第19話 国立図書館での検索と孤児院への配達
翌朝ーーー
ばぁばと朝食を摂る。
パンと茹で卵、名前のわからない野菜のサラダ、スープをいただく。
「ジンイチロー、お茶はいるかい?」
「うん。いただきます」
窓から射し込む朝陽が心地いい。
そう、こんなときこそアレがほしい。
ばぁばに聞いてみた。
「こお・・・ひい?」
「うん、この世界にはあるのかなぁって思って」
「うーん、聞いたことないねぇ」
そうかぁ・・・。元の世界と似ているところもあったりするから、期待していたんだけど・・・。
「その、『こおひい』はどんなものなんだい?」
「コーヒーは、コーヒーの木からできる実を焙煎して細かく挽いたものに、水やお湯から抽出してできる黒い飲み物だよ」
「ほぉ・・・」
ばぁばは顎に手を当てて考える。
「焙煎して抽出する飲み物か・・・興味深いねぇ。もしよければ、国立図書館にでも行って、植物の本を調べてみたらどうかね?何かわかるかもしれないよ」
おお~、この世界にも図書館があるのか。そこなら図鑑もありそうだ。他の本も興味あるな。
「うん。それじゃあ行ってくるよ」
「お昼までには戻ってくるんだよ。昼食を食べたら頼みたいことがあるからね」
「わかったよ」
「あ、もしものことがあっちゃいけない。念のため紹介状を書き留めておくよ」
「ありがとう!」
ばぁばに地図を書いてもらい、歩いてたどり着いた。
ちなみに、冒険者達が俺を探すことはもうない。昨日ゴルドンさんに止めるよう伝え、必ず措置すると言質を取った。
国立図書館は、日本の国会議事堂を小さくしたような、石造りの荘厳な佇まいだ。
中に入ると正面にカウンターと事務室がある。そこから左右に分かれるように本棚が並び、奥に続いている。勝手に入る訳にはいかないと思い、カウンターにいた女性に声を掛けた。
「すみません。初めて利用するのですが・・・」
「あ、はい。初めてのご利用ですね。説明します」
国立図書館は基本的に誰でも閲覧はできるが、貸出はできない。ただし、模写は可能だという。模写する手間が嫌な人は魔道具による模写を依頼することができるそうだ。だけどしっかりお金はとるみたい。無一文なので、頑張って手で書くしかないか。
今俺はカウンターに向かって立っているが、右手側のエリアは魔法、歴史、法、文化関係の本が並び、左手側は建築、植物、生物、農業関係の本が取り揃えられているようだ。
入館の際は身分証を提示することになる。ただしすべてのエリアが見られるわけではなく、閲覧禁止エリアもあるそうだ。閲覧禁止エリアに入るには、『相応の人』からの紹介状が必要になるそうだ。もちろん、ばぁばは『相応の人』だろう。紹介状を預かっているので、いざというときに使わせてもらおう。
「以上です。何かご質問は?」
「何かあれば尋ねますね」
「はい。ごゆっくりどうぞ」
植物関係の本を探しているので、もちろん左手側のエリアへ足を運ぶ。
えーっと、植物関係の本は・・・あった。
分野ごとで棚が隔てられているようだけど、植物関係の棚は小さいな。それだけ関係する書物が少ないんだろう。
適当に手にとり捲ると、ビンゴ!図鑑だ!
植物の絵が描かれていて、名前や生息地などが記されている。
だけど、音順で並べられているだけなので、木や草、花などがごちゃごちゃに紹介されている。
念のため他にもないかあたってみたけど、図鑑は見つからない。そのかわり、植物を染物に使う時の方法などが載った本は何冊も取り揃っていた。
奥に行くとテーブルとイスが用意されていたので、そこで読むことにした。
1ページずつ捲って一つ一つ確認していく。草花の情報は飛ばし、木の実が紹介されているところだけ読む、ということを繰り返した。
どれくらい時間を取られるか・・・そう思いはじめたその時、ある木の実が紹介されていたページで目が留まる。まだ「カ行」だ。
【カフィンの樹】
低地や高地でも生息し、比較的暑さに強い。寒い地域では育ちにくい。独特な風味を持つ実ができ、身の表面は赤く中身はやや青白い。白い花を咲かせる。
主な生息地域 モドノラン高原、フィロデニア山脈のふもと ほか
『独特な風味』と『カフィン』・・・か。
これ、それっぽくないか?元の世界のコーヒーの実と似ているような気がする。
とりあえずこれは早速複写しよう。
バッグから社畜予定帳を取出して空いているページを開き、ボールペンで記述をそのままコピーする。後々の参考のために絵も描き写しておく。
他にも似たような木の実がないかページを捲って探したけど、『カフィン』以外には見当たらなかった。
少し時間があるので、魔法関係の本が並んでいるところにも行ってみた。
ハードカバーにはタイトルが一切つけられていないから何の本かわからなかった。他の本も同様に名前が付けられていない。植物の本にもタイトルが付けられていなかったことを考えると、本の表紙にはタイトルをつけないというのが、この世界の共通のルールなのだろうか。まぁ、別にそれがわかったところで大した意味はないんだけど。
