第2話 流されるままに『大賢者』
「ようこそ~~!」
「・・・・・え?」
突然の場面展開で脳が追いつかない。青い光で視界がいっぱいになったと思ったら、今は真っ白で何もない空間に立っている・・・よな?全部真っ白だから立っているかどうかすら掴めない。そうか、これが死後の世界というやつか。胸を強調するタイトな赤いドレスを着た魅惑的なお姉さんが、両手を広げてニコニコしている。これは死神なのだろう。
「ようこそ!!」
「死神ですか?」
「し・・・失礼な!!!私を誰だと思ってるの!!!」
「いや、だから死神・・・」
「ぐぬぬぬ・・・」
とその時、俺は気配を感じて後ろを振り返った。
青い魔法陣がみるみるうちに粒子になって宙に消えていくところだった。
「それを見て色々と察してくれるとありがたいわね~。とにかくあんたは生きているの」
「あの、本当に?」
「えぇ。立派に生きていますよ、三田仁一郎さん」
「な、名前、知っているんですか」
「ついさっきまで知らなかった。でも私の鑑定スキルがあれば名前も年齢もわかっちゃうの。すごいでしょ?」
鑑定スキル?ファンタジーな響きだ。
「ちなみにぃ・・・」
そういうとお姉さんは指をクルンと回した。視界に突然『俺の情報』が現れた。
LV.1 三田仁一郎 (42)
HP 12/124
MP 5/5
職業 サラリーマン
状態異常(不眠)
状態異常(疲労蓄積)
状態異常(厄)
所持スキル なし
「ププ!あんた、弱っっっ!!!」
「失礼な人ですね・・・。でも否定はできませんよ」
そう、見てのとおり貧弱なサラリーマンなのだ。とりあえず冷静に目の前に現れたものを見てみる。これはきっと「ステータス」と呼ばれるものだろう。だからといって、お姉さんが見せてくれたものはそこまで驚きを与えるものではなかったな・・・なんて驚かないわけがない!
「『状態異常(厄)』って何ですかっ!!」
「お、やっと質問してくれる気になったか」
「あっ、そうか。俺今年厄年だから、もしかして・・・」
「あなたの年齢って男性では厄年にあたるもんね。はいはい、チョチョイのチョイ」
『キラキラキラーン』と、光の粒子が俺の体に降り注ぐ。
「厄といっても何のことはないわ。呪いの一種のようなもんよ。でも、その程度のものだと普通はステータスに反映されないもんなんだけどね」
「なんとなく心当たりはありますが・・・。あれ、もしかして」
「うん、『チョチョイノチョイ』の魔法かけたから呪いは解けたよ」
「おぉ~ありがとうございます」
神主さんのお祓いって、もしかして魔法なのか?まさかな・・・。おっと、そういえば名前は知られているとしてもあらためて挨拶しなければ。こんなことを考えるのも社会人歴が長いせいかな。
「すみません、自己紹介が遅れました。あらためまして、三田仁一郎です」
「わたしは『大賢者』のマーリン・・・の分体。よろしく」
「大賢者の分体・・・?」
またもやゲームの王道のような職業を聞き、よもやと思っていたことがはっきりとした。
「ここ、『日本』じゃないですね」
「そうね。『日本』でも『地球』でもない、あなたから見れば『異世界』ね」
「やっぱり。さっき魔法陣みたいなものがなくなっちゃったんですけど、もしかしてもう元の世界には・・・」
「はいその通り。戻れません」
「やっぱりね・・・」
「まぁまぁ、そう落ち込まないの。むしろ聞きたいのは、あっちの世界に戻りたい何かがあるの?」
「う・・・」
その言葉は、ズドンと重く心に響いた。
「わたしが思うに、あなたはあっちの世界で色々なものに縛られていたんじゃない?会社、お金、家族、人間関係・・・・女性関係も。うん、色々ね」
「そう・・・そうですね、確かに」
ついさきほどまで『社畜』だった俺は、何も言い返せない。食べるために稼いでいたはずなのに、食べる間も惜しんで働いていた。結果的に婚期も逃し、同期はみんな小学生の子どもがいる。話についていけず、距離を置いていた。そして孤独になり、仕事にしか自分の居場所を探せなかった。だから一生懸命仕事をしようとして・・・って、最初に戻ってしまうな。
