第180話 おかえりなさい
「ジンイチローはそんなに『メイド喫茶』がいいの?」
どうしてこうなった・・・。
足取り軽くミデア奴隷店に帰ってきたら、アナガンにいるフルメンバーが当たり前のようにカフィンを嗜み、異世界ワードであるはずの『メイド喫茶』なる俗語を口にし、あまつさえウィックルなんか『メイドモエ!』なんて叫びながらクルクル回っちゃってるし・・・頭痛い・・・。
そしてアニーの白い目を浴びつつ高池さんからは「これだから大人は」とやれやれポーズをされる始末。誓ってそんなものをこの世界に広げたいわけではない。
「この騒動?の原因を作った君に色々言いたいことはあるんだけど、ひとまず聞きたいのは、なんで『喫茶店=メイド喫茶』になっちゃってるのさ」
「いやあ・・・あっちの世界ではどんな喫茶店があるのかって聞かれたから、そう答えただけですって」
「なにも『メイド喫茶』のことを話さなくてもいいじゃない」
しかもこのメンツの前で――――ほらみなさい、モアさんなんか必死にメモを取ってるじゃないか。
「ジンイチロー、ムルノとはどうだった?ベネデッタからは好感触だと聞いたが」
なんという助け舟だろう。ミデア店長が話を変えるナイスアシストをしてくれたので全力で乗ることにした。
「うん。物件は長が押さえてくれてるらしいから、横槍は入らないと思う。ひとまずフィロデニアに帰ってイリアとシアさんを帰宅させて、今回の騒動も落ち着いたらまたここに来るよ」
「またって・・・。のんびり馬車で行き来してれば余裕で1か月以上も経っちまうよ」
「ああ・・・ミデア店長にはまだ伝えていなかった。移動に関してはまったく問題ないよ。俺の魔法であっという間に行き来できるから」
「・・・おい、まさか、伝説の『転移魔法』か?」
「伝説?そんな大げさなもの?」
「当たり前だろ!?そんなもの使えるなら馬車も何もいらないじゃないか。ジンイチロー、カフィンの喫茶店なんかよりも荷物運びでもしてればラクに稼げるんじゃないか?」
「・・・いよいよ無職路線まっしぐらになったら考えるよ」
「異世界テンプレ・・・」などという高池さんの呟きは放っておくことにした。
ミデア店長と軽く打ち合わせを済ませた後、俺たちは転移でフィロデニア王都へと渡った。城門から入るとゴタゴタがあるため、飛んできたのはばぁばの家の玄関だ。不法侵入だと言われてもスルーする。なんてったって第三王女が黙認してるから。
不思議なことに、示し合わせていたかのごとくばぁばは玄関で待っていた。
「ジンイチロー、おかえり。イリアも、シアもおかえり。無事でよかったよ」
「「ばぁば様!!」」
抱きつく二人の頭を優しく撫でるばぁばは、俺を見ながら頷いた。
「よくやった、ジンイチロー。さすがは私の認めた男だ。本当に・・・よくやったよ」
ばぁばは撫でていた手をそのまま降ろして二人の背に回し、強く抱きしめた。
「何度だって言ってやるさ。おかえり!」
お茶でも飲んでから帰ればいいと誘うばぁばに、イリアもシアさんも「家に帰る」と言って丁重に断った。残念がるでもなく、早く帰って安心させてやんなと言いながらにっこりと笑った。
まず向かった先は孤児院だ。
「ただいま!」
喧騒としていた建物の奥が急に静かになったと思ったら、いくつもの駆け足が轟き、何人もの子の顔が玄関に飛び出してきた。
「シア姉ちゃん!!」
「ただいま!みんな!心配かけてごめんね」
笑顔で玄関に飛び出した子達は、その顔をたちまち涙顔に変えシアさんに飛び込み、そんなわんわんと泣く子たちを、彼女は目に涙を溜めながらもしゃがんで力強く抱きしめていた。シアさんに取り囲む子達から少し距離を置いて遠慮しがちにその様子を窺っていたのは、シアさんがいないことを教えてくれたあの一番年長の子だ。小さな子たちの様子を見ながら、彼女もまた静かに頬を濡らしていた。その様子に気づいたシアさんが笑顔で手招きをすると、彼女は手招きしたシアさんの手を握って頬に手繰り寄せ、小さな子たちと同じように咽び泣いた。
