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シリンディンの白鷲  作者: 一枝 唯


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第2話 シリンドル4-4 戦いの高揚

 体力が戻っていないことを忘れるな、というアンエスカの忠告を無視した訳ではない。

 だがレヴシーとクインダンは、疲労を感じていなかった。

 もっとも、それは気分が高まっているせいにすぎない。彼らの体力は、好調時の半分にも満たないはずだった。

 それでも民たちの声は彼らの力となり、ふたりはまるで英雄芝居の演技でもしているかのように、傷ひとつ負うことなく僧兵たちをなぎ倒していった。

「シリンドル、シリンドル!」

「クインダン様、レヴシー様!」

 〈シリンディンの騎士〉の顔と名は知られているものだ。この事態に、支援者たちは剣を用意するので精一杯、騎士の制服までは彼らに提供できなかったものの、団旗の柄もよく知られているし、その戦いぶりがただの町民であるはずもない。彼らはそれこそ都会の人気役者のような熱狂的な歓声を受けた。

「なっ、何か照れるな、クイン」

 レヴシーは目を白黒させて、きょろきょろとした。

「気を逸らすなよ。……気持ちは判るが」

 クインダンは笑って言った。

 騎士となって以来、彼らは常に敬意を払われてきたけれど、こんなふうに手放しで歓迎されたことはなかった。ましてやレヴシーは最年少。騎士となって半年経つかどうかだ。つまり「敬意を払われてきた」期間も、そう長くはない。

 レヴシーとて、もてはやされたくて騎士になったのではなかったが、支持を受けて戦う喜びが身体中に湧き上がるのを感じずにはいられなかった。

 計十名の僧兵をシリンドルの大地に転がしたふたりはこうして歓声を受けながらも、新手の気配がないかと周囲を見回した。

「この騒ぎだ、もっといっぱいくるかと思ったが」

 クインダンが考えながら言った。

「巧く指揮ができていないんじゃないか。ルー=フィンは名剣士だが、こんなふうに采配を振ったことはないだろうし」

 レヴシーが言えば、クインダンははっとした顔を見せた。

「いや、追っ手のなかに、ルー=フィンがいないのかもしれない」

「何だって?」

「――ハルディール様を追っているとしたら」

「まずいじゃないか」

 少年騎士ははぎくりとした。

「俺たちが、引き付けないといけないのに」

「それもある。それから、僧兵たちがてんでばらばらに俺たちを探していれば」

「各個撃破できる」

 ぱちんとレヴシーは指を鳴らした。だがクインダンは首を振った。

「いつまでもは無理だ。俺が言おうとしたのはそうじゃない。彼らのこと」

 クインダンは町びとたちを見た。

「彼らが俺たちに加勢しただけならいい。だが、指揮する者のいない状態で、石を投げられた僧兵たちが何をするか」

「そりゃまずい」

 レヴシーもクインダンの危惧に気づいてまた言った。

「駆け回って、俺たちが標的だと思い出させてやらなきゃ」

「そうだな」

 青年騎士はうなずく。それからすうっと息を吸った。

「――シリンドルの民たち!」

 彼は、人々に呼びかけた。

「有難う。あなたたちの応援は、力になった」

 その言葉に再度、大きな歓声が上がった。クインダンは片手を上げる。

「だが、聴いてくれ。僧兵たちは武器を持つ。シリンドルの者ではなく、余所から仕事を探してやってきた人間も多い。彼らは、あなたたちに暴力を振るうことを躊躇わないだろう」

「そんなの」

「返り討ちにしてやりまさあ!」

 いくつかの声がそうだそうだと言ったが、クインダンは首を振った。

「心意気は嬉しい。しかし考えてくれ、もしあなた方の身に何かあれば、あなた方の家族は? 立ち向かう勇気と、武装した相手に石で挑むことは、同じではない。彼らと刃を交えるのは」

