第169話 捕り物劇
「ば、ばかな!!お前ら何者だ!?」
「カーヴィス店長、しっかり裏オークションの現場は抑えたぞ?」
うろたえるカーヴィス店長に低い声で迫る俺。どす黒い笑みもオマケだ。
「こ、これは違う!!ただの余興だ!!」
「イリア王女を奴隷にする余興か?誘拐してまで楽しもうなんて、随分と手が込んでいるじゃないか」
狼狽えていたはずのカーヴィス店長の口が次第に歪んでいった。
「・・・ふっ、ふふふ!アナガンにいればどう連れてこられようが構わん!!奴隷は奴隷だ!その女は私の店が所有する奴隷だ!」
「やっと白状したか・・・。裏オークションを認めるんだな」
「ああ認めるとも。何せただの奴隷の取引ではあれだけの金は入ってこないからな!・・・だが、それを知られて黙っていられるほど私も馬鹿じゃない。ドナート!出番だ!」
なんだよ、人任せか。立ち上がるドナートに目を向けると、すでに鞘から剣を抜いていた。その瞳は怒りに満ちているが、その矛先は意外にも俺には向いていないように思えた。
「どいつもこいつも馬鹿ばっかりだ!欲にまみれた貴族のクソ野郎どもに全部スカされちまった!」
「大概にしろよ、ドナート。あんたは悔しいのかもしれないが同情もできないね。お前もクソ野郎に認定してやる」
「てめえ・・・」
「しかしあんたも救われないな。二度もイリアの誘拐に失敗するなんて」
「二度―――――お前、まさかっ・・・」
「気づくのが遅かったな。俺は穀倉地帯でイリアを助けた、あのときの男だよ」
「くそ・・・そうとわかっていれば・・・」
「もう遅い。おとなしく縛られてもらう」
「そうもいかねえな。金はもらえずとも命だけは惜しいからな」
「まさか逃げるのか?」
「盗賊は所詮命あっての職業だから・・・なっ!」
ドナートが腰に下げていたナイフを俺に投げると一目散に会場の出入り口に駆け出し、それと同時に俺はしがみついていた2人を庇うようにしてその軌道から身を逸らした。奴はそのほんの一瞬の時間だけでも十分だったんだろうが、そうは問屋がおろさない。奴等が駆けた先に関門を据えておいたのだ。
入り口を塞ぐように仁王立ちする影・・・メルウェルさんだ。
「そこをどけええ!」
「断る」
ドナートは彼女に斬りかかるが、彼女は一歩も引き下がらず、その太刀筋を自分の剣で受け止めた。
「ジンイチロー殿、今だ!」
メルウェルさんの呼び声高く響いた直後、精霊魔法で盗賊たちの足元を土で覆って固めた。さすがのドナートも悔しさを面に出してもがき、無様にメルウェルさんに向かって剣を振り回すも彼女は難なく躱し、ドナートの右手首をその剣でもって突き刺した。苦悶の表情を浮かべたドナートは跪いた。
「武器を捨てて投降しろ」
メルウェルさんによって突きつけられた剣の切っ先がドナートの喉元を捉える。だがその剣以上に、彼女の燃える瞳が鋭く突き刺すようにドナートを捉えていた。
「くそ・・・」
ドナートはかろうじて握っていた剣を床に投げ捨てると、その部下たちも慌てたように続けて投げ捨てた。
「さて、あとは・・・」
カーヴィスに振り向いた刹那―――――
「クククク・・・・・」
卑しい声と不気味な笑みを湛えるカーヴィスがそこにいた。
「なにがおかしい」
「ククク、ばかなやつめ。魔法は使いようだな」
「何が言いたい?」
「お前がそっぽを向いているわずかな隙を見て、大事な『お仲間』が私の奴隷になったんだ」
にわかには信じられなかった。
ドナートに向いていたわずかな間のことだった。アニーとベネデッタさん、モアさんの首元に黒い奴隷紋が浮かび上がっていた。その傍らにはカーヴィス同様に歪な笑みを浮かべる奴隷紋を刻む魔法士が立っていた。気づかなかった俺が悪い。奴隷紋を刻む魔法士のことなど忘れていたからだ。
カーヴィスの乾いた笑い声が響くと、形勢逆転と見てか居合わせている貴族たちから安堵の声があがってきた。
