戦いの前に
「カエデ先生」
「ん?ルミナ?」
楓はあの後二言三言シエラと話をしてから別れて例の鍛冶場に行こうとしていたら後ろからルミナに声をかけられた。
「お、おはよう」
「お前、おはようって…いくらなんでも登校時間にしては早すぎるんじゃないか?」
楓がそういうのは無理もない。先程シエラと話していた通り今はまだ6の鐘も鳴っていないのだ。
今日、クラス対抗戦に出場する主将が寝不足で全力を出せませんでした。なんて事があればAクラスの大恥である。
「そ、その寝られなくてせっかくだから早めに来たのよ。」
「家でゆっくりしてればいいだろ?」
「家は居心地が悪いのよ」
ルミナは少し暗い表情をしながらそう言った。なんだかんだ言ってこいつもまだ面倒臭そうな悩みを抱えていそうだ。
「じゃあ少しリラックスするか」
そう言って楓はストレージの中からいつも愛用している机や椅子などのティーセットを並べていく。
「相変わらず無茶苦茶ね。アイテムボックスにティーセットを入れている人なんて初めて見たわ」
「そうか?」
「そうよ、だってアイテムボックスって容量がそんなに入らないし必要最低限の物しか普通入れないわよ」
「へー」
楓は納得した様に頷きながら紅茶の用意をしている。
そもそも俺が使ってるのはストレージであってアイテムボックスではないんだけどな。
まぁ、多分ルミナに本当の事を言っても何を言ってるか分からないだろうけど…
『そうですね。ストレージとはアイテムボックスの上位互換なのでそのままアイテムボックスで通した方が早いと思います』
と、ナビちゃんも言うのでそのままアイテムボックスで押し通す事にした。
「へーって…それに準備するの早くない?」
「俺のは少し容量が大きいんだよ。それにあいつらのティーセットを用意するのは俺の仕事だしな」
「それで手慣れてる訳ね」
「あぁ、ほれ」
楓は最後にルミナの座る方の椅子を軽く引いて執事の真似事をする。
「なかなか、様になってるじゃない」
ルミナは面白そうにそう言って席に座る。
まぁ、こちとら伊達に全知全能∞をやっていない。
もちろん執事スキルもこの中に含まれている…筈だ。上手く出来ていたから多分そう言うスキルがあるのだろう。
「それで、今日は大丈夫か?」
「えぇ、今から勝つイメージしか湧かないわ」
「それは結構。まぁルミナに勝てる奴なんてそうそういないから心配はしていないが…」
「それは違うわ。私より強いのは沢山いる。現に家族の中では私が一番弱いしね」
「お前がか?」
楓は意外そうにそう聞き返す。それはそうだろう。ルミナで一番弱かったら本気で勇者を召喚する必要がなくなってしまう。
今のルミナですら普通に勇者よりも強いのだから。
「えぇ、お陰で私は家族では除け者。才能がない出来損ないと言われ殆どいない者と同然の扱いを受けているわ。あ、でも一つ使いようがあるみたいよ。貴族との政略結婚がね」
そう言うルミナの目には涙が浮かんでいた。
悔しいのだろう。つい昨日ルミナは自分の努力を才能と一括りにされて悔しくて泣いていた。
家に帰ればお前は才能がないと蔑まれいない者と同然の扱いを受ける。しかも唯一の利用価値が政略結婚。
おい、なんか滅茶苦労してるじゃんこいつ…
「だから今日家を出て来たわ。しばらくよろしくね」
「そうか、それは苦労して…今なんて言った?」
「だから、しばらく住む所がないから居候させてって言ったのよ。確か貴方達ってクランハウスを持ってるって言ってたわよね?」
「いや、まぁいいけどさ…」
楓はルミナにさっきのシリアスな雰囲気はどこにやったと言いたげな感じで返事をする。
「でも、いいのか?家出なんて」
「えぇ、最近本気で政略結婚をさせようと動いてるみたいだからね。あそこにいたら全部あの人達の言う事は聞かないといけないから」
「大変だな、お前も」
「えぇ、で、でも貴方が今日の私達の勝利を疑っていないとシエラ先生に言ってくれたのは嬉しかったわ」
ルミナは楓と目線を外しながらそう言った。
『なるほど、これがいわゆるツンデレって言うやつですか…』
なにやらナビちゃんは納得した様な事を言っていたがどこにデレがあるのかを教えて欲しいよ。
「って聞いてたのかよ」
「えぇ、最後だけね。それと何でカエデ先生はこんな早くにここに来たの?」
「いや、目が冴えてな」
楓は適当にはぐらかす。ルミナがもし本当に最後しか聞いていないならご褒美云々の事は黙っていた方がいいだろう。
「お前、本当は眠いだろ?」
「ね、眠くなんかないわよ」
さっきからルミナの頭が船を漕いでいるので楓は呆れた様にそう言うがルミナは断固否定した。
「はぁ、仕方ない奴だ」
「え?」
楓は一瞬でティーセットを片付けてルミナがバランスを崩した所でお姫様抱っこをする。
「な、なにを!」
まぁ、当たり前のようにルミナは焦りながらそう言うが楓は一切取り合わない。
そして楓はその場にレジャーシートを引いてルミナを自分の膝の上で寝かせる。
「少し寝てろ。大丈夫、今は俺とルミナだけだ。安心していいから」
楓は優しい声でルミナの耳元でそう囁く。
「あ、ありがとう。じゃ、じゃあ少しだけ…」
ルミナはそう言って顔を楓の体の方へ向けて幸せそうに深い眠りへと落ちていくのであった。
「俺、しっかり先生出来るかな」
楓はルミナの幸せそうな寝顔を見ながら呟くのであった。




