第174話 第一王女の帰還
国王がアナガンから戻ってすぐ、王城は揺れ動いた。
イリア王女救出の吉報とあわせ、王は王女誘拐を手解きした貴族と闇オークションにいた貴族ならびにその家族の身柄確保を、全兵力をあげて執行するよう下命した。これにより、まずは王都にいた対象者が捕縛され、続いてミニンスク、ニグルセン、コロウヌスの各市にも騎士団が派遣され、ニグルセンだけは遠方のためミニンスクに駐屯していた兵を割いての派遣となった。イリア救出の報が捕縛対象一族に知られては逃げられる可能性も捨てきれないとあって、当初はジンイチローの転移を当てにした作戦が立案されたが、パーキンス公爵と直接つながりのある貴族がライナー伯爵のみともあってか、彼の協力は不要と判断された。
とはいえ、ジンイチローがアナガンから転移で輸送した貴族たちの処遇に、王城は魔物襲撃事件以来の混乱を見せていた。
「おい!こいつはどうするんだ!」
「2棟地下の共同牢にぶちこめ!」
「放せっ!!私を誰だと思っている!!」
「兵士長!こいつが俺の足を蹴りました!いかがしましょう!」
「名実ともに豚箱に連れていけ!」
「了解しました!」
「貴様っ!私は名家ラウンドリアの嫡男だっ!こんなことをしてーーーーー」
兵士たちは忙しなく動き回り、貴族たちは未だに自分の未來が確約されているとばかりに罵り、阿鼻叫喚の様を見せていた。
そんな折に触れて、王城はさらに予想外の来客を迎えることになり、さらなる混乱の渦に巻き込まれることとなる。
プラム第一王女の帰還の報が飛び込んだのだ。
近衛騎士団、兵士、侍女に給仕、捕らえられた貴族たち、そして王や閣僚までもが走り回るという、前代未聞の活動劇が繰り広げられた。
王城の玄関は緊張を隠せなかった。次々と到着する馬車群と護衛の騎士達を出迎える者達は、馬車を降りる第一王女の一挙手一投足に目が離せなかった。
婚儀を終え一旦はコロウヌス市に出向した彼女は、夫を亡くした。失意のまま王城に戻ることを余儀なくされた王女に対して粗相があってはならない、申し送りの会議で厳命されたことだった。
しかし、馬車を降りた彼女の顔はとても晴れやかで、哀しみどころか満面の笑みを湛えて迎えた者達へ声を掛けた。
「ありがとう。またよろしくね」
謁見の間で玉座に座る王に、第一王女はカーテシーをした。
「第一王女プラム、コロウヌスから戻って参りました」
「うむ。太子の件についてはご苦労だった。しばらくは公務を控え、ゆっくりするがいい。ここは我が家だ」
「ありがたきお言葉。感謝いたします」
「そしてスタイナー伯爵家の騎士達よ。ここまでの護衛に感謝する。しばらく休むといい」
「「「「「 はっ 」」」」」
「王女よ、話がある。執務室に来るといい」
「かしこまりました」
王が玉座から立ち上がると、謁見終了の声が響き王が退室。謁見の間の脇を固めていた騎士達が儀式用の槍の柄で床を二度叩くと、部屋の扉が開かれた。プラムの後ろに控えていた騎士達が横にずれて道を作ると、プラムはその道を通って部屋を後にする。
そして彼女が向かう先は、王の執務室だった。
「プラムです」
「入れ」
お付きの者は誰もいない。プラムは自分で扉に手を掛け、部屋に入った。その扉を閉めた途端、プラムは王の元へと駆けた。
「お父様っ!!」
「プラム!!」
王は駆ける愛娘を抱き留めた。小刻みに揺れる肩を見るだけで娘が咽び泣いていることを察し、しばらくの間抱きしめつつ頭をそっと撫で続けた。
プラムが落ち着きを取り戻したところで、王は目を腫らした娘をソファーに座らせ、あらかじめ用意していたティーセットでお茶を淹れた。
「はしたないところを見せてしまいましたね、お父様」
「いいんだ。しばらくは誰も来ないようにした。プラムよ、よく戻ってきた」
「ご迷惑をおかけしてしまいました。スナイダー伯爵からも―――」
アルマン王は微笑みながら手で制した。
「もういいんだ。伯爵も我が子を失って失意の中、気丈に葬儀を執り行ったと聞いた。王城のことは気にせんでもいいと我からも手紙を書く」
「承知しました」
「それにプラムよ、ケヴィンの最期を看取るのは苦しかったろう」
「ええ、そう、ですね・・・」
プラムの返事に翳が射したことを、王は見逃さなかった。
「・・・プラムよ、何か話さねばならぬことでもあるか?辛いなら無理にとは言わん」