「この娘たちには奴隷紋だけでなく魅了の魔法もかけさせてもらった。もはやお前の声は届かん。ほれ見ろ、イリアとシアも同じだぞ」
気付けばイリアもシアも生気のない瞳でぼうっと立っていた。
「さて、どうしてくれようか。このオークションで莫大な金が私の手元に入ってきたものを、こいつに台無しにされてしまったからな・・・。まずは・・・そうか、それがいいな。おい、短剣を5本持ってこい」
カーヴィスの指示で、裏方が彼女たちに短剣を持たせた。
「よしお前ら、このジンイチローとやらにその短剣で突き刺せ!その瞬間にお前たちの魅了を外してやる。ククク、目を覚ましたら自分たちを助けに来た男が自分たちの手で殺してしまったとわかるのだ。さぞかし面白い余興になるだろうな、ククククク!!さあ突き刺せ!!そして切り刻め!!お前たちの奴隷としての初仕事をこの男の血で彩るのだ!!」
「『解呪』!!」
彼女たちの頭上に金色の魔法陣が現れ、光の粒子が滝のように彼女たちに降り注いだ。
「んなっ!!」
アニー達に付けられていた奴隷紋は見る見るうちに消えてしまった。
「あんたもさっき俺がしていたことを忘れたのか?俺は奴隷紋によって刻まれた約束事を紋ごと消せるんだよ」
「ばかなっ!!奴隷紋を主人でない者が消せるはずなかろう!!」
「いや、でも、そう言われてもできちゃうんだからしょうがないよね」
「おのれ・・・おのれ・・・」
そのときだった。突然視界の外から剣戟の音が響いてきた。
驚いて振り向くと、メルウェルさんとドナートが剣を交じらせて火花を散らせていた。足は固めたはずで右手も負傷していたはずなのに、よく見れば左手で剣を握っていた。
「おめえら!!靴を脱げ!!足までは固まってねえ!!」
なるほど、そこまでは頭が回らなかった。俺に魔法を使われる前にトンズラしようという魂胆だろうが、利き手でも通ることの叶わなかったメルウェルさんに挑んでも、結果は見ずとも明らかだ。
「所詮盗賊の剣は軽い」
「ばかなことをいう。修羅場を潜り抜けた剣は騎士に勝るとも劣らんわ!」
「それは違う。騎士は盗賊にこそ敗けん『核』がある」
メルウェルさんは一旦後ろに引くと、再びドナートと間合いを詰め、その剣を振りぬいた。
「ぬおお!?」
正面で受け止めたドナートは、靴を脱ごうと必死になっている部下たちに投げ出された。靴を固定されているところに大柄な男が投げられるのだからたまったものではない。骨は折れなかったにせよ、足を捻って悶絶する男達があっという間に出来上がってしまった。
「護るべきものがいて騎士は強くなる。私は王城を出てもなお、護りたいものの為にこの剣を振るうと決めたのだ。お前らのようなぬるい剣にこのメルウェルが倒れることなど欠片もない!」
かっけえ・・・メルウェルさんかっけえ・・・後光が脳内補完されてるっス・・・。
まるで天から一筋の光が射しこむように、メルウェルさんが輝いて見えた。もし彼女に天使の羽根でもついていたのなら、きっと『ヴァルキリー』とでも呼ばれるのだろう。
しかし、そんなメルウェルさんに見惚れている最中でも、会場に居合わせていた貴族たちは狡賢かった。
俺が見ていないことをいいことに、ドナートが叫んだ『靴を脱げ』に呼応し、こそこそと靴を脱ぎ終わっていたのだ。メルウェルさんの立っていたメイン出入口とは別に、貴族たちが向かおうとしていたのは宿の職員が使う通用口のようだ。そこまで人を配置できなかったのだが、それをいいことにこっそりと抜け出そうとしていたのだ。
「行け!」
「逃げるぞ!」
「馬車が外で待機してるはずだ!」
などと口々に叫びながら出ていこうとする貴族たち。面白いのは、そのほとんどが丸々と太っている点だろうか。だが状況的にはいただけない。ここに居る者は全員捕縛しないといけないのだが、少しでも漏れがあっては―――――
と思ったその時だった。
