第170話 第二王女ソフィア
時を少しだけ巻き戻そう。
昨日の作戦会議は色々な意味で盛り上がった。不謹慎だといわれてもおかしくはないその内容は、あえて奴隷としてオークションにかけられてみようというものだった。どうせ俺に助けられるなら絶対にできないことをしてみようと、モアさんを筆頭に手を挙げ、次いでアニー、ベネデッタさんと続いた。メルウェルさんは貴族からの知名度が高すぎて疑われるかもしれないということで、裏方に徹してもらうことになった。必要ない手順だったと思えたのは少し経った後だった。
しかし、この時は未だにイリアが登るだろうステージがどこにあるのか掴めていなかった。
ではどのように情報を得るか。これについては議論にも及ばずモアさんの一言で決まった。
曰く、『アナガンの踊り子劇場、新星アニーを使わない手はない』だ。かつてないほどの売り上げと盛り上げを記録し、すでにこの都市の噂で『幻のダンサー』と呼ばれるにまで至ったアニーが再度ステージに立つとしたらどうだろう。そして本番の前日とあって高揚している気分の最中に、美人の踊り子を見る・・・。土産話にはもってこいだし酒に溺れたところで話をちょいちょいと摘まむなんて軽いもの、というのはベネデッタさんの話。
アニーだけステージに上がらせるのも酷だとして、ベネデッタさんとモアさんもステージにあがると宣言。3人で仲良くオンステージと相成り、アニーは早速踊り子劇場へ話をつけに出かけた。店長は了承するとみたベネデッタさんは、いつの間にか用意していた紙に『新星アニー、再び!!』と大きく見出しを付け、チラシを作りまくった。その間に俺はモアさんとウィックル、メルウェルさんと共に次の作戦会議に移った。
虎穴に入らずんば虎児を得ず。
今まではイリアとシアさんを探すことに専念していたが当てが外れたり躱されたりして見つけられなかったが、盗賊側に接触する方が彼女たちを見つけることよりも早いのではないかと、少しだけ視点を変えてみた。
モアさんの推測によると、仮に盗賊が『擬態魔法』を使って本来の姿を隠しているとなれば、仲間であってもその外見は『他人』だから仲間であるかどうかわからないはずで、体のどこかに目印をつけている可能性が高く、それを見つけ出し盗賊の動きを監視すればいいというものだった。あわよくば内部に潜入できればいいが、まずは発見することが先決だとして、この任務をウィックルにしてもらうことにした。
ウィックルを先行させしばらくした後にアニーが戻り、劇場店長からの許可が下りたことを確認したところでメルウェルさんとベネデッタさんでビラ配りが実施された。たくさん作ったといっても街中にばら撒けるわけではないので、北区の宿や劇場のある西区に限定した。アニーは一足先に劇場へ準備に走り、俺はモアさんに数時間後に劇場で落ち合うことを約束してから中央区のど真ん中へ行った。先行していたウィックルと待ち合わせをしていたのだが、あまり足を運ばなかった南区へ飛んだら面白いものが見れたというので聞いてみると、思わず悪い笑みを浮かべてしまった。
なんとウィックルは『擬態魔法』を施す魔法士を見つけていたのだ。
早速その南区の宿に乗り込むと宿の店主は留守の様子。部屋のある2階に上がると、唯一物音のする部屋をノック。出てきた青年を見るや否や「この人ですぅ」とウィックルが指をさしたので、ウィックルには服の裾に掴まってもらい、きょとんとする彼の肩を掴んでその刹那、転移した。