すると、孤児院の奥からサリナさんとフォーリアが笑顔で顔を覗かせた。俺に気づいた二人は感動の再会劇を邪魔しないようにそっと脇を通って玄関外にやってきた。
「二人とも、ありがとう」
「よかったですね、子供たちも毎日心配していたんですよ」
「ふん、そうはいいながらも我とは無邪気に遊んでいたぞ!」
「ふふ、フォーリアさんたら・・・。ほんとはちょっと寂しいんでしょ」
「んなっ!そんなことはない!いい加減飽き飽きしていたところだった!」
「ふふ、そうですか」
二人の話によると、子供たちは夜になるとシアを思って泣いてしまうらしく、夜にはばぁばの家に帰るつもりだったのができなくなってしまい、ずっとこの孤児院で子供を見守っていたんだとか。フォーリアは龍であることを隠しもせず、子供たちの前でミニ龍化し、ミニブレスを口からだして大人気だったとか。それでも夜になると泣く子もいたため、ミニ龍化したまま子供たちの枕代わりになっていたという。龍をなんだと思っているんだ、などと強がって見せるも、シアを囲む子供たちを見る彼女の目は、寂しさと慈しみで溢れていた。
シアさんに別れを告げてばぁばの家に帰ろうとしたとき、シアさんから待ったをかけられた。
「少し落ち着いたら、お話ししたいことがあります。お忙しいと思いますので、ばぁば様のお宅へお手紙を送りますね」
「わかりました」
踵を返したその時だった。子供たちからサリナさんやフォーリア、俺の名が呼ばれ、とっさに振り向くと、皆が笑顔で並んでいた。
「「「「「 ありがとう!!また来てね!! 」」」」」
「ああ、また来るよ」
「みんな、風邪ひかないようにしてね」
「ふん、また呼べば遊んでやらなくもないからな!」
俺たちは手を振り孤児院を去ると、裏通りに差し掛かったところでばぁばの家に転移した。
ばぁばの家ではイリアがアニーと玄関で談笑していて、イリアは俺を見るや否や駆け寄ってきた。
「ジンイチロー、行きましょう」
「もういいの?まだ時間はあるのに―――」
イリアは静かに首を横に振った。
「いいのよ。来ようと思えばいつでも来られるんだから。ばぁば様、あの話はまたお邪魔させていただく際にお話しいたします」
「ああ、まずは帰ってゆっくり休みな」
「ありがとうございます。アニーも、またね」
「ええ。待ってるわ」
「ありがとう。それじゃジンイチロー、王城の門にお願い」
「わかった。みんな、イリアを送ってくるね」
俺とイリアは見送るみんなに手を振り、それと同時に転移すると、目の前の景色はすぐに王城の門前に変化した。毎度のドッキリ報告すみません。「何者だ!?」はもはや合言葉のようにも聞こえる。
「私です。イリアです」
「・・・い・・・イリア王女様ぁあああああ!!」
驚きと喜びを合わせ、門番兵は跪きながら口を真一文字に固めつつも潤む目をイリアに向けた。
「心配かけましたね。ただいま戻りました」
「すぐに馬車を用意させます!」
「その必要はありません。歩いて我が家に帰りたいの」
「かしこまりました。おい、先触れだ!先触れを送れ!第三王女殿下のご帰還だ!」
門の裏手から馬に乗った伝令の兵士が猛速で飛び出していった。『第三王女殿下がご帰還された!』と声をひっくり返しながら叫ぶのが聞こえた。
「行きましょう、ジンイチロー」
「ああ」
騒ぎに気付いた兵士、清掃員、侍従、給仕、その場にいた全ての人間が、城までの道の脇に跪き、口々に「おかえりなさいませ」と王女の帰還を讃えた。その顔は皆喜びに溢れていた。
