第20話 王との謁見
翌日になり、約束どおりメルウェルさんが迎えにきてくれた。
「ジンイチロー殿、お迎えに参上いたしました」
「ありがとうございます」
「ミルキー様は?」
「ばぁばなら、メルウェルさんに渡すものがあるとかで・・・あ、来た」
ばぁばは布製の小袋を両手に、家の奥からゆっくりと現れた。
「待たせたね。メルウェル、これを・・・」
ばぁばは小袋をメルウェルさんに手渡した。
「これは?」
「この前来たとき香草茶を随分と気に入っていたみたいだからね。お裾分けさ」
「・・・ありがとうございます!ですが、なぜ二袋も?」
「もうひとつはイリア王女の分さ。こんなものでしか断ったお詫びができないからね」
「あぁ、あの一件ですか・・・。イリア様は気にされていないご様子でしたが」
「・・・それでも頼むよ。もしイリア王女が気に入ったなら定期的に配達するよ」
「必ずやお伝えします」
『あの一件』とはなんだろう。王女が気にしない程度のことだから、大した依頼ではなかったのだろうけど。ん?俺に背を向けてメルウェルに耳打ちするばぁば。何の内緒話だ?
ばぁばがメルウェルから離れて俺を見た。
「さて、ジンイチロー」
「なぁに?」
「今日は王城に泊まってきても構わないよ」
えっ!?どういうこと?目を細めてメルウェルさんを見る。
「アルマン王のことです。もてなしの限りを尽くそうとするでしょう。なんといってもマーリン様以来の大賢者ですから。それに、王城の中が少々慌ただしくなっています。警備の打ち合わせがこの後に控えていますので、私もその時に事の詳細を知ることになります」
何やら大事になっている・・・。
「ジンイチロー、そういうことだから覚悟しておくことだ。ちなみに知らないだろうから教えておくが、アンタの年齢だったらお酒は飲めるよ」
ばぁばはこうなることをわかっていたんだ。『ちょっと行ってくる』ぐらいの感覚だったのに。
それに、王様のことも何か知っているような・・・。
「それではジンイチロー殿、行きましょう」
小道を出ると馬車が待機していた。青と白で彩られた大きな荷車に金色の紋章が描かれている。
この紋章は、メルウェルさんの着ていたメイルの紋章と同じだ。来賓専用の馬車かもしれない。
「さぁ、お乗りください」
乗り心地は悪くない。気になったのは、道行く人がこの馬車を見て跪いていることだ。
この馬車、来賓専用じゃなくて王家専用なのでは・・・。
王城は低い丘陵地に出来ていて、街のどの建物よりも高い位置にある。ゆるやかな坂道を上りきると、やがて王城門に辿り着いた。メルウェルさんが窓から城門兵を見る。
「近衛騎士団のメルウェルだ。お客様をお連れした。開門せよ」
「ははっ!」
王家専用馬車に乗るお客、それはつまり国賓級・・・。
頭がクラクラしそうだ・・・。
窓から見える景色が一変した。王城門を入ってしばらくは壁や防護壁のような造りも見えたけど、それを越えると広大な緑の庭へと開けた。辺り一面には芝が生え、馬車や人の通り道は平らな石畳で固められている。この景色は丘からも望めなかった。窓から少し顔を出して進行方向を見ると、立派な西洋風の大きなお城が建っているのが見える。元の世界だったら間違いなく観光名所・・・世界遺産になっているだろう。
大きな王城の入り口で馬車が停まる。兵士により馬車のドアが開けられ、最敬礼された。いきなりのことに吃驚して小さいお辞儀で返した。これでいいのかな・・・。
「ジンイチロー殿、こちらです」
入り口が開かれ、メルウェルさんに付いていく。ホールの広さに圧巻するが、メルウェルさんはそんな俺に構わずにスタスタと歩いていく。世界遺産級のお城、一般人はもっとゆっくり観光したいんですよ。
城は石造りで、ほどよい研磨が施されていて輝いて見える部分もある。天井は一様に高く、部屋のドアもいちいち大きめだ。建築技術としては素人目で見ても高いと思う。これほどのものを作るには、設計の段階で深い造詣がなければ建てられないのではないか?今度図書館に行ったら、建築とその歴史の本についても読んでみたいな。
そして王城ということもあり多くの人が働いているようで、色々な人とすれ違う。だけどそのほとんどは施政関係者か兵士だった。もちろんメイドのような女性も時折見かけたけど、元の世界のようなフリフリのエプロンはつけておらず、群青色や黒色、臙脂色のワンピースを着ている。
しばらく歩くと人通りが少なくなった。途中、厳重そうな閉ざされた扉の横に立つ兵士にメルウェルさんが話しかけ、開けてもらう。扉をくぐってからは、廊下にカーペットが敷かれるようになった。
そこから間もなくして、メルウェルさんはとあるドアの魔法陣立ち、ノブを回した。
「ジンイチロー殿、ここはお客様の待合室になります。今しばらくお待ちください。給仕を呼びますので好きなお飲物をお伝えください。あ、お酒はまだお控えください」
「はい・・・」
「それと、腰の武器は一旦預からせていただきます。一応決まりですので」
そう言われ、鞘ごと刀を渡した。
「それでは失礼します」
メルウェルさんがドアを閉めた。それと同時に部屋を見渡してみた。
ここも広くて20畳以上はあるだろう。ローテーブルにそれを囲むようにソファがあり、窓からはあの芝生の庭が望めるようになっている。部屋の角にもう一つドアがあったので興味本位で開けてみると、そこはベッドルームだった。ベッドは屋根つきで、屋根からは白いレースでベッドを囲っていた。
ソファのある部屋から「失礼します」という声がしたので戻る。そこには臙脂色のワンピースを着た女性が頭を下げていた。
