結婚式 3
楓たちが王城へと転移すると、すぐに今までなかった明らかに侮蔑の含まれた視線が楓たち、正確にはルーナとヒストリアに集中した。
ただ、それがルーナ達だとわかると皆驚いたようにざわざわし出し、結婚式の前で忙しいというのに急に楓達の元に多くの人が集まるようになった。今日は、貴族達も結婚式を見に来ているので朝早いのにも関わらず多くの貴族がいた。
と、言うかおかしな視線を送っているのは貴族がほとんどで、騎士団や宮廷魔術師達はルーナ達に恩を感じているからか、ほとんどの人間は少し驚くだけでそこまで大きなリアクションを取っているものはいなかった。
「でも、少しイラっとくるのは確かだな」
「しょうがない。逆に、このくらいで済んでいることに私は驚きだ」
「それはダーリンのおかげ。きっと私たちだけではこうはいかなかった」
「そんなことないだろ。騎士の人たちや宮廷魔術師の人たちはルーナやヒストリアに恩義を感じてるからこそ、獣人だろうが何だろうが変わらずルーナ達を見てくれているんだろ。本当にいい部下を持ったな」
楓は心から思ったことをルーナ達に伝える。
本来ならば、騎士や宮廷魔術師達にも同じような侮蔑の視線を送られて当然だったのだ。それを、団長は団長だから!とかヒストリア様はヒストリア様だから!と獣人を差別している同僚を注意している光景も楓たちは見ていた。
なので、多少イラっとするだけで済んだのだが、どこにでもバカはいるようで、楓達に突っかかってくるバカ貴族もいるのだ。
「おはようございます。カエデ殿、結婚おめでとう。後ろの七人の女性が君の妻だと認識しているのだが、二人いや二匹ほど君の妻にはふさわしくない者がいるのではないか?」
「何が言いたいんですか?」
「いや、そんな獣風情を妻にするくらいならば、愛玩奴隷として何処かに売りさばいてしまえばいいのでは?とおもってね。顔はものすごいいいのだから、なんなら私が買ってやってもいいが、どうする?」
一人の貴族はあくまでも上から目線で楓にそんな事を言う。
目の前の貴族は楓と同じくらいなのだが、もうすでに断られるとは思っていないのかずっとルーナとヒストリアの方をジロジロ見ながらニタニタといやらしい笑みを浮かべていた。
「それが、この国をずっと守って来てくれた騎士団長と宮廷魔術師長であっても、あなたはそんなことがいえるのですか?」
「はっ、愚かだよカエデ殿。まず、バルバトス様を騙してこの国の栄誉ある役職に就き、権力を振りかざしていたのだからね。獣人とは所詮、汚らわしい劣化品なのだよ。さぁ、今日の英雄であるカエデ殿に彼女達はふさわしくない。黙って私に売ってくれないか?」
「そうか……」
楓は貴族の話を全て聴き終えると一度だけ頷いてそのまま貴族の目の前まで向かう。
「……な⁉︎ 何をしているのだ!」
楓はバカ貴族の目の前まで行くと首を掴みそのまま上にあげる。
今、楓が怒っているのは誰が見ても明らかで誰も楓のこの行為を注意できる者がいなかったため楓はそのままバカ貴族に向かって言葉を発する。
「彼女達が英雄である俺にふさわしくないと言うのであれば、そんな価値のない栄誉なんて捨ててやる。お前の価値観で俺の大事な妻を汚さないでくれ。俺は、彼女達が獣人だろうが悪魔だろうがなんだっていいんだ。今日は俺たちの結婚式なんだ。顔を出してくれたのは嬉しいが、こっちは別にお前一人いなかったところで別になんとも思わないんだ。今回は特別でミルのお父さんに報告するのはやめてやる。ただ、これ以上ルーナ達含め俺の妻を侮辱するようなら、容赦はしない。いいな?」
「ひぃぃぃ!」
楓は明らかに怒気を含んだ視線を目の前のバカ貴族に向けながらそう言い切った。
