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シリンディンの白鷲  作者: 一枝 唯


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第1話 英雄の伝説3-6 加護は、我にあり

 伝説の否定。

 これは、彼が神を信じていないということでは、ない。

 ヨアフォード・シリンドレンは、神殿長という役職に相応しいだけの信仰心を持っていた。

 彼が信じないのは〈峠〉の神ではなく、シリンドル王家だ。

 ここには何か、からくりがあるとヨアフォードは考えていた。

 おそらくは、王家の命令を受けて、精鋭の剣士を育て上げる一派がいるのではないか。「一派」ではなく「一族」かもしれない。王家と同じように頭の固い、〈峠〉の神に仕えることだけを永遠の真理と考えているような。

 その仕組みは、神殿側に明かされていない。彼は幾度か、ラウディールの説得を試みたことがある。神殿長が、国を守る伝説の正体を知らないのは問題がある、などと言って。

 だが王は、それは王家の特秘なのだと言って語らなかった。まるで秘密を持って優越感に浸っているように見えたラウディールには、腹の立つ思いもあった。

 と言ったところで、大方の予測はついている。

 秘密を守ってラウディールは死んだが、大した秘密でもないだろう。

 どんな人物が〈白鷲〉の選定に関わっていようと、どうでもいい。重要なのは当の騎士の実力だけだ。

「あのときの〈白鷲〉は、二十の半ばほどだった。生きてはいるかもしれないが、その称号は次なる人間に移っているやもしれん」

 〈白鷲〉は人物を示すのではなく、称号である。

 当然と言えよう。伝説のみの存在であればまだしも、現実に現れたことを彼自身も目にしている。かの〈白鷲〉は、伝説の時代から永年を生き続ける人外などではなく、生身の人間だった。

 王家の者は、真実を知っているはずだ。どんなやり方であれ、人間が神の騎士を定めているという真実を。

 だが、それが外に洩れてくることはなかった。彼らは伝説を利用して、シリンドルの民に希望を与えるつもりでいた。彼らは伝説を利用して、シリンドルの民に希望を与え続けてきた。

 それが悪いとは言わない。ひとつのやり方ではある。しかし、それもここ十年で破綻が起きるようになった。

 伝説のような活躍を夢見る若者は減り、騎士団は衰退の一途。おかげでヨアフォードはことを起こせたが、こうしていま王女を守っているのは、それでも夢を見続けたふたりの騎士である。厄介だった。

 ここに、あのときと同じように〈白鷲〉が現れれば。

 いまは影でびくついている抵抗者たちが刺激され、力を得て刃向かってくるだろう。

 王子と王女だけでも充分「シリンドル王家」の象徴になる。だからこそ早く消してしまいたいのに、それらが生き延びた上、騎士や〈白鷲〉にまで出てこられては。

「ルー=フィンならば、〈白鷲〉がどんなに手練れでも、容易に敗れぬはず。ヨアティアはあれを巧く使えていないのか」

「報告によりますと、ヨアティア様は、ルー=フィン殿に〈白鷲〉の征伐を任せ、ご自身は王子の捜索をされていたようです。ルー=フィン殿は〈白鷲〉を追い詰めましたが、すばしこく逃げているようで……」

「情けない」

 神殿長は唇を歪めた。

「逃げた、と」

 はたと気づいて、ヨアフォードは呟く。

「逃げたのか。〈白鷲〉が」

「伝説の剣士と言っても、衰えたのでしょう」

 ログトは知った口を利いた。

「四十を越した男とのことですから」

「鍛えていれば、年齢などは問題にならない」

 五十近い年齢の男はじろりと団長を見た。団長は顔を青くして、その通りですと追従した。

「しかし、四十を越す男となると、あの〈白鷲〉と同じなのか」

 ヨアフォードは顔をしかめた。

 彼は剣技に堪能ではなく、見て能力が判るというようなこともなかったが、それでも二十年前の〈白鷲〉がとんでもない剣士であったことは判った。あれがより経験を積んでルー=フィンの前に立ちはだかれば、互角ということも有り得る。