「いえ。これは・・・伯爵家のごく一部と私しか・・・その、なんといいますか・・・」
「なんとなくだが、情報は得ている。ケヴィンが何かに憑りつかれたような感じになったとか、はたまた、魔物のようになってしまったとか」
「っっ!!!」
「やはりな・・・そうだったか」
「どうしてお父様はそれを・・・」
「ふむ・・・どこからどう説明してよいものかな・・・。はあ、かわいい娘との久々の再開に、こんな物騒な話をするのも気が引けるが・・・仕方ないか。事はイリアを娶ろうとしたミニンスクの伯爵の話からはじまるわけだが――――」
イリアの身の回りに起きた様々な事件やそれを解決した救国の『英雄』の物語が王の口から紡がれ、プラムは真剣なまなざしで王を見据えたまま聞き入った。ただしアルカン王は今回のアナガンの事件については口を塞いだ。
「そうでしたか・・・。私がいない間に斯様な出来事があったのですね。魔物襲撃の報を伝令されたときはここへ飛んででも帰ろうと思ったほどでしたが、『大賢者』の活躍がそれほどだったとは驚きです」
「ああ。穀倉地帯での戦いぶりも見事だったと近衛騎士団から報告を受けている」
「なるほど・・・となれば、イリアもその彼に『お熱』というわけですね」
「・・・否定はせんよ」
「で、そのイリアはミニンスクですか?なんでも体調が優れないとかで、ケヴィンの葬儀にも足を運べないほどと聞きましたが、具合はいかほどなのです?」
「ああ・・・まあ・・・」
ほんのわずかだった。一瞬でも頬の引きつりをプラムは見逃さなかった。
「お父様」
「む?なんだ?」
「相変わらず娘には隠し事ができないのですね」
「・・・ばれたか」
「イリアに何が起こったというのですか?」
「・・・ほとんど解決してしまったわけだが・・・実はな、イリアは誘拐されたんだ」
プラムの温和な瞳からハイライトが失われた。
「なんですって・・・?」
「いや、だからな、もう解決して―――」
「お父様。解決したからいいという問題ではありませんわ!これは外ならぬお父様の責任ではありませんこと!?誘拐されるような警備体制を容認していたということです!」
「まあ、うん、そうだな。我の責任もあ―――」
「“も”ではありません!最終責任はお父様です!」
「あ、はい。すみません・・・」
「で!!イリアは今どこに!?」
「・・・アナガンだ」
「ぬあんですってえええ!?」
「いや、もう大丈夫なんだ。一時期は奴隷にされたが、件の『大賢者』が捜索に当たってくれて、我が国の膿探しと共に奪還した。今は療養でまだアナガンに残っている。それに、ミニンスクにはまだ今回の事件の最大の膿が残っていてな、それを排除しない限りはミニンスクには戻せんのだ」
腕と足を組んで父を睨みつけるプラムを見て、アルマン王はタジタジになるほかなかった。
「まったく・・・。ハピロン伯爵事件といい穀倉地帯の対応遅延といい・・・お父様は肉親の絡む事件になるとどうしてフニャフニャになってしまうのでしょう」
「我だって心配だった。だが、国政を担う者としては絡みが多いこともあって―――」
「・・・はあ。まあ今回もイリアに押されて警備を甘くしていた面もあるでしょうけど、何度も王女が誘拐されるような国は安心できませんね。それにこれからのイリアが心配です。イリアは・・・手籠めにされなかったのでしょう?」
「ああ、そう聞いている」
「大賢者は・・・そんなイリアを救ってくださったいうのですから、なんと素晴らしい方でしょう。今までの功労の褒賞はどのようなもので?叙爵くらいはなさったのでしょう?」
「・・・・・」
「お父様、まさか・・・何も褒賞をお渡ししていないとか・・・」
「・・・そのまさかだ」
「それは彼の方がお断りしたということですか?」
「ああ、いや、ちょっと違うんだが・・・ハピロンの時はイリアから褒美をやるというんで黙っておったんだが・・・。穀倉地帯のときもさっさと帰ってしまって気づいたら王都にいないというし・・・」
はああああ・・・、と静かな執務室にプラムが深いため息を響かせた。
「ほかに彼の方の功績はあるのですか?」
「エルフの国と魔王国から国交を結ぼうという話をもらったんだが、それを仲介してくれたのが彼だ」
「な・・・何百年と国交を隔てたあのエルフイストリアと!?しかも魔王国も!?」
「ああ」
