第2話 シリンドル1-8 報告
ルー=フィンは、ヨアフォードとヨアティアを順番に見て、頭を下げた。
「遅くなりまして申し訳ありません」
ヨアティアはじろりと銀髪の若者を睨んだが、ヨアフォードは首を横に振った。
「約束の時刻には間に合っている。私とヨアティアは父子の語らいをしていただけだ」
気にするな、と神殿長は鷹揚に言った。
「座るといい」
最も年嵩の男は最も年若い男に、自らの隣を指した。ルー=フィンは違和感を覚える。
と言うのも、この三人であればシリンドレン父子が奥に並んで座り、ルー=フィンが向かいというのが自然だからだ。既にヨアティアが父に向かう形で座っているいまならば、ルー=フィンはその隣であるはず。
だが神殿長は間違いなく、彼自身の隣席を若者に示した。戸惑いを隠しながら、彼は指示に従った。
「息子とイズランからだいたいのところは聞いた。だがお前からも聞きたい」
「仰せのままに」
ルー=フィンはまたも頭を下げ、恩人たる男に向かって、カル・ディアでの出来事を話した。
「――イズランの言った通りだな」
大筋を聞き終え、ヨアフォードはうなずいた。
「ヨアティアの話はいささかお前を貶めるものだったが、整合性は取れている」
神殿長は評し、その息子は唇を歪めた。彼は父親にルー=フィンの独断を大げさに話したが、嘘をついてはいない。
「タイオスという男は、ただ放逐したのだな」
「私は殺すつもりでしたが、タイオスが何だかんだと言い、イズランも同調して」
「お前の言い分はもう聞いた、息子よ」
黙っていろということだった。ヨアティアはむっつりと口をつぐむ。
「どういう男だった」
ヨアフォードはあくまでもルー=フィンに問いかけた。若者は年嵩の戦士を思い出しながら語る。
「熟練の戦士で、世慣れ、手慣れていました。金のためという動機でしたが、約束の仕事はきちんと果たし、約束の報酬を得ると、これ以上は関わらぬが得策と判断したのでしょう、自分が殺されぬように予防線を張った上で、去りました」
ルー=フィンは概要を説明した。
「必要以上に高値だった感はあり、下品なところもありましたが、契約を交わせばそれを守る男と感じました」
「殺す必要は?」
「再度ハルディールにつかれるくらいであれば、首を取っておいた方がよいかと。ただ、アンエスカを殺しながら何食わぬ顔ができるほどには、面の皮も厚くなさそうです」
子供を殺したくない、とのタイオスの言についてルー=フィンが触れれば、神殿長は、成程とうなずいた。
「お前の話は簡潔で判りやすい。ヨアティアの報告は悪口雑言ばかりで、人物像が伝わらなかった」
やはりむっつりと、息子は黙っていた。
「イズランも同意見だ。強いて殺す必要はないだろう。金貨の魔力にとり憑かれ、もっと金持ちになろうと我らに協力を申し出てくれば、受けてもよい。万一にもハルディールにつくようであれば、また高額を提示して買い戻し、王子をカル・ディアから出すように誘導させる手もある」
「身の程を知る男と思います。金貨二百五十などという大金、よほど派手に暮らさねば使い切れない。彼はあれ以上の報酬を欲さないかと」
ルー=フィンが言えば、ヨアフォードはただ「そうか」と言って、タイオスの話題をやめた。
「イズランの報告によれば、王子は伯爵の館から動いていないようだ」
「魔術師などを信頼なさるのですか」
若者は、イズランが顔を見せてからというもの、ずっと感じていた疑念を恩人にぶつけた。
「どのような手妻か、あれが同行している間は、一日の旅程を半日で進んだ。不眠不休で馬を飛ばせばこの程度やもしれませんが、それほどの速度を出した訳でもない。カル・ディアからシリンドルまで、半月かからずに戻れるというのは異常です。『便利だ』で済ませるには気味の悪い話だ」
そう、あの夜の襲撃からたかだかひと月の半分弱で、ルー=フィンと残った僧兵たちは、マールギアヌの北西から南東端にたどり着いた。往路は、王子を探しながら追いながらであったとは言え、ひと月以上かかった道のりだと言うのに。
「何だ。怖いのか」
ヨアティアが鼻で笑った。
「情けないことだな。私は彼の術で一瞬にしてここまで戻ったが、怖ろしいことなどなかったぞ」
実際にはかなり顔を青くしてその〈移動〉術に臨んだことなどきれいに押し隠し、長髪の男は銀髪の若者を馬鹿にした。
