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第1話 英雄の伝説3-2 俺は〈白鷲〉じゃないんだが

 剣士の動きが荒くなってきた。いくら天才でも、戦いの最中に冷静さを失ったら、凡人と一緒だ。

「詳しい事情は、知らないが! 一方的な信念を押しつけて、反乱か!? 神の! 守る! 王家にあだをなして! 神様が! 喜ぶとでも」

 調子に乗ってタイオスは続けたものの、調子に乗りすぎた。

 喋りながらの攻撃など、そうそう巧く決まるはずもないのだ。ルー=フィンも怒りに攻撃の調子を乱していたが、タイオスの蹴りも肘打ちも避けられ続け、ついには読まれて、上げた脚に切りつけられた。

「くそっ」

 タイオスは大きく引いて、体勢を整える。しかしそれを待たずにルー=フィンは突きを繰り出し、彼はかろうじてかわしたと思ったが、腰に鋭い痛みを覚えた。

(やばい)

(動きが鈍くなってきた)

 今日は仕事を終えて帰ってきたばかり、〈紅鈴館〉で少し仮眠を取っただけ、いや、その前に体力を使うことをしているのである。

「タイオス!」

「何? 馬鹿、何を見物してんだ!」

 ハルディールの声に、タイオスは焦った。

「とっとと、逃げろ! 何をしてる、アンエスカっ」

 王子が背中を見せるのを嫌がったとしても、無理にでも連れ、彼を守るのがアンエスカの仕事のはずだ。

「――何をしている!」

 と言ったのは、今度はタイオスではなかった。

「やめろ。おい、こっちだ、早く!」

 新たに路地裏に入ってきた誰かの声が、誰かを呼んだ。ち、と舌打ちをしたのはヨアティアだった。

「拙い。行くぞ、ルー=フィン」

 その指示に、若者は剣を引いた。

「命拾いしたな、〈白鷲〉」

 ぎらりと、緑色の瞳が光った。

「次は、殺す。覚えておけ」

 言うなり、若い剣士は踵を返し、マントを翻した男に続いて、声のしなかった方角に広がる闇へと――消えていった。

「どうかね」

 タイオスは呟いた。

「年取ると、物覚えが悪くなってなあ。だいたい」

 俺は〈白鷲〉じゃないんだが、とつけ加えたが、ヨアティアもルー=フィンももう聞いていないし、聞いたとしても信じないだろう。

「何ごとだ。喧嘩か!」

 現れたのは、コミンの町憲兵が数名だった。

「剣を抜いての立ち回りなど、言語道断……と、タイオスか?」

「よう、ゴルン」

 知った顔に、タイオスは安堵した。ゆっくりと剣をしまい、片手を上げる。

「馬鹿、何をやってるんだ。いくらお前でも、捕まえるぞ」

 呆れた声で、ゴルンと呼ばれた憲兵は言う。

「勘弁してくれ。頭のおかしい男にいきなり襲われて、刃向かうなとでも?」

 町なかでの抜剣は御法度だが、自衛のためならば許される。もちろん憲兵は、それを判っているはずだ。

「お前が仕掛けたのかもしれないじゃないか」

 じろじろとタイオスを見ながら、彼より年上の憲兵ゴルンは言った。

「冗談はよせ。たとえ酔っ払いに絡まれたって、こっちから剣は抜かんよ」

「まあ、お前はそういう戦士だと判ってはいるが」

「俺を糾弾するより、副隊長さんよ。町の治安をしっかり守ってほしいね。あんなのがうろついてるなんて、コミンはどうしちまったんだ」

 素知らぬ顔で、タイオスはそんなことを言った。ゴルンは顔をしかめる。

「それは俺たちも言いたいくらいだ」

 憲兵隊副隊長は息を吐いた。それから、残りの憲兵たちに、戻れと指示をする。

「明日になれば噂も出回るだろうから言っちまうが、〈紅鈴館〉で殺しがあった」

「……何だって?」

 よく知っていることだが、タイオスは初めて聞いたふうを装った。

「〈紅鈴館〉? 俺も、よく行くぞ」

「黒い服を着た男たちが強襲して、護衛をふたり、春女をひとり、斬り殺した」

「――三人」

 ラベリアだけではない。タイオスも顔を知る、通いの戦士たちも殺られたと言うのか。

「若い剣士だったそうだ。目にもとまらぬほどの速さで剣を振るい、戦士たちは剣を抜く暇もなかったとか。何が起きているか、その場にいた者もすぐには判らなかったくらいだそうだ」

