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第18話 水に流そう

 ギルドマスターのお尻にハンマーが舞い降りて直ぐ、もう一人の来客があった。

 というより、陰で事のなり行きを見ていたようだった。

「ミーアよ、実力は確かなようだ。『旋風の戦鎚』という名は伊達ではないな」

 シルバーのメイルに青いマントが生える。メイルには紋章が描かれている。

「ジンイチローさんの前でその名前を出すのは止めてください!」

「すまない。あまりにも鮮やかな一撃だったものでな」

「むむむむむ」

 ミーアさんは口を膨らませてメイルの女性を睨む。

 この女性は一体誰なんだろう?

「ねぇミーアさん、その方はお知り合い?」

「い、いえ!違います!この方は」

 メイルの女性は手を上げてミーアさんの言葉を遮る。

 俺の前に立つと、深々と頭をさげた。

「名乗りも上げずに大変失礼いたしました。私は王家直属第一近衛騎士団、団長を務めますメルウェル・ランドと申します」

 王家直属近衛騎士団・・・王家の護衛というやつか。相当な実力の持ち主だろう。しかし、騎士団の団長がこんなところで何をしているんだ?

「王家から、大賢者殿へ伝言を預かりました故、参上いたしました」

「王家から・・・直々にですか?」


「はい。大賢者ジンイチロー殿を王城へ至急お招きしたい、とのことです」


 パンピー社畜おっさんサラリーマンが異世界に来て数日後、王城に入る・・・。これは何かの間違いだろうか・・・。

 すると外の騒ぎを聞いてか、ばぁばが現れた。

「あれまぁ、賑やかしいと思ったらお客がたくさん・・・あれ、あのお尻は何だい?」

「ばぁば、あれは気にしなくていいよ。それよりもこの方、王家直属の・・・」

「ほう、その紋章防具は近衛騎士団だね。一体どうしたんだい」

「それが・・・たった今、王城へのお招きをいただいて・・・」

「ジンイチローがかい?はっはっはっ!こりゃ愉快だねぇ!」

「笑い事じゃないよ、ばぁば。どうして俺が王城なんかに・・・」

 すると、メルウェルさんがばぁばの前に跪いた。

「大魔法士ミルキー様。このたびは事前の連絡もせず参上したことをお許しください」

 あれ、すごくばぁばが偉い人みたいになっている。ばぁばもこなれているのか「楽にしていいよ」と促している。

「さ、まずはみんなお入り。話は中に入ってから聞こうじゃないか。それと・・・あのお尻はどうしようかねぇ」

「あれは放っておいていいと思うよ。さぁ、ミーアさんも入ろう」

「はい!」


 中に入ると、アニーが怪訝そうに顔を曇らせて座っていた。

「ジンイチロー、何かあったの?」

「アニー、大丈夫だよ。こちらは・・・」

 最初に入室したのはミーアさんだった。

「あの時のおっぱ・・・エルフさん」

「果物屋の娘さん。あの時は教えてくれてありがとう。おかげで助かったわ」

「そ、そんなことないです。ブツブツ(どうしてもう馴れ馴れしく名前で呼び合っているですか)」

「ん?何か?」

「なんでもないのです」

「アニー、この果物屋の娘さんは、ミーアさんっていうんだ」

「ミーアです。よろしくです」

「アニーよ。よろしく」

「ブツブツ(笑顔に裏がなくて悔しいのです)」

 そういえば、ミーアさんは俺が大賢者と聞いても大して驚いていなかった。どこで聞いたんだろう?

