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シリンディンの白鷲  作者: 一枝 唯


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第2話 シリンドル2-9 陥穽

 僧兵たちに二種類いることは、何となく理解できていた。

 ハルディールを追ってカル・ディアまでやってきた連中は、生粋の僧兵――〈峠〉の神殿と神殿長の元で訓練を積み、ヨアフォードに絶対の忠誠を抱いている者たちだった。

 一方、シリンドルで民に睨みを利かせているのは、流れ戦士や軍兵崩れ。一歩間違えば山賊になっていたような連中だ。

 人数は後者が多いが、毒の腕輪で押さえつけられているだけではなく、報酬も待遇もきちんとしているというので、素直にヨアフォードの言うことを聞いている。

(だが、忠誠心などはない奴らだ)

(オクランみたいにびびってるのは動かしにくいが、逆に解放してやる手段があれば尻尾を振るかもしれないし)

(ナジみたいに危機感のないのは、どうとでも転ばせられるだろう)

 それから、騎士たちの監禁場所。

 アンエスカははっきりと掴めていないようだった。神殿長の陣地であれば、王の側近ですら知らないことがあってもおかしくない。

(その地下牢とやらが問題の場所なら)

(どうやって近づくか――だが)

 こうして入り込んだ以上、気軽に王子たちと連絡は取れない。ナジのような兵ばかりならいくらでもごまかせるが、オクランのような兵はタイオスの動向に目を光らせている。

(もうひとつ、ヨアティア()にご協力願うしかないかねえ)

 何――とヨアティア・シリンドレンは片眉を上げた。

「だからよ」

 ぞんざいにタイオスは言った。

「王女様が、仰るのさ。〈シリンディンの騎士〉たちが無事だと言うが、証拠がないと。もしかしたら彼らは既に処刑され、自分は(たばか)られているんじゃないかと、そう心配されておいでな訳」

「私はそれでもよいと思ったが、父上は奴らを利用していくおつもりだ」

 ヨアティアは顔をしかめた。

「一度誓わせることさえできれば、たとえ後悔しても決して裏切らないのが〈シリンディンの騎士〉だとは言うが……どこまで信じられるものか」

(そりゃあ)

 こっそりタイオスは考えた。

(自分の安全や利益しか考えんお前さんには、名誉や誇りなんてものはぴんとこないんだろうよ)

 どちらかと言えばタイオス自身、そうした考えはヨアティアに近いものがある。だが、騎士たちが誓いを述べたら最後、それを生涯守るだろうということは判るようだった。自分にはない気質だが、だからと言って想像もつかない訳でもない。

「その辺りは、ヨアティア様が気を払っておけばいいんじゃないか」

 彼はそうしたことを口にする代わり、そんなことを言って手を打ち合わせた。

「ヨアフォード神殿長も神様じゃない。間違えることだってあらあな。そこを上手に補ってこそ、次代を担う男ってもんだろ」

 心にもないことを言って、戦士は神殿長の息子を持ち上げた。父親よりも有能である、という意味合いのことを生まれて初めて言われたヨアティアは、実に気分の好さそうな顔を見せた。

「そうだな。父上とて人間だ。誤りもあれば老いもする。そのときのための、俺だ」

「そうそう」

 タイオスはうんうんとうなずいた。

「期待してるぜ、ヨアティア様」

(別の意味でな)

 そうしてタイオスはヨアティアを――あまりわざとらしくなり過ぎない程度に――よいしょし続け、すっかり彼の信頼を得てしまった。

(こいつも一種の、箱入りなんだろうなあ)

 用心深い僧兵より、簡単である。タイオスは内心で呆れた。

 神殿長、つまりはシリンドルで王の次に権力を持つ存在の息子として生まれ育った。誰も彼を騙そうとしたり、貶めようとしたりしなかった。警戒心がない訳でもないが、裏を読むことには慣れていない。

 それを言うならば、現神殿長のヨアフォードとて同様だったはずだが、ヨアフォードは相手の笑顔の向こうにあるものを見て取ることができた。褒めて発奮させる相手、叱り、或いは脅して言うことを聞かせる相手、そうした見極めにも長けており、だからこそ僧兵団を組織することも、ルー=フィンを育てることもできた。

 父は息子にも厳しく教育を施したが、周囲がヨアフォードを怖れて、ヨアティアを甘やかした。誰もが、息子の後ろに父親を見た。父親が有能であるためにできがちな愚息、それがヨアティアである。

 もっとも、ヨアティアもいくらかは気づいている。僧兵は彼の命令にではなく、父の命令に従う。神殿長が銀髪の剣士を新王に据えることはまだ知られていなくとも、息子より優遇しているようであることは僧兵たちも気づいており、ヨアティアよりのルー=フィンについた方が得策だ、と考える者も出てきていた。

 ましてや、王女を強姦しようとした男だ。軽蔑を抱かれ出してさえ、いる。

 だから、彼は流れ戦士のタイオスを雇うしかなかった。

 殺すつもりでいたことなどはきれいに忘れ、ヨアフォードを怖れない戦士の追従に安堵を覚えた。

 それは陥穽であるのだが、ヨアティアはまだ、それを知らない。

(まあ、いくらか気の毒な点はあるが)

(力ずくで娘を手込めにしようとする男に同情の余地はない)

 荒くれ戦士仲間には、そうした手合いも皆無ではない。酔っ払って隊商の娘を押し倒すような輩だ。だが少数派であるし、大概はほかの戦士が、彼らが退治するべき山賊連中と同等と見なして不埒者に制裁を加えるものだ。

