貴族の野望 6
「カエデ」
「あぁ」
一対二の模擬戦がひと段落するとアルが楓に声をかける。
「3人共、多分俺達を狙っている輩が約500人こちらに向かっている。多分後10分もすれば襲われるだろう。別に全員無力化出来ない事もないが俺はそこまで優しく対応する必要はないと思っている」
「つまり僕達を襲いに来た奴らは皆殺しにするんだね」
「皆殺しにはしない。多分今回の主犯は例の元副団長だろ。あいつともう一人この前クランハウスに来た奴は貴族らしいから殺さずに城に持って行く。それ以外は殺すが」
その時の楓の顔はどこか苦しそうな、でも容赦をするつもりはないとでも言いたげな雰囲気を醸し出していた。
「あ、あの…」
ミルは楓に声をかける。
「あぁ、今回敵の相手を殺すのは俺とアルがやる。二人は後ろで見ているだけでいい」
日向もミルも年頃の女の子だ。無理言って人殺しをさせるつもりは毛頭無いし俺も二人が人を殺す所なんてあまり見たくない。
「で、でも!」
ミルはまだ何か言いたげだったが口ごもる。ミルも相手が100悪いのは分かっているしこれで死ぬのは完全な自己責任だ。まず、襲ってくる向こうが悪い。でも楓がミルに人を殺させたくないと思うのと同じでミルも楓に人を殺させたくないと思っている。
「わ、私もやります!旦那様とこれから辛い時も共に歩んで行くのにこんな所で挫けている暇などありません!」
「私もだよ。前は助けて貰ったけど今回は同じ立場で戦いたいよ」
ミルも日向も楓達だけにやらせたくなかった。
「でも、人を殺すんだぞ?その…」
「旦那様もやるのでしょう?どうせ私達は後方からの攻撃になりそうですし近接戦闘をされる旦那様達よりも数倍マシですよ」
「私も同じ考えかな。旦那様だけに背負わせたくないよ。私達は『無限の伝説』のクランメンバーだよ?舐めないでね!」
二人は覚悟の篭った笑みを浮かべながら楓に向かって宣言する。
そうだよな。俺達は『無限の伝説』だ。これから様々な伝説を作って行くんだ。こんな所で躊躇っていられない。
「分かった。でも相手も同じ様に殺しに来るだろう。十分気を付けてくれ」
「「うん!(はい!)」」
「よし、じゃあ僕も気合を入れようかな!」
「程々にな…」
アルもノリノリだった。
「よし、前衛はアルと俺が、後衛は日向とミルで。みんな気を付けて行くぞ!」
「「「おー!」」」
それから数分すると本当に約500もの兵士が楓達に向かって来ている。
「おー、なかなか凄いね」
アルは結構ノリノリだった。
軍の中央にはシルクとチェカーがいた。確定だな。まさか本当に二度も仕掛けてくるとは…もう容赦はしない。
約500もの兵士は楓達と遭遇する約200メートル前で歩みを止める。中からシルクとチェカーが出て来た。シルクはとても面白いものをこれから見られるとでも言いたげな顔でこちらを見ていた。
「これはどう言う事だ?」
楓は余裕顔の二人に向かって声をかける。
「はっ、この状況を見てまだ分からないとは…やはりイカサマ野郎には相応しいあほヅラだな」
シルクは楓を挑発していく。前回のお返しとばかりに盛大に煽ってくるので少しうざい。
「だから、ミルは渡さないって言ってるだろ?」
「ふはは!なら、無理やり連れ去っていくよ!君達は素直に殺されてくれ!あ、君も僕の側室にどうだい?今なら仕方がないが可愛がってあげ…」
「ふざけるなよ?」
シルクのあまりにもな内容の言動に楓はプッツンしてしまった。こうなっては楓自身ステータスを抑えきれないので並列思考を大量に使ってナビちゃんに力を制御してもらう。前みたいにステータスを下げるのもいいがあれって後でだるくなるからな。やはり素のままが一番だ。
そして楓の怒りのオーラが直撃したシルクは一瞬固まってしまった。この位で済んだのはさっきも言ったがナビちゃんのお陰だろう。
『勘弁して下さいよ…マスターも冷静になって下さい』
すまないな。だが、こいつらは許すつもりはない。ナビちゃん、よろしく頼むぞ。
『分かってますよ』
楓の中にいるのでナビちゃんも他のナビゲーションとは比べ物にならない程に成長していき、神をも超える楓に適応出来る様になっていたのだ。ナビちゃんも意外と努力家だ。
『そうしないとこの世界が一気に滅びますからね』
何だかんだでナビちゃんが楓の力を制御してくれているのだ。
「ま、まぁいい!チェカー!」
「はい、ではミル王女の誘拐が第一目標です。皆さん行きなさい」
チェカーがそう言うのと同時に500もの兵士全員が雄叫びをあげながら楓達に向かって行く。
おいおい、普通一介の冒険者にここまでするかよ…
「よし、じゃあ作戦通りにこちらも行くぞ。日向、ミル。お前達は本当に最高の妻だ」
楓は照れながらそう言い残しアルと共に敵兵士へと突っ込んで行く。
「さ、最高の妻」
「わ、私達も頑張りましょう!」
最後の一言は二人のモチベーションに大きな影響を与えた様で二人共さっさと準備をして敵兵士を死へと誘っていく。
〜1分後〜
「ば、馬鹿な…」
「こ、これは予想外でしたね」
二人がそう言うのも無理はない。所詮は餓鬼だと二人共本気で思っていた。それがどうだ。蓋を開けてみれば餓鬼だと侮っていた相手達は自陣の兵士をどんどんと屠っていった。一番驚いているのがミル王女も攻撃を仕掛けて来ている事だ。
王室育ちの王女が人をこんなに簡単に殺す事などまずあり得ない。
「何がおこっている?」
シルクは真剣にそう思った。いくら一介の兵士といっても一般人や女子供より大きな力を持っている。それがこんなに華奢な子供達に段々と屠られていく。そんな事を考えているうちにだんだんと兵士と数が減らされていき、更に30秒も経てばその数は100を切っていた。
この時、チェカーは盛大に後悔をしていた。
まさか、こんな化け物に喧嘩を売っていたとは…流石に計算外です。シルクはまだやる気ですがこれでは無理でしょう。
もうすでに諦めモードに入っていた。
「よぉ、流石にびっくりしたか?」
すでに楓はチェカーとシルクの元へと来ていた。
「お前達は喧嘩を売る相手を間違えたな。いくら日向とミルが可愛いからって人妻の夫に喧嘩を売るのは良くない」
楓は少し茶化すように二人に言葉をかける。それが逆に不気味であった。
「きさm」
シルクは言葉を全て話す前に楓に気絶させられた。その後チェカーも同様に。
「終わったか…」
楓は大きく息を吐き戦いの終了を告げた。そしてそれと同時にチェカーの連れて来た兵士は全員天へと召されたのであった。




