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シリンディンの白鷲  作者: 一枝 唯


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第1話 英雄の伝説4-7 おそらく

 思い切って使っても、金貨五十枚はなかなかなくならない。

 タイオスは富豪になった気分だった。

 もっとも、金貨の輝きに目が眩んで、高価なだけの使えない剣を買っても意味はない。彼は慎重に、自らに適する新しい剣を探した。

 ルー=フィンの意見は、参考になった。

 と言うより、若いのに目も確かなもんだと納得させられた。

 若い剣士がタイオスに合うと選んだ剣は、全てタイオス自身も同じように感じたものだったからだ。

(やっぱ、敵に回したくない奴だ)

 狂信者――との印象は話をする内に薄れていた。

 ルー=フィンは〈峠〉の神シリンディンに入れ込んでいるが、それはシリンドル人の文化のようなもので、特殊なことではないのだ。ハルディールと同じ。

 だが、神殿長ヨアフォードに恩人としての敬意を抱き、その命令には神に命じられたごとく従う様子がある。

 もっとも、信念を持って王子を殺そうとしているという点を思えば、狂信との感覚も完全には捨てきれない。

 聞き慣れない神への祈りを叫んで、自害していった僧兵のことも気にかかっていた。

 あの腕輪は僧兵の証なのだとハルディールから聞いた。僧兵は神と民を守るために命を賭すという誓いをするが、叶わなければ毒物で自死をするなどという話は王子も従者従者も覚えがないとか。

 シリンドル王家とシリンドレン神殿長家、どちらに本当の正義があるものか、言ったようにタイオスには判らなかった。

 いたいけな少年と、毒の腕輪で僧兵を支配する神殿長では、前者に軍配が上がりそうではある。

 ハルディールにはおそらく、罪はない。ヨアフォードはおそらく、王を殺す計画を持って退任を迫った。

 その辺りは世慣れた戦士には判ったものの、ここは判らない。

 本当に、ラウディール王が神を疎かにしたためシリンドル国に神罰などがあったのだとすれば。

 ――正義はヨアフォードにあり、ということにもなり得る。

(それに加えて)

(〈白鷲〉、か)

 称号というものは普通、何かを成したあとで、つけられるものだ。「称号」などと聞いて戦士の頭にとっさに浮かぶのは〈熊殺し〉オリバンドの、熊顔負けの髭ヅラだった。

 オリバンドは熊を殺したから熊殺しと言われる。称号と言うほど大げさなものではなく、ふたつ名、通り名というところだが、何にせよ「成し遂げた」ことでそう呼ばれる。

 だが話に聞く〈白鷲〉はそうではない。

 成し遂げることを前提とした、称号だ。

 そこにあるのは伝説のごとき偉業への期待。

(何つうか)

(空怖ろしい気がする)

 伝説の剣士が危難を救ってくれる。それこそ――狂信。

 タイオスはそんなふうに思った。

(だが、まあ、俺には、関係ない)

 この件に巻き込まれてからというもの、彼は幾度となく繰り返し思ったことをまた思った。

(昨日まではヨアティアにひと泡吹かせてやろうと思ってたが)

(ぎゃふんと言わせる対象をアンエスカにすることに、躊躇いなんかないね)

 〈白鷲〉疑惑は晴れ、ヨアティアはいまや雇い主という名の金蔓だ。契約が続く以上は、ルー=フィンという凄腕に背中を狙われることもない。今夜は久しぶりに、安心して眠れるというもの。

 充実した財布で剣と胸当てを買い揃えると、戦士は満足した。少し慣らす必要はあるが、いいものを手に入れることができたと感じていた。

(金の力は、偉大なり)

 意気揚々と宿に戻れば、ルー=フィンはヨアティアと話してくると言った。

「俺は?」

「ここにいろ。勝手に出歩くのは許さない」

「はいはい。飯は食ったし風呂には入ったし、あとは寝るだけだ」

 タイオスはふたつ並んだ寝台を眺めた。

「まだ早いが、少し休ませてもらうよ」

「好きにしろ」

「するとも。夜襲の心配もなし」

 そうつけ加えると、彼は新品の胸当てと剣帯を外し、ルー=フィンに行ってこいと手を振った。

 欠伸をしながら寝台に向かい、ルー=フィンが開けた扉の閉ざされる音が聞こえたところで――そっと振り返る。

「さて」

 小声で呟く。

「何のご相談、かな」

 タイオスは隣室に接する壁際へ歩くと、ぴたりと耳をつけた。

 だが、上級宿の壁は、安宿のように薄くはない。何か声がしているようには感じたが、何を話しているのかまでは聞き取れそうになかった。

 第一、部屋の構造が同じであるなら、こちら側にあるのは寝台。椅子や机の置いてあるのは、部屋の向こう側だ。

「うーむ」

 戦士はうなって、両腕を組んだ。

(若い頃には……やったことがあるが)

(疲れもあるいまの身体で、大丈夫かねえ)

 そう自問する彼の視線の先にあるのは、大きな窓だった。

「ええい、度胸試しだ」

 彼は深呼吸し、今度は窓に向かうと、それを思い切り開ける。そう、外に出るのに充分なほど。

 ここは、地上四階。落ちれば、洒落にならない。

 タイオスはごくりと生唾を飲み込んだ。

「やって、みるか」

 自らを鼓舞するように呟くと、戦士は窓枠に足をかけた。

 そっと下をのぞき込めば、狭い軒が見える。彼は〈紅鈴館〉での逃亡劇を思い出したが、あの娼館の方が、幅のある軒を持っていた。

「神よ」

 ラ・ザインでも〈峠〉の神でも何でもいい、と考えようによっては不敬なことを思いながら、彼は軒先に足を下ろす。強度は問題ないようだったが、やはり狭さが問題だった。

 タイオスは窓枠にしっかり掴まりながら、えっちらおっちらと横ばいをはじめた。非常に、格好が悪い。コミンの情報屋が冗談で言ったことだったが、いまの状態こそ、間男をしているのを見つかって逃げ出しているかのようだ。

 だが、誰が見ている訳でもない、と考えることにした。向かいの建物は低いし、下の小道からこのタイミングで上を見上げる人間もいないだろう。

 窓枠から手を離さざるを得ない距離が少しあったが、どうにかタイオスは、足を滑らせることなく隣室のそれに手を届かせた。

(おお、幸運神に感謝)

 彼は心のなかで、ヘルサラクに感謝の仕草をした。

(窓が開いてる)

 閉ざされていればやはり耳をつけるしかなかったが、頭がのぞくだろう。開いていれば、少しは安全に、盗み聞きができるというもの。

「――は、なかったか」

 ヨアティアの声が聞こえた。タイオスは耳を澄ます。


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