転移した先はフィロデニア王城の玄関ロビーだ。事情を話して至急アルマン王に繋いでもらいたいことを話すと、罪人用の魔法封じの魔道具が魔法士に装着された。別室に案内されしばらく待つと、アルマン王とノラン警備局長が入室して面談となる。彼の名はエルボックといい、今回の事件は王都の冒険者ギルドで『赤獅子』の内通者に声をかけられたことがきっかけで参加したという。エルボックはその内通者が盗賊がらみの者だったとはまったくわからず、実入りの良い仕事があるとしてミニンスクの入り口の外で指定された日時に待つように言われその通りにすると、幌馬車が何台もやってきて説明もそぞろにそれに乗せられたんだとか。幌馬車に乗って初めて自分が盗賊がらみの仕事を請け負ってしまったとわかったものだから、しばらくは乗り物酔いもあってずっと吐き続けていたという。さらにそれから何日かして頭領のドナートからようやく仕事の内容を聞きさらに驚愕した。イリア王女と平民の女を誰にも分らないように擬態する魔法をかけることだったのだから無理もない。冒険者ギルドで気軽に話した自分の特殊魔法が、まさかそんな悪用の仕方をされるとは思いもよらなかったのだろう。だがそれは彼の落ち度だ。偶々盗賊の内通者だったとはいえ、気軽に自分の情報を話してしまう方が悪いのだ。そして彼はやむなく盗賊に同行。彼女ら2人の入れられた箱を『野菜が入った箱』に見せかけ、さらには盗賊達からも自分たちの姿を変えさせろと強要されたという。
ちなみにイリアの居場所を聞いてみたのだが、食事を2人に与えてからすぐに頭領の指示でどこかに連れられていったようだ。彼と同じ宿にいたというのだからニアミスだったというわけだ。
ここまで彼が盗賊の手助けをしているとイリア誘拐の片棒を担いだ主犯者一味として死罪確定らしいが、闇オークションの会場とそれの始まる時間まで教えてくれて、さらには魔法士としての資質も高いということから、超恩情措置を図ることを王が明言。イリア奪還と保身のために盗賊から寝返ることになった。
しかしエルボックであっても参加する貴族たちの名前と顔まではわからないというので、そこはノラン警備局長の手腕が発揮された。アナガンに入街しているとみられる怪しい貴族のリストを調査に調査を重ね作ってくれていたのだ。だがそのリストを見る王とノラン局長の顔は渋い。それもそのはず、その中には大臣として名を連ねている貴族がいたからだ。
その名もライナー伯爵。ノラン警備局長を従え王都や王国の兵士たちを管理する大臣だ。そして、そのライナー伯爵の入閣を積極的に後押ししたのが、かのパーキンス公爵だった。今ではその影響力も影を潜めているようだが、ライナー伯爵が彼の影響下にあることを考えると、今回の事件はかなり昔から画策されていたのではないかと国王ら2人は疑っていた。
ましてやイリアが単独でミニンスクに赴いていた矢先の事件であり、また、パーキンス公爵のお膝下であるミニンスクで起きた事件でもある。そして重要なのは、イリアが誘拐される前にそのパーキンス公爵を次期領主候補として挙げ訪問していたという事実だ。仮に公爵が裏で糸を引いていたとすれば、イリアが訪問したときに計画を実行する何かしらのきっかけがあったのかもしれない。ここでようやくパーキンス公爵の実娘クリアナの証言を伝えると、公爵がただ単にイリアを誘拐するだけにとどまらない黒い計画を持って事件を企図しているのではと2人は危惧していた。
イリアを助けるために『闇オークションを潰す』―――――。これに異議はないが、多数集まるだろう貴族を一度に捕縛することはいくら俺でも難しい。逃げ惑い歯向かうだろう彼らを大人しくさせるには、ある程度の人数とぐぅの音が出ない『権威』が必要だと思った。それはノラン局長も同じ考えのようで、なんとか兵士をアナガンに『転移』させられないかと懇願され、案内人であるムルノに一度相談することに決めた。
エルボックの身を国王らに託し、俺はひとまずばぁばの家に転移した。家にいるカナビアさんを訪ねて、そもそも『奴隷紋』とは何か聞こうと思ったのだ。
その理由は、彼女が『世界樹ミストレル』とつながるハイエルフだからだ。もちろん俺もミストレルとつながり、魔法の幅が段違いに広がったのは否めないが、わからないことはわからない。