「――アル・フェイドに書を送るとしよう」

 彼は、隣国アル・フェイルの首都の名を口にのぼせた。

「先に借りを作っては巧くないと思ったが、王子と〈白鷲〉に無事に帰ってこられては、あとも先もない」

 苦々しく、ヨアフォードは言った。

「アル・フェイドに、何が」

 ログト僧兵団長はおそるおそるという体で尋ねた。ヨアフォードは北東に目をやって、答える。

「かの王宮は、優秀な宮廷魔術師を抱えると聞く」

 その言葉に団長は、ますます顔を青くした。もはや、真っ白だ。

 魔術師リート。忌まわしくも不吉なる人種。

 それは概して、偏見であることが多い。黒いローブを身にまとい、不可思議な術を使う彼らは、しかしそこを除けば普通の人間と変わりなく、目が合っただけで不幸を招くの、呪いの手に触れられれば腐ってしまうのと言うのは、迷信もいいところだ。

 だが、彼らは胡乱な存在としてまかり通っており、忌み嫌う者も多い。怖れる者も。

 加えて魔術師と神官は、相容れない存在だ。

 魔術師は、神官が神に祈って手に入れる力と似たものを天賦の才として持っている。神官はたいていにおいて、それを不遜だと評した。

 いがみ合うと言うほどではなかったものの、互いに協力をすることは、まずない。

 しかしヨアフォードはそこにこだわらなかった。

 魔術師と軋轢があるのはあくまでも八大神殿。彼はその括りに入らない。

 気に入らないのはアル・フェイドに早々と頼ることで、魔術師を利用することではない。

「急ぐ必要があるな」

 彼は呟いた。そのとき、扉が叩かれた。

「入れ」

団長キアル神殿長様セラン・ラクラシル

 ひとりの娘が、書筒を持って姿を現した。

 通常、「神殿長」に敬称は要らない。以前には誰もが、ヨアフォードをただ「神殿長」と呼んでいた。

 彼らが敬称を――それも、ちょっとした尊敬を示す程度の「セラス」ではなく、王のような支配者階級にのみ使う「セラン」を用いるようになったのは、あの夜からだ。

 もっとも、この娘についてのみは、異なる。

 二十歳をわずかに越した彼女だけは、出会った最初から神殿長を「セラン」と呼んだ。親を亡くして途方に暮れていた幼い彼女を拾い、神殿での世話を手配してくれた恩人だからだ。

「ミキーナか」

 ヨアフォードの表情がわずかに緩んだ。

「どうした」

伝書鳩ルワクが新たな書簡を団長に運んできました」

「ご苦労」

 団長はそう言って受け取った。娘は礼をすると、ちらりと神殿長を見やり、彼の指示を待って下がった。

「何とある」

 ヨアフォードは団長が書面を開くのを待った。

「これは……まだ判りませんな」

 団長は顔をしかめた。

「王子とアンエスカ、そして〈白鷲〉は……帰途についていません」

「何だと?」

「南下するように見せかけ、その実、北上をしていると。そう判明した故、追っているとの連絡です」

「……何を企む」

 神殿長は下唇を噛んだ。

「アンエスカめ」

 この平和呆けしたシリンドルで唯一、神殿長の行為を調査するよう、ラウディール王に諫言した男。王や王子よりも先に、殺すことを考えるべきだった。そうしていれば、いまごろ王子も王女も亡き者であったはず。

 しかし、悔やんでも仕方がない。アンエスカはハルディール王子を連れて、〈白鷲〉を捕まえた。

「いや、何も危ぶむ必要はない。時間ができたと考えればよい」

 首を振ってヨアフォードは言った。

「先の言葉通り、アル・フェイドに書を綴る。ルワクの支度をしておけ」

「は」

 団長は深々と礼をして、神殿長の元を退いた。

「そう、時間ができた」

 ひとりになった広い部屋で、ヨアフォード・シリンドレンは口の端を上げる。

「レウラーサ・ルトレイン」

 彼は祈りの仕草をした。

「――神の加護は、我にあり」

 とても面白い冗談を言った、というように、神殿長は声を上げて笑った。


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