「みんな君の帰りを待っていたんだね」
「ええ・・・」
伝令の兵士からイリアの帰還が揚々と伝えられたおかげか、城の扉から次々と人があふれ出てくるのが遠くからでも分かった。中には近衛騎士団らしき人間も見えた。そして皆が跪く玄関までたどり着くと、開けられた玄関には第一王女の姿があった。
「おかえりなさい、イリア」
「プラムお姉様、ただいま戻りました」
「もう・・・心配したんだからね!!」
プラム王女はそう話しながらイリアに駆け出すと、その身をイリアに投げて強く抱きしめた。
「イリア・・・よく帰ってきたわ。もう、ほんとに・・・もう・・・」
「心配かけてすみません。私は大丈夫です。お姉様もご壮健で何よりです」
「この子ったら、いつの間に大人びて・・・素敵なお姫様になったわね」
「ふふ、お姉様に似たんですよ」
「あら、口も上手くなったようね。さ、中に入りましょ。お父様もお待ちよ」
「ええ」
中に入るイリアの背を立ち止まったまま見送る。連れ帰った報告もしなければならないのだろうが、親子水入らずの時間の方がもっと大事だろう。俺が続かないことに気づいたイリアが振り向くと、俺は微笑みながら頷き、軽く手を振ってその場で転移した。
「ただいま~」
家の玄関から入り居間に行くと、にぎやかなお茶会が催されていた。
「おやジンイチロー、早かったねえ」
「うん、親子水入らずを邪魔しちゃいけないでしょ」
「そうか、今はプラム王女も帰っていたんだったね。その方がいいだろうさ。ジンイチローも座んな」
「ありがとう」
カナビアさんの隣が空いていたので座ると、すぐにばぁばはハーブティーを淹れてくれた。カナビアさんは俺の席から遠くにあったお菓子を小皿に乗せて差し出してくれた。
「ジンイチローさん、お疲れさまでした」
「ありがとう、カナビアさん」
「ジンイチロー様、お帰りなさい。さすがジンイチロー様ですね」
「ただいまライラ。みんなが協力してくれたおかげだよ」
「謙遜するな、ジンイチロー殿。貴殿がいなければ成し遂げられなかった。同行した私からも改めて礼を言いたい。元主人を救ってくれて、本当にありがとう」
頭を下げるメルウェルさんに慌てて手を振った。
「メルウェルさん、頭を上げて。メルウェルさんがいてくれなきゃ盗賊を逃してたよ」
「逃げ出すだろうことを予想して私をあそこに配置したのはジンイチロー殿だ」
「いやいや・・・」
ごほん、とばぁばが咳払いをひとつに俺を見た後に、アニーの隣に座るクリアナと高池さんを見やった。
「ジンイチロー、この子たちはアナガンで知り合ったのかい?できればあんたから紹介してもらいたいね」
「そうだったね、紹介が遅れてごめん。こちらはクリアナと高池さん。アナガンで俺の奴隷として買うことになったんだ」
2人は俺の紹介に合わせて頭を下げた。
「クリアナと申します。元はパーキンスの家名を名乗っておりましたが、訳あって奴隷となりましたが、この度ジンイチロー様に見初められたおかげで戻ってくることができました。生涯をジンイチロー様に捧ぐ所存でございます」
肘でツンツンと突っつくばぁばはニヤケ顔だ。
「はじめまして。私はアヤノ・タカイケです。クリアナさんと同じくジンイチローさんの奴隷になってます。よろしくお願いします」
二人の自己紹介を受けて、アナガンに行かなかった面々がそれぞれ自己紹介をした。するとライラが大きくため息をついて俺を見た。
「そんなに女性にお困りでしたら私がお相手差し上げてもよかったのに・・・」
「いやいや、そういう意味で連れてきたわけじゃなくてね、色々あったんだよ」
「ジンイチロー、その色々について話してくれないかい?」
ハーブティーを手に取りはなしかけるばぁばに頷き、視線を宙に浮かべながらアナガンでの出来事を頭の中でおさらいした。
