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第171話 謝罪

 

 貴族たちや盗賊、誘拐の片棒を担いだカーヴィス店長、街に散らばっていた残党すらもフィロデニアの兵士に捕縛され、俺の転移で王城へ連行した。彼らは沙汰が下されるまでの間、しばらく使われていなかったという王城にある監獄塔に幽閉するのだとか。


 大事な話がある、と去り際にムルノは言い残してアナガンの街に戻り、残された俺たちは拠点にしていた宿へ王たちとともに戻った。


 宿に着くなり、王がイリアとシアさんに話があると言って別室にいざない、いつもの俺なら「親子水入らずでごゆっくり」と同席を遠慮するところを、()()()者の責任を果たさねばという思いもあって同席を強く願った。




「あらためて、イリア、そしてシア・ハンスよ。よくぞ無事でいてくれた」

「「ありがとうございます」」

「イリア、お前には苦労ばかりかけさせてしまって本当にすまない。どうしてこうもバタバタが続いてしまうのか・・・いや、これは奴の登用の際に素性を見抜けなかった我の責任だな。そしてシア・ハンスよ。イリア同様に巻き込んでしまい申し訳ない。許してほしい」


 ソファに座りながらも深々と頭を下げる王に、シアさんも驚きで固まってしまった。


「お父様・・・」

「一人の父として、そして王として詫びている。許してほしい」

「陛下、どうぞお顔をお挙げください。私は陛下を恨んでなどおりません。許すも何も、こうして直接私たちを助けるために城を出てきてくださったではありませんか。感謝しております」

「ありがとう・・・」


 ゆっくりと面をあげると、今度は俺に向いた。


「ジンイチロー殿、此度はかわいい娘を助けてくれて感謝する。それにしてもこれで何度目だ?褒賞という褒賞も与えぬままだったわ」

「褒賞目的に助けたわけではないので構いません。そうだ、むしろお返ししなきゃ・・・」


 俺はそう言って立ち上がり、魔法袋から数えきれないほどの重い大袋を部屋の空いているスペースに重ねていく。驚きのあまり口を開けたまま固まっているシアさんをチラ見しつつ、王に向いた。


「よいしょっと・・・。用意していただいた金貨はお返ししますね。結局使わず仕舞いでしたから」


 アナガンに出立する前に王城で打ち合わせたときに用意してもらっていたもの、それは大量の金貨だった。あの時は闇オークションの可能性よりも『すでに奴隷化されている』懸念が強く、だったら買ってしまおうと思い急遽用意してもらったのだ。結局カーヴィス店長が捕らえられたことで競るだけに留まり、用意してもらったお金は使うことはなかった。宿のお金も食事も、奴隷として買い取ったクリアナすらも全部自費だ。


 しかし、王は金貨の入った大袋を見て首を横に振った。


「ジンイチロー殿、その金貨は我には不要だ。もう貴殿のものだ」

「はあ!?全部で50万枚以上はありますよ!?」

「それを褒賞の一部にする。好きに使うといい」

「いや、それはマズイですよ!」

「遠慮することはない。どうせ取り潰す家があるのだ。そこから資産の回収は可能だし、財務の方には我から話をつけておく」

「いやあ・・・」

「ははは、まあまあ」


 ニコニコする王は受け取る気が全くないようで、ソファに座ったまま動かない。俺は渋々と金貨の山を魔法袋へ収納した・・・いや、これは死蔵というべきか?使いきれないぞ、こんなお金・・・。




「陛下、話を本題に戻しませんと」

「そうだなノラン。さて疲れているところ悪いのだが、2人には誘拐された経緯を教えてもらいたい」


 まずシアさんから話してくれた。誘拐されたその日はいつものように市場で買い物に出かけたところ、孤児院への近道となる薄暗い裏通りに入った際に口をふさがれ、みぞおちを殴られ気絶し、意識が戻ったらずた袋に入れられていたという。やっとの思いで袋から顔を出せたシアさんは、真夜中の幌馬車行脚をしていることが分かったのだとか。何時間も揺られようやく停止した幌馬車に、盗賊の一人がその幌を開け、シアさんと同じくずた袋に入れられた誰かが放りこまれた。袋から這い出たシアさんが放り込まれたずた袋の口を開けると、それがイリアだったという。


