第1話 英雄の伝説4-8 魔術師
「何も。本当に、武器防具を揃えるためだったようです」
ルー=フィンが答える。タイオスの行動に関する報告だ。
「二重交渉をするほどの頭がないのなら、それでけっこうだが」
(馬鹿で悪かったな)
「いまは?」
「休むと言って、眠るところです」
「けっこう」
(はっ、俺はここだぜ。てめえが馬鹿だ、ざまあみろ)
内心でヨアティアを蔑んでやって、彼は胸をすかせた。
「ではヨアティア様。お聞かせ願いたい」
ルー=フィンが言った。緑色の瞳に疑いが浮かんでいる様子が、タイオスの目に浮かんだ。
「その魔術師は、何者か」
(魔術師)
タイオスはぎくりとした。
(そんなもんがいるのか)
(気づかれたら……)
冷や汗がどっと出る。
こんなところで盗み聞いていることを知られたら、彼らは何か尋ねることもせず、タイオスを裏切り者と認定するだろう。ルー=フィンが剣を抜くまでもない。突き飛ばされれば、一巻の終わり。死ななかったとしても、重傷は免れない。
(戻るか)
(いや、だが……)
彼らの計画を知っておくことは有用だと考えたのだ。伯爵邸への侵入やら、王子殺害やらで騒ぎとなったとき、タイオスを囮に使うつもりでいたりしないのか、そういうことを知っておきたかった。
むしろ、そういう計画だろうとは踏んでいる。ヨアティアは、タイオスを町憲兵隊への生け贄にするために雇ったのではないかと。
だからこそ、詳細を知って裏をかいてやろうと思っていた。
(理想は、あと二百もらってとんずら)
タイオスはまたしても神に祈った。
(頼むぜ、ヘルサラクでもマキラーラでも。無事に部屋に戻れたら、今度必ず、供物を捧げるから)
幸運神に加え賭けごとの神の名も連ねて、タイオスは汗ばむ手を片方ずつゆっくりと拭った。
「こちらはイズラン殿と仰る。父上が雇った、アル・フェイルの魔術師だ」
(――アル・フェイル)
それは単に地名、出身地を指すのか、それともまさか。
「アル・フェイルの?」
「私は、アル・フェイル宮廷魔術師の、弟弟子に当たります」
イズランと思しき声が言った。
「ヨアフォード殿が魔術師をご所望でしたが、宮廷魔術師は多忙ですので自ら出向く訳にもいかず、私に話がやってきました」
(宮廷魔術師の……身内か)
血のつながりはなくとも、仲間内。
(まさか)
(カル・ディアルとアル・フェイル、小国シリンドルが持つ〈峠〉の通行権を巡って大戦争――なんてことにはならんだろうな)
カル・ディアルがラスカルト地方へ行きたかったら、海路がある。大都市は海側に多いし、貿易港もたくさんある。シリンドルを得るうまみはないだろうが、もし、アル・フェイルが富むことを警戒するならば、隣国に南方への通行力を持たせたくはないだろう。
「タイオスが二十年前の〈白鷲〉であるならば、われわれと僧兵たちだけでは頼りないと思われたらしい」
「協会の力を使えば、タイオスとやらの素性はすぐに知れました」
イズランらしき声が言った。くそう、とタイオスは思う。故郷や師匠のことを知られていたのは、魔術師の仕業だったのだ。
「奴の居場所を知ったのも、イズラン殿のお力だ」
(何だって)
タイオスは血の気が引く。
(それじゃ、俺がここにいることなんてすぐに……)
(いやいや、落ち着け、ヴォース・タイオス)
(魔術師ったって神様じゃない。俺を探そうとしない限り、ばれないはずだ)
タイオスは隣室で寝ていると思われている。いちいち、探そうとするはずがない。彼はそう信じることにした。
「ならば、王子たちの居所とて判るのでは」
「ハルディールらは……あの忌々しい護符が、彼の魔術を遮るのだとか」
ちっ、と舌打ちの音が聞こえた。ざまあみろ、とタイオスはまた思う。ヨアティアは金払いのいい雇い主だが、敬意を払いたい相手ではない。
「肝心の獲物のことは掴めないと言うのか。都合のいいことだ」
ルー=フィンが苦々しく言った。
「控えろ」
ヨアティアが苛ついたように言う。
「何様のつもりでいる」
「……申し訳ありません」
「まあまあ、ヨアティア殿。ルー=フィン殿の言うことももっともです」
とりなすように魔術師が言った。
「いきなり現れた『忌まわしく胡乱な魔術師』。ヨアフォード殿の書があるとは言え、すぐさま全面的に信頼などはできなくてもおかしくない。ルー=フィン殿には、少しずつご信頼を得たいと思います」
ずいぶんとへりくだっているが、声の雰囲気からすると、それほど若くはないようだとタイオスは判定した。
丁重にしているのは生来の性格か、それとも雇い主の息子の前とおとなしくしているものか。
タイオスはルー=フィンのように「魔術師は胡乱だ」と決めつけはしなかったが、得体の知れない連中が多いという印象は持っている。おとなしい雰囲気を持っているからと言って、腹の底では何を考えているものやら。
(もっとも)
(魔術師じゃなくたって、それは同じだがな)
「何しろ、これから先は私とルー=フィン殿のふたりだけですから」
「どういう意味だ」
困惑したように、ルー=フィン。
「俺はシリンドルへ戻る」
ヨアティアが告げた。
「王女を捕らえた」
満足そうな声だった。
「エルレール王女を? それでは」
「ああ。どこかの節介者が王女を擁立しようなどという動きをする前に、俺の妻にする」
いやらしい笑い声が聞こえた。
「美人で、処女だ。楽しみだな」
(――仮にも神殿長の息子の台詞とは思えんな)
顔をしかめてタイオスは考えた。
(ハルの姉貴ってことは、十七、八か? 行っても二十歳)
(確かに、あの血筋じゃ美人だろうなあ)
最初にハルディールを見たときは「記憶に残るほどの美少年でもない」と判定したタイオスだったが、それは王子が小汚い格好をしていたためだった。きれいにすれば、なかなか可愛らしい顔立ちをしている少年だ。彼の姉は確かに、美しかろう。
(ヨアティアなんぞにやるのはもったいない)
三十男に破瓜を迎えさせられて涙する美少女の姿を想像すると、四十男の胸に義憤が浮かんだ。
(いや)
(いやいやいや)
(俺には、関係ない)
望まぬ男、それも両親を殺した人物の息子の妻にさせられるなど、怒りや哀しみを通り越し、世をはかなむだろうか。
(考えるな)
(余計なことを考えて)
(……ここから落ちたらどうする、俺)
彼は足元に集中した。




