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第3話 騎士と戦士2-9 完全な敵ではない

 神のおわす場所。

 通常、神殿に神様はいない。神は空の上だか海の向こうだか、どこか判らぬ遠いところにいて、信者を見守り、時に導くが、ひょいひょいと人間の前に存在を示したりはしないものだ。

 タイオスをはじめとする、たいていの人間の考えはそういった感じだった。神官であればもう少し難しい言い方をするが、表すところは極端に異ならない。

 だがそれはカル・ディアルやアル・フェイル、そのほかの国々における神界七大神や冥界神についての話であり、自然神となるとまた違う。

 自然神は、存在をこれでもかと示す。

 地火風水はどうしたってそこにあるものだし、雨、雲、雷が生じない空もない。海、山、森はその近くに住まわなければ縁がないものの、逆に言えば、近くさえあれば生活に強い影響を与える大きな存在だ。

 山の神ルトレイス。

 ルトレイス信仰、などというものはあまり聞かない。

 山神に限らない、自然の恩恵と脅威とをこれでもかとばかりに見せつける神々は、祈りの対象にはなるが、信仰の対象にはならないものだ。自然神の神官や神殿は、通常、ないのである。

 新興宗教が興ることはあまりないが、歴史を紐解けば事例は存在する。新教祖たちはたいてい、自然神を基調とした教義を作り上げていた。

 もっとも、よくも悪くも新たな神への一派が育つ前に、既存の神殿がその矛盾を暴いて「やっつけて」しまう。神界、冥界以外の神を信仰する余地は、世間にはほとんどなかった。

 そう、あくまでも「通常」「一般的には」であり、天地がひっくり返っても有り得ないと言うほどではない。

 事実――。

(ここに、あるわな)

 ヴォース・タイオスは、あまり考えつけぬことを考え、頭が痛くなってきそうだった。

 神様なんてものは、運がよけりゃ微笑んでくれ、運が悪けりゃ無視される。ご機嫌の具合によっては、奈落に突き落とされることもある。

 彼の感覚では、フィディアルもラ・ザインもヘルサラクも、みんないっしょくたにそんな感じなのだ。

 真摯に神を崇め、神を信じ、その声を聞き、神がそこにいると言う、その感性はどうしても彼のものにはならないままだった。

 だがこの場合、タイオスの感覚などはどうでもいいのである。

 主役はハルディール。敵役にヨアフォード。それぞれに、アンエスカとルー=フィンがつく。タイオスはハルディール側でありながら、余所者で部外者という訳だ。

 彼が無言でそんなことを考えていたのは、太陽(リィキア)が寝ぼけ眼でゆったりといつもの坂道を昇り出す頃のことだった。

 昨夜の話通りに、王子と戦士は連れ立って夜明けの神殿へと向かった。

 だがそこで、彼らは見たのだ。

 神官たちに見送られて出て行く、三つの人影を。

 ヨアフォード。ルー=フィン。そしてアンエスカ。

 アンエスカは両手を後ろで拘束され、ルー=フィンに短剣でもつきつけられている様子だった。

 ハルディールは目を見開き、タイオスの腕をぎゅっと掴んだ。タイオスはその肩をぽんと叩いて、様子を見ようと提案した。

 彼らには、その状況はアンエスカが処刑のために引っ立てられているとしか見えなかった。

 もっとも――戸外で殺す必要などはない。タイオスはまずそう言ってハルディールを安心させようとしたが、王子は「神殿での殺害を避けただけかもしれない」と答えた。腐っても聖域、という訳だ。

 だがそれならば、ちょっと裏口にでも出て実行すればいいだけで、どこかに連行していく理由はない。

(――向こうには)

