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シリンディンの白鷲  作者: 一枝 唯


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第2話 シリンドル1-6 人質

 ぴちゃん――ぴちゃん。

 どこかで、水音がする。

 外では雨が降っているのだろうかと、騎士クインダンは窓のない地下牢の天井を見上げた。

 山の麓に、王家の館よりも〈峠〉に近くある、神殿。

 その地下にあるのは、ただの地下倉庫であるはずだった。

 いったいいつ、その奥がこのような牢に改造されたものか。ヨアフォードがやったのか、先代、先々代の神殿長がやったものか、クインダンには知る術もない。

 ただ、凶悪犯罪など滅多に起こらぬシリンドルで、自警団の留置場と、何十年も使われたことのない王家の館の地下牢以外にも、こうした場所が秘密裡に存在した。それだけが事実。

「クイン。なあ、クイン」

 沈黙に耐えかねたレヴシーが、向かいの牢から呼びかけた。

「いったい、これから……どうなるんだろう」

「判るものか」

 低く、クインダンは答えた。

「ヨアフォードがわれわれを殺さずにいる理由は、ひとつしかない」

「判るようだけど、一応確認してもいいか」

 レヴシー少年は言った。

「どんな、理由」

「効果的に殺すために、生かしている」

「だよなあ」

 少年騎士は見えない天を仰いだ。

「団長なら、何て言ったかな。『醜態をさらす前に死ね』とか?」

「場合によっては、有り得るだろう。だが、いまは違う」

 クインダンは唇を噛んだ。

「王女殿下をお守りできなかったという恥辱に耐え、王女殿下をお救いする機会を待つ」

「死んだら終わりだもんな」

 神妙な顔つきで、レヴシーはうなずいた。

「彼らにとって、われわれは脅威なんだ、レヴシー。だからこそ、閉じ込めているというのに、ここまで警戒している」

 クインダンは肩をすくめて手を少し持ち上げ、指で足下を指した。

 その両手は手首のところでしっかりと結わえられており、片足首には枷がついて、その先に重りがある。

「誇らしいね」

 唇を歪めて、レヴシーは応じた。

 ヨアフォードと僧兵は、〈シリンディンの騎士〉を甘く見ていない。

 捕らわれてすぐ、彼らは鞭打たれた。罰や憎しみのためではなく、体力を削ぐためだ。最低限の治療だけはされたため、化膿するようなことはなかったものの、そのひと晩は逃亡を考えることすらできなかった。

 何かで牢番が牢の出入り口を開けなければならないときは、呼び寄せられて格子につなぎ止められた。呼びかけを無視すれば、冷水をかけられた。真冬であれば、死にかねない。

 重罪の囚人にだって――少なくともシリンドルでは――そこまでやらなかった。

 騎士の逃亡は、充分すぎるほど警戒されていた。

「エルレール様……ご無事でいらっしゃるんだろうか」

 少年は唇を噛みしめた。

「くそっ、俺がもっと強かったら!」

「お前は充分、よくやった。責められるべきは、私だ」

 こうしたやり取りは、エルレール王女が囚われ、彼らがこうして狭い牢に押し込められてからというもの、幾度となく繰り返されていた。

 どうにか前向きに何かを考え、取り組みたいものの、どうにもならない。

 できることがあるとしたら、舌をかみ切って死ぬことくらいだった。

 彼らの命が王女を脅す材料に使われるのでは、という警戒はクインダンもしたが、それでもここで自死を遂げたところで、ヨアフォードはそれを隠して同じように王女を脅すだろうと考えられた。

 重要なのは、生き延びることだ。

 生きてさえいれば、失態の挽回もできる。

 クインダン青年はそう信じた。

「悪いのはクインでもない。ヨアフォードだ」

 レヴシーは言い、クインダンもうなずいたが、そんなことを確認し合っても意味などなかった。

「ハルディール様は、どうしていらっしゃるんだろう。無事に、〈白鷲〉と出会えただろうか」

「きっと、成し遂げられている。アンエスカもついているんだ」

「だよな」

 その意見にすがるように、少年はこくこくとうなずいた。

「もうすぐ、帰っていらっしゃる。そのときに、われわれがこのようなざまでは、申し訳が立たない」

「どうにか、しなけりゃな」

 そうは言ったものの、案は浮かばなかった。

 病の精霊(フォイル)に憑かれたふりをして拘束されずに門番を入れる――というような(つたな)い真似も、既にした。だが、放っておかれた。演技が下手だったからと言うのではなく、ひたすら警戒をされたのだ。

