で皆が顔を上げ、空を見上げる。
暗闇の中、星が無数に広がり輝きを放つ。隣の星を輝かせるために控え目に輝く星、まるで自分が一番だと主張するかのように強く輝く星、それぞれが共存して光のキャンバスを演出させているかのようだ。
星を見ていた数分間は誰もが考えることをやめ、それぞれが思いのままに好きな星を見ている。
「すごいな」竹田が思わず呟く。
「ん?お前にそんな心があったのか?」千夏はからかうように空を見上げたまま問う。
「からかわらないでくださいよ。でも、悔しいですけどあいつの写真を見た時も、今と同じ様な感覚でしたよ」一息付くと竹田はまた空を見上げる。
「そっか……」千夏は空を見上げている皆の顔を見て、「そうだよな」と誰にも聞こえないような小さな声で呟き、また空を見上げた。
食事を終え、男女別々の部屋に別れ就寝の時間。青木は眠れず、川原へ足を運んでいた。岩場に腰をかけ、目を閉じて川の流れる音に耳を傾ける。何分そうしていただろう、後ろから聞こえてくる足跡に気付き青木は振り返る。
「芽依ちゃん!?」
芽依は無言のまま青木の横に座り口を開く。
「先輩。先輩は私の中学の頃を覚えていますか?」
青木は唐突な質問に驚いたが、すぐに返答する。
「ごめん。あの頃は、ずっと1人で誰にも関心を持てずに暮らしていたから」
芽依は青木の意外な言葉に思わず声が詰まる。
「そ、そうだったんですか、そんな風には見えませんでしたよ……」
「そういえば芽依ちゃんは何で俺の事を知ってたの?」
何か言いたげな芽依は何かを言おうとしたがグッとこらえ
「お姉ちゃんが……いつも青木君が来てくれてって嬉しそうに話してたので、どんな人かなって思って見てました」
「そうなんだ……」
「それだけじゃありませんよ、先輩はいつも誰にでも優しく接してくれてたじゃないですか……」
「俺が?」
「中学の頃に面識のない生徒が足を捻挫した時におぶって保健室まで連れていったり……」
「あー、そんな事もあったね……って何で芽依ちゃんがそれを……」
芽依は少し残念そうな顔をしたと思ったら急に睨み(にら)青木に怒る。
「鈍感!!」
それを聞いた青木はハッと我に帰る。
「もしかして、その生徒って芽依ちゃん!?」芽依は顔を赤らめて下を向く。
「言い訳じゃないんだけど、俺は中学の時に誰とも深く接して来なかったんだ。人を深く知ると傷付いたり、傷付けられたり……。そういう風に考えるようになってから人と距離を置く事の方が楽だって気が付いた。けど、いざ一人になると意外と大変で……」
青木も下を向く。芽依は下を向いたまま青木を横目で覗く。
「先輩はお姉ちゃんが好きなんですか?」
不意な一瞬固まるもすぐに「うん……好きだよ」と返答した。
「あ、あの、もし、もしですよ、私が先輩の事を好きって言ったらどうしますか?」
芽依は悲しそうに遠くを見るような目で青木と空の星の中間を見ている。
「それは嬉しいけど、僕は由井さんがやっぱり好きなんだ」
プッと軽く吹き出し笑う芽依。
「先輩、私もお姉ちゃんも両方由井ですよ」
笑いながら流す芽依の涙は笑いからくるものなのか、悲しみからくるものなのか鈍感な青木にでもそれは分かった。しばらく笑いと涙が入り雑じる時が過ぎ、芽依は立ち上がり微笑むと
「私、諦めませんから!覚悟してください!」と言い残し家に戻っていった。
翌朝
リビングに全員が集まり朝食を取る。青木は寝付けなかったせいか、重い瞼をこすりながら席に着いた。それとは対照的に高柳は元気に食事を取る。芽依も至って普通だ。青木は早々(そうそう)に食事を終わらせるとカメラを手に取り、山に向かった。
山鳥が鳴き、新緑の匂いが包み込む。風はまだ少し冷たく、木々から覗く太陽の光が優しく地面を照らす。暖かい場所を探していた山鳥が日向ぼっこに集まってくる。シャッターボタンに指を置きフォーカスを合わせシャッターのチャンスを伺う。山鳥はその場所が暖かいのか、身体を膨らませ目を閉じてじっとしている。(いまだ)青木はシャッターボタンを押す。異変を感じ取ったのか山鳥は勢いよく飛んでいった。
こうして1年生の歓迎会は幕を閉じた。
帰りのバスの中では全員疲れきっていたのか子供のようにぐっすりと眠っていた。




