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シリンディンの白鷲  作者: 一枝 唯


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第2話 シリンドル3-8 無事であるように

 〈古柳の根っこ〉亭の根っこ――地下は、再会の喜びも束の間、急速な計画の立案とその確認、下準備に大わらわになった。

「とにかく、クインダンとレヴシーは休憩を。滋養のあるものを用意させよう」

「ニーヴィス」

 先輩騎士の姿に、若者たちはほっとしていた。

「本当に、無事でよかった」

 ハルディールは幾たびも繰り返したことをまた言った。何度言っても言い足りないように思うのだ。

「ですが……われわれは、エルレール様をお守りできませんでした」

「そのことは言うな。お前たちはよくやってくれた。僕は判っている」

 王子は強くうなずき、騎士たちは目を見交わすと、ともに少年の前にひざまずいた。

「ハルディール王子殿下」

「どうぞ、我らが剣をお受け取り下さい」

 ふたりは揃って、貸し与えられた細剣を抜き、その柄を王子に向けて差し出した。ハルディールは戸惑った顔を見せた。

「クインダン、レヴシー。嬉しいが……」

「いまはそのときではない」

 アンエスカが口を挟んだ。

「お前たちの剣は、騎士となったその日からシリンドル王家のもの。改めて誓いを立てずとも、王子殿下も〈峠〉の神もご存知だ。それともお前たちは、そうした形式を経なければ、自分たちの誓いに自信が持てないか」

「いえ」

「そのようなことは」

 騎士たちは首を振った。

「僕は、まだ自分は王ではないから、というようなことを言おうとしたんだが」

 ハルディールは苦笑した。

「お前たちは父上個人に忠誠を誓っていたのではないものな。〈峠〉の神と王家に。その象徴としてラウディール王陛下に剣を捧げた、ということか」

「そうなります」

 クインダンはうなずいた。

「もちろん、我が剣は既にハルディール殿下のもの。誓いをお返しいただけなくとも」

「返さないと言うのではない。ただ」

「騎士になるときに捧げた剣で充分だ、と言うんだ」

 ニーヴィスが言った。

「それに、あれだ、クインダン。お前は特に、個人的に捧げる剣は、もうおひと方のために取っておいた方がいいだろう」

 にやりとしてニーヴィスは、意味ありげな言い方をした。

「な、何を」

 クインダンはわずかに赤くなった。

「おかしなことを言うな、ニーヴィス」

「照れちゃって。可愛いね」

 年上の騎士は笑った。青年は隠しているつもりでも、見ていれば判る、ということもある。

 ハルディールは首をかしげた。

「それは、何のことなんだ?」

 見ていても、判らないこともある。

 と言っても、若い騎士が少年王子の前で王女の話をすることなどなかったから、必ずしもハルディールが鈍い訳ではない。まだ幼いこともあれば、こうしたことに鋭敏とも言えなかっただろうが。

 大したことじゃありません、などと元騎士がごまかし、クインダンは話題を続けずに済んで安堵の息を吐いた。ニーヴィスには知られていたとしても、まさか王子の前で、王子殿下のお姉様たる王女殿下に恋をしていますと告白はできない。

「エルレールのことだが」

 ハルディールの声に思わずクインダンはびくりとした。

「うん? どうかしたのか?」

「いえ、何も」

 青年騎士は真顔を保った。

「そんなに気にするな。本当に、お前たちはよくやってくれたんだから」

 騎士が王女を守れなかったことに自責していると考えたハルディールは繰り返した。もちろんそれはあるのだが、いまの反応に限って言えば、いささか的外れだった。

「秘密の通路というのは、まだ使えるんだな?」

「ええ、使えます。出てくるときには同じように隠しましたから、知られていないでしょう」

 アンエスカが答えた。

「そんなものがあるなんて、僕は知らなかった」

 首を振ってハルディールは息を吐いた。

「殿下が成人なさる際に、お伝えするはずでした」

「そうか」

 ハルディールは納得するようにうなずいたが、不意に厳しい目でアンエスカを見た。

「ほかには?」

「ほかに、と仰いますと?」

「つまり、僕が成人していないという理由でまだ知らない、だが現状に即して知っておくべきことはないか?」

「……ございません」

「いまの()は何だ。何かごまかしているのか」

 王子は追及した。

「ごまかすのであれば即答いたしますよ。いまのは、何かなかったかと、きちんと考えたための()です」

 男はそう答えた。

「本当だな?」

「どうしてそのようにお疑いになるのですか」

「お前は誠実だが、必要とあらばいくらでも大嘘つきになれる男だからだ」

「たいそうなお褒めの言葉に、感激を禁じ得ませんな」

 口の端を上げてアンエスカは応じた。

「隠す必要のあることは、畏れながら、ご命令でも隠します。ですが現状、そうせねばならぬことは見当たらぬようです」

 さらりと男は言い、少年は苦笑した。つまり、彼にまだ隠すべきとアンエスカが判断しているなら「見当たらぬ」は嘘ということになるからだ。

「どちらにせよ、お前の判断を信じるとしよう。エルレールの救出の話に戻るが、まずはそれを第一に」

「心得ました。もとより、それが最上だろうと考えております。連中は王女殿下のお命を取ることこそないでしょうが、人質に取り、傷つけるぞと我らを脅すことは躊躇わないはず。その際、ハルディール様や」