通用口から出ようとしていた豚貴族たちが次々と階段から転がり落ちてきた。
階段の奥からゆらりと現れる影が見えた。薄茶色いフードをかぶった男・・・。その男を見るや否や、カーヴィスが一歩前に踏み込み、声を上げた。
「ムルノか!」
「いけませんなあ・・・いけませんなあああああああ!!」
普段のムルノが見せない怒気に触れ、カーヴィスの肩がビクリと震えた。
「よくぞ今まで逃げおおせたものですよカーヴィス。巧妙に奴隷と報告の数を合わせてきましたね」
「な、何を言うかムルノ。私はいつだって清浄無垢にアナガンの決まりを守っていたじゃないか」
「そりゃあそうですよ。闇オークションを開こうが普通に奴隷を売ろうが数は同じですからねえ。だが、こんな薄汚い豚どもに奴隷の何たるかを伝えぬまま金だけむしり取ろうなど・・・笑止千万だあああ!!」
ムルノは転がっている豚貴族を思いっきり蹴り上げた。あろうことか豚貴族は勢いそのままに天井に音を立てて当たると、再び床に落ちた。
『飛べねえ豚はただの・・・』なんて言葉が不意によぎった。いけない、こんなときに何を考えてるんだ俺は・・・。それにしてもムルノのあの俊脚は凄まじい。俺も身体強化を施せばできるんだろうが、それをムルノができるとは思いもよらなかった。周りにいた貴族たちは、転がっている豚貴族にぐりぐりと足をねじ込むムルノを見て呆気にとられているようだ。
だがそんな空気を壊さんと、高らかに乾いた笑いを挙げた男がいた。
「アナガンの案内人が大層な口を叩くものよ。とはいえ、我らには何の罪もない。我らは闇オークションなど知らずにここにいたのだからな。なあ諸君?」
どこの豚貴族かと思ったら、ついぞさきほどまで俺と競り戦ったライナー伯爵だった。これまでの筋書きを全否定する発言にあきれてものも言えないが、ライナー伯爵はそれを是として押しとおすつもりのようだ。
「アナガンでは確かに闇オークションを禁止していると聞いたことがある。だが、我らはただここにいただけだ。それについては禁止されていないし罰を受けるでもない。違うだろうか、案内人よ」
「・・・ええ、そうですね。まだ金のやり取りをしていないようですし、奴隷契約も・・・むむ、奴隷契約を施された様子もないですね」
「ふむ、では我々は帰らせてもらおうか」
ステージにいる女性たちは俺の『解呪』によって全ての紋を消されてしまっているため、奴隷であったという証拠すらなくなってしまっていた。
靴を脱いだ豚貴族たちもそれに気が付いたようで、ニンマリとしながら列をなして出入口を目指そうと歩いた。もちろんライナー伯爵の論理は詭弁もいいところだが、俺は敢えて黙っていた。
「お待ちください」
ムルノの声で貴族たちの行進が止まった。
「確かにこのアナガンの決まりには触れておりませんが・・・あなた達の住んでいらっしゃるお国の許しは得られないでしょう?」
「ふははははっ!!仮に罪を押し付けられても、私は何も知らなかった。イリア王女?そんな方がここに居るはずはなかろう。ステージにいるあの男が証言しても、私の立場が絶対なのだ。王の臣下たるこの私が無実を証明できるからな」
おおおっ、という安堵の声と拍手も入り混じって、貴族たちの面を笑顔に染めた。ライナー伯爵は媚びへつらう貴族たちに向かって得意げに太った体を反らしてみせた。
が―――――。
『それは我を目の前にして言えるのだな』
「えっ・・・」
ムルノが仕返しとばかりにニンマリと笑う。それと同時に通用口の階段から複数の足音が聞こえてきた。ムルノがその身を引いて頭を下げた。
通用口から声の主が徐々にその姿を現すと、貴族たちは驚きのあまり声を失った。
「へ、陛下・・・」
ライナー伯爵が膝から崩れ落ち、絞り出すようにその口から洩れ出た人物の名・・・。フィロデニア王国のアルマン王だった。
「久しいのう、ライナーよ。こんなところで会うとは奇遇だな」