「どこかで見たことのあるお姿だとは思いましたが・・・まさかとは・・・」


 ここでイリアにバトンタッチ。イリアも誘拐される直前のことを話してくれたが、気になったのはやはり誘拐直前に会ったパーキンス公爵のことだ。


「あの方はこの世に非ざる何かにとりつかれているように思います。彼は『イグル神』というものを信奉していて、それが教国の教えであり、人々の幸せに繋がると。私もあの方の放つ黒い瘴気のようなものに襲われかけましたが、私のもつ『王家紋』が反応してそれ以上のことはされませんでした。それに、パーキンス公爵はドルアンドとの関わりもほのめかしていました、おそらくはハピロン伯爵の一連のことも、ずっと前から公爵は・・・」

「やはりそうか・・・」


 俺がそうつぶやくと、イリアはまだあると言って続けた。


「あのケヴィン殿下がパーキンス公爵から教えを説かれ傾倒していたようです。お亡くなりになったことを考えれば、もしかしたら殿下はハピロン伯爵のようになってしまったのかと・・・」

「ケ、ケヴィンが!?なんと・・・ああプラムや、なんと哀れな・・・」


 王は頭を押さえて俯いてしまった。


「本当ならこのことを一刻も早くお伝えしたかったのですが、攫われたことでその機会を失ってしまったわけです」

「ふむ、辛いことをさせてしまったな。イリアよ、旧ハピロン領やミニンスクの今後については父がなんとかする。しばらくは休養するといい」

「ありがとうございます」


 しん、と静まり返った空気が、自然と『本題』へと誘った。


「さて話は変わるがイリアよ、さきほどのソフィアの件、あれは一体どういうことだ?」

「ええ、もしやと思ったのは・・・いえ、その時に確信しました。シアが私の姉、ソフィアだと」


 シアさんは王とイリアを怪訝そうに交互に見つめていた。


「シア覚えてる?アナガンの直前に湖で水浴びしたこと」

「え、ええ。それは、はい」

「あの時に、あなたの腰に私と同じ『王家紋』があったのを見たのよ」

「『王家紋』?」


 シアの不思議そうな顔とは裏腹に、アルマン王が目を丸くさせたまま驚愕の眼差しをシアに向けていた。


「イリアよ、それはまことか」

「はいお父様。確かに、私と同じものが」

「なんと・・・なんと・・・」


 震えるアルマン王を横目に、ノラン局長が冷静に頷いて口を開いた。


「シア殿、大変申し訳ないがこの場で見せてはもらえないだろうか」

「ええ!?ここで!?いや、でも・・・」


 服を脱がなければ確かにそれは見えない。いぶかしむ彼女にお願いするのは憚られるが・・・。


「シアさん、決してやましい気持ちで言ってるわけじゃないんだ。俺からもお願いしたい」

「ジンイチローさん・・・」

「シア、私からもお願い。もう一度見せてもらえる?」

「・・・みなさんがそうおっしゃるなら―――――」


 シアさんはソファから立ち上がり、俺たちに背中を向けながらワンピースのボタンを外し、上背だけ服を下ろした。綺麗な白い背中の下方、腰のくびれには、火傷の跡を紅く色づけたような、複雑な円状の模様があった。魔法陣―――いや、あれはただの魔法陣じゃない。あの雰囲気・・・精霊魔法?そうだ、間違いない。現にいくつもの精霊が腰の辺りをふよふよと漂っているのが見える。精霊魔法の魔法陣は初めて見るが、なぜそれがフィロデニアの『王家紋』になるんだ?


「ああ・・・なんということだ!これは紛れもない『王家紋』だ!」

「お父様・・・」


 溢れる涙を拭きもせず、口を真一文字に固めて咽ぶアルマン王に、イリアは深い哀しみと慈しみを抱いたように見つめた。服を直してソファに座ったシアさんは、それでもなお複雑そうに王を見る。そんな空気すら厭わず、俺は素直に疑問を口にした。


「話を割ってすみませんが、『王家紋』とは何ですか?」


 王は軽く咳払いをした。


「このことはくれぐれも内密に頼むぞ。一応機密事項なのでな。『王家紋』とは古くから王家に伝わるもので、産声を上げた赤子に乳を飲ませるより先に魔道具で刻印を施すのだ。正室、側室、妾、下女など身分を問わず施すのだが、実のところ、なぜそれをするのかは我にもわからん。王位継承順位を確定させるためとも考えられるが、それだけではないような気もする。イリアがパーキンス公爵邸で難を逃れたように、何か意味のあるものにも思えるがね」


