第176話 公爵邸へ
「いやぁ、愉快愉快!これで粗方は解決よ!」
事件はまだ終わってはいないのにこの浮かれようといったら何なのか。見たところ先ほどのチアノーゼ子爵含めて3名が連行されたのだが、あの中に果たして今回の事件に関わる容疑で連れていかれたのは彼以外にいたのだろうか。脇にいるノラン局長の澄まし顔が、この国にも暗部があることをそのまま物語っているようで怖い。なんの罪もなく投獄されるわけではないと思うが、果たして―――――。
「ジンイチロー殿、詳しい話は別の部屋を用意するからそこで話したい」
「どうぞよしなに」
王が立ち上がり王女を引き連れて謁見の間を出ると、背後の扉が開かれた。俺とクリアナが扉に向かって歩き出した途端に、集まっていた面々の喧騒で謁見の間がいっぱいになった。
すぐに案内された部屋は謁見の間のすぐそばにあり、部屋に入ると、すでに王と王女が待機していた。
「ジンイチロー殿。先ほどはすまなかったな。かけてくれ」
「はい、失礼します」
「クリアナ殿も」
「は、はい。よろしいのですか?私は奴隷の身でありまして―――」
「構わん」
「ですが・・・」
躊躇するクリアナに俺は手招きした。
「ならば命令する。クリアナ、俺の横に座れ」
「かしこまりました」
王と王女が座るのを見届け、続いて俺が座り、クリアナも続いた。
「わざわざ謁見の間を使って晒すような真似をしてすまなかったな、クリアナ殿。存外に父上の勢力を潰そうとする者もいてな、奴隷としてのそなたを見せねば肉親も極刑にすべきとする意見も出そうだったんだ。ましてや、今回の事件に関わる容疑者リスト作成にはその勢力の協力もあったからな。貴殿は『事件前から奴隷だった』という筋を通した沙汰を下さないと禍根を残すことにも繋がりかねなかったんだ」
「謁見の間に呼ばれた時点で大体そんなことだろうとは思っていたんで、俺もクリアナも気にしてません」
クリアナに目を向けると、彼女も大きくうなずいた。
「感謝する。さて今後のことだが、早速兵を公爵邸に派遣したいと思っている」
「その方がいいでしょう。話を聞く限りでは逃げる人物とは思えませんが、首謀者の情報が知れわたった以上早めに行動すべきかと」
「そこでだが、頼んでばかりで申し訳ないが、この城の兵30名をミニンスクに送り届けてもらいたいんだが・・・」
「いいですよ」
予想通りの話であったため、軽く返事をした。
「助かる。すでに選抜は済ませてあるからいつでも出立できる」
「ではこのあとすぐ参りますね」
「これについても褒美はしっかりだすからな」
「お気遣いなく・・・といいたいところですが、そのお顔を見れば断れない雰囲気がしますので、遠慮なくいただきます」
「うん」
王の頷きと合わせて隣にいた王女も首を振ったのでついそちらに顔を向けると、パチリと視線が重なった。
「大変失礼ですが、隣の方は王女殿下ですか」
「おお、そうだったな。貴殿にはまだ紹介していないな。これは第一王女のプラムだ」
「お初にお目にかかります。第一王女のプラムです」
「ジンイチローと申します、王女殿下」
「クリアナと申します、王女殿下」
「お二人ともそうかしこまらず、プラムとお呼びください」
「ではプラム様と・・・」
立ち振舞いはイリアに似通ったものを感じたが、容姿やどことなく漂う雰囲気は、何となくだがシアさんに通じるものがある。同じ母親から生まれた姉妹だからだろうか。
チラッと王を見ると、目は笑わせているものの緊張感をもった面持ちだと気づく。どうやらシアさんのことはまだ話していないようだ。やはりそういったナーバスなことは他者が入らない方が身のためなので、シアさんの一件については黙っておくことに決めた。
「お父様からはこの国のためにかなりご尽力くださったと聞きました。それに今回のことに限らず、妹のために何かと御配意いただいたとのこと、大変感謝しております」
「プラム様からの感謝のお気持ち、ありがたく頂戴いたします。成り行きで助力したときもありましたが、さすがに今回の事件は放ってなどいられませんでした。無事で安心いたしました」
しかしなんだろう、この王女と話していると妙な緊張感が湧いてくる。世辞抜きに、王の威厳を身に浴びているような錯覚さえ起こす。さらには全て見透かされているようで、内緒にしていることさえ吐き出したくなる気さえ覚えるのだ。持って生まれた資質とでもいうのだろうか、しかしどことなくライラにも似ていて、彼女と初めて会ったときのように手のひらで転がされている感覚にも似ている。
