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シリンディンの白鷲  作者: 一枝 唯


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第2話 シリンドル2-8 僧兵

 アンエスカはタイオスを引き込む。

 ハルディール王子の推測は当たっていた。

 もっとも戦士自身、シリンドルを訪れれば抜き差しならないところに巻き込まれるだろうということは判っていた。判っていて、やってきたのだ。

 カル・ディアで分かれるとき、王子の従者は、国境付近の小さな町の話をし、ひとつの店の名をタイオスに告げた。それがどうだ、ということをアンエスカは言わず、タイオスも尋ねなかった。

 ただタイオスはハルディールを連れてその町までやってきたとき、その店を探してアンエスカに連絡を取った。

 それから彼は単独、ヨアティアに売り込みに行った――という流れである。

「まあ、あれだ。公正なる処罰ってところじゃないか」

 王女エルレールと面会をする半日前のこと。

 あらましを聞いたタイオスは、まるで初めて聞いたというふりをして肩をすくめた。

「謹慎だけじゃなく、名誉挽回の機会をくれた訳だろ。何をしたのか知らんが」

 ということにしておいた。事実を指摘されたことでへそを曲げられても厄介だからだ。

「あんたの責任でもって王女様を守れと」

 うんうん、とタイオスはうなずいた。

「ハルから聞いてた極悪神殿長の印象と違うな。どっちかって言うと」

 戦士はぽんと手を叩いた。

「やり手の悪徳商人」

 幸か不幸か、まだタイオスはヨアフォードを目にしていない。これには挑発の意図などなく、素直に感じたままの台詞であった。その息子たるヨアティアは、むっつりと黙っていた。

「おいおい。黙っていられちゃ判らんぜ、ヨアティア()よ。あんたなら俺をまた買ってくれると思った。あんたもその気があるから俺を招いた。言えよ、王女様の護衛を俺に任したいんだって」

「望んで任せたい訳ではない」

 ヨアティアはむすっとしたままで言った。

「だが正直に言おう、タイオス。俺には、俺だけの手下というのはおらんのだ」

 苦々しい声音で彼は言った。シリンドルという、言うなれば彼の陣地に戻ったせいで安堵したのか、カル・ディアにいたときよりもヨアティアは年若く――言い換えれば幼く見えた。

「僧兵団は父上のもの。なかには、優れた剣士として個人的にルー=フィンを認め、あの夜のように俺よりあれの命令を取る者もいるが……」

「逆は、ない?」

 戦士はあまり馬鹿にした口調にならないように気をつけながら尋ねた。渋々とヨアティアはうなずいた。

「誰かが俺の命令を聞くのは、俺が父上の息子だからというだけで、それ以上ではない。父上のあとを継げばどうせ手に入るものと考えていたが、ルー=フィンが王位に就き、王女も娶るとなっては判らない。神殿長など名ばかりになり、あやつが騎士団も僧兵団も従えるのではないかと」

 次期神殿長は苛ついた様子で卓を叩いた。

「俺は、あんな子供に権力をやるために生きてきたのではない!」

「まあまあ、落ち着けって」

 タイオスはなだめるように両手を上げた。

「若造に腹が立つ気持ちはよく判る。それに、俺が見たとこ、ルー=フィンは剣が巧いだけでほかには何もない。一国を従える器には思えん」

 彼は首を振った。

「それより、あんたの方が巧いことやると思うね」

 絵に描いたような追従であったが、聞き慣れている世辞――ヨアティア様はご立派な方ですだの、尊敬しておりますだの――と少し異なる雰囲気は、男の気をよくした。

「そうだ。当然だ。俺は王になりたいとは思わんが、神殿長となって剣だけしか能力のない新王を裏から操るつもりでいる。名より実。それが俺の未来だ」

「俺としちゃ、その『実』のおこぼれにあずかりたい訳よ」

 戦士はぱしんと両手を打ち合わせた。

「何でも命じてくれ、ヨアティア様。王女の護衛も、騎士の見張りも」

 タイオスの行った宮廷ふうの礼は見よう見まねであり、かなりみっともないものだった。それはヨアティアの笑いを誘い、彼はうかつにもタイオスを雇った。

 そうしてタイオスは、しばらく王女の護衛を続けた。彼女に害がないようにする、というのはハルディール側、ヨアフォード側双方の望みであるから、そのこと自体には彼は何も演技を必要としなかった。