 ゴルンは嘆息した。

 ルー=フィン。タイオスは顔をしかめた。〈紅鈴館〉の護衛の腕はタイオスも認めるものだったというのに、剣さえ抜かせなかったと。

「かと思えば、そこの酒場でも似たようなことがあった。こっちの護衛の方が優秀だったのか何だか知らんが、被害者はなく、襲撃者がふたり死んでる。これから調べるが……お前、何か見なかったか」

「ああ……いや」

 タイオスは首を振った。

「何か、騒いでいるのは聞こえたがね。関わり合いになるまいと、避けたよ」

 イリエードがタイオスのことなど話していないことを祈った。ああした場所であるから、友人は察してくれるものと信じるが。

「賢明だな。あの店は、違法性はないものの、穴蔵だ」

 嫌そうに憲兵は顔をしかめた。取り締まることはできないが、犯罪の温床になりうる場所だと知っている。

「酒場の人間からは、何も聞けないだろう。客の信頼を失うことを怖れてる。娼館も一緒だ」

「……娼館も?」

 慎重に、タイオスは問うた。ゴルンはうなずく。

「〈紅鈴館〉なんかはきちんと届け出もしている店だから、こちらも厳しいことは言わないんだが、業界全体が町憲兵を嫌う傾向にあるからな。死んだ春女を買った客について、女将は一言も洩らさない」

 タイオスは内心で大いに〈紅鈴館〉の女主人に感謝をした。

 ゴルンとは親しいが、ここで取り調べなどを受けてもタイオスは「何も知らない」としか言えず、憲兵隊はそれで納得するはずがない。

「緊急に規制を敷いた。非番の憲兵も総出だ。お前もとっとと宿に帰って、寝ろ」

「そうも、いかないんだ」

 彼は息を吐いた。

「ゴルン。当然、門は閉ざしたんだよな?」

 夜には門は閉められ、入ることができないのが通常だが、出立に関しては緩い。出て行く者は厄介を引き起こさないからだ。

 しかしこの場合、黒服の咎人とがびとたちを逃すまいとしているはずだ。タイオスはそれを問うた。

「もちろんだ」

 副隊長は答えた。

「余所者だと思う……思いたい、というところだが、だからこそ、逃亡などさせん」

 断じて、とゴルンは言った。思ったより頼もしいじゃないか、とタイオスは思ったが、いささか面倒でもある。

「実はな」

 彼は咳払いをした。

「早急に、発たなきゃならないんだ。仕事が入って」

「今夜のことを言っているなら、諦めて、明日の朝一番にしろ」

「そうもいかん」

 のんびり眠っている場合ではない。

「口を利いてくれ、ゴルン。急いでるんだ」

「そうは言ってもなあ」

「なあ、ゴルン」

 タイオスは憲兵の肩を叩いた。

「昔、お前が女の尻を追いかけて任務をさぼったとき、俺と一緒にひったくりを追いかけてたことにしてやった恩を忘れたか?」

「……いつまでもそれを引っ張り続けるな」

 ゴルンは顔をしかめた。

「仕方ない。今回だけだぞ」

 渋々と憲兵は、隠しから帳面を取り出し、何かを綴りだした。

「これを」

 と、ゴルンは紙を破る。

「門番に見せろ。都合してくれるだろう」

「有難い」

 タイオスは感謝の仕草をした。

「生きて戻ってきたら、おごれよ」

「判った判った」

 気軽なふりをして、タイオスは約束した。唇を歪めて、憲兵は手を振るとその場をあとにする。

(――生きて戻ってきたら、か)

 いつになく、重い言葉だ。

 戦士の仕事はいつでも命がけ。そう思っているが、今回の事情はこれまでと違う。

 命を狙われる王子殿下の護衛ときた。


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