よくよく考えてみたら、本当に・・・本当に俺の人生ってなんだったんだろうな。時間を戻せるなら戻してやり直してみたいよな。でも、それこそ人生甘くはない。『もしも人生やり直せるなら』はないんだ。
「あっちの世界に戻ることはできません。でもそんなあなたにラッキーなお知らせです。気持ち切り替えて、異世界で新しい人生を歩んでみませんか?」
マーリンさんは微笑みながら俺を見た。
「え・・・それって、やり直せるのか?」
「う~ん、まぁ、そんなもんよ」
「でも、この真っ白い空間で?」
「まさかぁ!ちゃ~んとしたとこよ。とはいっても、『地球』とは文明の質が違うところだけど。俗にいう『ファンタジー』な世界。魔法もあれば、魔物もいる。電気やガスはないけど、魔法で何とかなっちゃう世界だね。イメージ的には、中世西欧世界に魔法文明が重なって『地球』と同じような生活ができちゃうような、そんな世界」
イメージは出来る。確かにそういうゲームも社畜生活前はプレイしていた。こういう世界もアリだなとか考えたこともあった。
「それに、あたしが・・・といっても『本家』が色々考えて広めた『文明の利器』があるから、『地球』との生活にはさほど違和感はないんじゃない?」
ドヤ顔で威張るように立つマーリンさん。でも話だけを聞いていても『大賢者』と呼ばれるだけあってすごいことをしている。
「さて、話を戻します。人生やり直したい人は手ぇ~挙げて!」
俺はおずおずと手を挙げる。
(何が何だかよくわからない展開だけど、これ現実だもんな。こんなチャンス滅多にないし・・・)
「マーリンさん、なんだかよくわからないけど、新しい人生、のんびりがんばります!」
「ふむふむ。その心意気たるや素晴らしい」
そういえば、と俺がマーリンの言葉を思い出す。
「マーリンさん。さっき『分体』とか『本体』とか言っていましたが、それなんなんですか?」
「あ~、あれね。それを説明する前に、この空間と魔法陣のことについて説明しなきゃね。あ~ゴホンゴホン。そもそもあの魔法陣は、私の作った『異世界人のための転移魔法書』によって発動された転移門なの。あなたからみて『異世界人』が『地球』に転移したいときに使うものなんだけど、発動するときにいろいろ条件があってね。まぁ・・・それは省きますか。とにかく発動すると、転移門が開きます。でも『異世界人』が『地球』に行っても、実は少しの間しかいられないの。ずっと居るようにするには、『地球』から誰か一人を転移門に入れなきゃいけないのよ」
「入れなきゃいけない・・・?」
「そう。入れなきゃいけない」
「ここに来たとき、勝手に吸い込まれましたが」
「えっ」
「変な人は確かに来ましたが、別にその人に入れられたわけではありません」
「えっ・・・マジで?」
「はい」
マーリンさんは怪訝そうに俺を見る。
「ちょっと待って。『本家』とコンタクトとるわ。あなたの『資質』確認するわ」
イレギュラーな出来事が起きた時に店員さんが『お客様、少々・・・お待ちいただけますか?』とゆっくり話すアレに似ている。
そして、何かと~っても嫌な予感しかしないのは気のせいだろうか・・・。
「え~、仁一郎さん」
「はい」
「『本家』と確認が取れました」
「あの、『本家』と『分体』の説明は?」
「・・・仕方ないですね。早く説明したくてウズウズしてるのですけど、それを済ませてからにしましょう」
心底残念そうにマーリンはため息をつく。
「え~っと、そうそう。それでね、転移門をくぐった『地球人』は必ずこの空間にやってきて、大賢者の『分体』であるわたしとコンタクトをとるようにプログラミングされています。この空間はいわゆる異空間エリアで、わたしは『分体』・・・つまり、まぁ、『本家』の知識と頭脳と行動概念をそのままこの異空間に出現するようあらかじめ転移魔法書に書き込んであったわけですよ。あなたの世界で言うところのAIに近いかな。『本家』の思考と行動を『分体』が代わりに行うわけ」
「はぁ・・・わかるようなわからないような」
あれ、そういえばなんでマーリンさんは『地球』の技術をこんなに知っているんだ・・・?