「こ・・・功績どころの話ではありませんよ!国の歴史を変えるほどの『偉業』ではありませんか!!お父様、褒賞に関する会議は執り行ったのですか?」
「いや、まだだ。イリアの件と取り締まった貴族達の対応で―――――」
「いけません!!このままでは他国へと流れますよ!!」
「いやあ、ノーザン帝国へはきっと――――」
「ノーザンではありません!大山脈の向こう、ワノナノ王国ですよ!お父様は知りませんの?あの大賢者マーリンがが居を構えていると専らの噂です!『終生の棲み処となろう』と王国の重要人と話したと聞きました。それほど心地よい場所なら、彼の方も向かってしまうかもしれません」
プラムが話したことは突飛なことかもしれないが、確かにマーリンはここ最近フィロデニアに姿を見せていないことも事実だった。どこにいるのかなど野暮なことを聞いても仕方ないとして、アルマン王はあえて彼女を追究しようとしなかった。だが他国の要人に『終生の棲み処』宣言をしたとなれば話は別だ。これまでの恩恵を考慮すれば、他国の利益につながる事態は極力避けたい。
「パトスに相談しよう。実はな、爵位を与えることは我の頭の中でもあった。だがな、闇雲にこちらの善意を押し付けようものなら、それこそプラムの危惧する事態にもなるだろう」
「それならイリアの『お熱』を利用すればよいのでは?」
「イリアの『お熱』・・・」
「お父様のお悩みは王族が平民格と婚儀を結ぶことが、諸侯たちの反発を招くのではないかということでございましょう?ましてや人気のある王女の結婚となれば、我ら王族とのつながりを欲する貴族にとっては死活問題です」
「・・・うむ」
「彼の方のお気持ちもありましょうが、多少は強引でないとイリアの応援にはつながりません」
「ああ・・・」
「ということで、内務大臣との相談には私も立ち会わせていただきます」
「相分かった・・・」
嬉しそうに笑うプラムを見て話が脱線したことにようやく気付いたアルマンは、軽く咳払いをした。
「さてプラムよ、話を戻そうか。ケヴィンの最期について聞かせてもらえんか?」
「ええ・・・」
先ほどまでの嬉々とした様子から一変、能面のように凍り付いた面持ちでアルマンを見据えた。
「殿下の様子がおかしくなったのは、わたくしと婚約したあたりからでした。それは・・・なんとなくお父様も察していたでしょう?」
「ああ。なにやら変なことを呟くようになった」
「ええ、『己が心はあの御方のためにあらん』などと口にするようになり、それは婚礼の儀を終えた後も変わりがなかったのです。それでもわたくしは殿下の笑顔があればよいと思い、努めて平静を貫きました。ところがある日を境に、胸を押さえて苦しみだすようになりました」
「それはいつ頃の話だ?」
「確か・・・王城の魔物襲撃の報を聞いた数日後です」
王は腕組みをして思考を反芻させる。
「言いにくいかもしれんが、体の一部が魔物のようになったというのは・・・」
プラムはゆっくりとうなずいた。
「ええ。体全体が赤黒く変色し、顔も・・・もはや彼と似ても似つかぬ風体になりました。それでも自我は残っていたのか、看病する私に手を出すことなど一切ありませんでした。ですが、最後の最後で私のお腹を突き刺しましたが・・・彼はその時、魔物のようになってから初めて私の呼び掛けに応えました。「私が間違っていた。本当にすまない」と」
「ふむ・・・」
「その言葉を残して、彼は息絶えました。魔物の顔でも、不思議と安らかに見えたのは私だけかもしれませんがね」
プラムの表情は硬いが涙を流すことなく淡々と語るその姿に、王の心は締め付けられて、軽く目頭を擦る。
「幸いにも回復魔法を施す魔法士がいたものですから、わたくしはそれほど重症には至りませんでした」
「そうか・・・。辛い思いをさせてしまったな」
「いえ。心配には及びません。彼のことは確かに残念ですが、今の私の心配事はイリアとこの国の行く末です。本当に気がかりでなりません」
プラムの微笑みは王の心を解きほぐしはしたが、見えぬ将来の不安を思ったせいか、はたまた身近に迫った魔の手を感じたせいか、それともプラムの微笑みに『策』を感じ取ったせいか、国王は例えようのない不安に駆られたのだった。
いつもありがとうございます。
もしかしたら前回投稿と逆だったかも・・・と反省しています・・・。
次回もよろしくお願いします。