 なるほど、これについては精霊魔法の使えるエルフ―――ひとまず長老司にいつか話を聞いてみることにしよう。



「ところでお父様。シアの―――お姉様のことについて、それとお妃様についてもお聞かせ願えますか?私はこれまで一度たりとも耳にしたことがありません」

「・・・・・・ああ、そうだな」


 王は、重たそうに唇を動かした。





 それは20年近く前のことだった。王の正室であるキャサリン妃が第2子を出産ししばらく経った頃、王城から少し離れたところにある閑静な森で狩猟会が計画された。当時の王は年に数回それを催していたらしく、護衛と共に馬を駆って出るのが趣味だったようだ。その日はやや暑くよい日和とは言えなかったものの、予定通り開催されることになった。このとき、珍しくもキャサリン王妃が狩猟会への同行を王に依願していたことから、幼子を胸に抱き馬車で会場へ向かっていた。


 ところが、天候が急転――――――。会場となる森に控えていた面々は急遽王城へ引き返すこととなった。


 しかし、王妃ら馬車組は狩猟会の中止を知らなかった。王の馬群は中止の決定の後、街道を通らずにぬかるみのない土地を渡って王都へ帰ったため、馬車組とすれ違ってしまった。



 王は言った。これが全ての間違えであった、と。



 豪雨が街道に打ち付ける中で馬車も急遽王城へ引き返そうとしたのだろう、少し街道をそれてUターンしようとしたとき、出来あがったぬかるみに車輪が嵌り、抜け出せなくなった。護衛の騎士団が必死に泥をかき分け動かそうとしたとき、悪い偶然が重なった。


 盗賊が現れたのだ。


 油断していたこと、豪雨で互いの掛け声が聞き取りづらかったこと、そしてさらに最悪なことに魔物の集団も現れたようで、敵味方入り乱れる中の様々な要因が働き、盗賊も痛手を負わせたものの、騎士団はあえなく全滅。


 逃げ出そうとした侍女と王妃も、ぬかるみに足を取られたのか、背中に切り傷と刺し傷を負った状態で発見されたとか・・・。


 そして王妃と共にいた第二王女ソフィアの姿は、捜索隊が必死に探すも見つからぬまま、後日『死亡』宣告がなされた。生き残った魔物が連れて行ってしまったのではないかと報告され、王自身も『納得』して報告書にサインをした。



 とはいえ、王は苦悩した。あの時面倒に思わず街道を通っていれば・・・

 伝令をもっと早くに飛ばしていれば・・・



 王は正室のキャサリン妃と愛娘を同時に失い、しばらくの間は寝込む日々が続いた・・・





 というのが、王の話の概要だ。


「でも、わたしは・・・」

「そうね、あなたは『シア・ハンス』として、一平民として王都で暮らしている。なぜそうなったのかはわからないけれど」

「父親は・・・チャド・ハンスで・・・そんなこと急に言われても・・・」


 王は袖でぐりぐりと目元を拭き切ると、先ほどまでの精悍な顔を戻し、一つ咳払いをした。


「シア・ハンスよ。今のは我の『昔話』だ。何も気にする必要はない。そなたは第二王女ソフィアではなく、シア・ハンスだ。それがいい、うん」

「お父様・・・」

「・・・元気な姿を見られてよかった、そういうことにしておこう。何の因果かわからんが、こうして立派に成長した『国民』と対面するのはよいことだ。そうだな、ノランよ」

「はっ・・・」

「シアよ、そなたの父はチャド・ハンスで、そなたという人間を愛情もって育て上げた。立派に育ててくれた父に感謝するといい」

「・・・陛下にお誉めいただき、父も光栄に思うでしょう」


 王はそれだけ言うと再び顔を渋くさせた。そして突然立ち上がると俺に向いた。


「ジンイチロー殿、すまんがすぐに王城へ送ってくれまいか。用事を思い出した」

「・・・はい」


 俺は頷くとすぐに王とノランさんの肩に手をかけた。王城の応接間に転移し、しばらくしたらまた来る旨だけ伝えると、王の返事を待たないままアナガンの宿に戻った。




「ジンイチロー、お父様は?」

「・・・少し、休ませてあげよう。色んなことが重なってちょっと感情的になってるみたいだ。これからのことについて本当は話をしたかったけど、また後にするよ」

「そうね・・・」

「イリアとも話をしたいんだけど、今日のところは部屋でゆっくりするといいよ」

「・・・お言葉に甘えるわ」


 イリアはそう言い残し部屋を出た。多分廊下にはモアさんがいるだろうから、何かあればあとのことは彼女に任せられる。


「シアさん」

「・・・」


 そう、俺は彼女に伝えなければならない。


「シアさん、俺―――――」

「ジンイチローさん、まずは助けていただいたお礼をしたいと思います。こんなに遠いところまで来てくださって感謝しかありません。ありがとうございます」


 シアさんはやや早口なお礼の言葉と共に頭を下げた。


「いいんだよ。大事にならずによかった」

「・・・」

「あの、さ・・・その、君が話してくれた婚約のこと―――――」

「もういいんですよ。イリアさんもそうだし、アニーさんでしたっけ?お二人のジンイチローさんを見る目でわかりました。それに私が勘違いしていたこともよくわかりました。でも・・・やっぱり、好きな人から申し込まれたと思って・・・ホントに嬉しくて・・・だから、よけいに・・・・わたしは・・・うぅぅ・・・」


