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シリンディンの白鷲  作者: 一枝 唯


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第3話 騎士と戦士1-7 だから魔術師は嫌いだ

(先手必勝)

 会話を続けると見せて、素早く攻撃を仕掛ける。戦士が目論んだのはそれだった。

 彼は魔術に詳しくはないが、攻撃術を行う魔術師というのは、優れた射手か投擲家のようなものだということは判っていた。のんびりと立っていれば、的になるだけ。かと言って、いまさら踵を返してみたところで、やはり的だ。

 力強く地面を踏み込み、剣を抜きざまに一太刀を浴びせようとしたタイオスだったが、それは叶わなかった。

 彼の足は、王女の部屋でアンエスカがかけられたのと同じ術を受け、まるで地面に糊付けされたようになってしまったからだ。

「クソっ」

 タイオスは思う存分、罵りの言葉を吐いた。

「だから、魔術師は嫌いだと言ったんだ!」

 実際のところは好きでも嫌いでもなかったが、いまは間違いなく嫌いだと、戦士はそう思った。

「まあ、落ち着いて」

 イズランはあくまでも笑みを浮かべていた。ヨアフォード、ヨアティア父子のような薄笑いではなく、人当たりのよさそうな笑顔であるところが、却って気味が悪かった。

「殺しはしません。この町に魔術師協会はありませんが、町のなかで魔術を使った攻撃をするというのは、町のなかで抜剣をするのと同じように禁忌なんですよ。もっとも、現在のシリンドルではそうも言っていられませんが、協会の決まりごととシリンドルの混沌は関係がない」

 したり顔でイズランはうなずいた。

「私が命じられたのは、タイオス殿、あなたの足止めです。ニーヴィス殿が亡くなり、クインダン殿は負傷、アンエスカ殿が館を離れれば、レヴシー殿だけではいささか、守りも心許なくなるでしょうから」

「阿呆か」

 額に汗を滲ませながら、タイオスは言った。

「あのクソアンエスカが、いま、ハルから離れるもんか」

「離れます」

 イズランは肩をすくめた。

「そういう約束なので」

「約束だと?」

「館で僧兵たちが昏倒していたのを不自然に思いませんでしたか? 私が協力したんですよ。あとで話をする約束をして」

「何だって?」

 タイオスには訳が判らなかった。

「あいつが何か、お前と取り引きを?」

「ご明察です」

 やはり魔術師は笑んだ。

「彼をおびき出す意図では、ありませんでした。私にそうしたつもりがあったなら、彼も見抜いたでしょうね。ですが幸か不幸か、私は本当に話をしたかっただけだ。アンエスカ不在の隙を突けと仰ったのは、ヨアフォード殿ですから」

 気の毒に、とイズランは肩をすくめた。

「アンエスカ殿はとても鋭い。私がヨアフォード殿に約束の話をしないと踏みました。実際、そのときは私もそのつもりでした。しかし生憎、神殿長殿もまた鋭かった。完全に見抜かれれば、私も白状せざるを得ない」

 魔術師が何を言っているものか、戦士には判然としなかった。

 だが、判ることもある。

 アンエスカはハルディールを離れ、王子と王女の傍で彼らを守るべく剣を振るえるのは、あのレヴシー少年しかいないということ。

「クソ眼鏡がっ」

 もはやアンエスカは眼鏡をかけていないのだが、思わずタイオスはそう罵った。

「あいつがハルを守ると思ったから、俺はのこのこと出てきたんじゃねえか!」

 アンエスカのハルディールに対する忠誠は本物だ。そう感じているからこそ、タイオスは彼の死の偽装をして隙を作り、王子を伴ってここまでやってきた。アンエスカにハルディールを返して終わり、とする気はなかったものの、責任の大半は果たしたつもりでいたのに。

「ヨアフォード殿は、怖い方です」

 イズランはそんな話をしてきた。

「彼の不興を買えば、アル・フェイルを背後に持つ私でもどうなるか判らないと思います。だが同時に、公正でもある。彼のためになることをすれば、きちんとした見返りが期待できますね」

「そういうのは、恐怖政治ってんだ」

 タイオスは鼻を鳴らした。

「判りやすく言えば、悪い王様(・・・・)

「そうでしょうか」

 イズランは首をかしげた。

「威厳と公正さを兼ね備えれば、それはむしろ、賢王であると感じます」

「尊敬を得るのと、死の恐怖で抑えつけるのは、全く違うだろうが。賢い王が、〈死の腕輪〉なんか使うのか?」

「ああ、あれですか。あれはしかし、ヨアフォード殿が考えたのでもありませんよ。古くからのならわしです」

「そうなのか?」

 タイオスは少し意外に思った。

 話に聞くヨアフォードの印象から、そういうことを考えそうな人間だと思ったのだが。

 ハルディールから、腕輪が誓いの証だと聞いていたタイオスはふと、そう言えばアンエスカは「毒物で自死したという話は聞かない」とだけ言っていたな、と思い出した。

 となると、毒の腕輪自体は、習慣として昔からあったことだったのか。

(ここはシリンドル。小国だが、いや、それともだからこそ、特殊な国だ)

(俺の常識で計っちゃならんところがある)

 いまさらのようにタイオスは戒めた。

「ちょっといいですか、タイオス殿」

「何だよ」

 いいも悪いも、彼は魔術師の術に足止めをされている。むっつりと返せば、イズランはわずかに眉をひそめた。それはまるで、心配しているような顔だった。

「今日は、いろいろありましたでしょう。長い一日だ。そろそろ、もう休まれるといいです」

 次にはにこやかに笑むと、イズランは提案した。

「はあ? 何を言い出したんだ、お前は」

「路上では危険ですから、そうですね、その辺りの空き家に」

 イズランはタイオスの疑問を無視して続けると、一軒の家を指した。ばたん、と住人も風もなく、扉が開いた。

「ちょうどいい。休みなさい、ヴォース・タイオス」

 どんな神に祈れば、それとも恨み言を言えばいいものか。タイオスがそれを決めかねる内に、彼の足は彼の意志と異なる力によって糊をはがされ、開いた扉へと向かっていく。

「おい。待て。何をするんだ、やめろ」

「寝台もあるようですね。よかった、床に寝ていただくのは少し心苦しいものがありますから」

 彼の抗議を魔術師は聞き流した。

 どんな怒りも罵りも戦士の役に立たなかった。タイオスの足は彼を物置小屋のような四方数ラクトの空間に(いざな)い、空き箱を並べたものとしか見えない寝台の前にと導いた。

「お休みを」

 三度(みたび)、イズランは言った。タイオスの上半身は前かがみとなり、両手が寝台についた。

「ひと晩眠れば、もうあらかた、問題は片付いていますよ」

 タイオスのまぶたは、もう何日も一睡もしていないかのごとき重さを与えられる。彼はうずくまり、寝台に突っ伏す形となった。

「てめ……この、イズラン」

 猛烈な眠気に襲われると、泥酔したかのようにろれつが回らなくなる。このときのタイオスもそうだった。

「ここまでするなら……せめて寝台に上らせろってんだ……」

 半端野郎め、という捨て台詞はイズランの耳に意味のある言葉として届いたものか。

 どちらであろうとタイオスは、魔術師の返事を聞くことのないまま、視界が暗闇に閉ざされていくのを感じていた。


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