「ねぇ、ミーアさんは俺が大賢者だっていうこと、どこで知ったの?」

「それは、このアニーさんにジンイチローさんの居場所を教えた後、あの脳筋ゴリゴリ野郎もお店にやってきてベラベラ喋りやがったのです」

 そ、そうですか・・・。

 続いてメルウェルさんが入室した。アニーに驚いている。

「ギルドにいたエルフか」

「覚えていたのね。ギルドではお話ししなかったのに。私はアニー」

「私のことはメルウェルと呼んでくれて構わない」

 ばぁばがそのあとに続いた。

「さぁ座っておくれ。今日は賑やかで楽しいねぇ」


 すでにお茶の支度が整っていたようなので、ささやかなお茶会がはじまった。

「このお茶すっきりでおいしいのです!」

「うん、王城でもこの香りの茶葉はない。ミルキー様、この茶葉は?」

「これは茶葉じゃないよ。その辺に生えている草だよ」

「草でこの香りですか!?奥が深い・・・」

「正確に言えば香草だね。この家の周りにはたくさん生えているんだよ」

「この香りは癖になりそうなのです!」

「ふはははは!さすがミルキー殿だ」

「イリア王女様にお伝えしたいな・・・」

 今何か変な声が混じっていたような・・・

 っておい!いつの間にギルドマスターがミーアさんの隣に座っている!

 巨体なのに気がつかなかった・・・。

 呆れ顔の俺の視線に気づいたのか、彼は笑った。

「はっはっはっ!筋肉を鍛えれば気配を消すことも可能なのだ!」

 聞いたことねぇし・・・。

 ほら、隣に座るミーアさんが冷たい目になりましたよ。

「ギルドマスターよ。大賢者殿に言うべきことがあったのだろう?」

「うむ。わかっている」

 メルウェルさんがギルドマスターに視線を送ると、彼は居直して俺を見た。

「大賢者ジンイチロー殿、ギルドでの一件は大変申し訳ないことをした。突然の大賢者の登場にどう接してよいかわからず、あのようなことを仕出かしてしまった」

 ギルドマスターが深々と頭をさげた。

 まぁ・・・わかればいいですよ、わかれば。

 でもこの人、きっと色々な人にも同じようなことをしていたかもしれない。牽制はしておこう。

「俺も他の人にも、もうあんな無理難題ぶっこむような真似は二度としないと約束できるなら、水に流します」

「すまなかった」

 そういえばギルドマスターには正式に自己紹介していないし、彼の名前も知らないな・・・。


「では水に流したところで・・・俺はジンイチロー・ミタ。大賢者ですが、マーリンさんのような大賢者の働きを期待しないでもらいたいです」

「私は中央ギルドのギルドマスター、ゴルドンだ。趣味は筋肉づくりと筋肉番付をつくることだ」

 口元に笑みを浮かべて自慢気のゴルドンさん。筋肉番付って・・・。

 ところが、ゴルドンさんは浮かべた笑みを突然引締め、俺を睨むように見やった。

「ジンイチロー殿よ。もうひとつ貴殿に伝えねばならぬことがある」

「なんでしょう・・・」

「フォレストホーンラビットの件だ。覚えておいでか?」

 フォレスト・・・なんだそれ?

「ジンイチロー、それはきっとアンタが丘で倒したとか言ったムキムキなウサギのことだよ」

 ばぁばのヒントで、すぐにあのムキウサ達の姿が思い出された。

 あれはフォレストホーンラビットっていうのか!

 ゴルドンさんを見て俺は大きくうなずき、当時のことを話した。


「やはりジンイチロー殿の成果か。実はあの一件の後に、3人の冒険者達が『俺達がやった』と主張してきてな。だが直ぐに嘘だとわかり、そして3人ともそれを認めた。この3人に心当たりはあるか?」

 確かにあの時いたのは3人だった。身に覚えがある。

「ふむ、そうか。ジンイチロー殿はギルド登録して間もないことと、事件当時に詳細なルールを知らなかったことから、今回の件についての貴殿への処分は不問にすることとしたのだ」

「処分って・・・何か問題でもあったのですか?」

「うむ。依頼を受け持った場合は必ずその者が仕事をしなければならず、かつその者が報酬を受け取らなければならない。だが今回、依頼案件を達成したのがジンイチロー殿であるにも関わらず、あの3人組が報酬を受け取ろうとし、虚偽の報告をした。さらにジンイチロー殿はそれを手引きしたという解釈になる。双方共にルール違反を犯したのではないか、ということだ」