 ちらりとアンエスカはクインダンを見た。

「騎士たちが強い態度に出られぬようでは、問題もあります」

「私に行かせてください」

 クインダンは名乗り出た。

「どうか、アンエスカ」

「いいだろう。私とクインダンだ」

「アンエスカが? 俺が行きますよ」

 ニーヴィスが言えば、レヴシーも手を上げた。

「王女殿下をお救いに行くんだったら、俺だって」

「はやるな。ここも安全だという訳ではない。ここでハルディール様をお守りすることこそ重要な」

「――殿下! アンエスカ様!」

 どんどんどん、と地下への扉が叩かれたかと思うと、店の男がこけつまろびつ彼らのもとに走ってきた。

「た、たいへんです。僧兵団が。ル、ルー=フィンが率いて、こちらに」

「何」

「追っ手はみんな撒いたと思ったのに」

 レヴシーが顔をしかめた。

「あー、それなんだが」

 シリンドル人たちのやり取りに、これまで所在なくじっと黙っていたタイオスが、名乗りを上げるように手を上げた。

「尾けられた自覚でも?」

 蔑む視線でアンエスカは言った。タイオスは首を振る。

「向こうさんの仲間にな、魔術師がいる。俺の居場所を探せるらしい」

「――何故それを早く言わん!」

「言い忘れてたんだよ! いま思い出した!」

 戦士は正直に悲鳴を上げた。

「タイオスを責めるな、アンエスカ。魔術師がいることは、僕も知っていた」

 王子は唇を噛んだ。

「目の前で、見ていたのに」

 黒いローブを着た男が銀髪の剣士を連れ去る様、ハルディールはその目で見た。だと言うのに告げ損なっていたとは何という失態か、と彼は自分を責めた。

「いえ。お話しいただいていても、何かが変わったとは思えません」

 アンエスカはきっぱりと言った。

「われわれに取れた手段は少なく、魔術師がいようといまいと、今日この日の状況は同じであったものと考えます」

 俺にもそう言えよ、とタイオスは呟いたがアンエスカは無視した。

「だが、魔術師か」

「では、王子殿下がいらっしゃることも」

「知られたと考えるべき」

 さっと緊張が走った。

「いや待て」

 タイオスが手を上げた。

「ハル。護符は?」

「〈白鷲〉の? 持っているが」

「上等。あいつは、護符があると居場所をはっきり把握できないというようなことを言っていた。となるとこの店の地下、とまでは知られていないだろう」

「だが、こちらへ向かっていると」

「この辺りの捜索をする気と見たね。まあ、どっちにせよ、早く動かんとならんが」

「少しばかりは時間があるという訳だな。よし」

 両腕を組んで、アンエスカは素早く考えた。

「ニーヴィス!」

「はっ」

「それから」

 アンエスカは唇を噛んだ。

タイオス(・・・・)。ハルディール様をお守りしろ」

「へえ」

 苦々しく言うアンエスカにタイオスはにやにやした。

「そうかいそうかい。ようやく俺様を認めたという訳」

「クインダンはレヴシーと共に、民たちを守れ」

 中年戦士のにまついた様子をアンエスカはまたしても完全に無視した。

「この店から離れろ。立てこもって火でもかけられればたまらない。町を走り、僧兵たちの目を引く囮になれ」

 彼は若き騎士たちを見た。

「背中を見せることを恥と思うな。殿下から目を逸らし、かつ、市民たちに死傷者を出さないようにすることが重要だ」

 真剣な表情で、眼鏡の男は続けた。

「体力が戻っていないことは忘れるな。だが、それを見せるな。シリンドルの守護者〈シリンディンの騎士〉ここにあり、と連中に見せつけるんだ。あれを」

 と、アンエスカは部屋の片隅を指した。

「持っていけ」

 クインダンはうなずいた。レヴシーは目をしばたたく。

「俺はそれでいいけど、あんたとクインは逆の方がいいんじゃ」

「いや。クインダンは通路を知らない」

「そ、そっか」

「合流はどうする」

 今度は無視されまいと、タイオスは真面目な顔で言った。

「逃げ回っていつの間にかシリンドルの外、またどこか隠れ家を探しましょう、なんてのじゃ話は堂々巡りだ」

「――王家の館に」

 ハルディールが言った。

「エルレールを守るためだけであれば、そう大人数もいないはずだ。気づかれたところで、僧兵全員でも周囲を全て取り巻かれることはないし、仮に火を放たれても、一箇所しか出口がないということもない」

「館の常駐護衛は五人」

 タイオスが告げた。

「騎士さんの力が噂の半分もあるなら、正面切っても行けるだろう」

「王女殿下の奪還を予期しないはずもない。人数は増やされているだろうが……」

 アンエスカは低く呟き、だがすぐに決断した。

「それで行く。ニーヴィスとタイオスはなるべく目立たぬよう、クインダンとレヴシーは攪乱を心がけよ。私はひと足先に、いくつか僧兵の遺体を転がしておく」

「できんのか?」

 タイオスは胡乱そうに言った。

「今度こそ、お前の死体が転がるんじゃないのか」

「私とて、剣の技能が皆無だという訳ではない」

 アンエスカは鼻を鳴らして腰の細剣をぱしんと叩いた。

「訓練をした才能ある若手には敗れる、というだけだ」

 それが本当なのか強がりなのかタイオスには判らなかったが、ここで反論をしても仕方がないと口をつぐんだ。

 いまはもう、思いついたことをやるしかないのだ。

「各自、了解したか」

「無論です」

「はいよ」

「了解!」

「お任せを」

「――みな、無事であるように」

 王子は祝福の印を切った。

「よし、開始!」

 アンエスカは手を叩いて、もはや不要と眼鏡を外した。若い騎士たちは素早く動き、元騎士は王子の肩に手を置いた。タイオスは伸びをして、緊張感をほぐした。

 戦いが、はじまろうとしていた。


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