「連中が行く、向こうには何がある?」

 そっと尋ねれば、王子は短く答えた。

「〈峠〉が」

「そりゃつまり、何もないってことか」

「いや、峠には神殿がある」

「ああ、そういう話だったな」

 しかし、とタイオスは首をひねった。

「ますますもって、本物の『聖域』だろう? 殺しに連れていく場所じゃない」

「それは、その通りだ」

 ハルディールは少し安堵した。

「ならば……何をしに行くつもりだろうか」

「神様に近い場所で悔い改める、なんてこたあ、なさそうだな」

 冗談にしても面白くないことを言ってしまった、とタイオスは苦笑した。

「〈峠〉の神殿ってのは確か、重要な儀式のときにしか使わないんだろう?」

「そうです。ですが、そうでなければ使ってはならないと言うのでもない。日常的な祈りではなく、何か大きな成功を祈ったり、強い誓いを立てるために峠に登る者もいる」

「あいつらがお祈りや誓いをしに行くところだと思うか?」

「正直、あまり、思えない」

「それなら、儀式か。まさか生け贄を捧げる儀式とかはないよな」

「……まさか」

 と王子が顔色をなくしたのは、何もタイオスの言葉を認めたのではない。

「ヨアフォードはルー=フィンを新王にと考えている。神殿を訪れ、神がルー=フィンの即位を認めたとし、アンエスカまで証人に仕立て上げる気では」

「お見事です」

 感心した声がして、タイオスは素早く王子を自身の影に隠した。魔術師はにこやかに笑って首を振る。

「ですから、私は人殺しなどいたしませんと。やろうと思えば幾度となく好機がありましたし、なかったとしても何十回となく機会を作れたこと、タイオス殿はお判りだと思うんですけども」

「魔術師」

 ハルディールは声と身体を固くした。

「何故ここへ」

「ぶっちゃけた話をいたしますとね、王子殿下。アル・フェイル王の命令は必ずしもヨアフォード殿の支援じゃないんです。アル・フェイルに利益をもたらすことができればそれでいい。アンエスカ殿には蝙蝠(カイルン)と罵られましたがね、右にでも左にでも動いていい結果を切り取るというのは、そう貶められることでもないと思うんですよ」

 イズランはそう言ってタイオスを見た。

「これも、タイオス殿はお判りだと思うんですけれど」

「まあ、俺も蝙蝠と見えかねんことをやったからな」

 戦士は認めた。

「だが、信じんぞ。お前が俺たちに何かをもたらそうとしているなんてことは」

「昨日のことは、謝罪いたします」

 笑顔のままで魔術師は謝罪の仕草をした。

「でもよく眠れましたでしょう? 思ったより早く目覚められたようですけど。合流も早かったようですね、驚きました」

「予定では、俺はいつまで寝てるはずだった?」

「そうですねえ、太陽がいちばん高く上がる頃くらいまで」

「は」

 タイオスは乾いた笑いを洩らした。

「どうやらそれは、神様のお気に召さなかったようだぜ」

「そのようですね」

 戦士の言をどう取ってか、イズランは肩をすくめた。

「〈峠〉の神の加護はどちらにあるのか。私はそれを見極めるまで、ハルディール殿下とヨアフォード殿のもとを行き来させていただきます」

 悪びれずに魔術師は、手をひらひらとさせた。

「あなた方に悪い話ではないでしょう?」

「どこがだ」

「少なくとも、完全な敵ではない訳です」

「いつ敵に転ぶか判らない奴なんざ、半分、いや、一割ばかしも信用できんだろうが」

「それまたごもっとも」

 したり顔でイズランはうなずいた。

「何にせよ、歩きませんか。行き先は判っているとは言え、あまり距離を開けるのもよろしくないでしょう」

 魔術師は〈峠〉に向かう三人を指した。

 タイオスはハルディールを見た。ハルディールもタイオスを見て、うなずいた。

「……魔術師」

「私はイズランと申します、殿下。アル・フェイル王宮で宮廷魔術師をしております者の、弟弟子になります」

「イズラン。僕もタイオスと同じ意見だ。だが、あなたは正直なところを語っていると思う。あなたの目的が何であれ、僕とタイオスが彼らを追うのに同行したいと言うのであれば、許可しよう」

「有難きお言葉」

 イズランは宮廷式の礼をした。タイオスの真似事より、ずっと決まっていた。

(何だか妙なことになった)

 中年戦士はそう考えた。

(こいつは間違っても味方じゃない。だが、現状では俺やハルに魔術を使ってどうこうしようという様子もない)

(いつ何時そうしてくるか判らないが……)

(見えないところで杖を振られるより、隣で監視できる方がましか)

 そう考えると、タイオスはイズランを斜め前方に置いた。

(怪しい素振りを見せれば、すぐに斬る)

 この判断が吉と出るか凶と出るか、まだ彼らには判らなかった。


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