「あの「さて!」」
「これでやっと『本家』の伝言を伝えられるね。普通ならこの時点である程度のお金とレベルをもって異世界へ送るのですが、あなたの場合は一味違います」
「う・・・」
「ジャジャーン!おめでとう!あなたにはわたしから『大賢者』のジョブを譲って、さらにレベルだってすんごい高くしちゃうんだから!これでバッタバッタと魔物でもなんでもブッ倒しちゃって!」
「・・・」
人間42年もやると、嫌な予感の精度というものは格段に上がるということがよくわかった。
「え、何?嬉しくないの?」
「俺さっき『のんびりがんばります』って言ったばかりなんですが」
「大賢者なんて何百年かかっても得られるジョブじゃないんだよ?」
「大賢者になれば、そこそこ有名になっちゃいますよね?絶対のんびりなんてできないですよ」
「そりゃそうよ。一躍有名人だね。女の子にモテモテだし、王族のお姫様の危機を救っちゃったりして、見事ゴールイン!めでたしめでたし」
「嫌です!っていうか変なフラグを立てないでください!」
「え~、なんで嫌なの?」
はぁ・・・まさかこんなところでもため息が出てしまうなんて。今日何度目のため息だろう。
「俺は地球でせわしない生活を続けてきました。残業に残業が重なって、もうとことん嫌気がさしていたところにこのチャンスです。すごくのんびりした郊外の古いお家で、畑を耕しながらスローな生活を送ってみたいんです。誰かに『あれをやれ』『これをやれ』と自分を無くすぐらい仕事をしなきゃいけない生活は、もうこりごりです」
「・・・」
「大賢者のジョブも何もいらないです。こうしてチャンスを与えてくれただけでも本当に嬉しいんですから」
「・・・・・ウルルルル」
マーリンさんは口をへの字にして感涙している・・・。
「あだじ、超感動・・・」
「これで泣くのか・・・」
でもすぐにケロリと笑顔に変わった。
「うん!やっぱり、あなたみたいな超無欲人間にこそ『大賢者』はあるべきだわ!」
「ちょっと!!俺の話聞いてましたぁ!?」
「聞きましたとも!!しっかり聞いてズドンと来ちゃいましたぁ!!」
マーリンさんは奥歯が見えそうなくらいニタリと笑いながら、右手の手のひらを高く掲げ、そこに青く輝く光の球を作り上げた。
「これはぁ、わたしのぉ、『大賢者』の結晶なんですぅ!!」
とってもまぶしすぎて、気味悪いぐらい笑っていて、とってもやる気まんまんだ!
「来た来た来た来た来たぁあああああ!」
「やややや、やめて!!大賢者拒否!!っていうかキャラ変してると指摘したい!!」
光がますますまぶしくなる。おまけに球の周りに電光がバチバチと弾けだした。
「ひひ!おとなしくすれば・・・痛くないからね~!」
「いやいやいや、絶対ヤバイだろ!」
ああ、目が笑っているようで据わっている!そんなマーリンさんが突然俺の目の前に瞬間移動した!
「ひぃっ、ちょっ・・・」
「生まれろ大賢者!!新たな摂理を生み出してみせろ!!」
マーリンさんは俺の腹に光の球ブチ当てて――
※ 7/23 一部加筆・修正しました
※ 10/1 一部修正しました