「担当させていただく給仕でございます。何なりとお申し付けください」
「ありがとうございます」
「・・・」
「・・・」
そういえば、メルウェルさん曰く好きな飲み物を頼めと言っていた。どんな飲み物があるかわからないから、ひとまず水を頼んでおこう。
「すみませんが、水をいただけますか」
「かしこまりました」
給仕の女性が部屋を出ると、気の抜けたようなため息を吐いた。こういう待遇は、俺にとっては気を使うだけだな。早くばぁばの家に帰りたい。すでにホームシックだ。
間もなくして給仕の女性が、水の入ったピッチャーとグラスを持って戻ってきた。
「お待たせいたしました」
「ありがとう。テーブルに置いてもらえますか。あとは自分でやります」
「かしこまりました」
テーブルに水を置いてもらったので、これで給仕の女性が部屋を出るだろうと思ったらそんなことはなく、ドアに近いところに立ってじっとしていた。『担当させていただく』というのは、何か命があればすぐに動く、という意味だったのか・・・。
水を飲む動作一つ一つに緊張してしまう。あぁ、早くお家に帰りたい・・・。
それから30分ほど経ったころ、メルウェルさんが部屋を訪ねてきた。立ったまま話そうとするのでソファに促した。
「この後はどういう予定になるんですか?」
「簡単に説明します。わが王との謁見を終えた後にささやかな歓迎セレモニーが行われますのでご出席いただきます。それと、実は、その・・・」
「その?」
「イリア様がジンイチロー殿との面会を強く希望しておられます。セレモニーの前と後にもその機会を作りたいので、本日はぜひこの王城にお泊りくださいと仰せつかりました」
「・・・つまり、予定としては・・・、王との謁見、イリア王女との謁見、セレモニーの出席、再度の王女との謁見、寝る、ですね」
「本日の予定としては、と付け加えます」
「明日も何か?」
「おおよその予定としては、王家との朝食、イリア様との散策、イリア様との茶会、イリア様との昼食、イリア様との遊戯会、イリア様との――――」
「ちょっと待った!!今日は仕方ないとして、明日のそのべらぼうにひどい予定は何ですか!?」
「私もよく存じ上げません。イリア様が王に強く希望されたとか・・・」
あー・・・絶対に王様は娘に甘いタイプだな。
「なぜイリア王女はそんなに私に会おうとするのですか?」
「それは、私の口からは申し上げられません。王から直接お言葉を賜りいただければ」
何かを依頼する気でいる。そう直感した。仮にメルウェルさんが知っていたとしても、王からの願いをメルウェルさんが代理で伝えられるわけはない。これ以上質問するとメルウェルさんを困らせてしまいそうだ。
だが、王女とのつながりのあるメルウェルさんには気持ちを伝えておこう。
「メルウェルさん、王家に仕えるあなたにこんなことを言うのは大変心苦しいのですが」
「えぇ」
「何を依頼されても、私は断りますよ」
メルウェルさんは首肯した。
「それでいいと思います。ジンイチロー殿の本意をお話しいただいて構わないと思います」
意外な返答だった。
「依頼があったとして、あっさり受け入れるようだと、むしろジンイチロー殿が何か企んでいるのではないかと疑われます故・・・」
それはそうだ。予想外で、なおかつ断られることを前提にしたお願いを簡単に了承されたら、浅慮がちな俺であっても裏があるのではと疑ってしまう。
「それでは時間ですので、謁見の間へご案内します」
謁見の間に通されて吃驚した。
すでに玉座には王が着座していたのだ。王は客より後に入室するんじゃないのか?
『大賢者様が参られました』
メルウェルさん含む近衛騎士団が壁に沿うように立ち、誰かの口上を合図にあらためて直立不動の姿勢に居直した。王がそれを見て立ち上がった。俺の鼓動も自然と高鳴る。
「私はフィロデニア王国の国王、アルマン・ダグノーだ。大賢者殿の来訪、心待ちにしていた」
そして王が、頭をさげた・・・。
慌てて俺も頭をさげた。
「私はジンイチロー・ミタと申します。本日はお招きいただきありがとうございます」
「うむ・・・ジンイチロー殿、もっと近くに来てくれないか」
「はい」
俺は玉座に向かって歩き、王も倣い近づく。1メートル程の距離になったところで王が両手を差し出した。俺もそれに倣い握手を交わす。全てを丸め込まんとする目力もあわせて、とても力強い。
「よくぞこのフィロデニアにお越しくださった」
「はい。素敵な街です」
王の言葉への返答にしては変だと自分でも思う。だって緊張しているし・・・。
「今はミルキー先生のところに居を構えているとか?」
「はい。居候させてもらっています・・・と・・・先生?」
「はははっ!!」
豪快に王が笑う。
「ミルキー先生はその昔、私の魔法指導をしてくださったのだ」
「なるほど・・・」
ばぁばが泊まってきて構わないと言ったのは、昔のよしみで王の行動パターンがわかっていたからなのか。
「先生はお元気でお過ごしか?」
「えぇ、毎日動き回って薬づくりに勤しんでいますよ」
「そうか、久しくお会いしていないからの。しかし、昔から変わらず忙しそうであるな」
「えぇ、そうですね」
ちなみに、ここまでずっと握手をしたままだ。
「ジンイチロー殿、公式の場はこれで終いだ。今日の夜は歓迎セレモニーを予定しているが、それまでの間は私の居室で話そう。イリアも首を長くして待っている。早くこっちを終わらせろと、耳にタコができるほど五月蝿く言うてな」
「ははは・・・」
やっぱり、娘に弱そうだな・・・。
お読みいただきありがとうございます。