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シリンディンの白鷲  作者: 一枝 唯


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第2話 シリンドル1-4 血塗れの護符

 高級宿の一室に揃っていたのは、四人の男たちだった。

 ヨアティア・シリンドレン、ルー=フィン、イズラン、そしてヴォース・タイオス。

 下手くそな鼻歌のようなものを歌っているのは、金貨を数えている戦士だった。

「お前の主張するところを確認した」

 ヨアティアは嬉々とするタイオスをじろじろと見ながら言った。

「窓の外には、確かにお前が逃げ出したときについたと思しき血痕があった。使用人にかまをかけさせたところ、密葬ながらきちんとした葬儀の手はずを整える用意があることも判った」

 まさか侵入者に対して葬儀を執り行うはずもない。館の主に関わる人物が死んだということが判ると、ヨアティアはそう言った。

「何だ。疑ってたのか」

 タイオスは金貨から目を上げ、不満そうな顔をした。

「そりゃあ、俺は殺しの仕事なんて滅多に受けん。慣れちゃいないが、証拠が要ることくらいは判ってた。遺髪なんかが一般的だってことも」

 口の端を上げ、戦士は続ける。

「だがあの野郎にゃ、切り取るような髪もなし」

 豪快な戦士仲間連中ででもあればここで大笑いというところだが、この場の男たちは誰も笑わなかった。

「剣なんかは相応しいかと思ったが、持って逃げるにゃ不向きだった。よさそうな眼鏡は落としてきちまったし」

「もとより、あれは偽装だ」

 ヨアティアはふんと笑った。

「ハルディールが髪を染めたのと同じ。アンエスカは眼鏡などかけていなかった」

「へえ」

 興味ないというように、タイオスはいい加減な相槌を打った。

「じゃあ、眼鏡である必要もなかった。〈白鷲〉の護符なんてのは、我ながらいい思いつきだと思ったんだが、やっぱり最高じゃないか」

「血塗れの護符か」

 ヨアティアは隠しに手を入れると、残酷な色に染まったままの、大理石でできた四角い護符を取り出した。

「いいだろう。〈白鷲〉捜索は成らなかった、という象徴に相応しい。王女や騎士どもに突きつけてやるには、悪い品ではない」

「素直に『見事な選択をした』と褒めろよ」

 口の端を上げてタイオスは言うと、金貨を数える仕事に戻る。

「昨夜は、何をしていた」

 問うたのはルー=フィンだった。

「襲撃のあとで戻るまで、時間があったようだが」

 その質問にタイオスは肩をすくめる。

「そりゃあ、血まみれの姿で街を歩けるかよ。俺ぁ、お前らの手下みたいに、返り血が目立たない黒服なんか用意してなかったんだぜ」

 衣服を買い換え、風呂を使ってきたのだと戦士は言った。

「血の臭いってのは、戦士を長年やってても、気持ちいいもんじゃないんだ」

 そうして彼は唇を歪める。

「仕事前に疑われるのは、ある意味、仕方ない。俺ぁハルをあんたらから守る立場にいたんだからな。だが、思想や信念でそうしてた訳じゃないってことは、判ってんだろ。だいたい」