「私の顔に何か?」
「えっ」
「うふふ、そんなに見つめられると照れますわ」
「いやいや、これはそのっ、失礼しました」
「ジンイチロー殿は妹だけでなく私のことも娶るおつもりかしら?ふふ、なかなか強欲でいらっしゃるのね」
「いやいや、決してそういう―――」
「あら、てっきりイリアと結婚するとばかりに思ってましたのに。お父様、ジンイチロー殿はイリアよりも私に寄りたいそうですわ」
「ほほう・・・」
「ちょっ!プラム様は別に―――」
「別に!?ああ、なんたること!私には魅力も何もないとおっしゃるのね?あんまりです・・・」
よよよ、とソファに身を落とす王女に手を伸ばすが、もちろん届かない。
「ジンイチロー殿、これは話し合いをせねばならんな」
「えっ!?あ~もう、あのですねぇ・・・」
身を落としていた王女の肩がひとしきりに揺れていたので、わざとしているのは見え見えだったのだが、そういう処理能力が低い俺からすれば初対面のましてや一国の王族の悪乗りについていけないのだ。この王女はそんな俺の浅底に少し話しただけで気づいたのだろう。
「うふふふふ!ごめんなさい、ジンイチロー殿。初っぽい方をからかうのが私の癖なのよ。太子殿下にも似たようなことをして怒られたこともあったわ」
起き上がった王女は目元を指でぬぐうと、心底面白かったのか、時折口のなかで笑いを堪えていた。
それにしても『太子殿下』・・・か。イリアも話していた婿殿下のことだろう。王からはパーキンス公爵のことを聞いているはずだから、内心どう思っているのだろうか。興味がないわけではないが、積極的に聞くべき話ではない気もする。
そんな時、クリアナから大きく息を吸い込む音が聞こえた。
俺は反射的に、彼女が組んでいた手を覆うように自分の手を重ねた。
クリアナのハッとした顔が俺に向いた。
「クリアナが謝ることじゃない。イリアのときもそう言われただろう?」
苦虫を潰したように眉をひそめた彼女はうつむいた。俺のしたこと、彼女のしようとしていたことを覚った王女は、先ほどまでのおどけたような笑みとは真逆の、威信溢れる真面目な面持ちでクリアナを見つめた。
「ジンイチロー殿のおっしゃる通り、あなたは悪くない」
「プラム様・・・」
「確かにあなたのお父様は殿下をあのような末路に導いた仇敵でしょうが、あなたが謝ることではありません。第一、あなたがそうしないように仕向けたのは他でもない、あなたのお父様ではなくて?」
「ええ・・・」
「それに、イリアのお許しが出ているのならば私からは何も言いませんよ。堂々となさい」
「・・・ありがたき、幸せでございます」
「うん、ではこのお話はおしまいです」
王はそれを聞いて一つ咳払いをした。
「積もる話もあろうが、まずは公爵の身柄を確保したあとにしよう」
名残惜しそうに部屋を出た王女を見送ると、王は固い表情を作った。
「ジンイチロー殿、公爵邸についてだが、できれば貴殿にも屋敷の中に行ってもらいたい」
「もとよりそのつもりでしたよ」
「すまない。イリアの公爵邸で体験した話を聞く限りでは、一筋縄ではいかん相手だと思うんだ」
「残念ながら俺もそう思います。公爵が屋敷から出ていないということは、つまるところ作戦の成功の有無に関わらず自分で状況をどうにかできる自信があるからだと思います」
「犠牲を出さずに捕らえられればよいのだがな」
俺はクリアナに向いた。
「クリアナ、ここまで聞いていたならわかると思うけど、俺は君のお父さんに剣を突き付けるかもしれない」
クリアナは俺を見据えつつうなずいた。
「ええ。覚悟しています。その・・・確かに辛いですが、父の仕出かしたことは許されることではありません。おとなしく縛られてくれれば幸いですが、そうでなければ仕方のないことだと思います」
「そう言ってくれると助かる。知っている人間の家族と剣を交えるというのはどうもね」
「いえ、ジンイチロー様がお気になさる必要はありません。一戦交え躊躇した結果、ジンイチロー様の身に大事があってはなりません。私の父とわかっていても、剣を交えるのであれば躊躇なく斬り捨ててください」
「わかった」
「それと差し出がましいようですが、私も連れていってくれませんか」
「・・・聞きたいんだね?」
「はい」