 一度失敗した手を二度は使えない。もう少し時間をかけ、弱ったふりをしてみせるのだった、と思っても〈予知者だけが先に悔やめる〉という言葉の通り。

「僧兵が油断して拘束を忘れることを願うか、あとは、処刑のために引きずり出されるときだけが、機会かもしれんな」

「嫌なことを言うなよ」

「だが、いますぐにでも有り得ることだ」

 現実に目をつぶっても解決にならない。クインダンは厳しい声音で言った。判ってるけどさ、とレヴシーはうなだれた。

 キイイ、とかすかな音がした。ふたりの騎士ははっとなる。

 たん、たん、たん、と階段を下りてくる複数の足音が続いた。

「あー……」

 レヴシーは唇を歪めた。

「親切にも、食事を二回に増やしてくれようって言うのかな?」

「退屈しているだろうと、芸人でも連れてきてくれたのかもしれないぞ」

 気を張るまいと軽口を叩いたが、ついに引きずり出されるときがきたのかという緊張は隠せなかった。

「――いいざまだな、騎士ども」

 ふたりの僧兵を従えて彼らの牢の前に立ったのは、ヨアティア・シリンドレンだった。彼らはきつく、長髪の男を()めつける。

 ハルディールとアンエスカを追ったと思しき男が、こうして再びシリンドルの地を踏んでいる。その意味するところはどこにあるのか、騎士たちにはまだ判らなかった。

「エルレールから、お前たちに言葉がある」

 悠然とした口調で、男は言った。

「間もなく、新たなる王が即位する。もちろんそれは、ハルディールではない」

「何だと」

 クインダンは低く呟いた。

「いったい、何を言い出した。熱でもあるのなら、医者に診てもらうといい」

「どうせハルディールはまだ王位を継げぬが、仮に成人していたところで、シリンドルを遠く離れた王子にシリンドルを任せる訳にはいくまい」

 ヨアティアは、クインダンの言葉を無視して続けた。

「その代わり、王家の血を引く者がほかにいる」

「エルレール様を王位に就けようと言うのか?」

 シリンドルの歴史に女王が存在したことはない。王女は巫女になる習わしだからだ。王の嫡子が女だけであれば、近しい血筋の男に(めあわ)せられ、王座には男が就いた。

 ヨアティア、いや、ヨアフォードはその慣習を破ろうと言うのだろうか。クインダンが最初に思ったのはそういうことであったが、それだ(レグル)という感じはしなかった。

「そうではない」

 神殿長の息子はにやりと笑った。

「エルレールは、我が妻となるのだから」

「な、何を」

 クインダンはかっとなった。

「戯けたことを! お前のような汚らわしい一族の男には、殿下に指一本とて、触れさせはしない!」

「そ、そうだそうだ! てめえ、何てことを言いやがる。冗談は顔だけにしろ!」

 憤然とレヴシーも叫んだ。

「牢のなかで何を吠えても、負け犬としか聞こえぬが」

 ふふん、とヨアティアは笑った。

「お前たちがここでどれだけ騒いでも、エルレールは婚姻書に署名をする。何故だか知りたいか?――お前たちを助けるためだ」

 勝ち誇ったようにヨアティアは言い、騎士たちは絶句した。

 彼らの命を盾に取られたところで、王女がそのような婚姻を許諾するはずがない。クインダンはそう考えたが、同時に彼は知っていた。彼女は心優しい娘である。

 ヨアフォードの要求を一度は凛とはねつけても、繰り返し脅されれば判らない。

 現実に彼らは囚われの身だ。効果的に殺すためだけに生かされているのではない。王女への人質でもある。


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