第175話 とりあえず王城へ
「皆様お初目にかかります。ジンイチロー様の奴隷として仕えさせていただきます、クリアナと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
両手を前に軽く交差させて深々とお辞儀するその姿はモアさんのようだ。元公爵令嬢と聞いて『オーホホホホホホ!!皆さま、わたくしがクリアナですわ!!お友達になって差し上げてもよろしくてよ!!』を想像していたのか、拍子抜けするくらい礼儀正しい彼女のお辞儀を見て唖然としていた。
「ごほん。とまあ、スヴェンヌさんのところでそういう教育はバッチリみたいだからさ。元貴族の娘といってもそういうのは心配しなくていいと思うよ」
宿の豪華なロビーには、高池さんとベネデッタさん以外のメンバーが集結し思い思いにくつろいでいたのだが、突然の紹介に未だにみんな固まったままだ。そんな中でもにこりと笑ってクリアナに歩み寄ったのが、イリアだった。
「お久しぶりね、クリアナ」
イリアに話しかけられたクリアナは目を丸くさせてすぐに跪いた。
「たっ、大変失礼いたしました!イリア王女殿下とは気づかず、大変なご無礼を!!」
「クリアナ、そんなに畏まらないで」
イリアがクリアナの両肩に手を当てると、わずかに上目でイリアの顔を窺ったクリアナは、静かに立ち上がった。
「お久しぶりでございます。イリア王女殿下の成人祝賀の夜会以来でございますね」
「クリアナ、イリアと呼んで」
「・・・はい、イリア様」
「ありがとう。まさかこんな形で会えるとは思いもよらなかったわ」
「はい。ですが・・・なぜイリア様がアナガンにいらっしゃるので?それに近衛騎士団にご在団のはずのメルウェル様も―――まさかワンピースをお召しになられるとは・・・」
「ふふ、話せば少し長くなるのよ?メルウェルのことから話せばわかりやすいかしら」
イリアはクリアナの背中にそっと手を添えてソファに誘導して座らせ、相対するように彼女も座る。それとほぼ同じくしてモアさんが紅茶を入れたカップをローテーブルに置いた。
そしてイリアはメルウェルが城を去って後のミニンスクの業務と公爵との面談、誘拐、救出の一部始終など、王に話したように事の顛末をクリアナに話した。彼女の父親にも関わる話とあって、彼女は終始口に手を当て、それを降ろしては握りしめるを繰り返して、イリアの話に耳を傾けていた。
「―――そうだったのですね。ようやくジンイチロー様のおっしゃったことが理解できました」
「にわかには信じられないでしょうが、まず間違いありません」
「であるならば、わたくしは証人として陛下の御前に跪かねばなりません」
「お父上のことで辛い思いをされるでしょうけど・・・」
「イリア様、わたくしはすでにジンイチロー様の奴隷の身でございます。ご主人様の意を汲み利が生まれるのであれば、この身を捧ぐことになんら不都合なことなどございません。しかしながら・・・誠に申し訳ございません。いくら袂を分かつ父の仕出かしたこととはいえ、イリア様を手籠めにし、皇太子殿下を汚す真似をするなど―――」
「あっ、ちょ・・・もういいのよ!座って!」
クリアナは崩れ落ちるようにソファから腰を下ろし、這いつくばるように土下座をした。思わぬ行動にぎょっとしたが、イリアはすぐに立ち上がり彼女を諌めてソファに座らせた。苦虫を潰すクリアナの顔をイリアは複雑そうに一瞥するが、すぐに取り繕って笑顔に戻した。
「ジンイチロー、おおよそのことはあなたからも聞いてるしクリアナの話もあわせてお父様に報告しないといけないわね」
「もとよりそのつもりだよ。このあとクリアナと一緒に王城に行って―――そのあとにミニンスクの公爵の屋敷に行く」
クリアナはポカンとした顔で俺を見つめた。
「あの・・・王城に行くと話されましたが、ジンイチロー様はここからフィロデニアの王城までどれほどの距離があるかご存じですよね?」
「あ~、なるほど。ごめん、説明してなかったね」
イリアにはすでに説明したとあってすっかり忘れていた。
「実はね、俺は転移魔法が使えるんだよ」
「な、な、何ですってえええ!?転移魔法といえば伝説級の魔法ですわよ!?エルフでもごく一部しか使えないと学院では教えていただきましたわ!」
