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模擬戦 1


「絶対に逃げるなよ!」


「わかってるよ。その前に一度冒険者ギルドに行かないといけないんだ。ちょっと待ってろ。えーっと」


「アストだ!僕も依頼達成の報酬を受け取りに行くんだ!」


「めんどくせぇ……」


 楓は思わず本音を口にしてしまう。


 無事にリングベリーまで商隊を護衛した『無限の伝説』であったが、そのクランマスターである楓は先ほどからずっとこのテンションである。


 と、言うのも護衛している最中もずっと冒険者ことアストが何かと楓のことを敵視しており先ほどからずっと護衛そっちのけで楓に向かって愚痴を言うのを繰り返していたのだ。


 幸い、『無限の伝説』は全員メンバーが優秀なおかげで予想よりもかなり早くリングベリーまで到着することができたのだが、それでも余裕で二時間以上は経っているのでその間ずっと隣でごちゃごちゃ言われていた楓の疲労は計り知れない。


 隣からミルが大丈夫ですか?と心配そうにしながら自分のハンカチを楓の額に当てているが、アストからすればそれが気に入らないのかさらに楓に当たりを強くしてどんどんと冒険者ギルドへと向かっていく。


 女子の前でその態度は如何なものかと楓は思わないでもないが、アストからすればすでに楓と結婚している女子には興味がないのか特に取り繕うようなことはしなかった。


「しかし、ここも久しぶりだな」


「カエデとヒナタはここで召喚されたのよね。嬉しい反面、カエデを邪険にした教会は許せないわ」


「ですね。ルミナ、一緒に潰しに行きますか」


「待て待て!これ以上面倒ごとを増やすな!そ、そうだ!みんなで俺の勇姿を見てくれないと、俺は悲しいぞ?」


 楓は物騒な話を始めたルミナとエリスを全力で止めながらそう言う。


 放っておくと本当にやりそうだし、まだ二人なら可愛いがそのうちルーナやヒストリア、しまいにはナビまでも悪ノリしかねないので全力で止めたがその甲斐あって二人は納得してそれ以上悪ノリが広がることはなかった。


「ふん!羨ましいな!」


「幸せなのは確かだけど、結構大変だぞ?主に、肩身がせまい。お前みたいな亭主関白を理想としているやつは一人で十分だと思うぞ?」


「ていしゅかんぱく?なんだそれ?」


「知らないならいい……っと、ここか。本当に久しぶりだ。まだバアラアトルはいるのかな?」


 楓は冒険者ギルドの前まで着くと久しぶりのリングベリーの冒険者ギルドに少しだけ嬉しそうにしながら中に入っていく。


 なんだかんだ言って冒険者登録をしたのはここであるので楓は少しだけ他の冒険者ギルドよりも特別な感情を持っている。それは日向も同じようで中に入って楓の隣へとやってくると嬉しそうにしながら受付嬢のいるところまで走っていく。


「お、久しぶりだな。いつ帰ってきたんだ?」


「ギルドマスターか。久しぶりだな。帰ってきたんじゃなくてこの街を越えていくつもりだったんだが、途中で護衛を頼まれてな」


「そうだったのか。……随分とクランメンバーも増えたようだな。ん?お前もクランメンバーか?」


「こいつは違う。護衛で一緒になって色々あって模擬戦を挑まれたんだ」


「それは……命知らずな奴もいたようだな」


 ギルドマスターであるバアラアトルは苦笑いでアストのことを眺めている。


 一人だけ楓たちのクランメンバーとは違うようでいってしまえばかなり浮いているのでバアラアトルも不思議そうに楓にクランメンバーかどうか聞いてきたが楓は全力で否定した。


 できる集団の中に一人だけできない者がいると目立つと言うのは本当のようで、楓たちの中に一人アストがいてもオーラの時点で他のメンバーに負けており、それに加え、先ほどからずっと楓にごちゃごちゃといっているので日向たちの殺気ボルテージもドンドン溜まっていき、あまりよくない空気が流れている。


「ギルドマスターはこいつを知っているんですか?」


「知ってるも何も、逆になぜお前がカエデのことを知らないのかが謎なのだが?色々と噂になっているだろ」


「知りませんね。っと、それよりもさっさと模擬戦するぞ!」


「それならうちの地下を使って良いぞ。今は誰も使っていないし、その代わりに私も見せてもらうがな」


「それは助かる。正直、さっさと終わらせたかったからな」

 楓はバアラアトルの好意を素直に受け取ることにして、そのまま全員で地下の訓練場へと向かっていく。


 リングベリーの冒険者ギルドの地下の訓練場は楓たちにとっても色々と懐かしい思い出が湧き上がってくるので悪い気はしなかった。


「ここで私たちの冒険が始まったんだよね」


「あぁ、日向のおかげでクランを作ることになって。ここで俺がギルドマスターと戦って。懐かしいな」


「ん?お前、ここのギルドマスターと戦ったことがあるのか?」


 二人して色々と感傷に浸っているとアストが隣からそんなことを聞いてくる。


「あぁ、あるぞ」


「そうか。それならお前と俺は一緒だな。お互い、ギルドマスターに負けた同士どっちが強いか正々堂々戦って証明しようぜ!」


「え、俺は……まぁいいか」


 アストは何か勘違いしているようで楓はそれを指摘しようと思ったがアストは話を聞こうとせずにそのまま準備をしに刃の落としてある鉄剣が並んでいるところまで走っていったので楓は指摘するのを諦めた。


 そもそも、本当のことを言っても信じてくれるのか怪しいところなので別に大した問題ではない。


「楓くん。頑張ってね。私たちは向こうで見ているから」


「あぁ、ちょっと頑張ってくるわ」


 最後に二人はそんな緊張感のない会話を交えると楓はアストの後を追うように刃の落としてある鉄剣のあるところに向かい日向はミルたちと一緒に応戦席へと向かった。


 結果はわかりきっている試合ではあるが、楓はなんだかんだ楽しそうに鉄剣を選びアップを始めるのであった。

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