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第1話 英雄の伝説2-7 準備が必要だ

「シリンドルの場所を知っているのか?」

 聞き咎めたのはアンエスカだ。

「知らなかったが、情報屋から少し聞き出した」

 彼は正直なところを答えた。

「情報屋だと」

 まるでタイオスの言うこと全てに突っかかってやるとでも決めたかのように、アンエスカは眉をひそめた。

「金で噂話を売り買いする、下賤な連中だ」

「お前に言わせりゃ、誰だって下賤なんだろうよ」

 ふん、とタイオスは鼻を鳴らした。

「世の中で高潔なのは、自分と騎士団と、お仕えする王家の御方々だけだってか?」

その通りだな(アレイス)

 タイオスの皮肉に気づかなかった訳ではなく、アンエスカは皮肉で返した。

「自覚があるのならば、けっこうなことだ」

「ふざけやがって」

「喧嘩はよせ。ふたりとも、僕にとっては騎士だ」

 王子はまた、大人が子供のいがみ合いを仲裁するかのように言った。男たちはばつが悪そうにする。

「タイオス、情報屋と言いましたが、こんなカル・ディアルの北東部に住む情報屋が、我がシリンドル国のことを知っていたのですか」

 改めて、今度はハルディールが尋ねた。

「俺ぁ知らなかったが、情報屋が情報持ってて驚くこたあない。そんなに意外なほど、無名さに自信があるのか?」

 少し笑ってタイオスは尋ねた。ハルディールは真剣な顔をしている。

「シリンドルのすぐ近くであれば、もちろん、誰もが知っています。ですが馬で五日も離れれば、よく南方に旅をする者でもなければ知らない。この旅路ではまさかシリンドル王子だと喧伝して歩く訳にいきませんでしたが、以前に外へ勉学に行ったとき、自国の無名ぶりに驚いたものです」

「たまに芸事トランティエで騎士の話が語られるくらいだからな」

「なのに、コミンの情報屋が知っていた?」

「あいつは有能なんだよ」

 タイオスは〈痩せ猫〉を持ち上げた。

「シリンドルはアル・フェイルの支援を受けてる、なんて話もしてたぜ」

「それは誤りだ」

 即座にハルディールが言った。

「隣国で、大国だ。影響を受けることはある。だがそれはカル・ディアルにしても無論、同じこと。シリンドルはどちらの支援も受けていなければ、どちらにすり寄ることもありません」

「ふうん」

 タイオスはあまり興味なさそうに応じた。実際、あまりない。

「じゃあ、その辺りは違ったんだろう」

 何しろ遠いしな、と彼は肩をすくめた。

「だが〈痩せ猫〉は、調べろと言や、他大陸の天気だって調べ上げてくる奴なんだぜ」

 他大陸の天気のことなどもちろん依頼したことはないし、さすがにプルーグでも無理だろうが、これは軽口というやつだ。

「そうですか。それほど有能な人物ならば、僕も依頼を」

「なりません」

 即座にアンエスカが首を振った。

「どうしてだ。有用なものは使うべきだろう」

「容易に他人を信用してはなりませんと常々、このたびのことがあってからはなおさら、申し上げている通り」

 従者は王子に説教し、中年戦士は成程と思った。

 初めて出会ったときにハルディールが「誰も信用するなと言われている」と呟いたのは、アンエスカの教育の賜であったようだ。

それ(・・)が有能だと言うのは、この男の口先に過ぎない」

「おいおい」

 「信用ならない」のはプルーグのみならず、と言うよりもむしろタイオスのことであったと気づいて、戦士は顔をしかめた。

「俺は、奴を売り込む気なんてないんだぜ」

「第一」

 アンエスカはタイオスの言葉を無視した。

「情報屋という、金で話を売り買いする人間ならば、必ずわれわれのことも売る種にする。危険です」

「もちろん、口止めはする」

「誰にも言わないと口にした舌の根も乾かぬうちに、売り手を捜す。情報屋など、そうした人種だ」

「まあ、それには同意する」

 アンエスカに賛意を示すのは嫌だったが、タイオスはそう言った。

「どうしても〈痩せ猫〉と取り引きをすると言うなら、俺が表立つが」

「そして仲介料でもせびるのか」

「いい加減にしろ。三百以上ももらう気はない」

 苛ついて、タイオスは言った。

「いいか、アンエスカ。俺はお前にむかっ腹が立つ、お前も同じだろう。だが腹に収めておけることは収めておけ。時間と労力の無駄だ」

 びしっと言ってやれば、アンエスカは仇でも見るようにタイオスを睨んだが、異論は唱えなかった。

「カル・ディアに行くなら、少し準備が必要だ。足りないものを補充して……荷は? どこに宿を取ってる」

「〈銀の稲穂〉という宿屋だった」

 ハルディールの返答に、タイオスは指を弾いた。

「そりゃいい。あそこは古びてるが、主人はしっかり者だ。訊かれても、ほいほい客の情報をばらすことはない」

 タイオスがうなずけば、ハルディールは面白そうな顔をした。

「……何だ?」

「アンエスカが判断した通りだからだ」

「何?」

 嫌味男を見れば、口の片端を上げて、得意気な顔をしていた。腹の立つことだ。

「だが、逆に言えば」

 見事な判断力だ、などと褒めてやることはせず、タイオスは続けた。

「俺がふらりと行って、連れだから鍵を貸せと言っても、応じないということ。アンエスカ、行ってこい」

「お前に命令される筋合いはない。それに、私は殿下のもとを離れない」

「護衛ならお前より役に立つ、本職たる俺がやると言ってるんだが」

「いいや、どうであろうと離れない。殿下」

「ハル」

「……ハル様。たとえご命令でもです」

「判った」

 ハルディールはうなずいた。

「そうなると、三人で行くしかないだろうな」

「ぞろぞろと歩けば目立つんだが、仕方なさそうだ」

 タイオスは立ち上がった。

「ハル。何よりまず、経費を要求していいか」

「もちろん」

 気軽に王子は答えた。

「何が必要ですか?」

「剣」

 戦士は顔をしかめた。

「〈紅鈴館〉に戻る危険は犯せない」

 彼は簡単に、寝込みを襲われ、死人も出た話をした。ハルディールは神妙な顔をしたが、アンエスカはタイオスが言わなかったこと――そこが娼館であること――に気づき、唇を歪めていた。

「正直、明日になりゃどうとでもなるだろうと思ってたんだが、無理そうだ」

「判った」

 ハルディールはうなずいた。

「あとは?」

「できれば、胸当ても。だが、これは合うものが簡単に見つかるとも限らんから、あとでもいい」

 防具がなければ心許ないが、窮屈なものを身につけて動きが制限される方が怖い。

「ちょっくら宿に取りに戻ってみる手もあるんだが、〈紅鈴館〉がばれたってことは取った宿もばれている可能性が高いからな」

 ついでに王子の金で新調してやれと目論んでいる訳ではない、とタイオスは言い訳した。傷だらけの鎧だが、まだまだ現役だ。愛用の品でもあるし、捨てていくような形になるのは気が引けるくらいである。

「装備に関しては、言う通りにしよう。では」

 ハルディールが立ち上がり、行こうとか何とか、口にしようとしたときだった。

 扉の向こうからかすかに声が聞こえてきた。

 防音の細工をしてある、二重扉だ。何か聞こえるということは――余程の騒音。


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