カナビアさん曰く、奴隷紋とは相手の行動を抑制する『呪魔法』の一種だという。かなり特殊な魔法のようでそのほとんどがアナガンに集まっていることを考えれば、むやみに市井の人間を奴隷化させるという心配もなく、ある意味で安心ではある。ある日突然そんな魔法をかけられたとなればまったものではないしね。
ちなみにこの呪魔法を解くには、その魔法をかけるときに設定された呪いを解くためのカギとなる言葉を唱えるか、強制的に『解呪』の魔法を唱えればよいという。じゃあその『解呪』の魔法ってなんなのよっていう話になるが、そこはお得意のなんでもござれで済む話じゃんとミストレルが言っている、とカナビアさんに返された。そんなのでいいのか・・・。
再びアナガンに戻った俺は、早速ムルノと裏通りで面談。
実はムルノも裏で色々と手を回してくれていたようで、闇オークション根絶のためなら特例を認めてくれるという長の言質をとったとのこと。これでフィロデニアの関係者を転移させ、アナガンの街中でもフィロデニアの権力と権威を発揮できる下地が整ったというわけだ。
そして踊り子劇場に足を運んだ俺は、酒でぐでんぐでんになっている貴族たちと、美しいドレスに身を包んだ3人を見て苦笑い。
「いらっしゃいませ。おひとり様ですか?」
ベネデッタさんがふざけて接客するその姿がなんとも艶かしくて、薄暗い店内でも赤面を隠せず、アニーから白い目で見られたことはご愛敬としてほしい。
ソファに横になる彼らを確認できたところでその場で王城へ転移し、再び王とノラン局長と面会。アナガンの許可が下りたということで部隊編成を依頼。続いてエルボックを引き連れて再度踊り子劇場に転移し、酔いつぶれた貴族の一人であるオーレル子爵の顔を覚えてもらった。
やがて従者が彼らを迎えに来たので、こっそりと後をつけ宿を特定。従者もろともサクサクお縄についてもらい、面倒くさいので王城へ転移輸送した。そしてエルボックに頼み、俺を『オーレル子爵』に見た目を変えてもらった。
夜も更けたところで俺は『オーレル子爵』としてカーヴィス奴隷店を訪ねた。踊り子劇場の『新生』を闇オークションに捧げたいと言うと、カーヴィスも『新生』の情報を得ていたのか大層お喜びになり、急遽彼女たち3人がステージに登る段取りをつけてもらった。一か八かの要素もあったが、幸いなことにカーヴィス店長はオーレル子爵を知っていた。いや、知っていたというか『顧客』だった。オーレル子爵は重ね重ね遠き地であるアナガンを訪問し、奴隷を買っていたようだ。カーヴィス店長が『やはりおなごは若いのに限りますな』とか『またいい娘が入りました』とか話しかけたことから、相当にお金をつぎ込んでいるものと思われる。事件が落ち着いたらおそらく屋敷は接収されるだろうから、そのときになって引き込んだ奴隷の女性たちのことも明るみに出るだろう。
そして明朝――――――オーレル子爵に成りすました俺は王城から大勢の兵士とアルマン王、ノラン警備局長を転移後待機させ、見事会場入りを果たした、という筋書きだ。
次々に捕縛される貴族たちを眺め、ようやくひと段落終えたという安堵の空気が壇上に漂う中、ぐるぐる巻きにされたドナートが連行されるところで・・・呼び止めた。
「ドナート」
「・・・・・なんだ」
「一つ聞きたいことがある」
何も言わずに黙ったまま見つめられる。
「あんたがまだ幼い時ときのことだ」
「はあ?」
「盗賊に家督・・・とはおおげさかもしれないが、あんたは父親から『赤獅子』の頭領を引き継いだんだよな?」
「そうだ、よく知ってるな」
「およそ20年前、高貴な馬車を父親が襲ったことはなかったか?」
「・・・そういやあ、そんなこともあったな。大層立派な馬車だったことは覚えてる。あと・・・」
ドナートは何かを思い出したのか、そこで口をつぐんだ。
「そこに赤ん坊がいなかったか?」
「っ!!」