「あ、ああ。その通りだと思う」
「さすがご主人様!格が違いますわ!ああ、こんな素晴らしい方にお仕えできるなんて―――」
手を胸の前に組んで花が飛んでいるぐらいの笑顔を向けてくるので思わず赤面してしまった。
「ウオッホン!!ジンイチロー?」
諌める咳払いがイリアから飛ぶと、瞬く間に頭が冷えた。
「と、とりあえずだね、このあと王城に行って王と会おうと思う。クリアナには一緒に来てもらうからね」
「かしこまりました!ご主人様!」
なんとなぁあく白い目で見られつつもクリアナについて皆に紹介できたのでよしとしよう。だが、まだ彼女に対するもう一つの疑問は残っている。
パーキンス公爵はどういった経緯で彼女を放逐したのか、という点だ。
公爵が家族や家の従事者に罪を着せぬようにするために配慮した、というのは確かに理由の一つかもしれない。しかし、会ったこともなければ話したこともない人物の考えは想像できない。その点について、もしかするとクリアナは何かしら感じるものがあったかもしれない。とはいえこの場で皆に全て話すのも得策ではないような気がした。
とはいえ、イリア誘拐は公爵個人が諮ったことの証明と、事件に対する家族への処分について恩赦をもらうことを、クリアナがアナガンで奴隷として売りに出され俺が買ったという事実をもってして王に伝えなければならない。王には明日にでもなんて話をしたが、事が事だけに早い方がいいと思った。
イリアとクリアナは昔話に花を咲かせていたが、しばらくの間の談笑の後に王城に向かうことを俺はクリアナに告げた。皆の見送りに笑顔で返し、目の前の景色を王城の玄関口へと瞬く間に変えた。そばにいた王城の兵士は俺のことがわかったようで、早速城の中に入れてもらえた。
王との謁見を希望すると応接間に通されるも城内が妙に慌ただしい。案内の女性に尋ねると、捕らえられた盗賊・貴族達の対応と、第一王女の帰還が重なっているからだとか。
第一王女・・・イリアの姉であると同時に、シアさんの姉でもあるわけだ。謁見の機会もいつかはあるかもしれない。
応接間で待っていると準備が出来たというので案内されるまま歩けば、そこは謁見の間だった。扉が開かれ敷かれた赤絨毯を突きき進むと、玉座から少し離れたところに白銀の甲冑と儀式用とおぼしき紋様の描かれた柄の槍を装備した2人の兵士が、赤絨毯を挟んで並んで立っていた。その兵士の目の前まで歩むと、ここで待つようにと言われた。兵士はそれを伝えると壁に居並ぶ甲冑兵のもとへと戻り、槍を立てた。
チラリと周囲を窺うと、数十人の貴族と思しき人間が立っている。その中の数人は明らかに不機嫌顔だ。
『陛下のご登壇されます』
誰かの声とともに兵士達が立てた槍の柄を床に叩きならす。それと同時に横にいたクリアナが跪いた。
よくよく考えてみれば、こういうときどのようにしたらいいのか全く聞いていなかった。前もこの謁見の間に呼ばれたことはあったが、大して気にもしていなかった。無知とは恐ろしいものだ。
胸に手を当てて一礼をした。
「楽にしていい。貴殿には世話になっている」
「ありがとうございます」
顔を上げればいつもどおりのアルマン王がいたが、その横に見慣れぬドレス姿の女性がいた。どことなくシアさんに似ている気もする。まさかあの女性が第一王女か?
「して、我に用とは?」
無論、ここに来た理由はすでに伝えてある。王が謁見の間という公式な場で会うという選択をしたのは、公に何かを下々に認めさせる何かしらの意図があるということだ。それはクリアナのことかもしれないしそうでないのかもしれない。
「いや、その前に貴殿には我から礼を言いたい。貴殿はその仲間とともに我が王国の第三王女イリアを不届き者から救ってくれた。深く感謝する」
「もったいなきお言葉でございます」
「あわせてその不届き者を捕らえた功績は真に大きい」
「それにつきましては陛下の並々ならぬお心をいただいたおかげでございます」
「謙遜せずともよいぞ、大賢者殿。貴殿は何度も王女を救ってくれた。近い日に褒美を渡したいのでそのつもりでいるように」
「・・・ありがたき幸せ」
王の口元がニヤリと歪んだ・・・ように見えたが気のせいか?