 彼はレヴシーの肩に手を置いた。少年は目をぱちぱちとさせた。

「われわれの務めだ。どうか約束してくれ、われわれなしに、戦いを挑むことはしないと。同志たちにも、そう伝えてほしい」

「騎士様!」

「クインダン様!」

「お助けします」

「シリンドル万歳」

「……却って、火、つけちゃったんじゃないの?」

 レヴシーは呟いた。クインダンは苦笑する。

「だが冷静になってくれた者もいるだろう。と、思いたい」

「どうかなあ。まあ、クインの言うことはもっともなんだけど」

 少年騎士は肩をすくめ、団旗を振っていた男に目をやると、手を差し出した。男は興奮に顔を赤くしながらその手を取ってきた。レヴシーの意図は団旗なのだが、ここはそうは言わず、苦笑をこらえて握手をしてから、団旗を取り返した。

「クイン」

 旗竿を握り締めながら、少年は呟いた。

「うん?」

「いま、ここで旗振っていいか?」

「それは……煽るだろう」

「やっぱ、そうか」

 レヴシーは少しがっかりした。

「いまはやめておけ。だがその代わり」

 彼は後輩に片目をつむった。

「ハルディール様の即位式の際には、全国民の前での旗持ちを譲る」

「えっ、俺がやっていいの?」

 少年は目を輝かせた。

 クインダンの役割と決まっていた訳ではないが、まだレヴシーには与えられたことのない仕事だった。

 ハルディール王子の――いや、ハルディール王の初の晴れ舞台で、騎士団の旗を掲げる。それは想像しただけでも誇らしいことだった。

「もちろん、いいさ。ただ、何にしても」

「殿下とシリンドルを守り通せたら、だな」

 先輩騎士の言葉を先取って少年は言った。

その通り(アレイス)