「そういうことになるんですね・・・」

「うむ。だが今回は、事件がジンイチロー殿のギルド登録以前のことだったため、先程話した通り、貴殿については不問とした」

「・・・」

 なんかしっくりこないな。例え知らなかったとはいえ、やってはいけないことのようだし、3人もそんな俺のせいで処分され、でも俺は処分されないなんて・・・。

「ゴルドンさん、もし処分するなら俺にもそうしてください。処分しないのであれば、あの3人も同等に処分しないでください。知らなかったとはいえ、やってはいけないことをしたのでしょう?ちなみに処分するとしたらどんな罰則ですか?」

「・・・罰則は、ギルドの登録抹消だ」

「それならば、もし彼らがそうなるのなら、俺もそうしてください」

「・・・いや、むむむ」

 メルウェルさんがにやっと笑って言った。

「どうした?ギルドマスターよ。どちらかを選べばよいのだ。ちなみにもしここで罰則適用したら、私は近衛騎士団長として、大賢者殿に我が団への入団を正式に要請するぞ」

「私はギルドからの依頼を全て断るのです」

「私も・・・信用できないから受けないわ」

 入団のことは聞かなかったこととして・・・それにつけてもみんながそう言ってくれると心強い。

 すると、ばぁばはお茶を一口すすってからゴルドンさんに物申した。

「ギルドマスターよ。ジンイチローはルールを知らなかった。だが、討伐依頼が出ていることも知らなかった。あくまでも自身で判断し、偶然居合わせた冒険者3人に倒したフォレストホーンラビットの処分を一個人として依頼した。ジンイチロー、間違いないね」

「うん。間違いない。確かに3人からは『よければ俺たちが処分するぞ』と提案されたけど、判断したのは俺であって、依頼したのも俺だ。それに、俺はあの時3人から情報をもらって助けてもらった。俺にとっては、あくまでも対等な依頼だったよ」

「3人は討伐依頼が出ていたことを知っていたかもしれないが、ギルドを通さない誰しもが日常行うような助け合いごとを、ジンイチロー達は行ったということになる。もちろん、これは屁理屈でもあるし穿ち過ぎな見方でもあることは承知しておくれ。・・・ギルドマスターはどう考えるかね?」

 ゴルドンさんは腕を組んで唸る。

 メルウェルさんが口を開いた。

「私はミルキー様の解釈を適用すべきと思う。それにそもそも何が問題かといえば、3人が虚偽の報告をして報酬をだまし取ろうとしたことではないのか?ここにジンイチロー殿の処分について話が現れるのは可笑しな話だ。『処分について不問にする』などという言葉からして、大賢者に恩を売ってギルドに取り込もうとする魂胆が見え見えだ。しかもギルドマスターは、3人が正直に一連の経過を話すことを条件に処分の緩和を自ら提案している。これでこのまま登録抹消などという重い処分をしたならば、ギルドマスターとしての信用問題に発展するのではないか?しかもギルドの建物にいた大勢の冒険者が、あの様子を見聞していたのだぞ」

「私も見ていたし聞いていたわ」

 うなずきながら応えるアニー。

「むむむ・・・」

「さて、ギルドマスター。どうするかね」

 ばぁばがゴルドンさんに結論を促した。ゴルドンさんは腕組みをやめ、ため息を一つついた。

「私もギルドマスターの立場はあるものの、今回のことについては、何もなかったこととしよう」

 皆、うんうんとうなずく。

「ただし虚偽の報告をした3人は、厳重注意とする。報酬をだまし取ろうとしたことだけは許せん」

「それでいいんじゃないかねぇ。ジンイチローもそれでいいかい」

「俺はあまり事を荒立てたくないので、それでいいです。水に流しましょう」


 すると、メルウェルさんが「さて」と言って俺を見た。

「処分の話が異様に長くなったので影が薄くなってしまったが・・・フォレストホーンラビットの討伐をしたジンイチロー殿にお聞きしたいのです」

「はい、何ですか」

「どうして貴殿一人だけであのフォレストホーンラビットを倒せたのか、疑問でならないのです」

「メルウェルさんは疑っているのですか?」

「いえ、そうではありません。フォレストホーンラビットはAランクの冒険者であっても対1匹が限度です。それなのに群れで襲い掛かってくる奴らを1人で16匹も倒したというのは、もはやSランク冒険者・・・いや、それ以上の腕前とみるべきなのです」