ドナートがここまで驚きのまなざしを向けたことは見たことがなかった。というよりも、この男もこんな風に驚くものかと内心感心した。
「お前どうしてそのことを・・・」
「父親から殺せと命令されたその子を、見えないところに隠した。違うか?」
「・・・バカなことをしたもんだ。殺した方が赤子にとっては幸せだったかもしれん。魔物に食われて痛い思いをするよりも楽に逝けたんだろうよ」
「・・・いや、あのときのお前の判断は間違ってなかった」
「なに?」
「その子は、まだ生きてるんだよ」
「・・・そうか。それは運がよかったな」
俺はドナートの耳元に口を近づけた。他の兵士に聞かせたくなかった。
「不思議な縁もあると思わないか。王都から連れてきたのが・・・」
「おい、まさか―――」
ドナートが視線を向けた先には、泣きながら抱き合うイリアとシアさんの姿があった。
「・・・馬鹿馬鹿しい。俺にそんなこと教えてどうする」
「盗賊になったとはいえ、あんたの機転とほんの一瞬の優しさが、一人の女性の未来と今の子どもたちの幸せに繋がったんだ。それを自覚してほしいと思ってね」
「ふん、今回は俺の負けだ。次はしっかり仕事してやる」
「もう捕まっちゃったじゃん」
「ふふ、天下の『赤獅子』だぞ?なんでもねえ情報がここぞというときに役立つ。お前も覚えておくんだな」
「まさか盗賊から指南されるとは・・・。もう人さらいはするなよ。といってももうできないか」
「ああ、人さらいはな。リスクが大きいことがよくわかった」
その言葉を聞いて一歩後ろに引くと、兵士がドナートの背中を押した。ドナートは俺を見ながらニヤリと笑い連れられて行った。あいつはなぜに余裕綽々なのか・・・。輸送途中で逃げられるとでも思っているのか?輸送は俺の転移で王城へ一直線だというのに。
「ジンイチロー」
背中にはりつく柔らかい感触が物思いに耽っていた俺を呼び戻した。
「イリア」
振り向こうにも羽交い締めにされていて動けない。でも決して悪い感触ではない・・・。
「ありがとう・・・ありがとうジンイチロー」
「無事でよかったよ。遅くなってごめん」
これまでの境遇を考えればこれぐらいは許されるハズ。アニーが何も言いださないからそう思えたのだが―――――突然得も言われぬ威圧を感じた俺は、ギギギと音を鳴らすかのようにぎこちなく首だけを限界まで後ろに向けてみた。
驚き、激情、裏切り・・・そんなまなざしで俺を見ている女性が一人・・・
「シアさん・・・」
「イリアさんとジンイチローさんが、そんな・・・」
しまった。すっかり忘れていた。エルフイストリアに旅立つ前の、あの出来事を。
「いや、シアさん、これはね、ちょっと違う意味で・・・」
「わたしとの・・・約束・・・」
ああ・・・こんなことになるなら、やっぱりしっかりと誤解を解いてから行くべきだった。自分のやらかしで彼女を傷つき泣かせてしまったことにこれほど深く後悔したことはない。
動揺するシアさんに、イリアは俺に回していた腕を解いてシアに向き合った。
「ごめんなさいシア。私ね、あなたの言っていた婚約者はジンイチローじゃないかって薄々気が付いてたの」
「・・・」
「でもね、それ以上に内緒にしていたことがあるの」
「な、なんですか・・・?」
「―――――あなた、私のお姉さんかもしれない」
「・・・へ?」
イリア―――――まさか知っていたのか?しかしクレーメンスはまだ誰にも話したことがないとばぁばに断言していたことなのに・・・。
「あなたは・・・私の姉、第二王女ソフィアかもしれないの」
再会間もないイリアの発した言葉は、貴族たちの拘束も落ち着き意気揚々と歩み寄ってきていたアルマン王だけでなく、ステージにいるみんなを魔法をかけたように動けなくするには十分だった・・・。
いつもありがとうございます。
体調を悪くしてしまい執筆がなかなか進みませんでした・・・。
次回もよろしくお願いします。