 残念なことに彼女の涙を拭えるハンカチはもっていない。これがアニーだったら抱きしめて自分の胸に顔をうずめてもらうとかするんだろうけど、シアさんにそんなことをする資格なんてないと思った俺は、ただ彼女を見て立ち尽くし、次の言葉を頭の中で考えることしかできなかった。自分が傷つけてしまった、そのことだけで頭がいっぱいになってしまい、許してもらえるとは思えなくともまずは謝ろうと姿勢を正した。


 涙目になってもシアさんは俺をまっすぐ見てくれた。彼女の真剣な気持ちがまっすぐ伝わってきた。だからこそ俺もしっかりと向き合い、謝らないといけない。


 俺は深々と頭を下げた。


「シアさん、誤解を生むようなことを言ってしまって、本当に申し訳なく思います。ごめんなさい!!俺は・・・今はあのエルフの・・・アニーと、結婚を前提に付き合ってるんだ」

「・・・やっぱり・・・」


 下げた頭をゆっくりと戻し、あらためて彼女を見つめた。


「だから、俺は―――――」

「ちょっと!ちょっと待って!」

「へ?」


 突然掌でストップされ、思わず声が裏返ってしまった。


「やっぱりそういうことか、あの人・・・そうか、うん・・・ぐす・・・」

「あの、シアさん?」

「何となく、私も話が読めました。はい、落ち着きました。急に泣いてしまってごめんなさい。失礼しました」

「あ、はい・・・」


 シアさんは何度も無言で頷きまくっている。まるで誰かと話しているように、時折宙をおぼろげに見ながら、そして力強く再び頷く、を繰り返し・・・。


「私のことはもういいですから、イリアさんのところに行ってあげてください」

「え?イリア?いや、でも今は―――」

「待ってますよ!ほら!行った行った!!」


 シッシッ、と手を振られ、話があいまいのまま部屋を追い出される俺・・・。しっかり伝えてけじめをつけようと思ったのだけど、シアさんからの『待った』に戸惑いつつ、仕方なく部屋を去るしかなかった・・・。



 ・・・

 ・・

 ・



「あの、これでいいんですか?」


 扉が開くと、そこには給仕服に身を包んだモアさんという方が立っていた。


「完璧でございます」

「はぁ・・・せっかく助けに来てくれたからイチャイチャしようと思ったのに・・・恋人もいて、オマケにイリアさんの想い人だったなんて・・・誘拐されて奴隷にされて、もうホント、私ってなんなのよ・・・」


 私がソファに力なく座ると、彼女は私に音もなく近づきソファに腰かけ、そっと肩に手を置いてくれた。


「シア様には申し訳ございませんが、一番目はアニー様とイリア様に決まっております。ですが、それ以降については特に順番をお決めしているわけではございません」

「・・・えっと、なんのこと、でしょうか?」

「この先、ジンイチロー様は貴族となられます」

「え!?そうなんですか!?」

「いえ、決まってはおりません」

「あ、はあ・・・」

「ですが、この1か月の間に決まるでしょう」

「でも、どうしてですか?」

「わかりませんか?イリア王女殿下です」


 イリア王女とジンイチローさんに何の関係が・・・あっ!!


「まさか、王族との結婚?」


 モアさんはニヤリと笑った。この人こんな風に笑えるんだ。でもなんとなく黒いわ・・・。


「たとえ第三王女とはいえ、平民格であるジンイチロー様とご結婚となれば、簡単には陛下のお許しはいただけないでしょう。ですが、今回の誘拐事件で国が揺らぎました。有力な貴族、後継ぎの息子のいる貴族が廃嫡となります。ここであらたに貴族の爵位を授ける可能性が高くなりました」

「なるほど。ジンイチローさんを貴族にして、そこへ嫁に降ろす・・・」

「その通りです。ま、単純な構図だから誰でも考えられることですがね。ジンイチロー様が有力国とのパイプ役としても務めていますからある程度の立場を与えないと釣り合いが取れないということもございますし、何かあって他国に逃げられることも抑えられますし・・・。可能性は低いですがどこかの領主として任命されることも考えられます」