適当に手に取ってみて読んでみた。俺が期待したのは魔法の種類や特性が載っていて、あわよくば魔法円陣も掲載されていればありがたいと思ったのだが、そのあと何冊か漁ってみたものの、そういったものは載っていない。「魔法関係」といっても実用書は置いていないのか。
そうか。よくよく考えてみれば、そんな実用書が普通に置いてあれば間違って魔法を発動してしまう恐れがある。ひょっとすると、そういう類のものは閲覧禁止エリアにあるのかもしれないな・・・。
でも、そろそろ帰った方がいいかもしれない。徒歩の時間を考えれば、今から帰れば昼食の時間だ。紹介状を使うのは次の機会にしよう。
カウンターの女性にお礼を言って図書館を後にした。
「それで、『こおひい』の手掛かりは見つかったかい」
スープを作っているばぁばの後ろ姿を見ながら話した。
「うん。もしかしたらそうなんじゃないかなっていうのがあったんだ。『カフィンの樹』にできる実だと思うんだよね」
「カフィンの実ねぇ。やはり聞いたことはないねぇ」
「近くかどうかわからないけど、フィロデニア山脈のふもとに生息しているって」
「山脈のふもとなら、ここから馬車でも・・・う~ん、ちょっとばかり遠いよ」
ばぁばは振り返って渋い顔を俺に見せる。生息地まではかなりの距離なんだろうと感じた。図書館で地図を探せばよかったと後悔・・・。
そういえば、頼みごとについてまだ何も聞いていなかったな・・・。
「朝方に聞いた、頼みたいことがあるっていう話なんだけど・・・何かな?」
「あぁ、ちょっと配達してきてもらいたいものがあるのさ」
昼食を摂った後、ばぁばに肩掛けのバッグを渡された。
「開けてごらんよ」
開けると、中に試験管立てのようなもので固定されている液体があった。
「これは中ポーションだよ。全部で20本だ」
作業場にあった試験管のようなびんは定量容器だったのか・・・。なるほど、このサイズが市場に出回るわけだな。もちろん、びんにはフタがされている。
「ポーションを配達すればいいんだね。どこに配達すれば?」
「ハンス孤児院さ」
「孤児院?」
「なんだい、孤児院を知らないのかい?」
「ううん、そうじゃなくて。どうして孤児院に配達するの?」
「病気をして体力が削がれた子どものために送ってやっているのさ。使っても使わなくても、売れば日銭にできるからね」
「なるほど・・・。じゃあお代はいらないということ?」
「そういうことになる」
ばぁばなりのチャリティーというわけか。
俺は静かに肩掛けバッグを掛け、ばぁばから地図を受け取った。
「頼んだよ」
「うん。いってきます!」
地図を見ながら歩くことおよそ20分。長屋のような建物が並ぶ住宅街の中に、「ハンス孤児院」と書かれた立札と建物を見つけた。建物の中から子どものはしゃぐ声が外にまで響いている。ドアは開かれていたので、そのまま失礼した。
「すいませ~ん!どなたかいらっしゃいますかぁ」
俺の声に反応して子どもの声が消えたと思ったら、こちらにめがけて走ってくるドタ音が聞こえてきた。年齢で言えば10歳前後の子どもたちが、どんどん溢れてきた。
「ミルキーさんの家から来たんだけど、大人の人はいるかな」
子どもたちは口々に「シア姉ちゃん」と言った。
「責任者の人はシアさんていうのかな。呼んできてもらえるかい?」
「「「 いいよー 」」」
再びドタ音とともに奥に走っていく子どもたち。
元気だな~。
『かっこいいお兄ちゃんがシア姉ちゃんに会いたいって』
『プロポーズだよきっと』
『結婚だ!』
『ごちそうだ!』
聞こえてますよ~・・・。
子どもの暴走に心の中で棒読みツッコミする俺。
そして再びドタ音とともに子ども達が現れた。
「兄ちゃん、連れてきたよ」
「ありがとう」
子どもたちの後に現れたのは、俺と年が同じくらいの女性だ。茶髪の髪を後ろで留めていて、薄紅色のワンピースを着ている。清楚な顔立ちの美人だ。
「あ、あの、こんにちは。責任者のシアといいます。私どもにどういったご用件で?」
「私はジンイチローと申します。今日は、ミルキーさんからの預かりものをお届けにあがった次第です」
シアさんの顔が見る見るうちに驚きに満ちていった。
「・・・ミルキー様に、このようなお孫さんがおられたのですね」
なるほど、そうきましたか。だからこんなに驚いているのか。
「いえ、違います。私は昨日からミルキーさんの家で居候をさせていただいていて、そのかわりにこうして配達のお手伝いをすることになったんです」
「そうですか。それは大変失礼しました」
「いえいえ、構いません。それで、配達の品なのですが・・・」
肩掛けバッグから取り出そうとしたとき、シアさんが急に駆け寄って、その手を掴んで止めた。
「お客様にはお茶をお出ししないといけません。ぜひお入りください」
「あの、ご迷惑では?」
「いえ、全然!」
「それでは・・・お言葉に甘えて、お邪魔します」
「こちらです。さぁどうぞ!」