 うなずいてクインダンは、さあ、と続けた。

「いつまでもここにいたら攪乱にならない。見つけられるのを待っていないで、こちらから探した上で、追いかけさせないと」

「了解」

 レヴシーはくるくると旗を巻いた。

「行こう、クイン」

 騎士たちは町の者たちに、安全なところにいてほしいと再度告げ、ついていきたそうな彼らを制して次の街区に身を進めた。戦いの高揚は、少しずつ冷めていく。

「日頃の訓練の成果って、出るんだな」

 歩きながらレヴシーは呟いた。

「俺、自分がこんなに戦えるなんて思ってなかった」

「それは、私もだ」

 クインダンもうなずいた。

「ただ、気になることもある」

「うん?」

「レヴシー。背中は」

「うん?……ああ、医者の先生はものすごく同情的だったから。すごくいい薬を塗ってくれたし、食事事情もあのあと、ちょっとはよくなっただろ。もう完全に治ったよ」

 捕らえられた際に受けた、鞭打ち。彼らはその話をしていた。

「本当に大丈夫なのか?」

 クインダンは顔をしかめた。

「少し、動きが不自然だったぞ。痛みを隠してるんじゃないのか」

「た、確かにちょっと違和感はあるけどさ」

 仕方なさそうに、少年は認めた。

「痛むなんてことはないよ、本当に。もう、あれからずいぶん経ってるだろ?」

「だが、環境のいい場所で治療した訳でもない」

 青年はまるで疑うような視線を彼に向けた。

「次には、お前は後ろにいるように」

 先輩騎士は命じるように言い、後輩は唖然とした。

「何言ってんだよ。関係ないよ、傷なんか」

「関係あるに決まってる」

「クインだって、鞭打たれたじゃんか! そりゃ俺の方が体力はないかもしれないけど、クインより若いんだから、回復も早いの!」

 レヴシーはそう主張した。

「痛みではないのなら、疲れたか」

「まさか」

 少年はそれも即座に否定したが、そのあとでちらりとクインダンを見た。

「そんなこと言い出すなんて、クインこそ」

「まさか」

 クインダンも同じように返した。

 同時に、彼らはふたりとも、気づいた。

 足が棒になる感覚を覚えだしているのは、自分だけではないと。

 好調のときであれば、ものともしないだろう。だが、半月以上に渡る監禁生活。これだけ動けているのがもう奇跡のようなものだ。

 先の一戦に勝利したのは訓練の賜物であったとしても、身体が思うように動かなくなれば、訓練を受けていない素人以下になる。

「……そんなこと言ってよ」

 レヴシーは、にやっと笑った。

「さてはクイン。自分ばっかりいいとこを取ろうってんじゃないだろうな」

「判るか」

「は?」

「実は、そうなんだ」

 青年は肩をすくめた。

「籏持ちを譲る代わり、この場は俺に活躍させるように」

「あのなあ」

 少年は呆れた顔をした。

「俺のつまらない冗談を継続させなくてもいいよ」

 もちろんクインダンがそんなことを考えていないこと、レヴシーも判っている。

「それなら、こう言おう」

 青年は続けた。

「即位式で旗持ちをやるには、生き延びなくちゃならないんだと」

「判ってるよ、それくらい。でも、クインに頑張ってもらって俺だけさぼる気はないよ」

 クインダンはレヴシーを同じ騎士団の仲間だと考えているが、年少だと考えて気遣うことも忘れない。それは少年にも判ったが、その好意は受けられないと思った。

「俺だって、シリンディンの騎士なんだぜ」

 彼は言った。クインダンは少し黙って、それからかすかに笑みを浮かべると、そうだなと言った。

「悪かった」

「な、何も謝ることないけどさ」

 少年は少し慌てた。

「もう、いまのようなことは言わないようにする。私だって、たとえばニーヴィスに似たことを言われたら、自分も守る側なのだと答えるだろうから」

 青年はうなずいた。

「私たちで守り合っていたら、みっともないな」

「そうそう」

 レヴシーは笑った。

「何だかさ、行けそうな気分になってきた」

 にやりとして、レヴシーは言った。

「きっと明日の今頃には、もう全部片付いて、呑気に茶でも飲んでる」

「それは楽天的すぎだ」

 クインダンも笑った。

「いくら何でも」

 明日は無理だろうと年上の騎士は至極もっともなことを言おうとして、言葉をとめた。

「何?」

 レヴシーは首をひねる。

「つまらない冗談だよ、そんな顔しなくても……」

「しっ」

 クインダンは指を一本立てて唇に当てた。

「鎧の音だ」

「え」

 レヴシーは目をぱちぱちさせた。

「聞こえないぜ」

「確かに聞こえた。向こうだ」

 クインダンは指を指した。

「遠ざかるところのようだが」

 彼はそう言いながらそっと角の先をのぞき込んだ。

「ならいいじゃん。て、それじゃ任務にならないんだっけ」

 少年はしまったと笑い、騎士団旗を置ける場所を探した。

「あれは――ヨアティアだ」

「え、まじ?」

 レヴシーはクインダンを振り返った。

「まずいかな? あいつが巧いこと兵に命令して、囲まれたりしたら」

 相談を持ちかけた彼だったが、青年騎士はそれに返事をしなかった。

 その代わりに、クインダンは叫んだ。

「エルレール様!」

「え、ちょ、本当かよ、てクインっ」

 年下の騎士が焦り、確認をするより早く――王女の騎士は剣を抜いて走り出していた。

「おい、待てよっ。クインらしく……あるな、ものすごく!」

 何歩も遅れたが、彼もまた飛び出す。

 王女と、神殿長の息子。それを目にした瞬間、クインダンには作戦も相談も必要なかった。王女エルレールを守ることこそが任だ。

 〈シリンディンの騎士〉の。

 そしてクインダン・ヘズオートの。

 体力は失われていた。それはクインダンとレヴシーのどちらも自覚していた。

 死ぬつもりはない。生き延びてこそ。

 だが、どんな理性や忠告も意味を成さないように思えるときがある。

 彼ら――彼はいま、そうした状況のなかに飛び込んだ。


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