「じゃあ、アナガンに到着したところから話そうか・・・」
なるべく時間をかけて、一通りの経過やみんなが手分けして情報を集めてくれたことなどを話し、クリアナと高池さんを奴隷として連れてきた理由について話した。もちろんこの話をするということは、クリアナのお父さんの話もしなければならなくなるのだが、クリアナを見たときに頷かれたので、ほんの少しオブラートに包んであらましを伝えた。ところが『魔人石』について触れたとき、高池さんから僅かながら緊張の気配が伝わってきた。
「ジンイチローが行って正解だったね。クリアナの父上は残念だったが、これでしばらくはフィロデニアも平和になるだろうね」
「そうだね。公爵が最近の事件の発端だったとすれば、『魔人石』を作った連中はこの国の活動基盤を失ったことになる」
「それにしても『イグル神の欠片』ねえ・・・。聞いたこともないが、ちょっと見せてもらえないかい?」
ばぁばの申し出に首肯して、魔法袋から精霊石で囲まれた黒い欠片を取り出した。
「ふむ・・・これは精霊石だね。その中に欠片を閉じ込めたのか。封印とまではいかないが、瘴気とやらが漏れ出すことはないだろうね。しかし・・・私も長く生きているがこんなものを見るのは初めてだ。随分苦戦しただろう?」
「・・・うん。本気で死ぬかと思った」
「色々なんとかしちまうジンイチローでもそう思うんだったら、公爵の持つ力はそれほど強大だったってことだ。あとで瘴気を吸収したっていう魔法を教えてほしいね」
「もちろん」
フィロデニアの大魔法士と呼ばれるばぁばから『教えてほしい』なんて言葉をもらえるとは、一昔前の俺だったから考えられなかったことだ。
「ジンイチローさん。その欠片について、ミストレルが知識をもっているようです」
カナビアさんの発言は一同の視線を集めた。カナビアさんは世界樹ミストレルと深くつながるハイエルフだ。ミストレルの知識はハイエルフであるカナビアさんにも流れる。
「その昔、世界各地にいた力ある者たちによって黒き力が封じ込められたそうですが、『ある種壮絶な戦い』のためか黒き力の一部が各地に散らばったようです。あらゆる手を使って探し出され封印を施したそうですが、それでも完全とは言えず野ざらしにされたものも少なくないそうです。おそらくその欠片もその一部だったのではないでしょうか。それにしても『ある種』とは何なのか・・・」
「う~ん・・・」
今回の事件は表沙汰になっただけまだ運がよく、回収できたことも僥倖だったのかもしれない。欠片があることと欠片が使えることを知っているやつらの一翼を潰せたことにもつながるからだ。しかし公爵が『自分が弱っていた時にそそのかされた』と話していたことからも、他にあるだろう欠片はすでに悪意を持つ誰かの手にゆだねられているということになってしまう。
「ちなみに黒き力を封印したというのは、北にある『ノルン・ベスキ王国』という国の王家の先祖らしいですね」
【イグル神の欠片 イグル神の体の一部。精霊石により瘴気の噴出を抑えられており、力を行使できない】
改めて鑑定してみたが、今のところこの欠片は害はなさそうだ。だがその辺に転がしておいては危なっかしいことに変わりはない。観察を終えたばぁばから欠片を預かり、再び魔法袋に入れると、話題がアナガンの街並みについて取って代わり皆の興味を引いたが、ただ一人、その輪に入らなかった人がいた。
この中で唯一俺と同郷である高池さんは、『魔人石』の話題になってから話の輪には加わらず、冷たくなったお茶が揺らぐカップを暗い面持ちで見つめたまま視線を落としていた・・・。
いつもありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。