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シリンディンの白鷲  作者: 一枝 唯


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第2話 シリンドル4-5 騎士の所行

 王子たち一行は、何ごともないままで街区を三つ四つ抜けた。

 民たちの活躍で僧兵たちは分断されている。ハルディールはこそこそ隠れているような自分に後ろめたいものを覚えて仕方なかったが、タイオス、ニーヴィス、アンエスカらが口を揃えて言うことを理解していない訳でもない。

 僧兵と刃を戦わせるのは彼の務めではない。

 神殿長ヨアフォードを糾弾し、王殺しの罪を――おそらくはその命でもって――償わせることこそ、彼のやるべきことなのだ。

 それは何も、ヨアフォードと剣を合わせるだとか、ハルディール自身が殺人者の首を取るということには限られない。それをやるのは正式には騎士ではないニーヴィスでも、シリンドルの者ではないタイオスでも、かまわない。要はそこに王子がいて、王子の命令、意志で物事が進むということ。

 彼は判っていた。ただ、不安だった。ほんのふた月前ならば案じずによかったこと。彼の慕わしく思う誰かが傷つくことへの恐怖は、目の前で父が殺され、王子王女を守ろうとした使用人が斬り殺されたときから、常に彼を(さいな)んだ。

「タイオス。ニーヴィス」

「どうした」

「お疲れですか」

「やはり僕は、一度はっきり姿を見せて、僕が標的であることを僧兵に思い出させてやるべきではないかと」

「殿下、それは……」

「却下」

 ニーヴィスが「お気持ちは立派ですが、敢えて危険に身をさらすようなことはこのニーヴィス、賛同できません」などと言う手間を省いてやろうと、タイオスは一言で済ませた。

「そのことはもう言うな。標的代わりなら若い連中がやってる。おっと、そのことについても言うな」

「……すまない。繰り言だな」

 ふう、と少年は息を吐いた。同じようなことを繰り返している自覚はあるのだ。ひたすら、心配でたまらないだけ。

(大事な誰かが危険にさらされるより、自分が危ない方が気楽ってとこか)

 少年王子を見やりながら中年戦士は考えた。

(その気持ちは、まあ、判るがね)

 だがいまの状況において、ハルディールほど無事でなければならない人物もいない。ニーヴィスもクインダンもレヴシーもアンエスカも、「王家への」「シリンドル国への」「神への」忠誠という曖昧にして大きなものを全部ハルディール・イアス・シリンドルというひとりの少年に肩代わりさせている真っ最中だ。

 さっさと片付けたいとタイオスが思うのは、「片付けてやりたいのだ」という気持ちもかなり混じっていた。

「館までは、あと二、三街区ってところか」

 慣れないながらも判る限りで町の道筋を思い出し、タイオスは確認した。ハルディールとニーヴィスは揃ってうなずく。

「派手な騒ぎは聞こえないが、騎士を殺ったという喧伝もない。若いのも無事だろう」

 根拠は薄かったものの、ハルディールを安心させるために、タイオスはそんなことを言った。

「そうであるといい」

 王子は真剣にうなずいた。

「アンエスカのことも心配だ。彼は巧くやるとは思うが、大人数と剣を合わせる事態になったら」

「急ぎましょう」

 ニーヴィスが先頭を切って角を折れた。

「念のため、裏に回って様子を――」

「必要ない」

 そう答えたのは、タイオスでもなければハルディールでもなかった。

 戦士と騎士は、素早く剣をかまえた。

「王家の館に向かうのではと考えたが、正解(レグル)だったようだな」

「――ルー=フィン」

 銀髪の剣士の名を口に上せたのは、ハルディールだった。ルー=フィン・シリンドラスが緑の瞳を燃やして、彼らの後ろに姿を見せていた。

「僧兵たちは簡単に陽動に乗ってしまったが、私は何度も騙されるつもりなどない」

 若者は王子の守り手ふたりなどいないかのように、ハルディールを見ていた。

「無駄な抵抗はよすんだな。時間の無駄だ。おとなしくしていれば、せめて苦しまぬように殺してやる」

「おいおい」

 そこでタイオスが口を挟んだ。

「ハルひとりを見つけたんなら、そんな台詞もいいさ。だがここに、俺だけじゃない、シリンディンの騎士様までついてるのが見えんのか」

「見えていても見えていなくても、言うことは同じだ」

 ルー=フィンは答えた。

「お前には二度に渡り、騙されたようだ。だが、そのことについてはとやかく言わない。金目当てのだらしない男と思わせ、その実は王子を守ろうとしていた。その気概は認めよう」

「そりゃまたずいぶん買われたもんだ」

 戦士は苦笑した。

「まるで俺まで騎士になった気分だね」

「だが」

 ルー=フィンの緑色の目が、きつい光を帯びた。

「私を役に立たぬ子供扱いしたことだけは、後悔させてやるつもりでいる」

「ああん?」

 タイオスは顔をしかめた。一度剣を合わせた際に挑発した記憶はあるが、シリンドルで心楽しくもない再会をしてからは、いちいち馬鹿にした覚えはなかったのだ。

「ああ、地下牢で隙を突いたときのことを言ってんのか。ありゃあ、巧い具合にクインダンがキレてくれたおかげだ」

 彼がアンエスカを殺したと考えた青年騎士が騒いだために、ルー=フィンは動いたのである。タイオスはそのことを思い出したが、彼は自分が剣士に対して「子供を殺したくはない」と言ったことは忘れていた。

 それは挑発のつもりではなく、本音だったためだ。自然に出てきた台詞で、だからこそ記憶に残っていない。

 しかしそのことは却ってルー=フィンの誇りを傷つける。彼の怒りの理由にタイオスが気づいていないと理解すると、青年剣士は細剣を戦士に向けた。

「お前も殺すよう、言われている。覚悟をするといい」

「戦士業なんてのは、年がら年中覚悟を決めてるようなもんだが」

 タイオスは一歩、前に出た。

「今回ばっかりは、まじかもなあ」

 くそう、と彼は思った。

(平和な農村生活は、夢のままに終わるか)

 正面から剣を合わせたら、今度は何合も保たないだろうと判っていた。彼の実力もやり方も、ルー=フィンは把握済みだ。

(いまから踵を返して逃げりゃ)

(シリンドルの外までは追ってこないだろうなあ)

 すみません、ごめんなさい、もう二度と関わりません、と逃亡を決め込めば、命は助かるだろう。詐欺仕事で金は得たのだし、命を賭ける理由など、彼にはない。

 ハルディール少年との約束さえ、破ってしまえば、だ。

(どんな契約も約束も、命あっての物種)

(死ぬと判っても契約を貫くなんざ、それこそ騎士の所行ってもんだ)

(俺には向かない。俺には)

「クソ」

 彼は呟いた。

「俺は気のいいお人好しなんかじゃないんだぞ」

 だが放っておけないのだ。どうにも、この少年王子は。

「なあ、ハル。俺が死んだら、コミンの〈紅鈴館〉に知らせてやってくれな」

 そんな台詞が彼の口をついて出た。踊り子のティエは、少しくらいは彼を心配してくれているだろうか。

「タイオス、何を馬鹿な」

「逃げろ。こいつは、俺が何とかするから」

 できるとは思わない。最大限に運が味方して、二分。しかしルー=フィンさえ足止めすれば、ニーヴィスは王子を守って館にたどり着けるだろう。そう踏んだ。

 だが――。

「逆にしよう、タイオス」

 すっと彼より前に出たのは、元騎士だった。

「俺がやる。お前は、殿下を守ってくれ」


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