 しかしエルレールに言ったように、僧兵たちに下手(したて)に出て仲良くなるというのは、自分で考えたながらも心楽しくない作戦だった。

 彼の世辞に鼻を高くする僧兵ばかりなら楽だが、なかにはそれなりに自尊心を持っていて、タイオスをおべっか使いと罵る者もいた。これはいくらか、腹立たしかった。

 と言ってもそれを表には出さない。にやにや笑ってかわす、これも技術の一種である。

 ともあれ、一日もせずにタイオスは一部の僧兵に仲間のように扱われ、笑って雑談をするようにもなっていた。

「へえ、ってことは」

 感心した顔を見せて、彼は話を続けた。

「秘密の地下牢なんかがあるのか。まるで、物語師(トラント)の冒険活劇みたいだな」

「何だ何だ。信じてないのか」

 二十代前半ほどの僧兵が笑った。

「確かに、芝居師(トラント)の作りごとの世界みたいだがな、あるんだよ。地下一階は倉庫なんだが、奥の戸棚を」

「おい、ナジ。余計なことを言うな」

 年嵩の僧兵が釘を刺した。

「こいつは部外者なんだぞ」

「はあ? 何だよ、オクラン。こいつはヨアティア様に雇われてんだぞ、部外とか別にないだろ」

「俺たちが従うべきは、ヨアフォード様だ。それに、こいつの仕事はヨアティア様の尻ぬぐいにすぎない」

「――誰があれのケツなんかぬぐうか」

 思わずタイオスは呟いた。

「何だと?」

「いいや、何でもないとも。まあ、もっともだわなあ。俺は新参で、あんたらから見たら部外者みたいなもんだ。信用してもらえなくても仕方がない。だが、意味もなくいがみ合うのは馬鹿のやることだ。そう思わないか?」

「いがみ合うつもりじゃない。軽はずみな発言は避けろと言っただけだ」

 三十半ばほどの僧兵オクランは、じろじろと彼を見た。笑い合う若者たちと違い、タイオスを気に入らなく思っていることは明らかだった。

「こいつは腕輪を持っていない。仲間じゃない」

 オクランは苛ついた口調で言った。

「忘れるな、ナジ。俺たちは命を握られてるんだってこと」

「もちろん、忘れやしないさ。でも失敗しなけりゃいいだけだろ。お前、びびってるのかよ」

 茶化すようにナジは言い、オクランはじろりとナジと、それからタイオスのこともまた睨んだ。

「腕輪」

 ゆっくりとタイオスは繰り返した。

「毒が……仕込まれてるってやつか?」

「知ってんのか」

 ナジは意外そうに言った。

そうさ(アレイス)。確実に、楽に死ねる毒」

 若い僧兵は、皮肉っぽく唇を歪めた。

「失敗しておめおめと逃げ帰ってきた奴は、どうなると思う?」

「処刑されるのか」

 罰が死以下のものであるならば、自害する必要はないだろう。そう考えて戦士は答えた。僧兵はうなずく。

「ああ。だが、縛り首みたいに楽には死ねないんだ。……毒を」

「毒」

 また毒か、と戦士は思いながら続きを促した。

「この腕輪のもんとは違う、そりゃもう悲惨な死を迎える毒さ。とてつもなく苦しむし、死体は気味の悪い色に変色して」

 目にしたことがあるのか、ナジは顔をしかめて厄除けの印を斬った。ほかの僧兵も落ち着かないように視線をうろつかせる。

「それに比べたら……この腕輪は神様のお慈悲って訳さ」

 くるん、とナジは腕輪を回した。

「これ、外せないようになってんだ」

 ナジの言葉に、改めてタイオスがよく腕輪を見れば、それは手をくぐらす形状ではなく、手首にはめて施錠までする形のものだった。破壊することも不可能ではないが、酷い傷を負いそうだ。ましてや、死ぬような毒物が入っているとなれば、壊すのも躊躇われるだろう。

「誓いを述べて、これを身につければ同志だ、みたいなことを言われて気軽につけたけどよ、そのあとで毒の説明ときた。詐欺みたいなもんだよな」

 ナジは苦笑いを浮かべた。

「まあ、三年仕えて信用を得れば外してもらえるって話だし、それまで失敗しなけりゃいいんだろ? 三年間食いっぱぐれがないと思えば悪い話じゃないさ」

「もう、よせ」

 オクランはばんと壁を叩いた。

「こんな奴に、情報をやることはない」

「ただの世間話なんだがねえ。情報だなんて」

 大げさだよ、とタイオスは肩をすくめた。

(もっとも、いまので充分だけどな)


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