 タイオスは鼻を鳴らした。

「成し遂げたあとで、ああだこうだと。難癖つけて、報酬を払うまいとでもしてんのか?」

「そうした意図はない」

 ルー=フィンは答えた。

「ただ、断りのない単独行動に慣れていないだけだ」

「そうかい」

 戦士は言った。

「俺を雇い続けるなら『これからは慣れろや』と言うところだが、幸か不幸か、そうじゃない。命令をして命令通りに動く、忠実だが応用の利かない手下とやってくがいいさ」

 明らかに揶揄を含んだ口調であったが、ヨアティアですら特に何も言わなかった。雇われ戦士ごときに何を言われたところで、彼は痛くもかゆくもないからだ。

「うん?」

 彼はぴたりとその手をとめた。

「二百に足りないんじゃないか、ヨアティア()よ。やっぱり、ケチる気か」

「手持ちがないだけだ」

 苦々しくヨアティアは言った。

「だが、値切ると思われては心外だ。これを」

 男は指輪を抜くと、タイオスに差し出した。

 大きな紅玉のついた、素人目にも高価と思える品だった。

「案外、律儀だねえ」

 ついタイオスはそんな感想を洩らす。ヨアティアは口の片端を上げただけで何も言わなかった。

「それとも、あれかな」

 タイオスは指輪をつまみ上げると、その手の端をもう片方の手にぽんと打ち合わせた。

「俺を殺っちまえば、あとで取り返せる……という目算か」

「何を」

 ヨアティアは、そこで薄笑いを浮かべた。

「殺すの何のと、物騒な」

「顔と台詞が合ってないぞ」

 それに、とタイオスは顔をしかめた。

「お前にゃ言われたかないね」

 戦士は牽制するように、ヨアティア、ルー=フィン、イズランを鋭い目線で順に見やった。

 命令をするのはヨアティアである。だがルー=フィンは、目的を果たしたタイオスと違い、勝手な行動について主人然とした男から嫌みを連発されたあとだ。若者は憂さ晴らしに、彼を「口車に乗せた」タイオスを斬ろうとするかもしれず、魔術師の考えなど判るものではない。

 中年戦士は警戒したが、神殿長の息子は命令を下さず、青年剣士も魔術師も動かなかった。タイオスは金貨と指輪をかき集め、味気ない無地の袋に詰め込んだ。

「お前は『そうじゃない』と言ったが」

 それを見ながら、ヨアティアは呟くように声を出した。

「今後、勝手な真似をすることなく、きちんと命令に従うと約束するなら、続けて雇ってやってもいいんだぞ」

 その言葉にタイオスは片眉を上げた。

「そりゃ、驚きだ」

 彼は正直なところを述べた。

「シリンドルってのは、そんなに人手不足なのかい」

「人材は集めるものだ」

 男は知ったふうな口を利いた。

「この旅で僧兵を六人失った。代わりが要る」

「俺にも頭を丸めろってか? いずれは禿げるかもしれんがな、あらかじめ練習をしたいとは思わんよ」

 戦士はひらひらと手を振った。

「それに、言わせてもらえば、今回は勢いとノリ(・・)でつき合ったみたいなもんだ。俺は自分の縄張りを離れる気はないね」

 だいたい、と彼は言った。

「ハルディールの暗殺を諦めるなら、あとは帰るだけだろ?」

「諦めるのではない。必要ないと判断したのだ」

 ヨアティアはそう言った。

「王子は〈白鷲〉の捜索に出たのではない。ただ、遠い場所へ自身の安全を図るために逃げただけ。この知らせは、王子の死よりも残された連中の抵抗意欲を削ぐ。死ねば、弔い合戦などということにもなりかねんからな」

「成程ね」

 うんうんとタイオスはうなずいた。殺す気満々だったくせに、とは言ってやらなくてもいいだろう。

「だが本物の〈白鷲〉のことはどうするんだ? 放っておくのか?」

「イズランは相変わらず、王子の居所を掴めない」

 ヨアティアが言えば、魔術師はうなずいた。

「ええ。件の護符が我が術を阻害していたこと、実物を目にすれば確実に判りました。ですが、実物はここにあるのに、ハルディール王子の居所を確定することは、相変わらず困難。これが何を意味するかと言うと」

「王子も護符を持つということ」

 ヨアティアはずるそうな笑みを浮かべた。

「一対の護符は、この場と王子の手元にある。と言うことは、〈白鷲〉の手元に護符はない」

 つまり、と男は満足そうに口の端を上げた。

「〈白鷲〉は、いないのだ」

 だと言うのに、ハルディールとアンエスカはそれを捜すという大義名分でシリンドルを出た。王子は彼を信じる民を欺いたということになる。それがヨアティアの見解、或いはヨアフォードの、それこそ大義名分だった。


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