第3話 騎士と戦士2-3 この選択は
町の静寂は、しかしそっと、一角で破られようとしていた。
その一角は王家の館ではなく、神殿でもなかった。
それは、空っぽの館にルー=フィンが歯がみする少し前のこと。
静かな行動を心がけたところで、気配はどうしても伝わるものだ。人が大勢、息を殺して集まっている様子を感じ取ったタイオスは、慎重に小道をのぞいた。
「……おい」
思わず、彼は声をかけた。びくりとして十名ほどの若者が一斉に振り返る。
「何、やってる。やめろ。心意気は買うが、素人が刃物振り回したって自分で自分を傷つけるのがオチってもんだ」
見るからに農民といった感じの町びとらが、どこから手に入れてきたのか広刃の剣や小刀、足りなかったのか包丁や鍬などを手にして様子を伺っている様を見れば、彼らが無茶を考えていることは、たとえ職業戦士でなくとも判っただろう。
「だ、誰だ」
「通りすがりの戦士だよ」
タイオスは正しいような何の説明にもならないようなことを言った。
「〈根菜は農民に抜かせろ〉と言うわな。戦争は戦士に任すもんだ」
彼は自身を指した。
「誰だ」
質問は繰り返された。
「余所者だな。何を知って……」
「タイオスさん! あんた昼間に、殿下と騎士様といた人だろ?」
「ああ」
認めて彼が声の方に目をやれば、昼に窓辺から「向こうには僧兵がいて危ない」と彼らに教えてきた女がいた。
「タイオスだって?」
「それじゃ、ハルディール様を守って遠くからやってきたって戦士か」
「さっきは、僧兵たちをあっという間に味方に引き入れちまったとか」
シリンドル人たちは顔を見合わせ合って言い合った。
「間違ってないが、過大評価されてる気がするぞ」
戦士はぼそりと呟いた。
「まあ、怪しいもんじゃないと通じたならけっこうだ。とにかく、無駄に僧兵を挑発するな。特に、神官上がりじゃない雇われは血の気が多い。俺が言うまでもないだろうが」
「だからと言って、じっとしてなんかいられない」
「王子様をお助けするんだ」
民たちは血気盛んにうなずき合った。タイオスはうなる。
「あのな。ちょいとばかし勢いよく石が当たっても、よっぽど打ちどころが悪くない限り、人間は死なん。だがそれに怒った脳足りんがお前たちに斬りかかれば? お前たちは、簡単に死ぬ」
手を出すな、と再三に渡ってタイオスは言った。
「民に死傷者を出すことは、ハル……ディール様を哀しませるだけだぞ。まじで」
「クインダン様もそうしたことを」
青年騎士の演説に行き合った者は大いにうなずいた。
「ですから、正面から戦うつもりはありません。連中の気を逸らすつもりで」
「慎重にやるから大丈夫だと? 甘い。甘すぎる。砂糖を七杯溶かした琥珀酒より甘い」
タイオスは顔をしかめて首を振る。
「死んで悔いなし、なんて戯けは騎士だけで充分。命がけの戦は俺らに任しとけ、と言ってる通りだ。逸る思いは明日か明後日に取っておけ。ハルディール殿下が悪の親玉をやっつけてシリンドルを元通りにすべく頑張り出すだろうから、それを手伝えよ」
タイオスはもっともなことを言っているつもりだったが、戦を知らず、酔った勢いの喧嘩程度に考えて血をたぎらせる若い彼らは容易に納得しなかった。
うー、と戦士は頭をかきむしる。
(放っておいたらこいつら、何をやらかすか)
たとえば、彼ら職業戦士の動きを見て、「何だ、簡単そうだ」「俺でもできる」と思ってしまう素人がいる。これは、実に怖い。
ごく稀に幸運神の寵愛を受けて劇的な活躍をする非戦士もいるが、それは本当に強運の持ち主であるのだし、奇跡的だからこそ噂や伝説になるのだ。
だと言うのに「〈アベリンド川の戦い〉で姫様を救ったゼッカは特別な力を持っていた訳じゃなく、たまたま機会に恵まれただけだ」、即ち「機会さえあれば俺だって」。
気概を持つのはけっこうだが、実力が伴わなくては意味がない。幸運神はそんなに僥倖を連発しないものである。
「いいから、おとなしくしてろ。頼むから」
タイオスは繰り返す。民たちは不満そうに戦士を見た。
「心配しなくても、王子殿下は大丈夫だ。……なあ」
うー、と彼はまたうなった。
この選択は、果たして何を呼ぶものか。
「……これ、判るか」
ゆっくりと、彼はそれを取り出した。
「それは……」
「〈白鷲〉の護符だ!」
彼らはこれ以上ないほど大きく目を見開いた。
「……判るか、やっぱり」
判ってほしかったような、ほしくなかったような、タイオスは複雑な心境である。
と言うのも――。
「あなたが〈白鷲〉か!」
「タイオス様!」
こうなるのが目に見えていたからである。
「あー、どうなのか、判らんがね」
当人としては、絶対に違うと思っている。だがこの場は、有効な手段だ。
「伝説を信じるなら、これを持った人物がいるということは……判るな?」
「はい、タイオス様」
「われわれは〈白鷲の騎士〉を信じます!」
男も女も、そこにいた者は子供のように目を輝かせてタイオスを見た。
少しばかりまずかったかなという思いもあったが、ここは役者よろしく、タイオスはうなずいてみせた。
「あとは俺に任せろ。余計な手出しはしないこと。殿下のために誰かが傷ついたり死んだりすれば、殿下は哀しむ。いいな?」
「はい!」
彼らは敬礼でもしかねない勢いで、そう答えた。タイオスは顔が引きつるのをどうにかこらえながら、真面目な表情を保った。
「〈白鷲〉だ」
「伝説の存在が現れた」
ざわざわと彼らは興奮したように言い合い、期待に満ちた瞳で薄汚れた格好の中年戦士を見た。
「〈白鷲〉、どうかハルディール様を」
「シリンドルをお願いいたします」
「あー、うん、あれだ。やれるだけのことはやるわ」
「伝説の存在」にしてはいまひとつ歯切れの悪い返事であったが、民たちは満足したようだった。
(世間知らず……と言うんかな)
(いや、ここでは俺の方がものを知らないんだろう)
シリンドル。
彼の常識とは異なる常識がまかり通っている地。
タイオスは乾いた笑いが浮かびかけるのをこらえ、握手を求める彼らにいちいち対応すると、名残惜しそうな彼らが帰途につくのをどうにか見守った。