「怖ろしいものを怖ろしいと言える、それはよい資質でもある」
ヨアフォードは息子と一緒になってルー=フィンを貶めることはなかった。
「だが、ただ不気味に思うだけではないな?」
「……はい」
若者は認めた。
「あの魔術師は、常に我らに同行していた訳ではない。手品のように、消えたり現れたり」
厄除けの仕草をして、彼は続けた。
「これもまた不気味ですが、それだけではない。どこで何をしているのかさっぱり判らない、当人の言い分しか判断材料がない、ということが気にかかりました」
「イズラン殿は協力してくださっているのに、お前という奴は」
「ヨアティア」
黙れ、とばかりに神殿長は声を発した。息子はむすっと押し黙る。
「確かに、お前の言う通り。だがルー=フィンよ、たとえイズランがアル・フェイルの密偵を兼ねていたところでかまわないのだ。いや、間違いなく、密偵でもあるだろう」
簡単に言うシリンドル最高権力者に、ここはルー=フィンとヨアティアが揃って仲良く、同じ戸惑いを浮かべた。
「伝えさせればいい。話が伝わってこそ、興味もかき立てられる。カル・ディアルが手を出してくるように見えることは、アル・フェイルをせっつく結果にもなる。イズランがこうしてシリンドルにまでついてきているところを見れば、アル・フェイルが食指を動かしているということも判る」
それがシリンドルの考えだ、と国王然としてヨアフォードは宣言した。
「しかし」
ルー=フィンは首を振った。
「私は魔術など信用できない」
「それはつまらぬ偏見だ」
ヨアフォードは首を振った。
「慎重を期して警戒することと、意味も判らず蒙昧に退けることは異なる。ルー=フィン、お前は魔術師の何たるかも知らず、馬鹿げた迷信や思い込みのために、有用な力の持ち主を切り捨てようとしている。視野を広く持て」
諭すように、大恩ある男は言った。若者は拒絶し続けられなかった。
「そう、それでいい」
沈黙を恭順と取って、ヨアフォードはうなずいた。
「お前は、せせこましい考え方をしてはならない」
その視線には、優しさに似たものが宿っていた。
「ですが、ひとつだけよろしいですか」
遠慮がちながらも、ルー=フィンは言わねばならぬことを続けた。
「イズランは、ハルディールが護符を持っていると、居場所が特定できないなどと言っていた。だと言うのに、王子が伯爵の館から動いていないと何故判るのか」
「ほう」
ヨアフォードはちらりとヨアティアを見た。
「お前も、それを知っていたか?」
「は……いえ、ええ、はい、確かにイズランはそのようなことを」
「ではお前も疑問に思って然るべきだったな。もっとも、私は知っていたが」
神殿長の視線は銀髪の若者に戻った。
「その通りだ。イズランは魔術でそれを特定しているのではない。かつて町憲兵だったという経歴を持つ男を間諜に置いて、見張りをさせている」
魔術師はその男と魔術で連絡を取っていた。
あれ以来、キルヴンの館には医師が出入りし、体調を崩した「客人」の面倒を見ているのだと言う。館外から見える客室には毎晩灯が入り、たとえば外へ飯を食いに行くようなこともしていないようだとか。
「指示、指導をくれる男を亡くし、身動きが取れぬのであろう。気丈な子供と見えたが、頼りのアンエスカも〈白鷲〉もいないとなれば、途方に暮れるしかなかろうな」
そう言ってからヨアフォードは、考えるように両腕を組んだ。
「計画は変更を余儀なくされている。ルー=フィン、お前を呼び戻したのもそのためだ。だが、これは却って〈蜂蜜の湧き出す壺〉を手にしたことになるかもしれん」
神殿長は口調を変えた。
「ハルディールを亡き者にすれば、王女や騎士は絶望して自暴自棄になり、無闇に僧兵に戦いを挑んで死んだか、それとも心中でもしかねなかった。王子が生存しているからこそ、利用するも思うままだ」
ヨアフォードの当初の考えでは、エルレールは別として、ハルディールや騎士らを生かしておくことなど有り得なかった。
だが風の流れは変わるもの。ヨアフォードは王子を貶めて抵抗の意欲を削ぐことのみならず、騎士を餌に王女を、王女を餌に騎士を操ることで、「長い歴史を持つ、誉れ高き〈シリンディンの騎士〉」を維持し、次代のシリンドルに活用するやり方もあると考え出していた。