「は・・・ははっ!!陛下におかれましてもごきげん麗しゅうーーーーー」
「まったく麗しゅうない」
「あ・・・いや・・・」
「どうみても、あそこにいるのは我が娘のイリアだと思うのだが、違うか?」
「・・・そ、そうでございます!このライナー、行方不明だったイリア様をついに発見した次第でございます!」
「ほう・・・」
両手を広げて盛大に話す姿には鼻で笑わざるを得ない。
「そうか、おぬしはそれほどまでしてイリアを捜そうとしていたというのだな」
「そ、それはもう!ここを突き止めたときにはうち震えました」
「の、割には、イリアの誘拐前からずうっと登城することなくどこで油を売っていたのだ?」
「え?いや、それは・・・」
「まさか、この準備のために公務そっちのけだったなんてことはあるまいな?」
「ま、まさか・・・はは・・・」
ライナー伯爵の声のトーンが徐々に下がっていく。きっとその背中は冷や汗でびしょびしょになっていることだろう。コロコロと言っていることを変えるライナー伯爵に周囲の貴族達はいぶかしげに彼を見つめるも、保身に必死な彼はそれに気づかないでいる。
「ライナーよ、ひとつ聞きたいのだがな」
「はっ」
「お主、ついぞさきほどここから逃げようとせんかったか?」
「い、いやいや、まさかそんな・・・」
「奴隷にされたイリアを放っておいて、どこへ行こうとしていたんだ?助けようとしていたんじゃないのか?」
「そ、そんなことはございません!応援を呼ぼうとしていたのです」
「応援・・・。外には誰もおらんかったぞ」
「いや、その、アナガンの兵士を・・・」
「アナガンには兵士はおらん」
「あ・・・はい・・・」
「そういえばもうひとつ聞きたいのだがな」
「はっ・・・」
「お主、ついぞさきほどまでこやつらと競りをしていたな。イリアを買おうとして」
「・・・えっと・・・何かの勘違いでは・・・」
「パーキンス公爵と計画を練っていたと話していたな」
「・・・」
「盗賊と奴隷商と組んで、イリアを誘拐したと高らかに話していたな」
「・・・」
打ちひしがれたように俯くライナー伯爵だが、アルマン王の問い詰めが進むと、その肩を徐々に大きく震わせた。
「ふっ・・・ふふふ・・・」
「どうした?」
「何もこんなに畏まる必要などなかったではないか。ここにいるのはアルマン王ただ一人・・・」
跪いていた膝を上げてすっくと立ち上がるライナー伯爵。ここまでくればもう考えていることなど一目瞭然だ。案の定、彼は懐に忍ばせていたナイフを取り出すと、王ににじり寄った。
「ここで王を殺してあのジンイチローとかいう奴を皆で殺ればよいだけのことだ!」
腐りきってる・・・。単純にそう思えた。会場の貴族たちの中にもまだ良識ある者がいて、素直に罪を認めればよかったのだと頭を抱え伏せ嘆く者も少なくなかった。
「死ねえええ!!」
ライナーはナイフを握りしめその切っ先を王へと向け駆け迫る。しかしその動きよりも早くから、王の背後の通用口から駆けつける影が見えていた。
ライナー伯爵があともう少しで王を突く―――――というところで、その影が伯爵の持っていたナイフを握っていた右手ごと切り落とした。
「ぎゃああああああああああああ!!」
のたうち回る伯爵を冷めた目で見降ろす王の隣には、右手を切り落とした男・・・ノラン警備局長が剣を振って血糊を飛ばしていた。
「よいタイミングだった。ノラン」
「はっ」
アルマン王は一歩前に足を踏み出すと、威圧を込めた腹の底から湧き上がる声を会場にいた者たちへと響かせた。
「我はフィロデニア国王アルマンだ!我が兵よ、この場にいる事件の主犯者、盗賊、貴族の全員を捕縛せよ!!」
その号令と共に通用口から大勢のフィロデニア王国の騎士と兵士がなだれ込んだ。
喧騒が一層深まる中、床を何度もたたくドナートの姿がそこにあった・・・。
いつもありがとうございます。
じかいもよろしくお願いします。