 タイオスも酔って女に乱暴したことがないとは言わないが、金額交渉前の春女を寝台に引き込んだというくらいだ。若い頃とは言え、もちろん褒められた話ではないし、払えばいいとうものでもないが、割り増しで請求された料金はきちんと支払った。ともあれ、少なくとも、素人娘に無理矢理手を出したことはない。

 いかな箱入り息子でも、ヨアティアの現状は自業自得以外の何者でもなかった。

 もとよりタイオスは、神殿長の――アンエスカ曰く――馬鹿息子を最大限に利用してやるつもりでいる。

 本当に騎士たちが無事なら王女に証拠をやりたい、そうすれば王女もおとなしくすると言っているし、もしかしたらヨアティアの行為を許すと神殿長に告げるかもしれない、などという有り得ない話に男は期待をした。

「証拠ってのは、重要だろ、やっぱ」

 うんうんとうなずきながらタイオスは言った。

「例の〈白鷲〉の護符のようにか」

 ヨアティアは少し笑って言い、戦士は少しぎくりとした。

 アンエスカを「殺した」証拠。その例は、この場には適さない。何しろ、出鱈目の証拠だったのだ。

 だがタイオスはまだ、そのことを気づかせる訳にはいかなかった。気軽な調子で、そうそう、などと同意する。

「そう言や、あの護符はどうしたんだ」

 何となく、彼は尋ねた。

「証拠物件としちゃ、もう必要ないんだろ。指輪を返した代わりに、俺にくれないか」

「何だと?」

 ヨアティアは片眉を上げた。

「何故、欲しい」

「そりゃあ……」

 ハルディールに返してやれたら――もちろん、アンエスカにではない――、と思うのであるが、そうは言えるはずもない。

「なかなか、格好よかったからな」

 軽薄なふりをしてそう言った。ヨアティアは苦笑する。

「ほかの飾り物ならばやってもよかったが、あれは駄目だ」

パパ(ライ)に取られたか」

 タイオスは肩をすくめた。

「成程、証拠じゃなくてもそれだけ重要なもんって訳だ」

「重要だ。だが、私が持っている」

 ふん、と男は鼻を鳴らして腰の辺りを叩いた。

「父上から、任されている」

「そりゃそうだなあ、当然、信頼されてるんだろうから」

 適当なおべっかを言って、タイオスはまたうんうんとうなずく。

(了解、ヨアティア()

 内心でにやりとした。

(いずれ、ハルのためにそいつはいただくよ)

「生憎と俺はこの部屋から勝手に出ることができないが」

 そんな戦士の心など知ることなく、歯がゆそうな調子で、長髪の男は呟いた。

「誰か、連れを用意してやろう」

「ははあ、そりゃ、まあ、俺ひとりをやるって訳にはいかんわなあ」

 内心で舌打ちしながら、タイオスは同意した。

「何か、許可書みたいなもんでもちゃちゃっと書いてくれ。王女様んとこにいる僧兵の誰かに見せて……」

「いや」

 ヨアティアは首を振った。

「それでは心許ない。イズランがいい」

 げっ――と叫びそうになるのをどうにかタイオスは答えた。

「あー……イズランってあれだよな。魔術師」

「そう言えば、お前は魔術師嫌いだったな」

 思い出したようにヨアティアが言った。言われてタイオスもそれを演じていたことを思い出した。

「そう。そうそう。嫌いも嫌い。見るだけで吐き気がする。剣の届く範囲にきたら、斬るね」

 大げさに言えば、ヨアティアは眉をひそめた。

「あれは協力者であると同時にアル・フェイルの客人だ。無体な真似は困る」

「あー。でも、嫌いなんだよ」

 まるでアゼンの実を嫌って食べたがらない子供のように、タイオスはふるふると首を振った。

「魔術師なんて虫酸が走る。胸くそ悪くなる。歯も痛くなる」

 タイオスは無茶苦茶を言った。

「頼むよ、ヨアティア様。もっとほかにまともなのがいるだろう」

 懇願するように言えば、年下の男はこともあろうにタイオスを気の毒に思った。

「お前がそこまで魔術師を嫌うなら、ここは俺が引いてやろう」

「そりゃ助かる。ヨアティア様、あんたいい男だ」

 わざとらしい世辞は言わない、との基本を忘れて戦士は言った。

(危ない危ない。魔術師がちょいと警戒すりゃ、俺の裏なんか簡単に読まれちまうじゃないか)

 接触さえしなければ――実際に触れ合うかどうかではなく、面と向かって話すなどすることだ――そうそう術は振るわれないものだ。イズランには近寄らないようにしなければと彼は改めて肝に銘じた。

 だが、一(リア)感じた安堵は、一瞬のものだった。

 ヨアティアの言葉はこう続いた。

「俺の好みはさておいて、ルー=フィンに行かせよう。俺の命令が効く相手ではないが、騎士の監視となれば生半可な人物に責任を持たせる訳にもいかない」

 案外きちんとしてやがるな――という内心の落胆を表に出さないようにしながら、タイオスはそうだろうと訳知り顔でうなずいた。

「ルー=フィンか」

「ルー=フィンだ」

 魔術師よりはごまかしも効く。剣を抜き抜かれる事態にさえならなければ大丈夫だろうと、中年戦士はそう考えることにした。


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