 この話を始めたあたりから、メルウェルさんの俺を見る目が厳しくなってきた。全てを見逃さんとする鋭い眼光だ。

「ジンイチロー殿、フォレストホーンラビットは俊敏で攻撃力が高く、一撃で致死性の爪攻撃をしてくる魔物です。あなたは奴らと対峙してみてどう感じられましたか?」

「どう、と言われても・・・。強いて言えば、動物にしては遅いな、くらいにしか」

 ばぁば以外の全員が目を丸くした。

「さすがジンイチローさん・・・眩しすぎるです・・・」

「表に見えない筋肉が発達しているということか・・・」

「フォレストホーンラビット・・・私はまだ戦ったことはないけど、複数体と出会ったら覚悟しろといわれたことがあるわ・・・」

 そしてメルウェルさんが顔を赤くした。

「素晴らしすぎる!もはや王国一の剣士ではありませんか!あなたになら騎士団長の座を譲ってもいい!いや、もはやイリア王女の特別警護の特務を進言したい!」

 だめだめだめ!そういうのだめ!

「メルウェルさん!物騒なお願いをするなら、王城には行きませんよ!」

「す、すみません。私としたことが、この筋肉と一緒のことをするところでした」

「む、筋肉とは何のことだ」

「ブツブツ(少しは黙っていろです)」

 あの時は本当に必死だった。動きが遅いと感じたとはいえ、この世界に降り立って突然のことだったから。それに、フォレストホーンラビットを倒せたのは言うまでもなく、マーリンさんからもらったこの『刀』のおかげでもある。

「フォレストホーンラビットをを倒せたのは俺の実力でない部分が大きいんです。それはまた、いずれお話ししますよ」

 今日のところは詳しい話は避けておこう。


 さて、確認しておきたいのは王城へのお招きの件だ・・・。

「メルウェルさん、王城の件ですが・・・」

「えぇ、お願いします」

「いや、そんな急に王城に来てくれと言われても、どうしてお招きを受けたのでしょう」

 メルウェルさんは首を横に振った。

「残念ながら、それはわかりません。私はただ、王家からの命令を受けて騎士団を動かしただけのことです」

「王家というのは・・・王様のことですか」

「そうです。命令を受けた際には、王と、それと我が第一騎士団が主に守護する第三王女イリア様も同席されておりました。何かお考えがあってのことでしょう」

「う~ん・・・どうしてよいものか・・・」

「ジンイチローや」

 ばぁばが空になったカップを置いて、俺を見やった。

「王城へ行ってきなさい」

「・・・行くべきなの?」

「ここで生きていく上で色々見聞きすることもあるだろうが、王城に入れるというのはその中でも滅多にない機会さ。気楽に行ってきなさい」

 気楽に、とは言いつつも、ばぁばはこれまでにないくらい押してくる。

 確かに、勉強することを考えればこの上ないチャンスかもしれない。

「・・・それならば、王城へ行かせてもらいます」

「ありがとうございます。それでは明後日のお昼すぎにお招きに参上いたします」


 よくよく考えてみれば、大勢でお茶会をするなんて初めての経験かもしれない。

 今日はみんなから色々な話が聞けて良かった。

 でも、敢えて触れないでおいた話もあった。


 それは、ミーアさんの抜群の戦闘力と、あの巨大ハンマーのナゾだ。

 いつか機会があるときにこっそり聞いてみることにしよう。





お読みいただきありがとうございます。

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