「話がそれたな。今日は何用か」
「はい。このたびのイリア王女殿下誘拐に関する新たな情報でございます」
「ほう?」
「ここにいるのは私がアナガンで買った奴隷でございまして、名を聞けば御察しいただけると存じます」
「なるほど。その方、面を上げよ」
クリアナがゆっくりと下げていた頭を上げ、王を見つめた。
「名を申せ」
「はい。私はジンイチロー様の奴隷のクリアナと申します。奴隷になる前は王国公爵であられるジョリオン・パーキンス様の長女の身分でありました」
王以外の皆が驚き、謁見の間があっという間にざわめきに包まれた。よく見れば第一王女も目を丸くさせている。
「静まれぃ!!」
王の一喝で水を打ったような静けさを取り戻した。
「大賢者よ。クリアナは確かに奴隷であり、『クリアナ・パーキンス』ではないというのだな」
「はい。クリアナ、奴隷紋を陛下に」
「はい」
クリアナは一歩前に進んで再びひざまずき、手の甲を王に掲げた。王が顎で合図をだすと、兵士と魔法士らしき格好の男性がクリアナの手の甲を観察した。さらに一人の兵士が白い布をもってきたと思えば、彼女の手の甲を力強く擦った。白い布にはなんの汚れもつかなかった。まあ付くわけがないんだけど。
魔法士たちが無言で王に頭を下げて戻ったことである程度の証明にはなっただろうが、念のためと思い、スヴェンヌさんと取り交わした契約書を戻りかけた兵士に渡した。それはすぐさま王の手に渡ると、王は大きく頷き、兵士を通じて俺の手元に書類を戻してくれた。
「確認した。クリアナは確かに大賢者殿の奴隷だ」
「精良たるご判定に感謝いたします」
「クリアナよ、そなたはいつからアナガンに?」
「半年より前にございます」
「となれば―――イリアの誘拐よりも前となるな。踏んでいた通り、やはりジョリオン・パーキンス個人が此度の事件を引き起こしたのであろう」
「お待ちください!」
その時だった。両腕を天に掲げながら貴族らしき人間が俺達の前に立った。どうにも演技臭が漂っていると思うのは俺だけだろうか?ちなみにこの男は先ほど王の登場前に憮然と立っていた貴族の一人だ。
「何ゆえ公爵様がイリア王女殿下誘拐に関わりがあると!?なんの証拠もありませんぞ!!」
なるほど、そういうことか。なぜ謁見の間に呼ばれたのか、ようやく腑に落ちた。
「あー、お主は確か・・・」
「はっ、王都に居を構えるエイル・チアノー子爵でございます」
「ふむ、そなたのようにイリアが誘拐された経緯やそこにいるジンイチロー殿に助け出されたことなど、知らん者もいるだろう。本来であれば許可もなく発言したことを許すことはできないが、本日は大目に見よう。では我から事の概要を説明する。皆の者、心して聞くが良い」
立ち上がった王が事の経過を説明し、大賢者がアナガンで禁止されていた闇オークションをすっぱ抜き、その場に居合わせたフィロデニア王国の貴族や現地の奴隷商すべてを捕縛したこと、そしてこれも大賢者である俺の助力もあって王とノラン警備局長と多数の兵士も現地に行き、とある貴族が口にしたパーキンス公爵とのつながりや謀りを王が直接聞き、かつ、王と分かったうえで襲い掛かった貴族たちもいたことを合わせて話した。
チラリと謁見の間に居合わせている貴族たちを横目に見ると、この話を全て知っていた者もいれば、まったく知らずに驚いている者、悔しそうにしている者、慌てふためいている者など千差万別だった。特にそばにいるチアノーゼ子爵?はまさに顔を青くして立っているわけだが。
「さて子爵よ。事情はこんなところだ。我が直接証言を耳にしたわけだが、それについて何か意見があるようだな?」
「い、いえ!滅相もございません!陛下が見聞きしたことであれば、わたくしからは何も言うことはありません。は、ははは―――それでは失礼―――」
そそくさと帰ろうとしたチアノーゼ子爵を、王は低い声で呼び止めた。
「子爵よ」
「はひっ!」
「誰が下がってよいと言った?」
「は・・・ははっ!」
「戻る前に、子爵に一つ尋ねたいことがある」
「わ、わたくしにわかることでございましたら・・・」
チアノーゼ子爵は跪いてもなお震えている。
「アナガンの地で捕縛した貴族たちの中に、貴族でない者も含まれていてな。どうやらどこぞやの貴族の執事らしくてな」
「・・・そ、それはなんとも悲しきことで・・・」
「どこの貴族に仕えているのかと問い質すと、主人から何があっても口を割るなと命令されているというではないか」
「ちゅ、忠義を果たす執事でございますな・・・」
「だからな、王の命令と一貴族の命令であればどちらが上かと聞いたんだ」
「・・・」
「そうしたらのう、洗いざらい話してくれたぞ。何か不測の事態が起きてもとばっちりを食らわないようにと、執事に金を持たせてアナガンに走らせたとな」
「・・・では陛下、ごきげんよう」
チアノーゼ子爵は王の話がまだ終わっていないのにもかかわらず立ち上がり、背後にあった謁見の間のドアめがけて駆け出した。
「子爵を捕らえろ!!」
王の激声で、幾人もの甲冑兵士が子爵の身柄を拘束した。
「は、はなせええ!!」
もがくチアノーゼ子爵を遠くから蔑む王は声を荒げた。
「子爵よ!すでに調べはついている上に貴様の執事からもすべて聞いている。嘘を言っているというのならすぐにでもアナガンに連れていき奴隷契約をしてでも証言をさせようぞ!連れていけ!」
甲冑兵士が束になってチアノーゼ子爵を取り押さえながら謁見の間を出ると、王はすぐさま横にいる貴族たちに放った。
「そしてこの場にいる反逆者に告げる!今から我が名を呼んだものは地下牢行きと心得よ!!」
俺の知らないところで調べをつけていたのだろうか―――いや、今回の事件に関りのない人間も処罰の対象になっていたかもしれない。しかしそれは俺の与り知らぬところだ。
しばらくの間俺とクリアナは放っておかれたが、彼女の瞳は全く疲れを見せず、心配だと思って彼女を覗うも、満面の笑みを浮かべるほどだった。
いつもありがとうございます。
コーヒーフィルターでマスクを作るのに夢中になり、執筆をなおざりにする有様です・・・。
次回もよろしくお願いします。