聞きたいことの想像はつく。おとなしく捕まってくれない予感はするので屋敷に行くことは危険を孕むことになるのだが、彼女の真剣な眼差しを前にして、その願いを受け入れない選択肢は選べなかった。
「屋敷では俺の指示に従ってもらう。いいね?」
「はい。もちろんです」
「わかった。一緒に行こう」
「ありがとうございます」
俺たち二人の心の準備も整ったところで、王命により中庭に集合した兵士30名を3回に分けてミニンスクの旧ハピロン邸前に転移させ、徒歩で屋敷へと行軍した。目的地である公爵邸へはクリアナの案内もあってすぐに到着した。
すると、まだ誰も呼んでいないのにもかかわらず初老の男性が屋敷の玄関を開けて、閉じられていた外門の鍵を開けた。
「お待たせいたしました。公爵様は中でお待ちでございます」
足並みそろえて門から入る兵士達の後を追うように、俺とクリアナも敷地に踏み込んだ。初老の男性はクリアナに頭を下げた。
「クリアナお嬢様、お久しゅうございます」
「爺も元気そうで何よりね」
「お嬢様もご壮健でいらっしゃること、爺も大変喜ばしく思います。ですが、あなた様はすぐにでもお帰りいただいた方がよろしいかと思います」
「どういうことかしら?」
「・・・願わくば、何も知らずに過ごしていただきたいと」
「・・・」
「この爺、あなた様には真っ当に生きていただきたい、その一心でございます。例えこの意見が命令に背く行為であったとしても、お嬢様だけは・・・」
「爺・・・」
「そちらの御方は・・・この状況から察するに、イリア王女殿下をお救いになられたのですね」
俺に向けるその眼に敵意がないことははっきりしていた。俺は躊躇なく頷いた。
「そうですよ」
「やはり。であれば・・・」
爺と呼ばれた男性は、俺に近づき頭を下げた。
「お願いします。我がご主人様を、どうかお止めください」
そして彼は屋敷の中を案内すると言って、玄関前に揃う兵士たちを屋敷の中へと招きいれた。
「どういうことでしょう、ジンイチロー様」
「・・・失敗した」
「え?」
「兵士を・・・そして君も連れてくるべきじゃなかった」
「どういう――――」
「いざとなったら君だけでも王城に転移させるからね」
「ジンイチロー・・・様?」
クリアナが怪訝そうに俺の顔を覗きこむ。今の俺はひどく怖い顔をしているかもしれない。屋敷の中に入らずとも、屋敷の窓から漏れる黒い気配があまりにも濃密だとわかったからだ。
「これはマズいかもな・・・」
しばらく感じたことのない感情―――いわゆる『恐怖』だ。一戦交えれば死ぬかもしれない、そう感じさせるには十分な気配だったのだ。踵を返して逃げるなら今のうちだが、兵士達はもう屋敷に入り、公爵のいる部屋へと案内されている。
「覚悟を決めるしかないか」
ぽそり、と独り言をつぶやくと、遠くなった兵士達の背中を追った。
「パーキンス公爵に告ぐ。王命により貴殿を拘束する。大人しく投降しろ」
何十人と会食ができるだろう広いホールに所狭しと兵士が並び、部隊長が代表して口上するものの、肝心の公爵といえば窓の外を眺めながら手を後ろに組み、兵士達に背を向けたまま返事も身動きもしない。俺はそのホールのドアの影から様子を見守っていた。
一向に反応しない公爵にしびれを切らし、部隊長は合図をだした。
「確保!」
数名の兵士が飛び出して公爵の周りを囲んだ。
だが、そこで異変が起きた。
いつの間にか出ていた黒いモヤに飛び出した兵士が気づき、取り押さえようとした公爵から一歩退いたが・・・遅かった。
黒いモヤが一瞬にして爆発的に吹き出すと、ホールにいた兵士全員にそれが取り巻き、彼らの姿があっという間に見えなくなってしまった。その代わりに聞こえてきたのは、兵士たちの悲鳴と何か硬いものを無理やりへし折る音だった。
「やめ!いだ!ぎゃあああああああ!!」
「がぁぁああああああああああああ!!」
バキッ、グシャグシャ―――――
やがて悲鳴も止まり、静寂と黒いモヤだけがホールを包み込んだ。その黒いモヤも公爵のもとへと戻り、見えなかった兵士たちの全容が明らかになった。
まず目に飛び込んできたのが、赤黒く染められたベージュ色だった絨毯だ。そう、もうそこには兵士達の姿はなかった。
兵士たちは皆、消えていた。
いや、消えたという表現は正しくないだろう。正確に言えば『替わっていた』。兵士達がいたところには赤黒い染みと、その上にルビーかと見紛うほどの輝きを放つ紅い宝石が転がっていた。俺はあれが何だか知っている。