「それが1か月後・・・つまり、褒賞の授与・・・」

「はい。今回の誘拐事件の解決功労、他国との国交樹立に寄与、過去の誉れ高き戦いは、王だけでなく貴族たちから見ても注目されることとなります」

「・・・・・その注目って、結婚相手として?」

「ふふ・・・そこで、さきほどの『一番目は』というお話に戻るというわけでございます」

「何人も娶るということになるわけですか。あのジンイチローさんが・・・」

「ええ。ということで、こちらを差し上げます」


 モアさんがどこからともなく取り出したのは、一枚の通知文だった。


「これって!!」

「第1回目は2か月後です。参加することをお勧めいたします」

「でも、ジンイチローさんにその気がないんじゃ・・・」


 モアさんはゆっくりと首を横に振りました。


「ジンイチロー様を慕い、前進させる女性であれば何人いようが構わないと私は考えております。楽しいとは思いませんか?皆があの方を慕い、あの方を慕うたくさんの子が、屋敷で笑い合う光景・・・」


 モアさんのいうそれが、不思議に頭の中に思い描けた。孤児院みたいに楽しくて、笑顔で溢れて、みんなが幸せに思えるおうち・・・。確かに楽しそうで、幸せに溢れていそうで・・・。なんだろう、この気持ち。謝られて、誤解だと言われ、悔しいような悲しいような、心臓が締め付けられるほど心が苦しかったのに、モアさんが言うそれを想像しただけで、ジンイチローさんに対する疑念とかイライラとか、不思議とどっかへ行ってしまった。


 モアさんは私の手を優しく包んでくれた。


「おっしゃりたいことはよくわかります。ですが、少しでもあの方を想うお気持ちがあれば、是非に」


 首が自分の意思とは無関係に縦に動いてしまった。あれ・・・う~ん、まあいっか。


「・・・2か月後、ですね?」

「ええ。お待ちしておりますよ」


 私はゆっくりだけど、今度は自分の意思で大きく頷いた。モアさんも小さく頷き、部屋を出て行った。



 そして改めてモアさんからもらった紙を見る―――。



 今回のジンイチローさんの件は本当にがっかりした。なんだよそれ?って思った。恋人いるんならその気にさせるようなこと言わないでほしい!


 でも、あの人がステージに立って迎えに来てくれたとき、自分の気持ちははっきりわかった。勘違いだったとわかっても変わらない気持ちでいることが不思議でならない。変な男につかまってしまった、というべきか・・・。お父さんはちゃんとした男と結婚しろって言ってたけど、お父さんみたいにとっても温かい人だから、そこのところは大丈夫・・・だと思いたい。


 それにしても――――お父さんは『お父さん』でいいのかな?私の腰にあった『王家紋』は本物だって。それが本当なら、私は亡くなったとされた第二王女ソフィアということになるみたいなんだけど・・・ちょっと実感が湧かない。急にそんなこと言われても困るし、イリアさんが妹になるなんて・・・やっぱりちょっとわかんないや。


 陛下は感動して泣いていた。感動して・・・だけど、ずっと手を握って我慢もしてた。もしかしたら「ソフィア!」と叫んで抱きしめたかったかもしれない。死んだと思ってた娘がいればそうなるよね?でも、私が困った顔してたからそれができなかったんだと思う。迷惑だと思われたくない、嫌われたくない、会いたくないなんて言われたくない、そんなことを思って踏ん張ってソファに座ってた陛下・・・辛かったよね、こらえきれずにジンイチローさんに王城に連れて行ってもらってたから・・・。私の気持ちが落ち着いたら、もう一度お会いしてみてもいいのかもしれない。でも、そんな機会が訪れるのだろうか。一平民の私が「王様に会いたい」といって面通しを許されるはずもない。


 やっぱり、嘘でも「お父さん」って呼んであげたほうがよかったかな・・・。


 ねえお父さん、どうして何も教えてくれなかったの?どうして黙ったまま死んじゃったの?


 誰に相談していいのかな・・・こういう時はミルキー様に相談する方がいいのだろうか。お父さんとも親交が深かったっていうし、何か聞いてるのかもしれない。それに、ジンイチローさんの様子も変だった。イリアさんが第二王女の話をした時も大して驚いていなかったよ、あの人。


 もしかして、ミルキー様から何か聞いてる・・・?


 ああ、もう、わからない・・・ちょっと今日は色々ありすぎだ。私は勢いよくソファに倒れこむ。


 寝ながらモアさんからもらった紙をもう一度一回読んでから、目を閉じた。


『第1回側室選定会議の開催のお知らせ』か・・・。



 王様でもないのに側室だなんて・・・へんなの。



いつもありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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