シアさんの誘導で、そのままお邪魔することになった。
すると、一人の子どもが後ろから俺をツンツンした。振り返ると女の子だった、口に手を当てて何か話したそうにしていたので、女の子の口元に耳を近づけた。
「なんだい?」
「お兄ちゃん、よかったね」
ヒソヒソ声でしゃべる女の子に、俺は首を傾げて見せた。
「なんのこと?」
「シアお姉ちゃんは気に入った人しか上がらせないんだよ。お兄ちゃん脈アリだね!」
なはは・・・そうですか・・・。
女の子の頭に優しく手を置いた。
「ありがとう。本当にそうだといいな」
「本当だよ!本当!」
「そうなのかなぁ」
「本当だって!」
女の子とは問答を何度も繰り返した。
「どうぞこちらへ。」
「ありがとうございます」
応接間のような部屋があり、そこに通された。テーブルがあったので、そこに肩掛けバッグを置く。
応接間は6畳ほどの広さで、テーブルとイス、シアさんの物と思われる小さな事務机もあった。遠慮なくイスに腰掛ける。
待つことしばらくして、シアさんがお茶のセットを持ってきた。
「こんなものしかご用意できなくて・・・」
「いえいえ、とんでもない。お心遣い感謝します」
お茶をテーブルに置いたシアさんもイスに腰掛ける。
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
シアさんは、ちらっ、ちらっとこちらを見ては下を向く、を繰り返す。一体どうしたのか・・・。
あぁ、ポーション!シアさんはポーションを待っていたのか!
「すみません、荷物をお渡しするのを失念していました。シアさん、こちらがミルキーさんから預かった中ポーションになります」
「い、いつもありがとうございます。小ポーションでも十分だといつもお話ししているのですが・・・」
確かに、使うならそれで十分だろう、でもばぁばはそれだけの為にポーションを送っているんじゃないんだろう。売ることを考えれば、少しでも上級の物を渡した方がお金になるからなぁ。
「それで、あの、お代・・・」
「お代は結構です。ミルキーさんからもそのように仰せつかりました」
「すみません。いつもいつも・・・」
シアさんは何度も頭を下げた。
「それにしても驚きました。私はつい数日前にこの王都に初めてやってきたのですが、このような救済所があるとは知らなかったので、大変驚いているどころです」
「そうはいってもとっても古い建物なので、そんな自慢できるものではありませんよ」
「ちなみになんですが、この孤児院の『ハンス』という名は、シアさんの?」
「えぇ、そうです。わたしはシア・ハンスと言います。元々この孤児院は私の父が運営していたのですが、父は数年前に亡くなってしまいました。それから一人で切り盛りすることになってしまって・・・」
「それは大変ですね」
「でも、子ども達の笑顔を見れば何てことはないですよ」
「元気いっぱいですもんね」
「ふふふ、そうですね」
シアさんは屈託なく笑った。
ん?
気配がすると思ったら子ども達の顔がいっぱい見える。
部屋にドアが開いていたせいか、様子を見ようと押し合い圧し合いの場所取りっこをしている。
みんなニヤニヤしているけど・・・。
「シアお姉ちゃん、頑張れ」
「あれがシアお姉ちゃんの好み?」
「なに?プロポーズした?」
シアさんがワナワナ震えはじめて・・・
「こらーーーーー!!!!」
「「「キャーーーーーー!!」」」
あはは、元気いっぱいだな。
「すみません、子どもたちが失礼を・・・」
「いえいえ、子どもなんてみんなあんな感じですよ。気にしてません」
「そ、そうですよね。気にしてないですよね・・・」
シアさんの笑顔が少し引きつった。子どもたちの粗相を俺に見せてしまったからかな・・・。
シアさんと時間を忘れて歓談していたため、陽の傾きに気が付かなかった。
帰ることを告げて玄関へ行くと、それを察知した子どもたちが再び殺到。
玄関で勢ぞろいされた。
「お兄ちゃんもう帰っちゃうの?」
「うん。ごめんね」
「また来いよなー」
「うん。また来るね」
「約束だよー」
一人の子が俺のところに寄ってくるので、頭を撫でた。
一人を撫でるとみんなそうしてほしいのか、僕も私もとさらに寄ってきた。
「こらこら、みんな。ジンイチローさんが困るでしょ」
「ははは、いいんですよ」
一通り撫で上げたところで、一歩下がった。
「シアさん。今日はありがとうございました」
「こちらこそ・・・。あの、ジンイチローさん・・・」
「はい」
「また、来てくれますか?」
「はい、もちろん」
「よかった!あの、配達の時だけじゃなくてもいいので遊びに来てください。その、子ども達も喜びますから」
「そうですね。配達だけじゃなくて、暇を見つけて遊びに来ますよ」
「はい、ぜひ!」
「またね」と言って帰路に着く。
度々振り返って手を振ると、みんな手を振り返してくれた。
シアさんが一番元気よく手を振っていた。
お読みいただきありがとうございます。