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第1話 英雄の伝説1-7 考えるのはよそう

 ギシッときしむ音がした。

 戦士の重い筋肉に、古い寝台が抗議をしたのだ。

 その音を越えるほどの大きな嘆息が、タイオスの口から洩れた。

「何だったんだ、いったい」

 さすがの彼ももう脚が動かないかと思うほどに、町を駆け回った。万一にも尾けられたらこと(・・)だと思ったのだ。ヨアティアと呼ばれていた男については判らないが、ついていた剣士にはそれくらいの能力がありそうだった。

 もういいだろうと言うところで、目についた宿屋に入った。いつもの〈霧桜屋〉まで行く気がしなかったのだ。

 疲れたということもあれば、話の通じないあの男がヴォース・タイオスを探り当て、寝床にまで押しかけてこないとも限らないからだ。

 白鷲。シリンディンの騎士。ハルディール王子。心当たりのないことが祭列のように賑やかしくやってきた。

 ただし、心当たる部分もある。

 この護符と、子供。

 護符が自分のものだという意識はなかったものの、取られたという意識はあったようで、つい奪い返してきてしまった。

 タイオスは改めて、その白い石を眺める。

 上等なものだ、ということは装飾品に造詣が深くなくても判る。

 鋭角に切り出された大理石オフェインは、先を持てば痛いほどだ。瑪瑙ウリスに刻まれているのは天に向かって枝を生やす若木と、やはりと言うのか、翼を広げた鷲の絵柄。神経質な絵師が極細の筆で書き込んだかのように、若木は葉の、鷲は羽の一枚一枚まで緻密だ。どんな門外漢だって、相当高価なものだと判断するだろう。

 細い飾り紐は、ヨアティアが引っ張ったときに切れたようだ。何となく、タイオスはそれを結び直した。

(白鷲の護符、か)

 どうしてか、あの子供はこの〈白鷲〉の護符を持っていた。ヨアティアの言葉から考えれば、シリンドル国とその王子の関係者だということになりそうだった。

(いや、単なる盗っ人だって可能性もあるが)

 タイオスはそれを念頭においたが、王子と関わりのある者と考える方が違和感がなかった。

 荒事に携わったことのないようなきれいな手。

 乞食ではないと、哀れみを退けようとした台詞。

(まさかあれが王子様じゃあ、なかろうが)

(と言うことは)

(王子と……何と言っていたか)

(アンエスカ?)

 それが子供の名前だろうか、と中年戦士は思った。

(ハルディールとアンエスカを仕留めるとか言っていたな)

(つまり……)

 反乱でも起きたのだろうか。ヨアティアはその首謀者か、それに近いところにいる。王位継承者たるハルディール王子はどうにか逃亡を果たし、〈シリンディンの白鷲〉と落ち合う約束になっている。王子の連れはアンエスカ。〈白鷲〉はアンエスカを知っているが、王子のことは知らないかもしれない。

 タイオスはつらつらと考え、うう、とうなった。

(考えても仕方ない)

(俺には、これっぽっちも関係ないことだ)

 大事な護符であるのだとしても、勝手に人の腰帯にくくりつける方がどう考えたって悪い。

 どういうつもりだったのか。

 自分が護符を持っていれば奪われそうだから誰かに託したのか、とも考えたが、いくら飯をくれたからと言って、取り戻せる当てもなく、通りすがりの相手に大事なものを渡すだろうか。

 いや、渡したのではない。こっそりと、つけたのだ。

 あとで回収するつもりだった? 無茶な話だとは思うが、頭の悪い子供なのかもしれない。

 タイオスが気づいてさっさと売り払っていたら、どうするのか。

(うん? いや、待てよ)

(少しおかしいな)

 タイオスは身を起こし、寝台の上にあぐらをかくと考え直した。

(白鷲が護符を持っているんなら、あのガキが白鷲ってことになっちまう)

(だが、そんなはずはないだろう)

 ヨアティアは二十年前に云々、という話をしていた。子供は多く見積もってみたところで、十代の後半だ。

(あのヨアティアは勘違い野郎だし、護符は何かの象徴というだけで、持っているから白鷲だってことにはならないのかもしれん)

(……いや)

「いや、いやいや」

 声に出して呟き、彼は首を振った。

(考えるのはよそう)

 どうでもいい、関係のないことだ。タイオスはそう考えた。

 予定通り、風呂に行って飯を食おう。ティエを抱こう。明日になれば、子供も王子も白鷲も、ヨアティアも剣士も、みんなこのコミンの町を離れてどこかに行っているに違いない。

 何の根拠もなくタイオスはそう思った。そう思うことにした。

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