最後に、少しだけ脅しで殺気を混ぜるとバカ貴族は情けない悲鳴をあげながら失禁してしまう。そのまま楓が貴族を持っていれば楓にもかかっただろうがちょうどタイミングを見て離したため楓にかかる事はなくその場でバカ貴族の体液で小さな池を作ってしまう。
「他のみなさんも、彼女達のことを黙っていたのは謝罪します。みなさんに獣人をよく思っていない気持ちがあるのも確かでしょう。ですが、彼女達は僕の妻となる大切な人です。別に、獣人が嫌いな事は仕方がないと思いますし、それを直せなんて傲慢なことを言うつもりはありません。なので、これはお願いです」
楓はそう言って一度深呼吸をし、その場にいる全ての人に向かって頭を下げた。
この国の英雄、しかも絶対的な力を持っている楓が自分のことなど二の次だと言わんばかりのその姿勢に周囲の人々は驚き、そのまま楓の言葉の続きを静かに見守った。
「どうか、彼女達のことを一度だけでいいのでルーナ、ヒストリアという一人物として見てください。この国を支えたのは紛れもなく彼女達なんです。彼女達のおかげで、いろんな人が救われたと思います。騎士のみなさん、宮廷魔術師のみなさんはもちろんのこと、貴族のみなさんも彼女達のおかげでこの国の秩序が守られ、今日まで平和に過ごせ、こうして僕たちの結婚式を開くことができたのです。なので、どうか、少しだけ僕たちにチャンスをください。獣人が、あなた達が思っているような汚らわしくも危険な存在でもないということを必ずこれから証明していきます。だから、お願いします」
楓は全てを言い終わった後も決して頭をあげる気配はなかった。
五秒、十秒としばらくのあいだ沈黙がその場を支配したが、だんだん楓のお願いを聞いていた人たちが目に涙をいっぱいに浮かべながら見ているルーナやヒストリアの方を見だした。
「ふっ、馬鹿馬鹿しいな」
それは誰が発した言葉だっただろうか。
言葉だけ聞けば単純にバカにしているような言葉だった。だが、そこには確かな温かみが籠っていた。
「なぁ、馬鹿馬鹿しくないか? 俺たちは、今までずっと団長に支えられてきたんだぜ?」
「だな。ヒストリア様にも何度助けられたことか」
「「そんな方を、たかが種族が違うからと言って差別するのは違うよな? なぁ⁉︎」」
とある騎士と宮廷魔術師のその言葉をきっかけに楓達の周りではルーナやヒストリアを擁護するような声がだんだんと大きくなっていく。
「カエデさんも、頭をあげてください! 僕たちは団長達が抜けてもずっとお二人のことを尊敬してますから!」
「僕もです!と、いうか本当に綺麗ですね!これを差別するなんて、どうかしてると思いますよ!」
「「「そうだそうだ!」」」
騎士や宮廷魔術師、それに貴族達も次々と楓たちにそう言っていく。
そこには貴族も平民も関係なくみんながルーナとヒストリアを認めようとしているのだ。確かに、種族が違うというのは差別を生む大きな要因だろう。
ただ、こうして一人一人が暖かい言葉をかけていけばそんなものは関係ないのではないだろうか?
「ははっ!だろ?俺の妻は全員さいっこうに可愛いんだ!そして、ここにいる全員、ほんっとうに最高な奴らばっかりだ!今日の結婚式、全員で盛り上げていくぞ!!」
「「「「「おーーー!」」」」」
楓が泣き笑いながら心の底から嬉しそうに、そして、心から感謝の気持ちを伝え、そして今日の成功を祈って盛大に声を出すと他の人たちも体面を気にする事なく全員が右腕を天に向かって突き出して王城が揺れるほどの大きな声を出す。
そう、この時ルーナたちは正式に他の人たちからも認められたのだった。
本人たちは、楓がしてくれた事、そして他の人たちのことを見てすでに号泣だったが、結婚式前の嬉し涙も悪いものではないと思う彼女たちであった。