『魔人石』だ。
パーキンス公爵は兵士全員を魔人石に変えてしまったのだ。
「歯ごたえがないな」
ぽつりと漏らす公爵の声がホールに低く響く。
「ん?まだ誰かそこにいるのか」
おっと、早くも見つかってしまった。
「なに、すぐに取って食わんさ。顔ぐらい見せてくれたっていいだろう」
公爵は明らかにこちらに注視している。もはや逃れられないか。俺はクリアナに向いた。
「クリアナ、扉から少し離れていてくれ」
「ご主人様・・・」
「ちょっとばかり父上と話し合いをしてくる」
そう言ってゆっくりと扉を開けてホールに踏み入れた。
「ごきげんよう、パーキンス公爵殿」
「・・・その雰囲気、魔法士か?」
「まあそんなもんですよ」
「この現場を見ても物怖じしない奴か。相当場馴れしているな。名前だけでも聞いておこうか」
「俺はジンイチローといいます。はじめまして」
「ジンイチロー・・・。どこかで聞いた名だな」
「・・・そんなことよりも少々お伺いしたいことがありましてね」
「なんだ?」
「イリアを誘拐したのはお遊びもあったからだろ?」
公爵の目が細くなった。
「なるほど、ドナートは失敗したか。いいだろう、答えてやる。イリア王女など私の手にかかればあんなまわりくどいやり方などせずともすぐに籠絡できた。しかし、以前そうしようと手にかけたのだが失敗してな。あれは『王家紋』・・・古のエルフのものだろう、まだフィロデニアと繋がりのあった古き時代の遺物が邪魔をした。一応失敗したときのための代案として計画していた奴隷化させるための誘拐はうまくいった。奴隷の身分に落ちたところで絶望と共に我が主の教えに付け込もうとしたのだが・・・どうにも使えん連中ばかりだったということか、任せきりにしておくと碌なことはないな」
「つまり・・・その我が主というやつのために王国を裏から操ろうって魂胆だったわけだ」
「それは半分間違っている。王国の乗っ取りなど手段にすぎん。我が主が求めるのはこの世の絶望だ。全てが闇に染まり、人々が泣き叫びながら逃げ惑い、そして我が主の力となっていく・・・その一助となることが私の夢なのだ」
「なるほど。なかなかイッちゃってるなアンタ。ということは・・・ハピロン伯爵の事件も裏で動かしてたのか?」
「そうとも言える。ドルアンドにハピロンをそそのかせたのはこの私の発案であるからな」
「まさかとは思うが、エルドランにもあんたは種を飛ばしたか?」
「ほう、よく知っているな。いかにも、私が直々にエルドランに行って教唆した。名は忘れたが・・・資金を集める良い駒だった。連絡が来なくなったところを見れば、奴も失敗したんだろう」
「なるほど・・・」
「ちなみに皇太子にまで触手を伸ばしたのだが、残念なことに力を抑えきれず暴走して死んでしまったようだ。第一王女の婿として迎えられた機を見て、そこに転がってる石を入れてやったのだが・・・見込みはあったのだが、イコール『器』たる人間ではなかったということだな」
そこまで聞いて、俺は鼻で笑った。
「何がおかしい?」
「その第一王女の件はよく知らないけど、それ以外は全部俺が潰した。悪いことをしたな」
「・・・そうか。貴様がドルアンドも退けたという大賢者なのか」
「そういうことだ」
「ふふふ・・・私が何年もかけてばら撒いた種が花も咲かせずに枯れてしまったのは・・・そうか、貴様だったのか・・・」
公爵から伸びる黒いモヤは、再びホールを埋め尽くさんと渦を巻きながら広がっていった。
「芽が全て潰され・・・我が主はお怒りだ。だがそれは全て私の責任だ。私の見通しの甘さと貴様の存在を見抜けなかった私の責任だ。だから私は貴様に対して怒りを覚えることはない。だがな、貴様を生かしたままではやがて我が主にその刃が及ぶやもしれん・・・」
広がったはずのモヤが再び公爵のもとに戻って取り巻いた。
「だから貴様を殺す」
公爵に取り巻いた黒いモヤが晴れようとしたその刹那、俺は青龍刀を抜いた。そして公爵の変わりようを目の当たりにし、背筋が凍った。
公爵の顔は黒い骸骨に変わり果て、黒いマントをモヤになびかせるも体はすでに存在せず、モヤだけになった体は宙に浮いていた。
『貴様は、殺す!!』
モヤが一瞬にして刃と化し、猛速で俺に向かってきた!
いつもありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。